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十四話「行動の結実」

 軽快な弦楽器の音楽が流れる貴族専用訓練場。平民の職員が遠巻きに眺める中、俺とウトマンが向き合っていた。武器はお互い、剣と盾。形状は若干違う。剣は奴の方が長く、盾は俺の方が大きい。どちらに主体を置いているかが良くわかる。

 ウトマンの顔は、まるで仁王のようだ。怒髪天を突く、とはこの事だろう。本当は罵倒の限りを尽くし、気が済むまで剣で打ち据えたいのだ。だけどできない。仲間のうち三人、ボドワン、ブリアック、ゴーチエは床に伸びている。マルタンだけが無事だが、彼女、もとい彼は池から上がってくる様子はない。

 四人を無力化した俺を、警戒せざるを得ない。だから即座に攻撃に移れない。その忌々しさでさらに怒りが増しているという状態だ。

 対する俺も、そうそう動けない。俺の手の内はもう明かしてしまっている。カウンター、力場装具の捕縛機能、無手での格闘戦。剣術で勝てないならそれ以外で勝てばいいじゃない、という考えのもと、今日まで手札を揃えてきた。それをすべて出してしまった今、奇襲のアドバンテージはない。

 が、それもすべて想定内。一か月以上攻略法を練っていたのは伊達ではない。俺は少しづつ、慎重に前進を開始した。


「ぬぅぅ……」


 にじり寄る俺を嫌がって、ウトマンが下がる。攻め手が思いつかない状態で、距離を詰められるのを嫌がったのだろう。戦いで後手に回るというのは本当にやり辛い。守っているうちに逆転の手が思いつけばいいが、殴り合いのさなかで早々出てくるものではない。戦いの主動イニシアチブを握るというのは、かくも大事なものなのだ。俺も練習中、赤井さん相手に思い知った。

 このまま逃げられても困る。のでさらにもう一手。


「……逃げるんですか?」

「っ! 貴様ぁぁぁ!」


 効果はてきめん。ついに我慢できなくなったか、剣を振り下ろしてくる。対して俺は盾を斜めに突き出す。ボドワンの時と同じように剣を盾で滑らせて、そのまま打撃をお見舞いだ!


「く、おお!」


 ウトマンが吠える。ギリギリで身を反らせ、俺の盾を回避。苦し紛れに自分の盾を俺に押し付けてくる。反射的に盾を戻して防ぐと、力場と力場のせめぎあいが発生する。弾こうとする俺の盾と、捕まえようとするウトマンの盾。捕縛機能を使ってきたか!

 エネルギーを消費してはたまらない。下がって距離を取り、乱れた息を整える。ウトマンも同じだ。ほんの一瞬の攻防なのに、お互い消耗が激しい。


「捕縛機能……ふふ、なるほど。実にこすっからい。貴様のような平民が好みそうなものだ」

「自分も使ってるじゃないですか」

「うるさい黙れ」

「ウトマンも使ってるじゃーん」

「うるさい黙れ! まぜっかえすなマルタン!」


 実際の所、使わないのはただのバカだ。ただ動きを止めるだけの捕縛機能が、この場では勝敗を左右する。絶対に食らってはいけないし、当てれば勝てるのだから。

 再び距離をゆっくりと詰める。今度は、ウトマンも逃げない。それどころか、表情が一変している。薄笑いを浮かべているのだ。ああ、何か思いついたな。丸わかりだ。まあ、俺もきっとできないから御相子おあいこだが。

 ギリギリの距離で盾を構えあう。これ以上近づけば剣を振れなくなる。当てやすく避けづらい、本当にギリギリの距離。一瞬でも反応が遅れれば、防御は間に合わない。つまり、フェイント。

 上段斬りをフェイントにして、側面斬り。盾で防ぐ。

 盾殴りをフェイントにして、上段斬り。盾で防ぐ。

 突き、フェイントなし。盾で防ぐ。

 虚実入り混じる連続攻撃。やはりウトマンの技量はこの中で随一だ。練習する前の俺なら、当の昔にやられている。しかし、フェイントは散々赤井さん相手に練習済みだ。しかも、赤井さんは魔法か何かで剣速を上げていた。ウトマンよりも早い速度と技量を相手に、ずっと訓練したのだ。おかげでこうして、対応できている。勿論、かけらも油断できないが。

 一つしのぐごとに、ウトマンの表情から余裕が消えていく。こっちはそんなもの、はなっから無いので歯を食いしばって防ぎ続ける。相手からすれば全力疾走を続けるようなもの。息切れは必ず来る。だからこそ余裕がなくなり、必死になって剣を振る。おかげで一撃ごとに早く鋭くなっていく。それを、ただしのぐ。


「……くぅっ!」


 そしてついに限界が来た。苦し気に距離を取ろうと後ろに跳ねるウトマン。盾の捕縛機能を作動、追撃でこいつを押し付ければ俺の勝ち……!


「死ねぇッ!」

「しまっ!?」


 いつの間に復帰していたのか。ボドワンの奇襲。咄嗟に身をひねったが、左腕の肩口を刃が掠める。環境服が引き裂かれ、血が舞った。力場装具が、戦闘用で起動している。防御、訓練用の弾く力場。捕縛用の引きつける力場。戦闘用は、その混合だ。さながら嵐の海のように、剣の形の中で力場が渦を巻いている。いかなる装甲も、触れれば引き裂かれる。防げるのは同じ力場装具のみだ。


「ボドワン!? 貴様、何をしている!」


 俺の腕から流れる血を見て、さすがのウトマンも慌てる。唸りを上げる剣をひらひらと振って見せながら、ボドワンが笑う。


「はぁ? 何ってわかるっしょ? このクソ平民をさぁ……ぶっ殺すんだよ! こいつ! 僕を! 殴ったんだ! 僕を! この僕を! 平民のくせに!」

「ダメだよボドワン! シャレにならないよ!」

「アハッ、マルタン、君なんでそんなところに入ってるの? バカみたい! まあ、ちょっと黙っててよ、今から……」


 盾を構えて、ボドワンに突撃。力場装具が軽量で助かった。重ければ持っていられなかっただろう。けん制の為かそれともただの反射か、ボドワンが剣を振る。盾と剣が、お互いの力場を削り合う。剣を捕縛モードで起動。せめぎ合う俺の盾ごと、ボドワンの剣と腕を固定する。これで剣はもう振れない。


「な、お前っ!」

ッ!」


 顔面を、全力で殴り飛ばした。何かを砕いた感触。鼻骨か歯でも折れたかもしれない。さらに、腰を落として高さを調整。肩と腰をひねった渾身のストレートを、みぞおちに叩き込む。


フンッ!」

「ごほぉ……」


 またも、腹を抑えて蹲ろうとする。が、今回はもう容赦しない。さながらサッカーボールにするように、全力でド頭を蹴り飛ばした。


セイッ!」

「ギャッ……」


 仰向けにひっくり返るボドワン。戦闘状態の力場装具も、固定されているおかげで彼に倒れるという事がなかった。固めておかねば事故が起きていただろう。呆然とこちらを見るウトマンに対して手をあげる。


「すみません、ちょっとタイムで」

「……あ?」


 何言ってるんだこいつは、といった表情をしているうちに、手早く済ませる。腰の裏に隠し持っていた止血スプレーを取り出す。ぶっかけるだけで消毒、血止め、痛み止め、傷の修復をやってくれる未来世界のすごいアイテムである。こんなのがコンビニで手に入るのだからこの世界はすさまじい。

 スプレーから噴き出る泡を、こんもりと傷口にぶっかけた。あとは薬が何とかしてくれるだろう。効果が出るまで痛いのは我慢だ。スプレーをしまって武装を回収する。……ああ、やはりだめだ。痛みで上手く盾が動かせない。力も籠められないので、ウトマンの剣撃を耐えることはできないだろう。盾の力場放出を止め、こちらもしまう。

 サイド剣を構えてウトマンに向き直る。彼の顔は困惑に彩られていた。


「……まだやる気か」

「ええ。そりゃあもちろん」

「……もう、ここらでよいではないか?」


 …………は?


/*/


「貴様のその、なんだ、そういうのはわかったから、うむ。それにほれ、応急処置では不都合があろう? ここには医療スタッフもいるし、なあ、マルタン?」

「え? あ、うん! そうだね! 治療は大事だね!」


 不自然に明るく、事を終らせるために話し合う二人。……さぁて、困ったぞ? これは本当に困った。


「そ、それにだ! ことが明るみ出れば、無事ではすまん! しかし我らが口をつぐめば……」

「そうだね! それがいいよね! 平和が一番!」


 流石に一か月は長かった。当初の激情は、随分と小さなものになっていた。毎週殴られてはいたが、それだってまあ、リベンジの為に彼らを研究するという目的もあったから耐えられた。最近では感謝すらしていたのだ。きっかけがあったからこそ、ここまで努力出来たと。

 だが、これはない。これはひどい。彼らは何もわかってない。分かろうとしていない。

 地団太を思いっきり踏む。盛大に音が響いて、二人が飛びあがった。


「……何が分かったって? 言ってみろや」


 二人は答えない。ぞんざいな言葉を使えばいつもなら反射的に平民の分際でといったろうに、それすらしない。ああ、はらわたが煮えくり返る。怒りで頭がくらくらする。


「分からんか。じゃあ自分の身に置き換えて考えろ。相手の都合で呼び出され、ゲラゲラ笑われながら袋叩きにされたら、どんな気持ちになる?」


 一歩踏み出す。駆け引きでも何でもない。自然に足が出た。ウトマンが一歩下がる。


「貴族だから! 平民だから! 身分の差をかさに着て、平然と横暴にふるまわれたら、どんな気持ちになる?」


 さらに一歩踏み出す。今の俺はものすごい表情をしているだろう。ウトマンが一歩下がる。


「自分の親を馬鹿にされたらどんな気持ちになるか、言ってみろや! ああ!?」

「す、スマン!」


 おそらく、俺の勢いに押されて反射的に口にしたのだろう。ブチっときた。怒りに任せてなりふり構わずウトマンにぶん殴りに掛かる、その瞬間。


≪スケクロさん≫


 アドミンさんに名前を呼ばれた。限界突破してた怒りに、冷水をぶっかけられた気分。ギリギリの所で踏みとどまった。ああ、そうか、そうだった。俺の目的は、憂さ晴らしではない。

 大きく、深呼吸をする。


「……それは、何に対する謝罪ですか?」

「全てだ! 諸々全てに謝罪する!」

「では、まず、何よりも。両親への侮辱を撤回していただきたい」

「する! 撤回する! 済まなかった、この通りだ!」


 ふー……と、大きく息を吐く。あ、ダメだ。どっと疲れが来た。身体から力が抜けてしまった。がっくりと座り込んでしまう。そんな俺を見て、二人も緊張を緩和させる。……ああ、かっこ悪い。結局、ガキをぶん殴って言うこと聞かせてるだけなんだよなぁ、これ。


≪でも、誰かが教えてあげなきゃいけない事だったと思いますよ?≫

≪……他人の俺がやるべきことですかねぇ?≫

≪少なくとも、この子たちの周りの大人は教えてなかったみたいですし?≫


 ……ああ。そうか。彼らはそうなのか。この星の貴族たちは、初めからそうだったわけじゃないと聞いた。この星に来て、貴族、王族を名乗り始めたという。統治の為か特権を得るためか、理由は知らないしどうでもいい。貴族でなかったから、そうであろう振る舞いをしているだけなのだ。怪物退治だってそうだ。彼らの母星で貴族たちがそうであったから、真似をしているに過ぎない。

 型から入って実が伴っていない。それがこれだ。貴族っぽい振る舞いだけ教え込まれた子供たち。勿論、すべての貴族たちがこうであるわけではないだろう。リアーヌさんやジルベール君のような例もあるし。だが、少なくとも彼らはそういう事なのだ。

 ……本当、なんだかなぁという気分だが。言わなければならないだろう。


「えー……じゃあもう、お願いですから。身分を振りかざして下の者を虐げるのは止めていただけませんか? やられると辛いので。あと、俺やほかの人を呼んでサンドバックにするのも」

「ああ、もちろ……」

「嫌だね」


 力場装具の起動音と共に、足音一つ。振り返れば、ゴーチエが怒り心頭といった具合で立ち上がっていた。ああ、やっぱり。ボドワンが復帰してきたときも思ったが、時間をかけ過ぎたか。


「全くウトマン、君大丈夫かい? いくら僕らが卑劣な手でダウンさせられたからって、こんな平民に謝るとか、どうかしてるよ?」

「待てゴーチエ。貴様何をする気だ」

「決まってるじゃないか。貴族に手を上げた平民なんて、生かしておく理由ないよね」


 力場装具の槍を戦闘起動させる。うなりを上げる槍を振り回すその目は尋常ではない。


「待てと言っている! お前も聞いていただろう。殴られれば痛い、父母を侮辱されれば怒りもする。当たり前のことだ! 当たり前のことを俺たちは……」

「平民の事なんか知ったこっちゃないよ! なんで僕らが一々そんな事慮おもんばからねばならないのさ!」


 その言葉に、ウトマンは愕然とした表情になった。ゆっくりと、俺の方を見る。ああ、思い出したか。そうだね、それと似たようなことを君は言ったね。俺を見て何かを察したか、彼は口をへの字にして何かに耐えるようにうつむいた。


「そうだな……俺たちはいつもそうだった。その結果の結実が、この男だ」

「その無礼者が一体何だってんだい」

「分からんのか! こいつは、ひと月ほど前まで本当に素人だった! だが、それから一か月。たった一か月で俺たちを打倒する算段をつけてきたのだぞ! 異常だ、あまりにもおかしい。それを成さしめたのは何が原因だ? 俺たちの振る舞いだろうが!」


 ……いやまあ、正直。一か月クソトレーニングしてリベンジとか、ふつーはないよね、うん。俺もアドミンさんとの約束無かったらやり遂げなかったと思う。だがまあ、それが彼の意識に大きな改革をもたらしたらしい。何でもやってみるものだ。……責任を取れるのであれば、だけど。

 

「そんな例外中の例外を引き合いに出して、さも正しいといわれて納得するとでも思ったのかい? そろそろどいてくれないかな? ウトマン」

「……俺は止めろと言っているぞ、ゴーチエ」


 いよいよ一触即発の雰囲気。武器を構えて対峙しようとする二人に割って入るべく、腰を上げかけたその時。


「これは一体何の騒ぎだ?」


 新しい声が、訓練場の中に響いた。


/*/


 まず目が行ったのは、見事に剃り上げられたスキンヘッド。首は太く身体も鍛え上げられている。そして身を包むのは金色の太陽をあしらったコート。それはルトラス教のシンボルだ。30代前半と思われるこの男の登場に、ウトマンたちも職員も動きを凍らせた。


「……もう一度訪ねる。これは一体何の騒ぎだ? オレール・ウトマン」

「はい、その……ジュネスト閣下。これは……」

「いかにも自分はマクシム・ジュネストであるが、今は貴族ではなく騎士団員として来ている。敬称は不要だ。名前でよい」

「は。……では騎士マクシム。これは……」

「反逆です! そこの平民が、我らに対して刃を向けたのです!」


 しどろもどろのウトマンを押しのけて、ゴーチエが叫び出す。じろり、と鋭い眼光が飛んでくる。流石に失礼にあたるか。疲れ切った身体に鞭打って立ち上がる。


「ふむ、反逆と。具体的にはどのように? ゴーチエ・ファシュ」

「はい! そこの平民は卑劣にも、訓練開始早々にわが友ボドワン・クレマンソーを不意打ち。暴行を加え終わるや否や、今度はブリアック・ダリエにもだまし討ちを。さらに姑息な手を使ってわたくしめの武器を奪い、さらにマルタン・ラランドからの射撃の盾にしたのです! ……そこから先は私は見ていなかったのですが、マルタンのあの姿を見るにひどい辱めを受けたことは確実! 万死に当たる無礼を働いたのです!」


 嬉々として俺の罪状を語るゴーチエ。うん、まあだいたいあってる。ただ、マルタンのは単なるフレンドリーファイアだ。盾にする気はあったけど。

 

「お待ちください騎士マクシム! 確かにゴーチエの弁は大筋間違っておりませんが、そもそもの原因は我ら、私にあり……」

「原因が何であるかなんか関係ないね! こいつは許されないことをやったんだ! この場での処刑を!」

「ゴーチエ貴様ぁ!」

「双方黙れ!」


 練習場全体に響くような大声に、皆身をすくませた。凄い声だ。普段から大声を張り上げていなければここまで出ないだろう。


「ゴーチエ・ファシュ。今の言葉に嘘偽りはないな?」

「はい! もちろん! 一字一句間違いなく、家名にかけ……」

「ゴーチエ・ファシュ! ……貴様、槍を握って何年になる?」

「は? ……ええと、はい。たしか十歳からですので……八年ほど、です」

「オレール・ウトマン。お前が徒党を組み封鎖区画で責務を果たすようになって何年だ?」

「……二年を過ぎました」


質問の意図が分からず困惑する二人を横に、再び騎士マクシムの視線が俺に向けられる。


「貴様、剣を握って何年だ?」

「一か月と少しになります。五週間前後ですかね」


 俺の言葉に、騎士マクシムは大きく頭を振った。めまいを振り払うように。


「そうか……つまり長年にわたり訓練し、実戦も経験した五名がたった一か月しか訓練していない一人に敗北したと。……何たる無様か。家名に泥を塗る所の話ではないぞ」

「それは! この平民が卑劣な手を!」

「そんなものは言い訳にならん! 武器を手にしていたにもかかわらず奇襲を受けた? 間が抜けているにもほどがある! 修行が足りんぞゴーチエ・ファシュ!」


 真っ青になって後さずるゴーチエ。まあ、この展開は予想していなかったに違いない。できる方がおかしいだろう。仕掛け人以外は。


「こんな話が知れ渡ればどうなると思う? 社交界ではしばらく話のタネが尽きぬだろうよ」


 騎士マクシムが頭振る。……実は俺、ファンタジー小説読んでて思っていることがある。貴族とヤクザって似てるって。貴族は名誉が、ヤクザはメンツが何より大事。侮られればたちまち周囲から袋叩き。ネットで醜聞が広がると、瞬く間に炎上するのと同じだ。人は離れていくしツテも途切れる。再び這い上がるのも並大抵の苦労ではない。だからこそ彼らは名誉、あるいはメンツを大事にするわけだ。

 だからこそ今ゴーチエもウトマンも血の気が引いている。彼らがやったことで家の名が落ちる。ただの騎士爵ならともかく、男爵、準男爵ともなると人を多く雇っていることだろう。家族や家来にも迷惑がかかるわけだ。こんな顔になるのも当然なのだ。


「じゃ、じゃあ……ここで、こいつがいなくなれば……」


 血走った目でゴーチエが俺をにらむ。俺に向けられた槍の先が震えている。


「たわけ! こんなにも目があるところで、そんなごまかしが通用するものか!」


 騎士マクシムが手を広げる。周囲にいるのはこの場所の職員たち。事の成り行きをすべて彼らは見ていたのだ。人の口には戸が立てられない。


「仮に彼らが口をつぐんだとしても、電子記録はもう残っている。どれだけ消そうと、一度記録が作られればいつかはどこかで再生させられる。貴様らとて分からぬわけではあるまい?」

「そ、そんな……」


 ゴーチエの手から力場装具が零れ落ちる。がっくりと膝から崩れ落ちた。変わる様にウトマンが一歩前に出ると、騎士マクシムに深々と頭を下げる。


「騎士マクシム。どうかお力を貸していただけませんでしょうか。家や家来に迷惑をかけるのは……」


 彼は今、どんな気持ちで頭を下げているのだろうか。さっきのアレもあるし、もしかしたら最初の日の俺の土下座を思い出しているかもしれない。何となくそう思うだけだが。

 その言葉に、騎士マクシムが重々しく頷く。


「……その言葉に、偽りは無いな?」

「我が家名に……いえ、我が名にかけて!」

「よろしい!」


 騎士マクシムが右手を上げると、入り口がら大勢の人間が入ってくる。そう、コウ先生と、俺のクラスメートたちだ。

 事の成り行きに呆然とする二人に、騎士マクシムが厳かに告げる。あー、口元がちょっと笑いそうになってるな。


「記録が消せないのであれば、別のもので上書きすればよい。すなわち平民一人に五人が敗北したのではなく、多数の平民を相手取って模擬戦闘をこなした、とな!」


 クラスメートたちが一斉に力場装具を起動させる。中々に壮観だ。そんな俺の肩を叩くものあり。なんだか熱いな、と振り返ってみればいつの間にか池から上がっていたマルタンだった。環境服が乾燥モードを起動させて服を乾かしている。雪国ならではの機能だ。……というか胸元をそんな広げるんじゃありません。なんでそんなにおっぱい大きいの。男なのに。


「ねえねえ。もしかして、全部知ってた?」


 小首をかしげてくる彼女、じゃなくて彼に対して俺はこらえきれなくなった笑みを浮かべる。


「俺言いましたぜ? 全て分かっております。この後どうなるかも全部って」


 そう、全ては。


≪全てはこのアドミンの思惑通りにぃ! 我が策は成れり! うはははははーー!≫


 ああ、アドミンさんがドヤ顔を羽扇うせんでバッサバッサ扇いでいる幻影が見える。冗談みたいだが本当の話なのだ。例えケンカで勝っても彼らは貴族。権力に物言わせて俺を闇に葬るとか割と普通にできてしまう。せっかく資格取りに来てるのにそれじゃあ困るから対策しようね、というのが事の始まり。

 まずアドミンさんが赤井さん使って手に入れたのが、この練習場の記録映像だ。彼らが俺をボコっている映像を手元においておけば、容易に消せないと考えたわけだ。しかし、映像は改ざんや加工ができるもの。これだけでは弱いともっと別の方法を考え出す。

 このデータが流出して困るのは誰? それはもちろん、彼らの親だ。赤井さんを通じてリアーヌさんやジルベール君、そしてコウ先生にコンタクトを取ってこの世界のコネクションを獲得。そのつながりを利用して彼らの親と、仲裁役の騎士マクシムと接触。今回の企てに協力を取り付けた。

 彼らの親も今回の事は寝耳に水だったようだ。家を継ぐ嫡男がこんな有様では先行きが真っ暗すぎる。醜聞を消せてお仕置きもできるとあれば、願ったりかなったりというわけだ。

 この一連の話がまとまったのが今週の事。次の呼び出しがXディと決まり、各自準備に奔走。そして今日、俺を呼び出すのを見たクラスメートが皆に知らせて……御覧の通りというわけだ。いやはや、やはり勝負は準備七割である。よもや彼らも、ガードマンの人たちすらも騎士マクシムによって事前に止められていたなどと思いもしないだろう。

 つまる所たとえ俺に勝負で勝ったとしても、彼らの敗北は最初から確定していたのだ。流石にこれを全部説明するわけにはいかないが、さっきの一言でいろいろ察したのだろう。マルタンがぺちぺちと拍手してくる。

 それを見て、頭の中に響くアドミンさんの笑い声がさらにハイテンションに。さらに、かぶさってもう一つ笑い声が。


「ふ。ふははははは! よろしいかかってくるがいい! このオレール・ウトマン、逃げも隠れもせんわ!」


 やけっぱち気味に笑いながら武器を構えた。そんな彼に真っ先に対峙したのは同じく貴族。


「一手、馳走」


 細剣を構えたリアーヌ・ブラン。


「お相手願う」


 槍を構えたジルベール・バランド。技量が高い三名が、早々に火花を散らす。そうかと思えばぶおんと大きな風切り音と共にひと吠えする大男在り。


「うおーー! 俺の所にもこーい! どーーんとこーーい!」


 一体いつの間に復活したのか。ブリアックが大剣を振り回してアピールしている。……きっと暴れられれば何でもいいんだろうなぁ。流石にあの大男に挑む勇者はいないか、と思ったら。


「威勢がいいな。よろしい、私が相手になろう」


 まさかの騎士マクシム参戦。え、いいんですか? と聞きたいところだったが、彼は左手に大楯、右手に大ぶりのメイスを引っ提げて殴り合いを始めてしまった。というかあのメイス、力場装具じゃないぞ。なんだあれ。


「来るな! 来るんじゃない!」


 いつもの技の冴えはどこへやら。金切り声を上げてゴーチエが槍を振り回す。彼の所は大盛況だ。皆、ニヤニヤ笑いながら包囲を狭めていっている。弱ったものは囲まれて叩かれるのだなぁ……。


「おおっと、それ以上近づくな! 近づいたらこの子の無事は保証しないぞ?」

「うおおー動くなーみんな動くんじゃねー! おれのマイサンが! マイサンが! ああ、背中におっぱいが!?」


 ……マルタン、君なにしてるの。いつの間にやら俺の前の席のバカコンビ、もとい元気な二人組のうちの片割れがマルタンに捕まっていた。人質だ。さらに彼の股間の息子も人質になっている。ガッツリつかまれてるなあれ。


「クソっ! なんて羨ましく、かつ邪魔な奴なんだ!」

「こうなったらもう、アイツごとやっちまおうぜ」

「むしろアイツをやっちまおう」


 びっくりするほど酷い有り様になりつつある。ひどいといえば最後の一人もひどい。


「おい、こいつノビてるけどどーする?」

「薬ぬれば治るんじゃね? 起きたらボコろう」


 哀れボドワン……。それしか言葉が浮かばない。

 そんなわけで訓練場の中はしっちゃかめっちゃか。怒声と悲鳴と叫び声と笑い声、力場装具のぶつかり合う音があっちこっちから響いてくる。

 ……やり切った。求められる所まで繋いだ。成し遂げた。だから。


≪勝ちってことでいいですかね?≫

≪スケクロさんとしてはあれでよかったんですか?≫

≪親の事謝ってもらいましたし、この惨状ですし。これ以上はアカンでしょう。コンビニ店員脅して土下座させる阿呆じゃないんですから≫

≪やったら炎上沙汰ですねー≫


 そんな風にぼんやりとこの状況を眺めていたら、ふらりとコウ先生がやってきた。


「おい、オッサン。傷の調子はどうだ」

「え? ……もうほとんど痛み、ないですね」

「そうか。じゃあ休憩終わりだ。リアーヌとジルベールが攻めあぐねてる。いってこい」


 見れば、防御に徹して二人を寄せ付けてないウトマンの姿が。やっぱり強いんだなぁ、彼。……さて、今なら少しは左腕も無理が効きそうだ。剣と盾を構えなおす。最後のひと踏ん張り。全力


を持って……。


「飛び入り御免!」

「! 来ぉい!」


 勝負の結末は、言わぬが花か。


≪隙見て組み付いて四の字固めでギブアップ取ったから、確かに花のない勝利でしたね≫


 ……そういう意味の言葉じゃないったら。




ひと段落ついたので、次回ギャグ回

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