十三話「本気になる日」
その日のアル・コンミンの天気は、大雪だった。日本の都会だったら確実に交通機関がマヒするであろう量が、夜から途切れることなく降っている。しかし、ここは未来世界の都市である。しかも一年通してほぼ冬という気候の星。当然ながら備えは万全だった。
建物も道路も、雪が全く積もっていない。地球でも道路に電熱線を仕込むことで雪を溶かす仕掛けがあったが、それと似たようなものがこちらでもあるらしい。当然のことだけど、こっちの方がはるかに洗練されているようだ。
しかし道路が大丈夫でも雪による視界の悪さで事故が起きるのではないか、と思うかもしれない。そこは街や車に仕掛けられたセンサーとARが解決する。普通に見れば、雪で五メートル先も見通せない。しかしそこに昔のダンジョンRPGよろしくワイヤーフレームで建物や対向車の輪郭が書き加えられる。つくづく便利だ。まあ、それでも雪の日は速度を落とすのが常識らしいが。
そんな雪の日でも環境服のおかげで寒さはほとんど感じない。俺の地元はほとんど雪が降らないので、純粋に雪が降る様を楽しみながら学校へと向かった。
で。入り繰りに立っている体格のいい人物。貴族専用訓練場のガードマンの人だ。この人がここにいるという事はそういう事である。
「……おい」
「はい」
会話はそれだけ。これで5回目なので余分な会話はしない。連中に言われて俺を呼び出しに来たのだ。ガードマンの後をついていく。幾人かのクラスメートが俺の姿を見て、どこかに駆けていった。
雪が降りしきる中、訓練場までの道のりを無言で進む。会話はない。このガードマンの人とろくに話したことはない。かといってひどい扱いを受けたこともない。彼は普通に、あの設備のガードマンにすぎないのだ。にもかかわらず連中の小間使いのような事をやらされているのだから、仕事というのは辛い事である。
訓練場に到着する。ガードマンの人は入り口に、俺は中に入る。中は植物を育てられるほどの温かさに保たれている。環境服がそれを感知して、温度調節を開始。一瞬熱く感じたものが、すぐに適温に調整された。
庭師やトレーニングコーチ達が俺を見て顔をそむける。彼らもまた、ここで働いているだけの平民である。毎度行われる惨状を見て、胸中穏やかではないだろう。しかしそれに対してどうこうする余裕は、今の俺にはない。
近接戦闘用の訓練場に入る。連中の姿はない。いつもの事だ。元々、あいつらは卒業生だ。授業の開始時間に来ることはない。貴族であろうと平民であろうと、一定額を納めればここの訓練設備を自由に使っていいというのがこの学校の売りだそうで。さらに貴族たちは別の寄付をして、こんな専用施設を運用させてたりする。
待たされるのはいつもの事だ。力場装具を用意して、あとはストレッチをして準備をする。そして連中がやってきた。
「おー! サンドバック君きてるじゃーん! まっじめー!」
一人目。さらっさらの金髪に、ジャラジャラと宝石が山のように付いた外套。香水の匂いをぷんぷんさせてる、この中で一番チャラいの。ボドワン・クレマンソー。見た目通りの遊び人。いろんな意味で軽いやつ。使用する武器の形状はレイピアのような細身。攻撃は突き技が主体で守ってないところを素早く狙ってくる。
「じゃあさっさと始めるか。今日は三発でダウンさせてやる!」
二人目。髪を赤く染めた二メートルの巨漢。筋肉ダルマとしか言いようがないパワー野郎。はっきり言って脳みそまで筋肉。ブリアック・ダリエ。馬鹿みたいに飯を食い、その勢いで女の子も別の意味で食っていくそうだ。アメリカのアメフト部のテンプレみたいだな。力場装具を身体に見合った両手剣にして殴ってくる。
「それじゃあ困るって前も言ったろブリアック? 君は一番最後だ」
三人目。ブリアックの次に背の高い、珍しく浅黒い肌の男。こっちも髪を紫に染めている。ゴーチエ・ファシュ。聞いた話では金使いが荒いとか。ボドワンも相当遊びに金を使ってるそうだが、こいつはポンと車などを衝動買いするとか。金銭感覚どうなっているんだ。まあ、いい。武器の形状は槍。得物と手足の長さを武器に、徹底的にアウトレンジから攻撃する。この中で二番目にやりにくい相手だ。
「今日こそ一番は僕がもらいたいね。毎回毎回、弱った犬のような有様のコレを撃つのは楽しくない。たまには生きのいい状態で狙ってみたいよ」
四人目。伊達なのかARの補助具なのか、眼鏡をかけている。男なのに、金髪ロングヘアー。男なのに、口紅引いている。男なのに、胸がある。男なのに、体の線が女性そのもの。……つまるところ外見上はほぼ女、かつ美人。マルタン・ラランド。……気になってこいつの私生活の噂を聞いたのを後悔している。複数の男女と交際してるってどういうことだ。理解したくない。なので努めて忘れる。使用する武器は銃。アサルトライフルもどき。
「ダメだ。お前は遊びすぎる。これを使うのは訓練だと何度言ったら分かるんだ」
最後。赤地に金糸をあしらったコートに身を包んだ、アッシュブロンドの男。この濃すぎる問題児軍団の頭目。オレール・ウトマン。厚顔不遜、この世の王様であるとでもいうかのような立ち振る舞い。ここにいる間、職員にひどい扱いをしていたのを何度も見ている。武器は言わずもがな、長剣と盾。素早い剣さばきとフェイントが武器。技量的には、この中で一番。
全員、男爵家や準男爵家の嫡男である。この星の貴族は家を継ぐなら一定期間封鎖区画でマナ汚染体、いわゆるモンスターと戦うべしという習わしを作った。さかのぼれば彼らの母星から続く伝統であり貴族らしさを演出するための物ではないか、というのが赤井さんの弁である。
しかしながら本来ならば貴族の義務を現すものだったこれも、星の開拓が進み財政が豊かになるにつれて形骸化。今では単なる火遊びに落ちているとか。それでも一応、モンスターを減らすという最低限の事はやっているようだが。
「じゃ、最初は俺ねー! いいっしょ? 最近調子悪くてさー!」
アクセサリーだらけの外套を職員に放り投げて、ボドワンが剣を振り始める。俺としてはこいつが一番というのは避けてほしいのだが……。
「お前は練習しなさすぎだ。……まあ、いい。ほどほどにしろよ」
ウトマンが許可を出してしまった。練習場のコートの外にある休憩所で、各自好き勝手にくつろぎ始める。間違っても練習に来ている姿ではない。暴力という娯楽を楽しみに来ているだけだ。
だが、それも今日で終わってもらおう。俺は無言で大楯を構え、剣を握る。
「またそれー? やめてよ本当、そのおっきい盾! やりにくいじゃん!」
「怠けるなよボドワン! それとも俺が変わろうか?」
槍用の粒子装具を手で玩びながら、ゴーチエが揶揄してくる。
「うるさいよ! クッソ、見てろよ……さーて平民、楽しい楽しいゴーモンの時間だよー?」
そういいながらボドワンが構える。剣を持つ右手を前に、身体は半身にして細かくステップを踏み出す。実際、こいつの踏み込みの速さは厄介だ。届かない位置にいると思ったら瞬く間に突き込んでくる。前は何度もその一撃をもらい、そのたびにゲラゲラと笑われたものだ。
さてどうする。始めるか、それともボドワンの後の奴にするか。少しばかりの迷い。すぐに結論を出す。やろう。ボドワンの突きは痛い。ここで変にダメージをもらって、動きを鈍らせたり体力を消耗する方がよっぽどまずい。だから、やろう。
ボドワンが何度も細かく動き、守りのない部分を狙い定める。俺も棒立ちではいられない。常に正面にとらえるように足を動かす。互いの距離は二メートル弱。武器の届かない位置でにらみ合う。
「本当さぁ……どんどん小賢しくなるよね。おとなしく刺されればいいの、にっ」
ボドワンが踏み込む。全身のバネを使って、自らを弾丸のように。一気に距離を詰めるボドワンに対し、俺の行動はシンプルだ。盾を斜めに構えて、同じように踏み込んだ。練習のかいあって俺に刺すべく突き出された剣は、盾の表面を滑っていく。代わりに、大楯のふちがヤツの胸をしたたかに打ちすえた。
「ぐほっ!?」
奇襲だ。攻撃を食らうことを想定していなかったボドワンは呼吸を乱す。本来なら力場装具の鎧を装備する為、こんな打撃程度大したダメージにならない。しかしそこそこ重量があるため、彼らは一度もここでそれを装備したことがなかった。結果がこれである。さらに、えずくボドワンに対して剣を振り下ろした。
「ぎゃっ!」
叩かれた犬のような悲鳴を上げて、ボドワンが倒れ伏す。たった二発でこれである。だからボドワンは後にしかたったのだ。こいつたいして強くないから。
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訓練場が静まり返った。いや、実際にはゆったりとした音楽が流されているしボドワンの苦し気なうめき声も響いているが。誰も動かない、声も出さない。俺の方を呆然としてみている。連中も、職員も。とりあえず俺は、ボドワンの力場装具を遠くに蹴っ飛ばした。武装解除大事である。
「き……さまぁ! 平民! 今何をしたぁ!」
座っていた椅子を蹴飛ばして、ウトマンが吠える。まあ、こいつは怒るよな。
「ぶっ! ……アッハハハハハ! ボドワン負けちゃってんの! 情っさけな! アッハハハハ!」
マルタンが甲高い声で笑いだす。足をじたばたさせて笑う様は女にしか見えない。だが男だ。
「おやおや平民クン? 君なにしちゃってるの? 何しちゃったかわかってるの?」
ゴーチエが余裕があるふりをしながら、そういってくる。実際は顔引きつってるのでそうは見えない。で、俺としてはこいつよりも先に対応しなきゃいけないやつがいる。剣を持ったままの右手で、脳筋のブリアックを指さす。
「……あ?」
そして手招き。呆然としていたブリアックの顔に喜色が広がる。流石脳筋、話が早い。
「ガハハハハハ! 面白い! 面白ぞぉ!」
自慢の大剣を振り回しながら、ブリアックが俺めがけて突進してくる。マッチョマンが獲物を振りかぶりながら突っ込んでくるというのは何度体験しても筆舌にしがたい恐ろしさがある。
ブリアックの剣は、防げない。パワーが違うのだ。受け止めても、体勢を崩される。追撃の剣や蹴りを叩き込まれると、もう駄目だ。あっという間に守りを崩されて、とどめの一撃をもらってしまう。この戦いのために用意したカウンター戦術が使えない。
だからこいつには別の攻略法を用意した。まず力場装具のスイッチを切って、環境服の腰の裏にこっそり取り付けた収納具に引っ掛ける。そして無手の状態でブリアックの足にタックルを仕掛けたのだ。
「おおう!?」
目を白黒するブリアック。予想外の行動に戸惑っている。そうでなくては困る。俺がこのタックルをどれだけ練習したと思っているんだ。二メートルに大きくなったスケルトン先生相手に、ひたすらタックル。剣にはじかれ、抱きついた足に蹴飛ばされ。ボロボロになりながら、ただこの一瞬のために習得したんだ。
抱え込んだ足を一気に押し上げる。突撃の最中だったブリアックは踏ん張れず、そのまま足を取られてうつぶせに倒れ込んだ。ホール全体に巨体が床に打ち付けられる音が響く。これで終わりではない。後ろから蛇のように腕を回して、太い首に絞める。スリーパーホールドだ。
「ぐっ!? 首が……!」
ブリアックは体力お化けだ。まともな戦闘ではまず勝てないし、そもそも長引けばほかの連中が介入してくる。こいつをいかに早く、スマートに無力化するか。検討を重ねた結果が、スリーパーホールドによる気絶だった。この技だって、必死に練習してものにしたのだ。何度巨大スケルトン先生に振りほどかれ反撃を食らったかわからない。
ブリアックがもがいてあがく。必死で外そうと俺の腕をつかんでくるが、こっちも完璧に締め切って放さない。苦し紛れの打撃も来るが、不自然な体勢からの攻撃だ。ろくに力が入っていない。徐々に力が失われていく。が。
「貴様ぁ! ブリアックを放せっ!」
剣と盾を手に、ウトマンが走り込んでくる。タイミングを計る。ギリギリまで引きつけ、奴が止れない速度で跳び込んだ瞬間離れる。狙っていた俺は消え、代わりにいるのは助けるべきブリアック。振り下ろされたウトマンの剣を、朦朧とした彼が避けられるはずもない。頭部に一撃、その勢いのまま床に頭を打ち付けてもう一撃。よし、狙い通り。
「ブリアック!? お、おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
介抱するウトマンを後目に、俺は大急ぎで立ち上がって武器を構えなおす。目の前には、槍を構えたゴーチエ。その後ろには銃でこちらを狙うマルタンの姿もある。元々、一人づつ片づけられるとは思っていない。二人を単体で処理できただけでも僥倖だ。
「まさかブリアックまでやっちゃうなんてね……驚いちゃったよ平民。すごいなぁ」
言葉こそ冷静を装っているが、声は怒りに震えている。顔も引きつりっぱなしだ。ぶっちゃけ愉快な顔面になっている。が、そんなのにいちいち反応する余裕はない。ゴーチエと戦っている最中に、マルタンに撃たれては事だ。それを避ける方法は一つ。奴の射線上に、ゴーチエを置くように俺が動けばいい。盾にするのだ。
「ゴーチエ、邪魔!」
「マルタンが動けばいいだろうが!」
「動いてるけど、そいつがキミに隠れるんだよ!」
「じゃあ黙って見て……!」
盾のスイッチを操作してから、踏み込む。ゴーチエの使う槍のリーチは長い。まともに戦えば、俺の攻撃の届かない場所から一方的に攻撃が可能だ。槍が懐に踏み込まれると不利であるという事も熟知している。だから絶対に自分の間合いを守る。今のように、反射的に槍を突き出して俺を近づけないようにする。狙い通りだ。
力場の盾に、力場の槍がめり込んだ。
「なっ、ああ!?」
驚き、そして気づくゴーチエ。通常、盾は敵の攻撃をそらすために弾く力場を発生させている。模擬戦闘の時の剣も同様だ。で、今俺は盾に逆の引きつける力場を発生させている。盾に触れたものは、くっついたままになるのだ。
その盾を、さらに床に触れさせる。これで、槍は動かない。
「く、くそっ……あっ!」
ハッとして槍のスイッチを操作する。電源を落として力場の形成が失われる。当然、槍の捕縛も解除される。ついでに、自らを守る道具も失われた。
全力で腹に剣を突き刺してやった。訓練モードなので本当に刺さることはないが、場所がみぞおちだ。人体急所を突かれて平気でいられるはずもない。
「ごほぉ……」
腹を抑えて蹲るゴーチエに、さらに一撃。これで三人目。手早く剣のスイッチを操作。同時に衝撃が俺を襲った。マルタンの銃だ。装填された模擬弾を、景気よくばら撒いてくる。射線上にまだゴーチエがいたのに。おかげで数発当たってるじゃないか。俺には当たら無いが。
「ちょ、それ、ずるいよっ!」
それとはつまり、剣から発生させた盾の事である。力場装具とは、名前の通り力場を発生させて装備を作り出す道具だ。形はある程度自由が効く。なので剣柄の形をした装具から盾を作り出すこともできるし、その逆も可能なのだ。
力場装具とは、元々恐竜的進化を遂げ巨大化した動力装甲服を打倒するために生まれたと聞く。敵の動力装甲服を破壊するために大火力となった重火器に耐えるために盾と鎧を。装甲を貫くために力場の剣が生まれたのだ。盾で防ぎ、動きを束縛し、剣でとどめを刺す。言うは易いが、実際は困難を極めただろう。楽に勝てるならこんな道具作ったりはしない。そして、そんな困難極まる状況で使われる道具だ。この程度の汎用性はあって当然といえる。
防ぎながら、床にくっつけたままだった盾を回収。再びはじく力場を発生させて、盾をさらに大きくする。剣を戻し、前からの強風に耐える傘のように斜めに構えれば準備完了。目標は、涙目で弾をばら撒くマルタンだ。
「まって、やめて、こないで、いやぁーー!?」
動力装甲服を破壊する重火器に耐えるために作られた力場装具の盾が、豆鉄砲に打ち破られるはずがない。なにより模擬弾だし。銃を放り出して逃げようとする背に斬りつける。ただし今度は剣を捕縛モードにして。
「ああっ!? ちょっと、なにするんだよ! 放せってば! 引きずるなぁ!」
さて。流石にこれを殴ったり蹴ったりは気が引ける。で、この施設には、なんと観賞用に池がある。ので、そこまで引きずっていき。
「ちょ、やめてっ。ああ!?」
放り投げて捕縛を切った。盛大な水しぶきを上げて、マルタンが落ちた。大した深さではないので溺れることはないだろう。
「上がってきたら全力でぶちのめしますので」
そう一声かけて背を向ける。これで上がってきたら全力で殴ろう。……邪魔してきたらどうしよう? やっぱりぶん殴って行動不能にした方がよかったか? でももう武器を手放してるしなぁ……ああもう、迷うな。そんな余裕なんて最初からないだろう。いよいよ本番だ。
視線の先には、激情のあまりに顔面蒼白となったウトマンがいた。
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「ふたつ、聞かせろ」
震える声でウトマンが問うてくる。
「どうぞ」
「貴様は、何をしたのか分かっているんだろうな? 貴族にこんな真似をしたら、どうなるか!」
「もちろん。全て分かっております。この後どうなるかも全部」
胸を張って答えてやる。今、俺の顔はどうなっているだろう。感情が暴れすぎてさぞかし変な顔をしているだろう。緊張と達成感と喜悦と恐怖がぐるぐる回っている。
≪ふふふ……ははは……うはーははは! ねえどんな気持ち!? 平民にお仲間ボコボコにされてねえ今どんな気持ち!?≫
≪アドミンさん抑えて! いまそういう笑い方すると負けフラグだから!≫
≪え、マジですか? うわぁ、が、我慢する!≫
頭の中で喝采を上げる彼女を抑える。俺だって本当はそうしたい。ひたすら練習して、その成果を得たのだ。でもまだ、終わっていない。
ウトマンが顔を歪めて震えている。本当は激怒したいのだろう。それをあえて堪えている。
「そうか……もう一つだ。貴様、何をした。ボドワン、ブリアック、ゴーチエ、マルタン。たった一人で4人を倒すとは。いったい何をした!」
「練習です!」
言ってやった。うはは、言ってやった! ウトマン君、愕然とした顔をしていらっしゃいます。本当に練習したんだよ。だって五人だよ? 袋叩きにされたら絶対勝てない。だからこの状況にもっていくまでの通し練習をここ一週間ずっとやっていた。ランダム要素マシマシで、どんな状況も対応できるようにして。
「一対一で制圧する方法をさんざん練習しました。特にあちらの御二方はまともに戦ったら絶対勝てないから策を弄しました」
「おのれ卑劣な……! 平民が! 平民が貴族に手を上げただけでも許しがたいのに!」
「……ねえ、ボドワンは? 僕はまあ、銃なくしたらダメダメってわかってるけど」
池の中からマルタンの声。振り向かずに返答する。
「……この際だからはっきり言いますけど。彼は練習さぼり過ぎだと思います」
「だよねー!」
「マルタン! なれ合うな! ……なるほど、そうか。計画的犯行というわけか……罪は重いぞ、平民!」
ウトマンが剣を構える。ああ、もう抑えられない。俺は笑いながら構えを取った。
「何が可笑しい!」
答えない。答えられない。言葉にできない。今、この瞬間のために練習を重ねた。何度も何度も失敗し、痛い目を見た。努力を重ねた。重ねることができた。後はやり切るだけだ。
呼吸を整える。さあ、集中しよう。
勝負だ。