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母親という生き物

 その朝、その日の担当講師が小松先生であるにも拘らず、イマカルチャーに向かう私の足取りは軽かった。


 実は、あの日以来、皆福さんに頼りにして貰えるようになった。


 私としても、それは、嬉しい事なのだ。


 また、今日も、皆福さんの為に、肝を冷やし、神経を磨り減らすになるのか・・・と、憂鬱に思う気持ちも無いわけでは無いが、人に認めて貰えるのは、やっぱり、嬉しい。


その朝、確かに、私の足取りは軽かった。


 「君、ちょっと、いいかな?」


 イマカルチャーを目前にして、軽かった私の足は、一台の白バイによって止められた。


 「君、道の左側を歩いてると危ないよ。」


 確かに、私は、毎朝、道の左側を歩いていた。


 イマカルチャーが道の左側に在るから、という屁理屈は、道路交通法の前では無力である。


 「名前と、住所と、職業を教えてくれる?」


 確かに、私は道の左側を歩いていたが、そんな奴は何処にでも居るだろう。


 しかし、私は、国家権力と闘う革命家では無い。こんな所で命を散らす気など、さらさら、無い。


 表面上は穏やかに時は流れ、そして、終わった。


 「さっき、職務質問されちゃいましたよぉ~!」


 クラスメイトに対して、自虐的に振る舞う余裕も、この時は、まだ、残っていた。


 その日から一週間後の夕方、イマカルチャーからの帰り道。


 「あの、ちょっと、いいかな。」


 今度は、二人組の警察官であった。


 彼らは、刑事ドラマのワンシーンの様に、警察手帳を見せながら近づいて、私に、覆面パトカーに乗るように促した。


 逮捕・・・!


 私は、誇れる所など何も無い自分の人生に、更に、漢字二文字の汚点が刻まれるのを覚悟した。


 勿論、私は無実だ。


 しかし、警察が逮捕すると言ったら、それに従う以外に道は無い。


 仮に数十年後に冤罪が発覚したとして、マスコミから警察が批判されようとも、冤罪の被害者にとってみれば、人生を台無しにされたという残酷な事実が残るだけ。


 テレビや、新聞などの報道でしか触れる事の無かった、理不尽な被害者たち。彼らに降り掛かった災難が、今、私にも降り掛かろうとしているのだ。


 「二週間前まで、毎朝、この道の右側で幼稚園のバスを待っていた、お母さんの女の子の事なんだけど・・・覚えてる?」


 ・・・・・・?


 もしかして、その母娘は、何らかの事件に巻き込まれたのかも知れない。それで、毎朝、この道を通っている私から情報を聴きたいのかも知れない。


 容疑者としてでは無く、捜査協力なら、私も、快く、彼らの為、彼女らの為、社会の為に、役に立ちたい所だ。しかし、困った事に、私は、その母娘を覚えていない。


 「そのお母さんから、警察に通報があってね。毎朝、私たちを、じろじろ見てくる男が居ると。」


 「その男は、殺意を剥きだしにして、睨みつけてきた、と。」


 「毎朝、その男が、私たちに向かって近付いてきた、と。」


 ・・・・・・良かった。何らかの事件に巻き込まれた、かわいそうな母娘は居なかったんだね・・・・・・・・・・・・・・って、馬鹿!


 私が、毎朝、歩いていたのは、道の左側だから、その母娘に近付いて行くのは、物理的に不可能だし、そもそも、私は、その母娘を覚えていないのだ。


 「それは、おかしい。君は、覚えている筈だよ。」


 何故、お前らは、私の記憶力を、そこまで信じられるのか。そして、何故、お前らは、そこまで、その女の主張を信じられるのか。


 私が最後まで主張を曲げなかった為、一時間近く拘束されてしまった。


 梅雨の中休みの、暑い夕方だった。


 帰宅すると、汗まみれの私を不憫に思ってか、三十歳の息子の為に、母親は、カップのかき氷を冷凍庫から出してくれた。


 私は、かき氷を穿りながら、今日、私の身に降り掛かった災難を、包み隠さず話した。


 彼女は、私の分まで、憤慨してくれた。


 私としても、それは、嬉しい事なのだが、少し疑問に思った。


 何故、彼女は、私の事を、そこまで信じる事が出来るのだろうか。


 彼女の知らない私は、変態的な本性を露にし、人様に危害を加える様な畜生である可能性も否定できない筈なのに。


 私は、忘れたくとも忘れられない、彼女と暮らした三十年間を思った。


 そして、忘れてしまいたい、不愉快な一日を思った。


 かき氷を食べ終わる頃、私の疑問は、氷解した。


我が子の為なら、たとえ、その愛し方が間違っていようとも、注げる限りの愛情を注いでしまう。


 それが、母親という生き物。


 私の記憶の中の母親と同じ様に、私の記憶に残っていなかった少女の母親も、また、そんな生き物だったのだ。

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