非道のルフィーネ
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桟橋の先でルフィーネ達を出迎えたレギーナ・オリオンスは口元に微笑を湛え、三つ編みで作ったシニヨンで髪を纏めている。衣服こそ男物の礼服だが、胸元の赤いブローチが艶やかなので、まさに男装の麗人だった。
「どうですか、我がグレイコードの首都は?」
柔らかな問いかけをするレギーナに、先日の猛々しさはない。
「綺麗で整っているね。ゴミをみんな、北や南の港に捨てているからかな?」
ルフィーネも笑顔で答える。――が、その笑みは何処か陰湿だった。弾けるような笑顔というより、三日月を横にした様な口元の笑顔だから、見る者によっては恐怖を与えるだろう。これはドクラートに見せるものとは、まったく違う顔だった。
「これは手厳しい」
レギーナは、肩を竦めて苦笑した。
堤に当たる水の”ちゃぷちゃぷ”という音がルフィーネの耳に入る。本来ならば、心地よい音だ。
しかし今回、彼女が思いついた作戦は、すべからく非人道的なものだった。だからルフィーネは首を振り、音を頭から振り払う。心地よさに身を委ねる余裕が、今の彼女には無いからだ。
(目的を為すには、どんな手でも使わないと……)
地力が遥かに勝る相手に、自らの力を示さねばならない。それでやっと交渉が成り立つのだから、ルフィーネは、なりふりなど構っていられない。だから彼女は今回、実に非人道的な作戦を実行しつつ、この場にいるのだった。
とはいえルフィーネには、アホ毛の前魔王がついている。故に、どのように悪逆な思いつきでも、そこまで酷い自己嫌悪には陥らない。何故なら彼女が若かった頃――それはもう、魔王として悪逆の限りを尽くしたのだから。
(我に比べれば、街ひとつを灰燼に帰したとて、何程のものがあろう。そも、生命とは無より生じ、無へ帰するだけのもの――であれば生も死も、表裏一体にして不可避のものじゃ。人だけが特別な存在ではないぞ)
(うーん、よくわからないけど、母さんに比べればわたしは、まだマシってことだよね?)
(にゃ!? そうではなく、温いと申しておるのじゃ!)
それに千年を生きたミスティ・ハーティスの記憶は、ルフィーネという人格に無限とも思える知識を与えた。それと同時に庵が蓄積していた無駄な軍事知識が、ついに役立ったのである。
そうは言っても、実際のルフィーネに物事を実行へ移す力がある訳ではない。すべてはドクラートの助力によって、為し得たことだった。
(それにしても、ドクラートがよく了承してくれた)――と思うルフィーネは、ここに至るまで、彼に三つの無理難題を突きつけている。
まず一つ目は前にも述べた通り、戦艦を破格の安さで譲ってもらったこと。
今ひとつは、この男の登用――言い換えれば、拉致であった。
ルフィーネが後ろへ緑眼を向けると、バタバタと慌しく走る老人の姿が見えた。
「ま、まってくだされ! わしゃ、もう歳なんじゃからして、姫! いや、魔王さま! 走られてはたまりませんぞ!」
ルーシーと紫髪の美女に付き添われ、ローブのフードを目深に被った老人が慌ててルフィーネに追いすがる。
彼の名はバハーラム・リットと言い、世界に名高い大賢者だ。しかし今、彼はルフィーネの眷属と化し、いつの間にか忠実な配下となっていた。
「遅いぞ、何をしていたのだ?」
咎めるドラクルに、深い皺の刻まれた顔を向けるリットは、真っ白い口髭をモゴモゴと動かしながら言った。
「美女に会うのじゃ。気合を入れて服を選んでおったのじゃよ」
「ほう? その結果、時代遅れで灰色の魔術師用ローブを選んだわけか……」
「これがわしの一張羅なのじゃ!」
――――
バハーラム・リットがルフィーネの眷属になったのは、七日前のことだ。
燃える水と戦艦を手に入れたルフィーネは、何としてもグレイコードと対等に渡り合えるだけの条件を整えたい。その為に必要なカードが、軍事力と経済力であることは明白だった。
軍事力においては、ドクラートというカードが存在感を如何なく発揮する。であれば、経済力はどうだろうか? そう考えたとき、ポテチ売買だけではどうにもならない事に彼女は気が付いた。
(燃える水の価値を伝えないと。でも、奪われてもダメ……)
その発想へ辿り着くのは、実に自然なことだった。
そしてルフィーネはルーシーを見つめ、「おじいちゃんは、どこに住んでいるの?」と聞いたのだ。
大賢者であれば、燃える水の利用方法もわかるだろう。ましてや彼は、魔導甲殻の原形たる魔導人形を作っている。だからあらゆる点で有用だと判断をしたのだ。
(どうやって協力してもらおうかな? わたし、まだDカップになってないし……)
そう思うルフィーネに与えたミスティ・ハーティスの助言は、明確だった。
(蹂躙し、奪い、攫う――これが魔王三原則じゃ。そして拷問と殺しが嗜みじゃな)
ルフィーネの心が、それもやむなしと揺れた。だが、相手は大賢者と称されるほどの人物だ。難敵には違いないだろう。
(それに今のバハーラムは、魔法を使えぬ。アパム・ラパムに魔法を封印されたという話じゃ)
(意味がわからないよ?)
(ええい、まどろっこしいのう! 我を侵食してよい。記憶を共有せよ)
一度だけアホ毛がピンと伸び、再びウネウネと動く。そしてルフィーネの思考はミスティ・ハーティスと一元化し、全てを理解した。
(なるほど、だからバハーラムは、アパム・ラパムを探せと。わたしに封印を解かせて、胸を揉みたかっただけじゃないか。あのやろう)
こうしてルーシーに大賢者の居所を聞いたルフィーネはドクラートへ頼み、イスカンダル号でバハーラム邸を急襲したのだ。
「砲撃をして、本当にいいのか? 多少豪華だが、ただの民家だぞ、大賢者に死なれたらどうする?」
「仮にも大賢者だよ? 魔力が無いからってこの程度で死んじゃうようなら、何の役にも立たないだろうし……その時はそれで、いいんじゃない」
流石のドクラートも、まさかバハーラム邸に砲撃を加える日が来るとは、想像もしていなかったらしい。彼も砲撃を命じるとき、流石に鼻白んでいた。
「ぎゃああ! なんじゃあああ! 山賊かぁぁ!? 迎撃じゃ、ルル、ララ、リル、ヒルデガード!」
一方、急襲を受けたバハーラム邸からは、夜のお供と兼用の戦闘メイド達が迎撃に出た。流石に大賢者の命は、砲撃程度で奪えるほど安くないらしい。ドクラートはホッとした。
とはいえ「これで当然」と、想定していたルフィーネの指示は早い。
「エヴァ、ブラッドフォード、人形をB地点まで誘導して。破壊はしないで、あれも戦力になるから」
船橋から格納庫の魔導甲殻で待機している二人に、ルフィーネは命じた。
「御意!」
「了解よ、魔王さま」
二人が返事をすると、間髪入れずイスカンダル号の後部ハッチが開く。
つまりルフィーネの作戦は、エヴァリーナとブラッドフォードが魔導人形を引きつけている間に、山荘へ籠もるであろうバハーラムの元へ赴き――眷属化させる、という筋書きだった。
(魔法を使えない大賢者は、だからこそ自らの身を護る為に、魔導人形を作ったんだよね、きっと)
ルフィーネの読みは、正解だった。
そしてバハーラムが護衛用に一体、人形を残しておくであろう事もルフィーネは読んでいた。それが最新の、お気に入りであることも――。
「ルーシー。貴女の妹を、抑えておいて」
「わかったの。でも、おじいさまに酷い事はしないでなの」
ルーシーも変なことを言う――とルフィーネは思った。何しろ既に砲撃を加えている。これが酷い事には当たらないという彼女の思考が、ルフィーネには理解不能だった。
中空から舞い降りたルフィーネは、破壊の魔法で屋根に穴を開けた。そしてバハーラム・リットの前に降り立つ。
同時にルーシーは自分と瓜二つの青髪少女に向けて、風の刃を放っていた。
「Dカップになってないけど、来ちゃった。悪いけど、わたしの役に立って」
「なんじゃと? お主の役に、じゃと? このような無法なことをされておるのに、なぜわしが! じゃが――そうだのう、おっぱいを揉ませてくれたら考えるっ!」
「それは、やだ」
「ならば、素直にアパム・ラパムを探すのじゃ! こんな事をしとる間に、世界が破滅してしまってもよいのか!」
「なに言ってるの? 自分こそ、失った魔力を取り戻したいから、わたしにアパム・ラパムを探せっていうんでしょ?」
「む? なぜその事を? いや――そうではないのじゃ。今のわしに魔力が無いのは――まて、わしの話を――」
「――どうでもいい、わたしには関係ない。わたしはただ、マッティアとゴードを殺せれば、それでいいの。さあ、この目を見ろ。そして、我が命に服せ、バハーラム・リット!」
かつて、第一位階の魔法を自在に操った頃のバハーラムであれば、ルフィーネの呪いに抗うことも出来たであろう。しかし今の彼は、魔力を持たない変態知識人に過ぎなかった。
バハーラム・リットは何かを言いかけたまま、こうしてルフィーネの前に跪く。
「仰せのままに――ルフィーネさま」
ルーシーと妹――デイジーの戦いは、ややルーシーが押されていたようだ。それでも主がルフィーネの眷属になると、デイジーは完全に沈黙した。
ルフィーネとしては、ルーシーを連れて行ったことも罠の一つだったのだが――どうやら搦手を使うまでも無かったようで、安堵している。
ルフィーネは、ルーシーが操られることも想定していたのだ。
もっとも、バハーラムがルーシーを操る際には特殊な器具を使わなければならないというから、その時間がバハーラムに無かっただけかもしれないが。
ともかくバハーラム・リットは今や床に跪き、ルフィーネの靴へ唇を付けていた。
ルフィーネは右手を上へ伸ばし、一筋の閃光を放つ。作戦終了の合図だった。
目的を完遂したルフィーネは、ドクラートの駆る魔導甲殻に抱えられ、無事イスカンダル号へと戻った。
エヴァリーナとブラッドフォードも、それぞれ二体ずつ、魔導人形を抱えてイスカンダルへと帰還する。
こうしてルフィーネは魔導人形を合計五体――ルーシーを合わせれば六体と、大賢者を傘下に収めることに成功した。これは、いかなる国家も為しえなかった快挙である。が、しかし――ルフィーネ本人にそのような意識は無かった。
バハーラムが住んでいた地方は、プエルト・ハートの南西にある小さな島だった。
だからルフィーネ達がある程度派手に暴れても、誰かに嗅ぎ付けられる事も無い。ただ――実を言えば、この制圧は間一髪であったのだ。
バハーラムは、このような場合に備え、自身の部屋に転移装置を隠していた。そして彼は、今まさにそれを起動せんとしている最中だったのである。
もしもルフィーネの突入がもう少だけ遅れていれば、彼は遥か遠方へ逃げおおせていたかもしれなかった。
燃え盛る山荘を後にしたルフィーネは、ドクラートに自らの考えを語る。
イスカンダルの船橋からは炎に飲まれた山荘が、地上に生まれた星のように見えた。
「わたし、七王魔国を復活させるよ。大賢者が宰相なら、体裁もつくでしょう? そしてグレイコードと同盟を結ぶの。ドクラート達の船は、わたしの国の商船ってことにして――そうすれば、プエルト・ハートを自由に航行出来るよ、きっと」
「大賢者を宰相に、か。確かに国として体裁は整うだろうが――しかしその話は、無茶が過ぎる。流石にアルフォンスも、俺の船が商船だという話を鵜呑みはすまい?」
「別に鵜呑みにしなくても構わない。グレイコードは、わたしの考えを認めるだけでいいの。認めなければ、北港もここと同じ運命を辿らせる――って、脅すから」
「おい、ルフィーネ」
「スタテイラ号にも、五騎の魔導甲殻が積めるよね? だったら、防備の薄い北港を灰燼に帰すくらい、容易いでしょう」
「だが――三空皇帝が脅しに屈するか? 事前に此方の動きを察知して、迎撃してきたら?」
「迎撃はありえない。だって、わたし達がヘファイスティオンとイスカンダルに乗って中央港へ行くのに、どうして北港へ戦力を配置する必要があるの? まさか船の中に魔導甲殻が入っていないなんて、普通は思わないでしょう。ふふ、ふふふ……」
「では――自らも駒として、囮になるというのか? だが――それでは自分が人質になる可能性も」
「ドクラートは、アルフォンスと戦って勝てる?」
「……一歩、及ばんだろう」
「じゃあ、逃げることは?」
「逃げるならば、造作も無い」
「そういうこと。わたし達は、危なくなったら逃げるだけ。そして北港の治安を回復させるために、グレイコードはわたし達を追うことも出来なくなる。
でもきっと、そんなことにはならないと思よ。あそこがプエルト・ハートの火薬庫だってコトは、ドクラートだって知ってるでしょ。そんな所に騒乱の種を撒かれるなんて、為政者なら絶対に嫌なはずだから。
あ、でも――ドクラートが協力できないって言うなら、この話はなしでいいよ?」
「……いや、やろう。お前がそこまで考えたのだ、乗らぬはずがない。それに交渉が纏まれば、俺の利益にもなるからな……ところで魔国の復活と言ったが、実際の国土はどうするのだ?」
ドクラートの疑問に答えるルフィーネは、イスカンダルの中、燃え盛る賢者の山荘を見下ろし高らかに笑った。
「国土? ヘファイスティオンだよ。あれがわたしの国になるんだ――ファーハハハハ……げふ、げふん」
けれど、やっぱり咽た。
魔王化したルフィーネは、その脳内で二つの思考が並列化して存在している。即ち、庵ベースのルフィーネと、ミスティ・ハーティスの思考だ。だから一方が会話をしながら、一方が策を練ることも可能である。
ある意味では物凄く強力な能力を得てしまったルフィーネなのだが、庵もミスティ・ハーティスも何となく残念だから、やっぱりルフィーネは残念なままなのだった。
――――
目深に被ったフードから覗く灰色の髪と、老人とは思えないような鋭い眼光を放つバハーラムが、差し出されたレギーナの手を握る。
「ふむ――三丁拳銃のレギーナどのか。上から、88、61、90――中々のナイスボデーじゃな」
額に刻まれた深い皺は、人生の重みを匂わせる。だがバハーラムの言動は、まさに軽薄の一語が似合うものであった。
(これ、ホントに大賢者かな? わたし、間違えて眷属にしちゃった?)
ルフィーネの顔を、一筋の汗が伝う。
レギーナの頬がピクピクと動いている。彼女は相当な我慢をしているのだろう。そこでドラクルの手が、バハーラムの肩に乗せられた。
「バハーラム老、あまり他国の重鎮をからかうものではない」
「ひょほ! そうじゃな、悪魔公どの。これから交渉に臨むのじゃ、余り失礼があってもいかんからのう」
バハーラムという名を聞いて、一瞬だけレギーナの眉が跳ね上がる。
(私の聞き間違いでなければ、隠遁生活を送っているはずの大賢者の名だが――)
「わしはバハーラム・リット。筆頭魔王”慟哭”さまにお仕えする、第一魔国の宰相じゃ。よろしくのう」
いよいよ目を白黒させたレギーナは、ルフォーネを招いた事が迂闊だったと後悔した。
背後に何も持たない少女であればと、保護を申し出てみたのだが――大賢者を宰相として従えているとなれば、話も変わってくる。
「グレイコード共和国、国土安全保障局長官のレギーナ・オリオンスです。かの御高名なリット閣下にお目にかかれて、光栄に存じます」
「あるいは、一方的に優位な展開を捨てる覚悟も必要か」と、レギーナも気を引き締めるのだった。




