勇者の思惑
◆
ルフィーネはテーブルに並ぶ料理を見つめ、溜息をついた。
えびとあさりのパエリア。
えびのアヒージョ。
えびの入ったパスタ風の食べ物――などなど。
某無脊椎動物娘ならば喜びそうなこのメニューが、ルフィーネには地獄である。
何しろ彼女は貝類、甲殻類が食べられない。
というより見た目がダメなので、受け付けないのだ。
甲殻類は足が沢山あって気味が悪いし、貝は妙な仲間意識があるから食べたくない。
つまり、単なる食わず嫌いである。
(あさり――せっかく引き篭もっていたのに焼かれて、部屋をこじ開けられて――辛かったね)
もちろん貝殻は決してあさりの部屋ではない。
しかしルフィーネから見れば貝は生物界のヒキコモリであり、それを食す――という行為は残虐極まりないものなのだ。
自分に置き換えて考えれば、まさに身の毛もよだつ惨劇である。
それからルフィーネを更にげんなりさせたことは、エヴァリーナがアヒージョのせいでニンニク臭いことだ。
恋をするならニンニクくらい控えろよ――と思うルフィーネは、思わずドクラートを思い出して首を横に振った。
(わ、わたしはアイツの前でだって、ニンニクたっぷり食べちゃうもんね! 臭いって言われたって、望むところだもんね!)
しかし残念ながらドクラートはルフィーネがニンニク臭くなっても、それが可愛いと思うだろう。そしてルフィーネはそんなドクラートにキュンキュンしてしまうのがオチである。
とはいえニンニク好きなルフィーネも、素材がえびでは手が出せない。
なので仮面を外したルフィーネは、冷たくて赤いスープに千切ったパンを浮かべて、ちまちまと食べている。
これは野菜の冷製スープで、ガスパッチョと呼ばれるものに近いだろう。
いや、むしろガスパッチョだが、スペイン料理など知らないルフィーネは、良くわからないままモグモグと口を動かしていた。
あとはいわしの油漬けなども多少食べるが、根本的に魚もあまり好きではないルフィーネだから、食はあまり進んでいない。
(やっぱりゲラーシーが作る料理が一番かな)
こんな事を思っていたルフィーネだ。
ザ・男の料理――といった趣のあるゲラーシーのレシピは、「切る、焼く、盛る」で大体が完結する。
そんな調理法なら魚だって食べられるし(焼き魚と刺身は酒に合うのでルフィーネの好物だ)、そもそもこれに適したものは肉料理だ。だからルフィーネは、がっしりと胃袋をゲラーシーに掴まれているのである。
(はぁ……ご飯は家の方がよかったなぁ)
ルフィーネがまた溜息をついた。
今日の夕食当番はスサンヌとニーナだったが、彼女達は料理でもゲラーシーの生徒である。という訳で、彼女達の作る料理もルフィーネの好物なのだ。
そんな風にルフィーネがイジイジしていると、ようやく黒髪のイケメンが自己紹介を始めた。
「”烈火”さんのパーティーメンバーのみなさん、はじめまして。僕はレオポルド――一応、Sランクに分類される冒険者です」
澄んで柔らかな声は、まるで新春の清流を思わせる。
そんな声のレオポルドに、一同が注目した。
「ほお、Sランクか」
ドラクルが切れ長の目をジロリと向ける。男ながらも長い睫毛は妖艶で、射抜くような金色の瞳がレオポルドに刺さるようだ。
「ハハ――」
ドラクルの視線をかわすように、レオポルドは笑顔を見せる。
その時だった――。
レオポルドの黒い瞳が、ルフィーネに注がれる。
それは深遠の闇を思わせるようで、ルフィーネは瞬間、恐怖のどん底に突き落とされた。
圧倒的な強さ――そして慈愛――さらには光と闇の交錯がルフィーネの心を襲う。
(なに? これ? なに? なんなの?)
混乱したルフィーネは、レオポルドから放たれた何かに必死で抗う。
が――しかし、それは単なる錯覚だったのか、周囲は和やかな空気に満ちている。
(気のせい、かな? 良かった。うん、ああ、びっくりした)
安心したルフィーネの背筋は、しかしぐっしょりと濡れていた。
「Sランクなんて、凄いですわ。私達なんてやっとDランクですのに」
スサンヌが悔しそうに下唇を噛んだ。
しかしルフィーネが感じたような、恐怖は無いらしい。
「凄いニャ! 魚が美味いニャ!」
ニーナも驚いている。しかしどうやら彼女にとっては、魚の味がSランクだったらしい。
空気を読まないニーナのせいで、場の空気はむしろフニャフニャだ。
ともかくルフィーネの仲間たちが一頻り驚きを見せると、レオポルドは左側に座る麗しき女性たちに一礼をして見せた。それから改めて、言葉を紡いでゆく。
「まあ、Sランクといっても、運と――彼女達の助けがあればこそ、なんですよ。僕なんてね」
「謙遜しないで、レオポルド。貴方のお陰で私は命を助けてもらって、こうして食事を楽しむことが出来ているのだから。それに皆さんも、今日は本当に――どうもありがとう」
エヴァリーナが頷き、立ち上がると改めて全員に礼を述べる。
レオポルドはエヴァリーナに微笑を見せた後、左手側から順に並ぶ女性たちを紹介してゆく。
まるで見計らったかのような、丁度良いタイミングだ。
「さて、というわけで、僕の親愛なるパーティメンバーを紹介させて欲しい。
まず――彼女はポリーナ。アフラ・マズダに選ばれし巫女であり、治癒師です」
男の言葉で小さく頭を下げた少女は、頬を膨らませてレオポルドを睨む。
「はい――ですから人助けは、当然の義務です。だから烈火さんはお気になさらず。
――それよりレオポルド? 私の紹介は、たったそれだけ?」
「ん? ――ああ、それから僕の幼馴染だ。冒険者になるって決めたときから、付いてきてくれているね。いつもありがとう、ポリーナ」
「ふふっ! 皆さん、よろしくお願いします!」
ポリーナは快活で、人の良さそうな可愛らしい少女だ。
緑髪で緑眼、白い神官服を身に纏う姿は実に清楚で、ザ・ヒロインといった雰囲気であろう。もちろん巨乳である。
だからこそルフィーネはジットリした目で彼女を見つめ、
(なんなの、あいつ。絶対わたしの胸を洗濯板とかちっぱいとか思ってるでしょ……ああ、もう! レオったらあんなのと幼馴染なんて!)
と思っていた。
そして愕然とする。
(ちょ! 今のわたし、彼女に嫉妬した!? おかしいよ!)
もちろんルフィーネがおかしいのは最初からだ。
しかし問題はそこではない。
ルフィーネは、そもそも百合ハーレムを目指す身だ。
それが今の思考では、女を奪う――ではなく、嫉妬に変わっていた。
そう、これはハーレムマスターの思考ではない。むしろハーレムメンバーの考えである。
(さっきのあの眼光のせい? え? え? もしかして、レオポルドもわたしみたいな力が? だとしたら、インキュバス!? ま、まずい。これじゃ勝てない!)
ルフィーネはこの時、レオポルドに対して敗北を意識した。
たとえ一パーセントでもポリーナが自分に靡く可能性があるならば、北斗なんちゃらを伝承したかった身として、勝負を捨てる訳にはいかない。
しかし今は「ポリーナを奪う」という気にさえならないのだから、絶対に勝てないと自覚したルフィーネだった。
(アイツ――よくわかんないけど、なんか絶対チートをもってる。どうしよう……)
レオポルドの眼力で、ルフィーネは恐怖感と恋心を植えつけられてしまったらしい。
挙句にルフィーネの立ち居地ときたら、ハーレム側である。
もしもルフィーネがハーレム要員だとすれば、ヤンデレ系魔王ヒロインだ。
そしてそれを理解したときレオポルドがルフィーネを欲するのは、至極当然だろう。
当然ルフィーネも、その危険性を十分に理解していた。
(だ、だけど、わたしはハーレム要員じゃない……ハーレム要員じゃないぞ。TSなめんな。やらせはせん。やらせはせんぞぉ!)
蒼白な顔のルフィーネは、知らずエヴァリーナの手を握り、震えている。
それでもレオポルドのハーレムメンバー紹介は続いていた。
次はポリーナの隣に座る、銀色の鎧を纏った騎士風の女だ。
「彼女はアレクサンドラ。南大陸――グレズリーからやってきた騎士で、防御魔法や盾の扱いが上手いんだ。いつも彼女には助けてもらいっぱなしで――ハハ」
そう言って頭を掻きながら笑うレオポルドは、実に柔和だ。
むしろアレクサンドラの方が、凛々しい表情で頷いている。
彼女は、金髪碧眼のエルフだった。そしてこの世界におけるエルフとは性欲が非常に強い事で有名だが、彼女も例外ではないらしい。
「問題ない。だが、レオポルドどの。お主が恩に感じているなら――今夜あたり返してもらうとしようか。ふふ、ふへへ」
彼女の意味深な言葉は、ルフィーネを憤慨させた。
(エロフッ! エロフまでっ!)
しかしこの憤慨が良かった。
ルフィーネが自らを取り戻すきっかけになったのだ。
(そう――わたしはエロフが好きだ! うおおおおお!)
「ハハ――それは、ね。また今度」
一方で、急いで周りから目を逸らすレオポルドは、次の女を紹介する。
本当に今夜、恩を体で返すにしても、衆目の面前で約束する訳にもいかないのだろう。
「――次はビルギッタ――獣戦士です。従来の身体能力も高いけれど気闘法も使うから、手が付けられないほど強いんだ」
まるで我が事のように、獣耳の女戦士を褒めるレオポルドは誇らしげだ。
「そんな――オレはただ、身も心もご主人さまに買ってもらったから……」
「ビルギッタ。キミはもう奴隷じゃない――仲間だ」
「ご主人さま……」
ビルギッタの頬が朱に染まる。
それと同時に、ルフィーネの欲望が噴火寸前になった。
(――何の茶番だぁぁぁ! わたしだって奴隷が買いたいよ! 性奴隷がいいよ! エロフとダークエロフと、ネコミミ、イヌミミ、全部コンプリートしたいよ! こんちくしょおおお!)
ルフィーネのアホ毛も揺れている。怒髪天を突かんばかりだ。
(許すまじ、インキュバス。我が目の前でこうまで傍若無人に振舞うとは……いずれ天罰をくれてやるぞ)
サキュバスとは、男を支配下に置く種族である。故に、女を支配する男は全てインキュバスと見做すのだ。
そしてインキュバスとは同種族であっても、決して相容れない敵なのである。
もちろんレオポルドは、インキュバスではない。しかし魔王ミスティ・ハーティスは、わりと早とちりな方であった。
それにしても――魔王が下す天罰とは、一体なんであろうか?
とはいえアホ毛の天意など知る由も無い人々には、一切関係の無い話である。
こうしてルフィーネが脳内暴走をおこしている間に、紹介するハーレムメンバーも最後となったらしい。
「隅に座っているのが、リット――ルーシー・リット。大魔導師リットさまと言えば有名だけど、その孫娘にあたる子です。彼女の付与魔術には、本当によく助けられているんだ」
「そう。あたしが大賢者リットなの」
最後に紹介されたのは、青髪半目の幼女だった。
幼女といっても実際はルフィーネと同年だから十一歳だ。しかし身長が低く顔も丸い事から、どうしても幼く見えてしまうルーシー・リットである。
それから、”大賢者”と勝手に名乗っているだけで、実際は違う。
とはいえルーシーの称号は”大魔術師”だが実力は”魔導師”に匹敵する。だから十一歳という年齢からみれば、大したものだ。
しかし残念だが、ルフィーネと比べればどうしても見劣りする。
なにしろルフィーネは魔王が使う魔法を全て扱えるのだ、当然だろう。
その事を察してか、左隅から右隅を見つめるルーシーの視線が、常に険しかった。
(魔法は魔力総量だけが勝負じゃないの!)
ルフィーネの膨大な魔力に気付いたルーシーが、黒髪緑眼のルフィーネに眠そうな敵意を向けていた。
しかし当のルフィーネは今、なにやら熱い視線でレオポルドを見ている。
(も、もしかしてあの小娘もレオさま狙い!? ま、負けないの! あたしはあの小娘の劣化版なんかじゃないの!)
ルフィーネとしては、美女たちを侍らすレオポルドに怒りの視線を注いでいただけなのに、真逆の勘違いをされてしまって、本当に気の毒だ。
(レオポルドめェェェ! ロリまでも! クーデレロリまでもォォォ! 許すまじィィィ!)
まさにルフィーネの一歩先を行く男――それがレオポルドだった。
少なくともそう思うルフィーネは、彼を恨みがましい目で見ていただけである。
しかし彼が率いるハーレム要員達は、そんなルフィーネが恋に落ちたと錯覚をした。
それはそうだろう。何しろ彼女達にとってレオポルドは、白馬に乗った王子さま以上の存在だ。誰だって彼を見たら好きにならずにはいられない――そういうことである。
現に”烈火”もトロンとした視線を彼に向けているのだから。
◆◆
それからルフィーネ達も通称を名乗り、自己紹介を終えた。
ルフィーネとドラクルをまじまじと見たポリーナが顔を引き攣らせていた点が気になるが、それ以外は問題無く時が過ぎてゆく。
大人達は酒も胃袋へ入れて、談笑に花を咲かせ始めている。
そんな時、レオポルドが「失礼――」といって席を立った。
彼の幼馴染であるポリーナも、そっと席を立つ。
エヴァリーナも席を立とうとしたが、それはルフィーネが止めた。
「ちょ、エヴァ! ハーレムに入っちゃだめだよ!」
「え? ハーレム? なに、それ?」
エヴァリーナにハーレム要員化しつつある――という意識は無い。
いや――むしろレオポルドの下へ集う女性たちに、そんな意識はなかった。
ただ彼が優しく優秀で、しかも強い。それなのにどこか保護欲をそそる、だから助けたい――そう思っているだけだ。
エヴァリーナの場合は助けられた恩もあるし、レオポルドのはにかんだような笑顔にキュンキュンしてしまう。だから彼の事をもっと知りたい――と考えているだけだった。まさに恋の予感、である。
「うー。とにかくああいう男は、あんまり信用しちゃだめ!」
「なに、ルフィーネさまも彼のこと、気に入っちゃった?」
「うぉぉぉい!」
ルフィーネは、(もうだめポ……)と思った。
一方、席を立った二人は――トイレの入り口付近で立ち話をしていた。
用を足してスッキリした顔のレオポルドに、ポリーナが声を掛けたのである。
「レオポルド……慟哭と悪魔公の二人は悪魔でしょう……仲良くするなんて、何を考えているの? 貴方、自分の使命は……!?」
「使命か……僕が忘れるわけ無いだろう? 僕は当然、勇者として彼等のような悪魔を野放しにはしない。
――けれどポリーナ。君も彼等の魔力を測っただろう? 全員がかなりの手馴だ。戦えば、僕たちの中の誰かが、必ず死ぬ事になる――だから、何か手を考えたいんだ。それに――」
「手? ――それを考えれば、勝てるの? それに? それにってなに? 引っかかっていることでもあるの?」
「僕にも、わからない。とにかくちょっと考えさせてくれ――それにあの銀髪の女――。彼女が僕の味方になってくれれば、戦うにしても、だいぶ勝算が高くなるし」
「あ、あまりそういうやり方は、感心しないわ――」
「大丈夫だよ、別に彼女を不幸にしようとは思わない。それにみんなの事も――だよ。信じて」
「う、うん。私、レオポルドの事を信じるわ」
「ありがとう、ポリーナ」
――――
暫くして二人が戻ると、ルフィーネがレオポルドの座っていた席に居た。
ルフィーネが居た席にはゲラーシーが座り、しっかりとエヴァリーナを護る構えを見せている。
いつの間にか席替えが行われていたのだ。
つまり現在の所空席はルフィーネとエロフ――アレクサンドラの間か、ドラクルとブラッドフォードというイケメンコンビの間しかない。
まさにこれは、ルフィーネの考えた策略である。
仮にルフィーネとアレクサンドラの間をAとし、イケメンコンビの間をBとしよう。
ハーレムマスターがAに座れば、ルフィーネを狙う事は出来る。しかし彼女は中身が果てしなく残念なので、決してレオポルドには靡かないのだ。安心である――とは、本人が思っているだけだが。
ともかくそうなれば、Bに座るのは必然的に緑髪の美少女――ポリーナだ。
だからブラッドフォードとドラクルには、
「もしもポリーナが座ったら、全力で落とせ」
と、命じたルフィーネである。
落ちた果実を奪うのは、当然ルフィーネの仕事だが。
そしてこの布陣が凄いところは、万が一その逆に座っても問題無いことだろう。
Aにポリーナが座ったら、ルフィーネはホクホクだ。大満足である。
しかもBにレオポルドが座るから、とても安心だった。
イケメンコンビの中に埋もれれば、多少のイケメンなど霞んでしまう。こうなれば、ざまあみろ――だ。ルフィーネの溜飲も下がる。
そして結果は――。
ルフィーネの隣に腰を下ろしたレオポルドは、にこりと笑ってルフィーネの頬を触る。
「とても白い肌で、緑の瞳も水晶のようにキラキラとしている。近くで見ると、とっても綺麗だね」
なんと歯の浮くようなセリフをいうのであろうか。
ルフィーネは憤慨した。
でも、ちょっとだけ嬉しい彼女は、モジモジと顔を赤らめてしまう。
「おにょれ、このハーレムマスターめ。ラノベの中へ還れぇ……」
なので噛んだ挙句に弱々しく毒を吐いたルフィーネは、まさにヤンデレだ。
むしろこれでは、完全にデレさせたくなるのが人情というものだろう。
そしてレオポルドは、ルフィーネがヤンデレということに気付く素養をもっていた。
「ハーレム? ……ラノベ? ハハ……キミはもしかして、この言葉がわかるかな? ……『僕は、幡ヶ谷瑞希。転生したんだ――トラックにはねられた訳じゃないけどね』どう?」
途中からレオポルドの言葉が、日本語に変わる。
ルフィーネは驚きに目を見張り、首を上下に振った。
「え? え? 『わ、かる。お、れ、も、転生、だから』」
たどたどしい、ルフィーネの日本語だった。
一人称に「おれ」を選ぶのは、ルフィーネにとって自然なことだった。
ただ、日本語を使えば庵であった頃が、必然的に思い出されるのだ。そうすると、
――庵として生きた自分は、今、ルフィーネである自分と比べて余りに空虚だった――
そんな思いが去来する。
その空虚さが後悔となって押し寄せるから、ルフィーネの瞳に涙が溜まるのだ。
『泣くほど、かい?』
『ち、ちがう。だって、だって……うっうっ』
ルフィーネの心は男でも、精神と体は既に女性化している。だから流れる涙を、溢れる感情を止める術が無かった。
そしてさらにルフィーネの芯を、レオポルドの”魅了”が侵食している。
レオポルドの放つ”魅了”とは、想い人の居ない者ならば、かなり強力な効力を持つのだ。
そしてルフィーネは、相変わらず男と女の境界線をウロウロとしていたから、想い人をドクラートと定めてはいなかった。それ故に、先ほどレオポルドの眼光で、”魅了”の餌食となってしまっていた。
だがこの時、もちろんレオポルドも驚いている。
もしかしたら――と、初めて”慟哭”を見たときから思っていた。
何しろSSの制服を模したモノを作る異世界人などいない。
それに「洞爺湖木刀を腰に差す」という行為も、とある漫画を知らなければやらないだろう。
だとすれば、少なくとも地球生まれの同郷だ。しかも、生きていた年代が限りなく近い。
そう当たりをつけていた彼女から、「ラノベ」だの「ハーレム」だのの言葉が飛び出したのだ。
当然、日本人ではないか? という疑問が浮かぶ。
もっとも、彼女はまだ「日本人」だと明言してはいない。だから日本語は解るが、別の国の子かもしれない――とも思うレオポルドだ。
しかし疑いようもないことは、この反応が間違いなく女の子のものである――という事だった。
そしてそれよりも驚いたことは――”魅了”の効力の低さだ。
金髪の少女は、どうやら”慟哭”が好きらしい。完全に百合だから、効かなくても当然だ。
猫耳の少女は、”黒太子”に惚れている。だから、これも効かない。
しかし慟哭は誰に想いを寄せている訳でもないのに、あまり効かないのだ。
レオポルドには、理解し難いことだった。
だから恐る恐る、同郷と思しき美しい少女を抱いてみる。
『恐かったでしょう、女の子がたった一人で――』
少女はレオポルドの背に両手を回し、しがみ付いた。
これが”魅了”の効果かどうかは、わからない。しかしこうなればレオポルドにとって、どちらでも同じことだ。
『おれ、おれ、うわぁぁぁぁん!』
わんわんと泣くルフィーネを優しく抱きしめたレオポルドは、心の中でほくそ笑む。
(くく……同郷ヒロインゲットだ。マジでこの世界、ゲームなんじゃねぇか? 俺最強だし、チョロイン多すぎだし。しかも今回は、おれっ子ロリだしなー! マジ最高ー!)
しかし周囲は、ただただ戸惑うのみ。
ルフィーネはいきなり泣き出すし、レオポルドは誰を撫でる時よりも優しく少女の髪を撫でている。
しかも二人が交わす言葉は、異国のものに違いないのだ。
これに憤慨したのはブラッドフォードとドラクル、オマケでスサンヌ――そしてレオポルドのハーレムメンバー達であった。
しかし誰も二人を止められない。
何故ならルフィーネは彼等の主だし、レオポルドは勇者にしてハーレムマスターなのだから。




