未来予想
◆
ここ最近、エヴァリーナのおぱーいを揉んでいないルフィーネは悶々としている。
何でも「お仕事が忙しい」らしく、あまりエヴァリーナにかまってもらえないルフィーネは、今、中庭の土を穿り返していた。
なぜかといえば、ドラクルの餌を取る為だ。
ドラクルは雑食だが、好むのは動物性の蛋白質なので、ミミズでも捕まえようとルフィーネは頑張っている。
ついでにエヴァリーナに言われた宿題――土魔法の練習も行っているのだから、それなりに真面目であるといえよう。
それに昼間は忙しいエヴァリーナだが、最近はルフィーネの部屋に引越しをしてきている。
「元々私はルフィーネさまの護衛なので、あまり離れるわけには……」
アントネスク公国の魔導甲殻騎兵を率いる身となったエヴァリーナは、それでも律儀にデルフィーノとの約束を果たそうとしていた。
とはいえルフィーネも鬼ではない。
毎日疲れ果てて帰宅するエヴァリーナのおぱーいを、強引に揉んで良い訳が無い。その程度のことは分かっている。なので悶々としつつも耐え忍んでいるのだった。
もっとも、エヴァリーナが部屋に来た事で、ドラクルの立場が危うくなった。
ただでさえクローゼットの中にいるというのに、エヴァリーナが来れば隠し場所がなくなるではないか――ということだ。
「エヴァ……じつは……」
なので諦めたルフィーネは、エヴァリーナだけにドラクルの事を話す。
「……まあ、そうね……友達なら、仕方がないでしょう」
眉を顰めたエヴァリーナは意味深な言葉を残して、ドラクルの飼育を許可した。
この時の内心は、複雑だったエヴァリーナだ。
何しろサキュバスやヴァンパイアといった悪魔にとって、コウモリは使い魔である。だからルフィーネがコウモリを側に置くのは当然としても、あまりに早すぎるではないか――そう思ったからである。
(手の平に光の力を集め――土の要素を加工して――バンッ!)
土に掌を翳すだけで地面に穴を開けるルフィーネは、土木作業に従事する労働者の気分だった。
缶コーヒーがあればとてもよい笑顔を見せるであろうルフィーネは、しかし相変わらず無職である。
そんな彼女は今日、長く延びた黒髪を背中で束ね、汚れてもよいように茶色の衣服を身に着けていた。
冬になって若干肌寒いが、働くというのは気分がよいなと考えつつ、ルフィーネは地面に無意味な穴を幾つも開けているのだ。
「ミミズ、いないなぁ」
こうなると土魔法の練習はそれなりだが、ドラクルの餌に関しては収穫が一切無い。
何しろミミズをつめようと思っていた瓶は、かれこれ一時間たつものの、相変わらずカラッポである。
労働の対価が得られないのは残念だが、しかし対価がミミズだという事に関して、ルフィーネは気にしないようだ。
ちょっと疲れたルフィーネは、空を見上げた。
上空では、白や赤や黄色の飛空艦が砲撃訓練をしている。
砲撃――というよりそれも魔法なのだが、ルフィーネはそれを見て、僅かに首をかしげた。
「エヴァ、今日も遅いのかなぁ」
そこでふとルフィーネは、身震いをした。
エヴァリーナは、軍にいる。
軍とは、どこまでも男社会で、男だらけではないか――。
だとすれば、エヴァリーナに恋人が出来てもおかしくない。
そもそもエヴァリーナは美人なのだ。
(ど、ど、ど、ど、どうしよう!?)
どうしようもこうしようもないのだが、ルフィーネにとっては問題である。
いつかはエヴァリーナと恋人になりたいルフィーネは、どう足掻いても女子なのだ。
いくら中身が男だと言ってみたところで、誰が信じてくれる訳でもない。
ちなみにエヴァリーナに言ってみたところ、
「強者を目指すといっても、あまり武の道を志すのは感心しないわ。私は生活の為に仕方なく軍に入ったけど……ルフィーネさまならきっと良い人とめぐり合って、いずれは結婚出来るはずですから」
別にルフィーネとしては、武人になりたいから自分が男だと言い張った訳ではない。あくまでも事実を言っただけなのに、一切の信用をしてもらえなかった。
如意棒を持たない孫悟空はただの猿であると同様、ルフィーネも残念な乙女に過ぎないのである。
「ルフィーネ、何をしているんだい?」
ルフィーネが両手、両膝をついて地面を睨んでいると、学校から帰宅したミハイルがイケメンスマイルを見せていた。
振り返ったルフィーネが、
(お前のような男がいるから……やらせはせん、やらせはせんぞぉ!)
などと、的外れな敵意を向けている事など知る由も無いミハイルだ。彼はスタスタとルフィーネに近づいた。
「こんなに穴を掘って――ああ、土魔法の練習かい?」
(オマエの墓穴を掘ってるんだよ)
と、言いたいルフィーネは、イケメンに対して過剰な敵意を見せる。
生まれながらにイケメンという才能を授けられた男を断じて容赦しないルフィーネは、悲しいかな現在、絶世の美幼女なのだが。
「……ミミズ、さがしてる」
しかし、居候をさせて頂いている家の御曹司が相手では、さすがのゲス人間も一歩引くしかない。
正直に答えたルフィーネは、カラッポの瓶を指差し、小さな溜息をつく。
「わかった。私も共に探そう」
「へ? でも、手がよごれる――」
「なに、い、い、い、愛しいルフィーネの為だ。構わないよ」
「へぇ」
ルフィーネは漸く立ち上がると、ミハイルの顔を覗き込む。
なにやらイケメンが赤面しているが、ルフィーネの穿った見方は止まらない。
(イケメンは、誰でも口説くからな。六歳からこれじゃあ、先が思いやられるよ!)
そうはいっても、これだけ穴を掘って一匹のミミズも捕獲出来ていないのは痛い。なのでルフィーネは、ミハイルが手伝ってくれるというのなら、精々利用させてもらおうと考えたのだった。
「ありがと」
ルフィーネの口元が歪む。
その微笑は美しくも冷たく、他者の恐怖を誘うものだ。
しかしこの時のミハイルは、ただルフィーネが笑ったと喜んでいた。
この後、ルフィーネは木陰で本を読み始めた。
本は書斎で見つけたもので、「絶世の美女の口説き方 百選」というものだ。
傍から見ればこんなものを読んで、一体この幼女はどうするつもりか? などと思われるが、ルフィーネは真剣なのだ。
(むう――エヴァリーナの好きな言葉、なんだろ?)
その間にもせっせと穴を掘り、ミミズを見つけるミハイルのことなど、ルフィーネは眼中に無い。
「ルフィーネ! これだけ取れればいいかい?」
「うおっ!」
暫くするとミハイルが、瓶の中にミミズを大量に入れてルフィーネの前に持ってきた。
驚きの声を上げたルフィーネは、思わず本を取り落とす。
「だ、だいじょうぶ、ありがと」
流石に、これほどミミズを取ってくるまでミハイルを放置していたと思えば、ルフィーネにも罪悪感が沸いてきた。気付けば太陽も傾きかけている。
まったく、どれほど真剣に熟読すれば、こんなに時間を忘れるのか――ルフィーネの集中力は無駄に高いのだった。
「でも、ルフィーネ。ミミズを一体、何に使うの?」
「むぐぅ」
流石のルフィーネも、ミミズだけ取らせて「はい、さよなら」は、出来ないようだ。
人として、そこまで出来れば悪女の領域に至るであろう。だが所詮ルフィーネは、残念なおっさんに過ぎない。
「ついてきて」
義を見ては信を為す。
などとよく分からない事を考えつつ、ルフィーネはミハイルを自室に誘った。
ミハイルの心臓は、早鐘の様にドキドキしている。
それは当然だった。
何しろミハイルは、ルフィーネが好きでたまらない。だから彼女の部屋に入るなど、夢のような事なのだ。
それに今さっき、ルフィーネが読んでいた本の表紙を見たミハイルは、こう思っている。
(ル、ルフィーネは、どんな言葉を待っているんだっ!? どうやって口説かれたいんだっ!! 考えろ、ミハイルッ!)
「ドラクル、おいで」
夕日が差し込む部屋でクローゼットを開けたルフィーネは、右腕をピンと伸ばす。
それからミハイルに瓶を開けてもらい、ミミズを一匹取り出した。
”バサバサッ”
クローゼットの中から、一匹の獣が現われる。
それはまず、ルフィーネの左手からミミズをとり、そして右腕に止まった。
さかさまで腕にぶら下がるその獣は、ミハイルも知っている。
「コウモリ?」
思わず後ずさりしてしまったミハイルは、ルフィーネの慈愛に溢れた横顔を見て踏みとどまる。
(わ、私はルフィーネの全てを受け入れる!)
僅か六歳にして、この決断である。
流石は脱ぎたてパンツを貰い、現在も部屋で厳重に保管している男だった。
「うん、ドラクル。この子のエサ。でも、ないしょ」
落雷で貫かれたかのように、ミハイルの体は硬直した。
(わ、私とルフィーネの……秘密。こ、これは!)
「わかった、ルフィーネ。これは、二人だけの秘密だ」
本当はエヴァリーナも知っているが、別に言わなくてもいいだろうと思うルフィーネだった。
「やくそく」
「ああ、約束だ」
こうして意気揚々と、ミハイルは踵を返した。
気の利いた口説き文句は言えなかったけれど、それは仕方が無い。
悪魔の眷属といわれるコウモリを侍らせているが、ルフィーネはとても美しい。
つまり何の問題もないと自分に言い聞かせるミハイルは、ふとルフィーネがここに来るきっかけを思い出していた。
「ルフィーネは、悪魔付き……だよな……だったら、もしかして」
◆◆
自室に戻ろうかと思ったミハイルは、廊下の窓から外を眺める。
”ヴィングスコルニル”が湖面に浮いているところを見れば、今日の訓練はもう終了していると考えられた。
(だったら父上も、お戻りだろう)
そう考えたミハイルは、廊下を歩み、ブルクハルトの執務室へ向かった。
ミハイルの体は小さいが、律動的で獣のような動きと、蒼く鋭い眼差しは小さな獅子を思わせる。だからすれ違う家臣たちは皆ミハイルに対し、誇らしげに道を譲るのだ。
やはりミハイルの予想通り、執務室には父がいた。
やりたくなさそうに政務を行うブルクハルトは、生粋の武人である。
戦であれば、どのようなものであれ、飄々と行うであろう。しかし政務となると、途端に頭を抱え込むのだ。
それはブルクハルトが馬鹿だから――という訳ではない。ただの向き不向きだろう。細かい事が苦手なブルクハルトは、やれ税収の誤差だの、裁判のやり直しだの――そういったことに目を通すのが億劫なのだ。
それならばいっそマッティアと戦いたい――などと思ってしまうのだから、いわゆる脳筋である。
「父上、少しお聞きしたいことが」
「なんだ? 小遣いならやらんぞ」
ブルクハルトの言葉に、片膝を付くまでも無く転んだミハイルは、気を取り直して質問をする。
「ルフィーネの事なのですが……。あの子は悪魔付きである、そう聞いております」
「うむ、そうだな。それがどうかしたのか?」
書類から視線を外すと、我が子をギロリと睨んだブルクハルトは威圧感を込めた。
ブルクハルトは、差別というものが嫌いだ。
実力の優劣による区別はよい。しかし、生まれによる差別は、彼がもっとも嫌うことである。
人、亜人、悪魔、魔族――そして竜。
誰もが最強を目指せるし、誰もが最凶にもなるのだ。そう思うブルクハルトに、「悪魔付き」などという言葉は無意味であった。
事実アントネスク公国はリヒター王国の保護国でありながら、リヒターの国是を否定している。
それにも関わらず、我が子がルフィーネを「悪魔付き」というならば、懲罰を加えねばなるまい――そういうことであった。
「いえ、その――彼女にどのような悪魔がついているのか――教えていただければ」
ごくりと唾を飲むミハイルは、ブルクハルトの眼光が恐ろしい。
だが、聞きたかった。
悪魔の数は多けれど、コウモリを従える悪魔は二種。ヴァンパイアとサキュバスだけだ。そのどちらもが、人族に対して絶対的な力を持っている。
だが、ミハイルの不安はそんなことではなかった。
(ルフィーネがヴァンパイアだったら、それでいい。だって、私の血を飲ませてあげればよいのだから。だが、サキュバスだったら――淫魔と呼ばれる、あの悪魔だったら――ルフィーネが私以外の男となんて、考えたくもない!)
ミハイルは、とんだおませさんだった。
下唇を噛み締めて真剣な眼差しを向けるミハイルに、ブルクハルトは一言発する。
「知らん」
「そう、ですか」
「知って、何とする?」
「悪魔付きなど、呪いと一緒です。封じる方法がないものかと思いまして」
「ふ、ふふ、ふはははは! ミハイル――ルフィーネに惚れたか? ははははは! ませておるのう! わはははは!」
完全に赤面したミハイルは、しかし否定しない。
ここで父に気持ちを伝えておけば、きっと将来の事も考えてくれるだろう。
だが――ルフィーネが悪魔付きではなくなったら、逆に彼女はリヒターの王女である。
となれば、ミハイルの妻になるだろうか?
(いや、私がルフィーネに相応しい男になるのだ。リヒターの王女を娶れるだけの存在に、私はきっとなる!)
赤面しつつも決意の篭った息子の眼差しに、ブルクハルトは笑いを収めた。
「……悪魔を封じる術はない。封じればそれは、即ちルフィーネを封じることとなろう。そも、ルフィーネが何者であっても、お前に度量があれば受け入れることが出来るはず。それだけの事ではないか?」
「仰るとおりにございます、父上」
ミハイルは跪いた姿勢のまま、更に頭を垂れた。
自らの不甲斐なさに、肩を震わせている。
だが、それでも未だ六歳のミハイルだ。その姿を見て、ブルクハルトは逆に期待を大きくするのだった。
(いつかミハイルとルフィーネが、ワシに孫を見せてくれるかもしれんなぁ)
ルフィーネが聞いたら血反吐を吐いてのた打ち回りそうなブルクハルトの未来予想は、幸いなことに、今のところ誰にも語られていなかった。




