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 ◆


 大陸暦一五百二十二年――。


 ジェーネヴァ大陸の東端は、七人の魔王が支配していた。

 いや――支配していたはずだった。


 ジェーネヴァ大陸の東端は、決して肥沃ではない。だが、良質な魔水晶が取れるのだ。

 その利権を独占することが出来るからこそ、魔王達は人間や亜人の国々と互角以上の利益を上げ、兵馬を養うことが出来ていた。


 ここは魔王ミスティ・ハーティスが二百年の月日をかけて築き上げた迷宮都市の最深部――地底水晶宮殿である。

 その名の通り、地下空間に作られた広大な場所に、水晶のきらめきをもつ居城を築いたミスティ・ハーティスだった。


 だが、その主である魔王は今、眉間に深い皺を刻んでいる。まるで三十匹も同時に苦虫でも噛み潰したかのようだ。

 呼んでもいない者共が宮殿に乱入したかと思えば、圧倒的な武力をもって制圧されてしまった。


(これでは魔王の沽券に関わる……)


 ミスティ・ハーティスは深い溜息をつき、長い睫毛を伏せた。


「お前が最後だ、ミスティ・ハーティス」


(一騎とはいえ、ここまで侵入を許すとは、衛兵どもは一体何をやっておったのじゃ……)


 男が、魔王に声を掛けた。

 男の声はくぐもっていた。にも拘らず、よくこの空間に響く。

 拡声器――とはまた違う、魔導によって齎された効果であろう。

 なぜなら男は、ゴーレムと見紛うほどに巨大な甲冑を身に纏っていた。ゆえに、本来ならばその声が外部に聞こえる事はない。

  

「……最後、とは?」


 ミスティ・ハーティスは、周囲で輝く紫水晶の柱をチラリと見た。

 その影には、気配を消した彼女の部下が、二十人程待機している。


 いかに敵が高い戦闘能力を誇ろうとも、魔王と悪魔伯デビルカウント二十人を相手に、何が出来るというのか――そうミスティは考えて、僅かながら余裕を取り戻した。

 何より相手が男であれば、ミスティは不敗を誇る。何故ならそれは、彼女がサキュバスだからだ。


「お前以外の……六人の魔王達を倒したということだよ。ふははは――」


 だが無骨な巨大甲冑に身を包む男は、ミスティの計算など意に介さない。

 鎧を揺すって、愉悦の声を上げていた。


「ふむ……勇者とは、まこと迷惑なものよ。破壊した迷宮――殺した住民の保障――などなど、どうするつもりなのじゃ……」


 敵が勇者だと聞いていた彼女は、最初から頭を抱えていた。

 それは勝ち負けの話ではない。

 古来より勇者とは、道理が通らない事で有名なのだ。


(どうせ勇者が魔王の話を聞くわけもない。戦って勝つより他ないのだが……)


 この世界において魔王と勇者は、対だった。

 魔王となる者には暗黒神アーリマンよりの神託が下り、対して勇者には光神アフラ・マズダからの神託が下る。

 今、この時代においては互いになるべく不干渉を貫く事で事無きを得ているが、人間という種族は厄介だった。

 寿命の短い彼らは神託が下ると、それがさも絶対であるかのように振舞ってしまう。


 無論――神託は絶対だが――出来ないものは出来ないのだと、ミスティ・ハーティスなどは思っていた。その辺りの考えは長命な耳長族エルフなども共通するから、ミスティには勇者の飲み友達だっているのだ。

 そもそも彼女は古き魔王であるから、アーリマンより直接の神託を授かっている。


 曰く――


「世界を闇色に染めよ――」


 彼女はその時、思ったものだ。


(そんなことしたら、作物も育たない……作物が育たなければ酒も作れぬ。冗談ではない……)と。


 だから後に魔族の中から現われた英雄――アパム・ラパムが光闇融和を説いた時、賛成して協調路線を選んだのだが――。


(ふむ――あれから一五〇〇年か――人の子らは、そのようなことを忘れていよう)

 

 ミスティ・ハーティスが髪をかきあげると、艶やかな黒髪が、指の間からするりと流れる。

 彼女の衣服は白に金糸をまぶした柔らかなローブ。およそ魔王らしくない外見だが、容姿は凶悪なまでに美しい。そして仕草は何処までも妖艶だ。

 高く筋の通った鼻は適度に小さく、目はやや細いものの、真紅の瞳がまるで紅玉のようだった。


 言うまでもなく、ミスティ・ハーティスはサキュバスの持ちうる能力を今、使っている。


 ――幻惑だ。


 だが、眼前のゴーレム鎧男は微動だにしない。

 鎧の頭部は、半球形だ。冑というには、歪な形である。

 その前部に丸い二つのレンズがあって、”キューーン””キューーン”と歪な駆動音を上げていた。

 レンズの色は、緑と赤。

 それらが上下左右に時折動くと、酷く薄気味悪いものにミスティは思えた。


(幻惑が、効かない)


 相手が男であるにも関わらず、最初のアドバンテージを得られないことは、ミスティにとって屈辱だった。

 とはいえ、彼女は冷静だ。たった十数騎で攻め入り、迷宮都市の最深部まで攻め寄せた相手である敵に、敗れる可能性を考える程には。


 彼女は古来からの魔王よろしく、勇者を迎え撃つのに謁見の間を選んだ――訳ではないが、玉座の後ろには、万が一の場合に備えた転移装置がある。謁見時に襲われることは、それなりに多かったのだ。

 不本意ではあるが仮に敗北を喫しても再起を図ることを考えれば、この場での決戦は丁度良い。


 ”トン――”


 玉座の肘掛に指を軽くついて、ミスティ・ハーティスは首を傾げる。さらに考えているのだ。


(だが、こやつはすべての魔王を滅ぼして、なんとするのだ? そも――我等を討ち破れるものなど、世界にそう多くはない――)


 ミスティ・ハーティスは、自らに勝ち得る人物を頭の中で、指折り数えてみる。


(人族ならば、”武神”ザオ・イウン――耳長族エルフならば”剣聖”がいたか? 魔術師どもの中に、当世、大賢者の称号を得る程のものはいないはず――ああ、暗黒騎士ダークナイトの称号を持つ者が――一人いたか――だが、暗黒騎士ダークナイトごときがわらわを狙うなど、ましてや他の六魔王を屠ったなど――所詮、嘘!)


 ――ならば身の程知らず、許しがたし――


 それがミスティ・ハーティスの結論だった。

 だが、同時に解せないこともある。

 当世、人族で暗黒騎士ダークナイトの領域に達した者もただ一人。

 

(名を、ゴードと言ったか? たしか、聖王国リヒターの食客になっていたのではなかったか?)


「そなた、暗黒騎士ダークナイトのゴードであろう? 何ゆえ勇者を名乗る? そして、何ゆえ西端のリヒター王国からここまで来たのじゃ?」


 ミスティ・ハーティスが薄笑みを浮かべる。

 その笑みは妖艶で、僅かに細まった瞼から覗く真紅の瞳が鬼火のようだった。


 彼女の見つめる先にあるのは、全長三メートル程の巨大な黒鎧。

 頭部にある二つの丸いレンズが忙しなく動いている所を見れば、何かしらの魔導兵装であろうことはミスティ・ハーティスにも解る。

 だが――彼女は、だからといってそれを殊更追及する気にもなれない。


(どうせゴーレムの類だろう。人が入れるようになったとて、それがどうしたというのだ……それよりもゴードの思惑が解せぬ)


「俺は勇者ではない。勘違いをしてくれるな、魔王よ。俺はな――勇者どのと、友との盟約により、この地に来た。ふふ、ふははは! 俺にとっては、竜を屠る事も魔王を屠る事も同じよ! そして俺は、この地に俺の国を創るのだ!」


「ほう――大それた野望じゃ。嫌いでは、ないのう――じゃが、それでは仕方ない」


 ミスティにとっては聞きたかった事が聞けたとは言えないが、それが、戦闘開始の合図となった。

 国を創るという相手だ、交渉の余地などない。


「――この不埒者を、殺せ!」


 ミスティ・ハーティスは玉座から立ち上がると、右手を翳す。

 すると左右に建ち並ぶ巨大な柱の影から、銀の鎧を身に纏った二十人程の騎士達が現われた。

 彼らは皆が皆、一騎当千である。

 それだけでなく、彼らはミスティ・ハーティスに力を与えられていた。


 サキュバスとは異性と交わる事により、相手の潜在能力を引き出すことが出来る。

 それはその後、さらに交わることで潜在能力ごと自らのモノにする為の能力であったが、ミスティ・ハーティスは、とりたてて強さに貪欲ではなかった。

 というより、彼女の力は既に限界まで高まっている。なのでこれ以上誰かの力を奪っても、意味がないのだ。

 ならば配下を増やし、彼らに絶対の忠誠を誓わせて自身を守らせる方が効率も良い。そう考えていた。


 だが、数秒の後――ミスティ・ハーティスは愕然とする。


 二十人にも及ぶ彼女が誇るべき騎士達――しかも皆、悪魔伯デビルカウントが――無残にも横たわっているのだ。

 彼らは皆、人間風にいうなら竜王級や王虎級の剣士であり、大魔術師と同等の魔法を使う。

 つまり”黒騎士級”の力を持った二十人――ということだ。

 確かに”暗黒騎士”は”黒騎士”よりも上位だが、今回は二十対一である。

 それがゴードを一斉に囲んだ途端、身体を回転させた巨大なゴーレムに殲滅されてしまったのだ。


 実際の所、ゴードは片足を軸にして回転しつつ、肩に装着された火炎魔法のスクロールを発動させただけ。

 ただし軸の片足は足元の絨毯を炭化させるほど高速で回転し、魔法スクロールに込められた魔力は、一撃で飛竜さえ仕留める程のものだった。


(これほどまでに、ゴードの力が凄まじいとは……)


 ミスティ・ハーティスは悩んだ。

 正面から戦って、勝ち目がある様には思えないから。


 だが、それでもミスティ・ハーティスは決意した。

 彼女の背に、漆黒の翼が広がる。

 頭からは山羊の角のような――だが、これも黒い――ものが生えた。

 白に金糸の刺繍が施されたローブを脱ぎ捨てると、ミスティ・ハーティスの衣服は、黒一色の、下着と見紛うようなものとなる。


「ふはは――サキュバスの本領発揮か――直接目にせずとも、身動きがとれぬわ!」


「だったらそのまま、死ぬがいい!」


 ミスティ・ハーティスの右手から、閃光が迸る。

 だが、それはゴードが纏う漆黒の大鎧に阻まれた。


 ”パァァァァン”


 空気の爆ぜる音が聞こえた。

 ミスティの右手から撃ち出された魔力を、ゴードの鎧が弾いた音だ。

 白い煙を上げながら、ゴードの黒い鎧が前傾姿勢をとる。

 鎧が、滑る様に動き出した。

 左腕が広がり、盾状になる。

 右手が、槍の様に形状を変えた。


「なんなのだ――? あれは、一体!」


 漆黒の翼をはためかせ、中空に逃れたミスティ――。

 この空間は地下でありながらも、天井まで十メートル程の距離があるのだ。


 ”ガガガガガガッ!”


 しかしミスティの腹部に、小さな金属の塊が突き刺さる。

 ミスティは恨めしげに攻撃の起点を見やると、白い巨大な鎧が左腕を向けていた。


「遅くなりましたっ! ゴードッ!」


「ふむ、ようやく勇者どのの到着か。最後の仕上げは、残っておるぞ」


 ゴードが勇者と呼んだ者の声は、高かった。明らかに女だ。

 ミスティはこの時、自らの失態を悟る。


(勇者が女では――わらわの力が半減じゃ――ただでさえ勝ち目もないというのに)


 激痛に耐えつつ、二体の大鎧から逃れようと、ミスティは玉座の奥へ向かう。

 しかし、ゴードの黒鎧が立ちふさがった。

 あり得ない速度だ。

 空中を浮きながら移動したのか? それとも足の裏に車輪でもついているのか――?

 

(なんだ、このゴーレムは!?)


「気になるか、魔王よ……。これが人族の希望――魔導甲殻ソーサル・シェルだ――ふははは! 弱き我等でも、これがあれば剣聖と互角、いや、武神とも戦えるであろうよ。ふはははは――」


(暗黒騎士が、弱いものか……)


 ミスティは、絶望に震えた。


 黒い大鎧からミスティに繰り出された槍は、容赦のないものだった。

 翼を切り裂かれ、腕を失い、顔にも傷を負った。

 絶世の美貌と謳われたミスティ・ハーティスは、やがて見る影もなく崩れ落ちる。

 

「とどめよ!」


 純白の魔導甲殻ソーサル・シェルを操る勇者が、うつ伏せに倒れているミスティの首を刎ねた。

 

 こうして最後の魔王も討ち取られ、七王魔国と呼ばれた大陸東方の地域は、ゴードによって瞬く間に征服されてゆく。

 ゴードは遠く西のリヒター王国にいる友、マッティアと約束をしていた。


「西はお前が――東は俺が、征服しよう――!」と。


 彼らの友情は、竜退治から始まる血塗られたもの。

 その行く末が互いの血を血で洗うものだとしても、彼らの野望は止まらない。


 また、ゴードに魔王達を倒す助力を請うた勇者――ヒスイ・イズモは、後にゴードの臣下となる。


「神託を果たしたのに――私、どうして日本へ帰れないの――」


 それは絶望からの衝動だったかもしれない。

 魔国を平定した後、彼女はもはや魔導甲殻ソーサル・シェルを扱う事でしか、自らの価値を見出せなくなっていた。

 そして彼女は、ゴードの帝国――その軍事力の象徴ともいえる魔導甲殻騎兵ソーサル・シェル・トルーパー第一位階エース・トルーパーとなる。若干、十三歳のことであった。

 

 ◆◆


「死、ね……ぬ……この……まま……で……は」


 驚くべき事に、ゴード率いる十三騎の魔導甲殻騎兵ソーサル・シェル・トルーパーに蹂躙されつくしたミスティ・ハーティスは、国を失い、身体を失ってもまだ、生きていた。

 そして意識だけを、魂だけを別の世界へ飛ばし、再起を図る事にする。


 ――だが、それは賭けだった。

 

 既にミスティ・ハーティスの命運は尽きている。

 どこかで共存出来る魂を見つけ、この世界へ帰還を果たすなど、暗黒神アーリマンであろうとも不可能かも知れない。

 それでもミスティは、自らを――そして仲間たちを滅ぼした勇者とゴードを、決して許さないつもりだった。

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