3:隠れ家すぎるカフェ!
それは、私よりもちょっと年下。大学生くらいの男の子だった。
「えーと……?」
どうしたらいいのか分からず、私はその場に立ち往生してしまう。
すると、家の中から男の子が歩いて出てきた。
やや垂れ気味のぱっちりした大きな目に、スッキリした鼻筋。いかにもモテそうな可愛らしい顔だ。
ただ、彼の髪の色は、世のジジババ達もビックリするほどの綺麗な白髪だった。髪の色を抜いてるのか……ものすごく個性的だ。瞳の色はカラーコンタクトなのだろうか……緑色である。
「あの、よかったら寄って行きませんか?」
「え? 寄ってって、あなたの家に!?」
見知らぬ他人の家に、いきなり招かれるなんて体験は初めてだ。
でも、常識的にありえない、よね?
「……お願いします。お客さん、滅多に来なくて」
「お客さん?」
縋るようにウルウルとした瞳で私を見てくる男の子に、ついつい絆されそうになる。
「カフェ、してるんですけど……こんな場所だから、人も来なくて」
「……そう、なんだ」
「来てくれます?」
小首を傾げながら、ものすごく目で訴えられている!
成人男子にそんなことをされてもキモイだけだが、目の前の男の子はそれが許される外見をしている。
なんだか彼が可哀想に思えた私は、誘われるがままに木の家に足を踏み入れた。
「わぁ……本当に、カフェなんだ」
「はい。紅茶とハーブティーがメインのカフェなんです」
店内も、木で出来た落ち着く内装だ。椅子も、テーブルも木。壁には、ドライフラワーが飾られている。
窓からは、さっきの庭が見えた。
いい場所なのに、客が私一人というのがなんとも寂しい。
近所の主婦とかに需要がありそうなのに、場所が分かりにくい所為で気付いてもらえないんだろうな……
「これ、サービスです」
そう言って、コトリと目の前に置かれたのは、何かのハーブティーのようだ。甘い香りがする。
私は紅茶派なので、ハーブティーには詳しくない。
「リンデンフラワーっていうハーブなんですけど……」
「へーえ、いい匂い。ありがとうね」
私は、アンティーク調のファイルに綴じられたメニュー表を眺める。流石に、タダで茶を飲むだけと言うのは申し訳ない。
「日替わりのケーキ、一つ頼んでもいいかな?」
「今日のケーキは、桃とマスカットとクリームチーズのタルトですけど」
「美味しそう! じゃあ、それをください」
「ありがとうございます」
カウンターの奥で、男の子がカチャカチャと作業する音が聞こえてくる。
「ねえ、君はここのアルバイト? 大学生くらいだよね?」
私の言葉に、男の子は少し驚いた様子で顔を上げる。
「違いますよ? 僕はここの店主です」
「……え? マジで?」
「一年前から、ここでお店を開いているんですけど……」
ということは、私が引っ越してきたすぐ後に、このカフェは開店していたということだ。全然知らなかった。
「すごいね、まだ若いのに。自分のお店を持っているなんて」
平凡な一般企業でリストラ対象になった事務員とは大違いだ。
「……そんなに若くもないんですけどねぇ」
ボソリと彼が何かを呟いたが、声が小さいために良く聞こえない。
そんな私に、男の子は陶器のお皿に乗った可愛らしいケーキを差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
瑞々しい桃とマスカットが、タルトの上で輝いている。ものすごく、美味しそうだ。
「いただきます」
私がケーキを食べるのを、男の子が嬉しそうな表情で見ている。
折角作ったケーキ、誰にも食べてもらえないままじゃ勿体無いものね。
「そう言えば。あなた、この辺りで白い狸を見なかった?」
「……狸? さ、さあ」
一瞬、男の子がピクリと反応したような気がするけれど、気の所為だろうか。
「そう。実はね、狸を追いかけて行ったら、この店に辿り着いたんだよ」
「へえ」
そう言って、男の子は笑みを深める。ちょっとミステリアスな子だな。
「でも、お姉さんに見つけて貰えてよかったです」
「そうね、私も素敵なお店を見つけられて良かった。狸に感謝だわ」
男の子は、嬉しそうに頬を染めている。可愛いな。
「僕、櫟っていいます。お姉さんの名前は?」
「え、私……? 薺だけど」
初対面だし、田中という名字までは教える気にならない。
「薺っていうんだ。可愛い名前ですね」
「どこが? ただのペンペン草だよ」
「いいじゃないですか。高血圧の予防や、便秘解消に役立つ植物ですよ? 止血作用や利尿作用も……」
「私は、高血圧でも便秘でもないもの。どうせ植物の名前なら、綺麗な花の名前が良かったわ」
話している間に、私はケーキを完食してしまった。ああ、美味しかった。
「それにしても、本当にお客さん来ないね。こんなに素敵な店なのに」
「いつも、こんな感じですよ」
そう言って、男の子——櫟はニコニコと笑っている。経営は大丈夫なのだろうか……
私が心配してもどうにもならないけれど、心配だ。
誰かに紹介してあげたいけれど、生憎私の友人達は皆、地元に就職してしまっている。この付近には、親しい人間はいない。会社の奴らなんか、最寄り駅に近づけたくないしね。ケッ!
私は、しばらくの間、櫟と話をしていた。なんだか、彼とはとても話しやすい。
そろそろ、おいとましようかなと席を立とうとすると、櫟の瞳がまた何かを訴えるようにウルウルし始めた。
「薺、さん」
「ん、どうしたの?」
「あの、また店に来てくださいますか?」
縋るような目で、私を見つめる櫟。
「そんな顔しなくても……また来させてもらうね。今日は、ありがとう」
何だかんだ言って、私は櫟を気に入った。向こうはお客さんを確保したいだけだと思うけれど。
「あの、これ。お土産です」
櫟は、帰り際に小さなクッキーの詰め合わせまで持たせてくれた。
「こんなに、いいの?」
「元々、余分に作ったものなんです」
「……ありがとう」
櫟は、私の姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。なんだか心がホッコリする。
今日は、いいカフェを見つけたなあ。