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番外編 狸と里帰り(中)

 両親は、私達が宿泊する用にと旅館の一室を空けてくれている。

 あの後、私と櫟は棗達を連れて、実家にあるその部屋へと戻った。


「ええっ、それじゃあ、櫟さんも人間じゃなかったの!?」


 私達に用意された部屋に着いた途端に、棗は驚いたように声を張り上げる。


「棗、アレは子狸だ。すでに『嫁』も得ているようなので害はないが」


 杏が棗に向かって、櫟の正体をばらす。

 その櫟はというと……


「薺さぁん」


 すっかり杏を警戒して、狸姿で私の後ろに隠れてしまっていた。


「よしよし、櫟君。大丈夫よ」


 私は、櫟を安心させるように彼の背中を優しく撫でる。


「棗、あなたは……杏君の『嫁』なの?」


 恐る恐る問いかける私に向かって、棗は静かに頷いた。


「そうよ、黙っていてごめんなさいね……人間ではない恋人がいるなんて、信じてもらえないと思って。彼は、こう見えて五百歳越えの狛犬なの。ずっと、あの神社を守っているのよ」


 あの神社ーーとは、私達がよく一緒に遊んだこの町の神社だろう。先ほど、櫟を案内した場所だ。

 そういえば、初めて櫟に出会った時も、彼は犬に怯えてプルプル震えながら固まっていた。

 種族的に、受け付けないのかもしれない。


「彼は、神社で遊んでいた私を気に入ってくれたみたい。でも、私が成人するまで待っていてくれたんだって。今は子供姿だけれど、二人きりの時は大きくなるんだ」

「子供姿の方が、棗の家に出入りしやすい。棗の親は口うるさいからな」


 杏の言葉に、私は首を傾げた。彼女の両親とは面識があるが、そこまで口うるさくはなかったような気がする。


「私が旅館の跡取りだから……うちの両親は他の旅館から婿を取ろうと画策しているの。今時、変な話だよね」

「おかげで、大人姿の俺が棗のうちへ行くと追い返される。この姿の方が安全なんだ」


 棗の隣にいる杏は、真面目な顔でそんなことを言っているが……子供姿で会いに行くだなんて、可愛い考えだと思う。


「……まさに、犬ですね。従順なことで」


 私の背後からひょっこり顔を出した櫟が、バカにしたように杏を嗤った。


「こら、櫟君」

「だって、薺さん。あいつ、僕を子狸扱いしました。許せません」


「事実だろう、まだ百歳の子狸。嫁の背中に隠れて情けない奴だな」

「こら、杏。あんまり櫟さんに意地悪なことを言わないの」


 注意された杏は、棗の言うことに素直に従った。彼は、小学生姿のままで棗の腕にくっついている。


「そろそろ帰らなきゃ。薺、会えてよかった。しかも、人間以外の相手を好きになった同志だなんて! 私……頑張るからね!」


 棗は、何かを決意したような顔で私をじっと見つめた後、杏を残して部屋を後にした。


「……棗さんってば、でっかい忘れ物を置いていきましたね。部屋の中が犬臭くてかないません」

「なんだとこのガキ。狸鍋の具にすんぞ」


 鼻に皺を寄せた杏が低く唸ると、白狸姿の櫟が甘えるように私の膝に乗った。

 どことなく、杏に見せつけている感があるように思えるのは、私の気のせいだろうか?


「……それにしても棗ったら、あんなに慌てて、どうしたのかしら?」


 私の疑問に、部屋に残った杏が答えてくれる。


「実は、今日は棗の見合いの日なんだよ。嫌がった棗は、あんたを口実にして家を逃げ出していた」

「お見合いって、棗と誰の?」

「両親が進める相手とだよ。見合いといえど、結婚はほぼ確定しているがな」


 先ほど、棗が言っていた「うちの両親は他の旅館から婿をとろうとしている」という話に関係があるのだろう。

 それなのに……


「杏くん。そんなに悠長に構えていていいの?」

「問題ない、棗が自ら決意して実家に向かったんだ。俺は嫁を信じて待っている……どこぞの余裕のない狸とは違うんでな」


 杏の言葉に、膝の上の櫟がピクリと動いた。


「……でも、ちょっと心配ね。あとで少し様子を見に行ってみましょうか?」

「そうですね、行きましょう薺さん。気障ったらしい犬っころは、そこで指をくわえて待っているといいですよ」

「もう、櫟君。そんな言い方しないの!」


 私は、ケケケと邪悪な笑いを浮かべる口の減らない櫟を抱き上げ、お仕置きとばかりに彼のお腹をプニプニする。

 しかし、プニプニされた白狸は、なんだか嬉しそうな表情を浮かべていた……何故だ!? プニプニされて嬉しいのか!?


「杏君も一緒に行かない?」

「相変わらず、気に入った相手に対してはお人好しなんだな、薺は。子供の頃から変わっていない」

「そういえば、杏君は私のことを知っているのね」

「あんたはいつも、棗と一緒に神社で遊んでいたからな。どこぞの子狸が知らないことも、たくさん知っている」


 プニプニされていた白狸は、それを聞いてフウーッっと毛を逆立てた。


「二人とも、喧嘩しないで。ほら、棗を見に行くわよ」


 人型に戻った櫟と、同じく人型に戻った杏の手を引きつつ、私は棗の実家へと向かう。

 私の家から、少し町方面へと進んだ場所に棗の実家が営んでいる旅館はあった。


 幸い、お見合い会場は棗の実家の旅館である。

 私が当たりをつけた通り、棗達は、その旅館の中で一番いい部屋を貸しきってお見合いをしていた。

 こっそりと庭のほうから回って、お見合いの席の様子を伺う。

 幼い頃からよく遊びに行っていたので、私は棗の家の構造を詳しく知っているのだ。


 広くて綺麗な和室の中央にある机の前に、着飾った棗達が座っていた。

 縁側から庭がよく見える部屋なので、外から中の様子がよく見える。

 私達は、中の声がよく聞こえるようにと、相手から見えない位置に陣取って、壁にへばりつきながら中の音に耳をすませた。

 窓は閉められているが、ガラスや壁が薄いせいで話し声が聞こえてくる。


 私は、お見合い席をよく観察した。

 棗の相手の男性は、メガネをかけた細身の真面目そうな人だが……私の見たところアレは絶対にマザコンである。

 だって、不安げな表情を浮かべる彼の右手が、ママの膝の上に置かれているもの。そして、ママが愛おしそうにその手を握っている。

 ――棗の両親よ、可愛い娘の相手がアレでいいのか!?

 私は心の中で、彼女の親に向かって叫んだ。


「見た目は三十歳なのに親離れできていないなんて、痛い男よね」

「そうですね。先ほどから彼は一言も喋らず、彼の母親ばかりが話していますし」


 私と櫟は、ヒソヒソ声で感想を言い合う。

 当の棗はというと、両親に挟まれた席で顔を真っ赤にして怒っている様子だ。


「だから! 私は、お断りしますと何度も言っているじゃないですか!」


 窓越しでもはっきりと分かる、大きな声である。

 だが、彼女の傍にいる両親も、向かいの席に座っている相手方の両親もニコニコと笑っているだけだ。


「そんなことおっしゃらずにね。ヤスオちゃん、今は緊張しているみたいだけど優しい子なのよぉ?」

「そうよ、棗。あなた、こんな歳になっても独身で。あなたをお嫁にもらってくれる人なんて、ヤスオさんくらいよ?」


 二人の母親の、甲高い笑い声が窓の外に高らかに響いた。

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