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1:ちきしょう、リストラされた!

「田中さん、いままでありがとう。お疲れさまでしたぁ!」

「あなたがいなくなって、寂しくなるわね。お疲れさまでした!」


 なにが、寂しくなる——だあ? ふざけんな。

 私は荒れ狂う心情を根性で封じ込め、形ばかりの笑顔を作り出す。


「体に気をつけてな。田中がいなくなるなんて、本当に残念だ」


 残念だというのなら、お前が私の代わりに辞めろ。退職理由知ってるだろ、このデブ!

 駄目だ、駄目だ、ここで喚いても惨めになるだけだ。

 オフィスを出るまでは耐えよう、私。


「この後、田中さんの送別会をしようって話が……」

「いいえ、結構です。お気遣いなく」


 むしろ、すんな!

 お前ら全員、私の事情を知っているだろう。よく送別会だなんて口にできたな、死ね!

 心の中で呪詛の言葉を唱えつつ、私は大急ぎで踵を返す。


「それでは、私はもう行きますね。皆さん、今までお世話になり、ありがとうございました!」


 ダッシュだ。帰るのだ。送別会なんて拷問は、まっぴらだ!

 私は、逃げるように今まで勤めてきた会社を後にした。



 今日、私は会社を辞めた。ちきしょう、まだ入社一年後の七月なのに!

 表向きにはタダの転職ということになっている。

 しかし、実際は人員削減の対象となったのだ。いわゆる、肩叩きにあったのだ!


 ここ最近、私の勤めていた食品の卸売会社の業績は下り坂だった。更に、消費税の増税が、業績悪化に追い討ちをかけていた。

 そして、社内で人員削減案が出され、事務員の数が減らされることになった。

 その対象が、私——田中(たなか)(なずな)だったのである。


 確かに、私は他の事務員に比べて出来が良かったとは言えない。でも、そこまで出来が悪くもなかった筈だ。仕事をサボったことなんて、一度もなかったのに。

 同期入社の女の子か私か……どちらかが削られることになり、最終的に私が選ばれてしまった。

 後悔はない。出来ることは全てやってきた。だからこそ、突き付けられたこの結果が痛い。

 幸い、僅かではあるが退職金は出るので、すぐに路頭に迷うことはないだろう。でも、こんなこと、田舎の両親には告げられない。

 人員削減の対象になっただなんて……情けなさ過ぎて。


 俯いて、人ごみの中を駅まで歩く。

 もはや、私にとって全てのことが、どうでもよくなっていた。無様な自分自身が嫌で仕方がない。

 改札を抜けて、ラッシュ時のホームに並ぶ。


「当てつけに、ここから飛び降りてやろうか……」


 目の前のホームを眺める。

 いや、駄目だ。電車を止めると罰金が掛かる。馬鹿な行動で田舎の両親に負債を負わせることはできない。

 私はホームから飛び降りずに、満員電車に乗り込んだ。

 就職すると同時に借りた築三十年のマンションがある私の最寄り駅は、会社から電車で一時間の場所にある。

 周囲に緑が生い茂る、ちょっと不便な駅だった。ここには、普通車両しかとまらない。


「ワン! ワンワンワン!」


 マンションへ向かう途中、一軒家の門の隙間から顔を出した茶色い犬が、大きな声で吠え出した。

 いつもは大人しい犬なので、不思議に思って観察する。

 犬は、しきりに上を向いて吠えていた。

 私もつられて上を向くと、犬を飼っている家の庭木の天辺に、白い影が見える。


「なに、アレ」


 細い楢の木の頭の部分に、白い毛玉が乗っている!

 毛玉はぴくりとも動かず、固まっていた。


「猫?」


 もっと観察しようとすると、毛玉に興奮した犬が更に大きな声で吠えた。


「ワワワワワワワン! ワンワン!!」


 犬の声に、毛玉はびくりと震えて木から落下する。そのまま家の外……私の立っている前までコロコロと転がってきた。猫にしては鈍臭い生き物だ。

 私は、近くに落ちて来た毛玉を拾い上げ、目が点になった。


「猫、じゃない……何これ——」


 真っ白でフワフワな生き物は、猫よりも犬に似ている。けれど、犬は木には登れない。

 もしかして、狸?

 とりあえず、不思議な毛玉を狸と結論づけた私は、それを近くの薮へと運んで逃がしてやることにした。


 狸を運んでいると、夏だと言うのに周囲の気温が下がってきた。なんだか肌寒い。

 はらり、はらりと空から白いものが降ってくる。


「これって、雪……?」


 異常気象だろうか。夏なのに、空は晴れているのに……雪が降ってくるなんて。

 最近は温暖化が原因なのか、世界各地で変な現象が起こっているらしい。これも、そうなのだろう。

 私は、特に雪を気にすることなく狸を運ぶ。

 さっさと、狸を自然に返して家に戻ろう。寒いし。


「もう民家に入り込んじゃ駄目だよ、山へお帰り」


 そう言って地面に下ろすと、狸はこちらを振り返りつつ、テケテケと草むらの中に消えていった。


「……可愛かったな」


 私のささくれ立った心は、白い毛玉のおかげで少し癒された。

「狐に〜」と世界観は同じです。

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