6月の薔薇を求めて
「そうですか。わざわざ連絡を入れて頂いて、ありがとうございました。え? ああ、そうですね。ハルが連絡するのが1番確実ですね」
シュウは少し微笑みながら電話を切った。
今、電話していた相手は、シュウと入れ違いに『はるぶすと』を訪れた樫村だった。
出発の日に、
「ハル兄が着いたら連絡入れますから! 」
「夏樹は嬉しくて忘れちゃうだろうから、僕がするよ」
と、夏樹と冬里が言っていたのだが、2人からの連絡はなく。
夏樹がはしゃぎすぎて連絡を忘れるのはまあ仕方がないとして、あの冬里が連絡を忘れるだろうか?
「まあ、わざと忘れている…と言うこともあり得ますね、冬里の場合」
国際電話対応の携帯電話を切って、苦笑しながらつぶやいたとき、
「あんたの彼女は、気を持たせるために、わざと連絡を忘れるタイプかい? 」
と、背後から声がした。
振り向いてみると、金色っぽい茶色の瞳に、きれいな金髪をもつ男が立っていた。
「? いえ、彼女ではなく友人ですが。日本語がおわかりになるのですね? もしかして、日本にいらしたことがおありですか」
「いや、俺は正真正銘のニッポン人、だぜ」
「え? 」
すると、その男はシュウの肩をポンと叩いて、横を通り過ぎながら言う。
「日本で生まれて、日本で育った。国籍も正真正銘の日本、さ」
「それは、恐れ入りました」
「ハハハ! 面白いヤツだな、お前。いや、ちょっと日本語のつぶやきが聞こえたから答えてみただけだよ。それじゃあな。Have a nice trip !」
後ろ手に手を振りながら、その男はターミナルから外へ出て行った。
シュウはもう聞こえないと思いながらも、
「Thank you. I wish you good luck.」
と、思わず答えてから、日本語の方が良かったかな、と思いつつ、彼もまたロンドン市内行きの列車乗り場へと向かったのだった。
今回の旅行は、庭に植える薔薇を見に行くという名目だが、もちろんそれも含まれてはいるが、実はもう一つ目的があった。
というのは、少し前に新しいレシピが完成したのだが、そのオリジナルを考案したシェフ(名前をアレン・エインズワースという)に、そのことを報告をしようと思い立ったのだ。とはいえ、彼はとうの昔に、この世を離れているのだが。
200年ほど前に料理人として働いていたその屋敷は現在、広大な庭園の一部を観光客に開放していると言うことだ。そして初代アレンは、料理人として最後の時まで忠実にこの屋敷に仕えたため、その死を悼んだ領主が、墓地を庭園の中に作らせたという。
最近になってふとしたことからそのことを知ったシュウは、今回、樫村が日本に来るのを幸いに、はるばる訪ねてみようと思い立ったのだった。
イングランド北部にある屋敷は、200年前と少しも変わりなくそこにあった。
たぶん以前と変わっていないとは思いつつ、念のため庭園の案内所で墓地の場所を聞いたシュウは、勝手知ったる庭を懐かしく眺めながら歩いて行った。
ひとつも迷うことなくたどり着いた墓地は、あの頃と同じように綺麗に整備されている。違っていることと言えば、墓碑が増えていることだけだ。
アレンの墓はすぐに見つかった。
まるで引き寄せられているかのようだった。
懐かしさと、そして少し面はゆさを感じながらその墓碑をひととき見つめて。
「ご無沙汰して、申し訳ありませんでした」
ひざまずいて花を手向けながら言うと、いきなり耳元でアレンの声がした。
「(遅すぎんだよ! 200年も待たせやがって、腕は落ちてねえだろうな!? )」
「! 」
周りを見回すが、当然ながら誰もいない。
シュウはまた墓碑に視線を戻すと、何かをこらえるようにうつむき、唇をかみしめる。
だがしばらくして不意に顔を上げると、墓に向かい、無事にレシピを受け取れた礼と、そして、今回それをもとに作り上げた、新しい料理の手順を話し始める。
一通りの説明が終わると、そのまま静かに墓碑を見つめていた。
と、そのとき。
ヒュウ、と吹いてきた風が、シュウの身体を2度、3度、クルクルとなでるようにして舞い上がって行った。
風が飛んでいったあたりを見つめながら、シュウは「合格、で良いのですね」とつぶやき、長いことその場にたたずんでいたのだった。
報告を終えると、元来た道を歩いて庭園へと向かう。
昔からバラ園があったあたりまで来ると、イギリスでは6月が盛りの薔薇たちが、色とりどりに咲き乱れていた。
『はるぶすと』で最高権限を持つ紅一点(誰とは言いませんが)、が納得するような薔薇がすぐ見つかればいいのですが、と思いつつ、薔薇たちの美しさに思わず頬を緩めながら歩いていると、なかでもひときわ目を引く深紅の薔薇に目が止まった。
真っ赤な薔薇は成熟した婦人を思い浮かべる事が多いのだが、今見ているそれは、みずみずしい赤さで、少女が頬を染めているようなすがすがしさが垣間見える。
そして…。
(レディ・ヴィアン)
シュウは横に添えられているネームプレートを見て、その偶然に驚く。最初に働いていた屋敷にいた領主の娘が、ヴィアンと言う名前だったのだ。
「その薔薇に目を止めるなんて、あんたいい趣味してるぜ」
たたずむシュウの背後から日本語が聞こえる。どこかで聞いた声だと思って振り向くと、なんと、空港で声をかけてきたあの男がそこに立っていた。
「あなたは」
「よう、良く会うな。あんたとはなんかご縁があるのかもな」
見た目は完璧にアングロサクソンのその男がご縁などと言うので、少し微笑みながらシュウが答える。
「ええ、そうですね。それにしても、あなたも観光でここに来られたのですか? 」
すると男はハハ、と笑って言う。
「いや、俺は今、イギリスで造園の仕事に就いてるんだ。でな、ここのバラ園は俺の担当だ」
「それは失礼しました」
「いいって事よ。観光だと思うのが普通だしな。それはそうと、実はその薔薇、俺が開発した新種なんだよ」
「ああ…確かに。私の知っている品種の中にはありませんね。けれど、この赤色を出すのは、ずいぶんご苦労なさったのでは? 」
「ほお? 詳しいじゃねえか。あんたも庭師かい? 」
「いえ、ただの料理人です」
シュウとしては、本当の事を答えただけだったのだが、なぜか大受けする。
「は? アッハハハハ! ただの料理人ってか。ただの料理人が薔薇に詳しいって、キザすぎるじゃねえか。で、お次は何を言い出すんだい」
「キザ、と言われましても。…それで、次に私が言いたいのは、できればその薔薇の株を少しお譲り願えないでしょうか、と言うことです」
一瞬、目を見開いた男は、笑顔を真顔に変えてシュウをまじまじと見つめ直す。
それは当たり前だろう。人が苦労して作り上げた新種を、いとも簡単に譲ってくれなどと言う輩は、薔薇のことを知らないド素人か、超がつくくらい厚かましい奴かのどちらかだ。
「あんたは薔薇のことをちっとはわかってるから、ド厚かましいほうだな」
と言いつつも、あごに手を当ててその男は何やら考えているようだ。
「厚かましいのは重々承知しています。ただ、そのネーミングを見て」
「? この名前がどうかしたか? 」
「はい。私の知り合いに同じ名前の女性がいるのですが、あまりにその方の雰囲気にピッタリでしたので驚いています」
「ほう」
「出来ることならその薔薇で、店の庭を飾りたいと思いまして」
「へえ、店を持ってるんだ」
「はい、4人で共同経営をしています」
「ふうーん」
そう言うと男はなぜか返事をしないまま、薔薇の手入れを始めてしまった。
その様子を見てシュウは、丹精込めた新作を頂くのはやはりド厚かましすぎますね、と、軽く会釈して他の薔薇を探しに行こうとした。
そのとき。
「譲ってもいいが…」
手を休めることなく、男がシュウの背中に声をかける。振り向くと、彼は〈レディ・ヴィアン〉を指し示していた。
「あんたがこいつの面倒を見られそうなら、の話だ。ちょっと手伝ってくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
シュウは向き直ってきちんと頭を下げる。すると男は笑顔に戻って言う。
「おいおい、まだ譲るって決めたわけじゃないぜ」
「わかっています、今のはチャンスを下さったことに対するお礼です」
男は最初、〈レディ・ヴィアン〉のみの手伝いをさせるつもりだったようだが、シュウのあまりの手際よさに驚くやら感心するやらで、結局ほとんどの手入れを付き合わせてしまった。
その上、
「いやあ、驚きだ! あんた、庭師に転職すればあっちこっちからひっぱりだこだぜ。どうだ、手始めにうちで働かないか? 」
などとスカウトまではじめる始末。
シュウは苦笑いしながら、しかしきっぱりと言う。
「申し訳ありませんが、お断りいたします」
「そうか? なら仕方がない」
男は特にこだわることもなくあっさりと引き下がる。その上、植物にかかわるややこしい輸入の手続き等、すべて請け負うと言ってくれた。
「あんたになら、こいつを任せても大丈夫そうだからな。あ、けど、日本はこっちと気候が違うから、注意することをいくつか言っておく」
そのあと、〈レディ・ヴィアン〉に関するいくつかの特徴や育て方のコツなどをレクチャーされたあと、お互いの連絡先を交換した。詳細はメールでのやり取りになるようだ。
鷹司と言う珍しい名字を持つその男は、別れ際に、
「こんど日本に帰ったら、あんたの店に行かせてもらうよ」
と、社交辞令だろうが、そんなことを言った。
「ありがとうございます。お待ちしています」
シュウは軽く頭を下げながら、律儀に答えてその場を後にした。
思いがけずあっさりと目的を果たせたシュウは、久しぶりの庭仕事に快い疲れを感じながら、庭園の出口へと向かう。
そこで、一人の男とすれ違った。
――ああ、千年人ですね。
彼らは互いをひとめ見ただけで千年人だとわかる。だからといって、そのたびに「やあ、君も千年人だね! 」などと声を掛け合っているわけではない。たいていは、ただ黙礼したり目線で合図したりして通り過ぎるだけだ。
今もお互いわかっているのだが、少し黙礼をかわしただけで、その場を離れていった。
シュウとすれ違った千年人は、迷わずバラ園へと向かう。そして、そこで黙々と作業を続ける男に、声をかけた。
「久しぶりの日本はどうだった? タロー」
「よう、シギ。俺がここにいるって、よくわかったな」
「ああ、ワーカーホリックの日本人は、帰ってきても友だちに挨拶すらしに来ないって、学習してるから」
「そりゃあどうも。……?」
鷹司は軽いやりとりをかわしつつ、彼をまじまじと見つめる。
「なに? 僕の顔に何かついてる? 」
「いいや、さっきの。なんて言ったかな。ああ、鞍馬って名前だ。あいつ、なーんかシギに雰囲気が似てるって思ってよ」
「そこですれ違った人かな? うーん、まあ、同じ匂いはするかもしれないけどね」
「なんだそれは? 」
「ま、そんなことはおいといて。もう午後のお茶の時間をとっくに過ぎてるよ。僕に日本の話を聞かせてよ」
「そんなに好きなら、いっぺん日本に行けばいいだろ」
「それが出来ないから。あれ? でも…」
「なんだ? 」
「もう大丈夫だよって…。なんでわかるんだろ? もしかして、さっきの…」
「へいへい。よくわかりませんが、とにかく休憩にするか」
考え込むシギを横目に、鷹司はうーんと伸びをしたあと、彼を伴って庭園出口とは反対にある屋敷の方へと歩き出したのだった。
5月に入って、そろそろ日本では私の大好きな薔薇の季節です。
で、薔薇のお話しを書きたくなったのはいいのですが。
イギリスでは薔薇は6月に咲くそうなので、★市は一足先に6月になってしまいました(笑)
今年は急に暑くなったので、花たちもアタフタしているかもしれませんね。
お話はまだ続きますので、あとしばらくおつきあい下さい。




