やっと届いた
「……?」
私はズキズキと痛む頭を抑えながら、ずっと目の前の男の子を見ていた。
何故彼は自分を攻撃するのか、なぜ自分は苦しんでいるのか、ナゼ恵美は死んだのか。なにも理解ができず、ただただ彼の存在を拒んだ。
いや、本当は全部理解していた。
恵美が死んだのは自分の非力さのせい。
私が苦しんでいるのは恵美を失ったから。
彼が自分を攻撃しているのは、私を助けるため。
理解していながら、理解できない事にした。もう考えるのもしんどい。生きる事が辛い。
大切な何かを失うのが怖い。
だったら最初から繋がりなんてなければいい。目の前にあるのなら、なかった事にすればいい。
そう思っていたのに、声が聞こえた。聞こえないはずの声が届いた。
『少し辛いかもしれないけど、我慢してくれ。すぐに助けるから』
暖かい声だった。冷たいプラスチック製の物ではない。聞こえないはずの、確かな人の暖かさを感じられる声が私には聞こえた。
その時私は気がついてしまった。確信があった。
きっと、あの人と繋がれたら退屈を忘れることが、孤独を忘れることができる。
だって、こんなにも誰かの事を思える人なのだから。
でも、どうして? なぜ? 彼は偽りの笑顔で人と接するの?
理由は、きっと私と同じ。人と接するのが怖いんだ。
誰かを失うのが怖いんだ。
きっと、大切な誰かを失った事があるんだ。
最初に抱いた嫌悪感の理由がわかった。これはただの同族嫌悪。自分を見ているようで腹が立っただけ。彼の中の私を見て目を背けたくなっただけ。
だけど、今は違う。
きっと彼は私を、私の世界から連れ出してくれる。私を覆う殻を壊してくれる。
彼には恐怖に打ち勝ち、人と接する勇気がある。私にはない、ひどく眩しい力がある。
この盾を通じて、彼の心が伝わってくる。確かに、私たちの心は繋がってる。そんな気がする。
どこからか、何かが割れる音がする。どこからだろうか?
気がつけば、目の前の盾にヒビが入っていた。
いやだ。まだ、外には出たくない。
確かに、あの男の子は、きっと私の殻を壊してくれる。
だけど、また彼を失ったら? 恵美のようにいなくなってしまったら?
きっと、もう立ち直れない。私は私を見失う。
『大丈夫』
どうしてそう言えるの?
恵美はもういないんだよ。どこにもいないんだよ。そんな世界、生きる意味なんてないじゃないか。
『お友達……恵美さんは生きてる。この異常な空間から元の世界に戻っただけだよ。だから頑張って生きようよ』
ほんとに?
よかった、本当によかった……。
でも、だからって外には出たくない。
こんなにもつらい思いをこれから何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
何度も繰り返す。
そんな悲しみ、私には耐えられない。
『……そう言われると返事のしようがない。けど、少なくても今は大丈夫』
どうして?
『だってさ、───』
目の前の黄金の盾に亀裂が走る。光が漏れ出す。それはきっと、希望の光。純粋にそう思えた。
痛みを訴え続ける頭。鉛のような体。沈んだ心。
そんなもの、全て吹き飛んだ。
バキン!!
ガラスが割れたような大きな音が空気を震わせる。私の周囲にあった透明な壁が崩れ去る。
少年は私の盾を壊して、目の前に現れた。
「僕は今、ここにいる。今、君のそばに居てあげられる。未来のことなんか知らないけど、僕らは未来に生きてるわけじゃないから」
少年は身体中を傷だらけにしながら、痛みを忘れたようにそっと私に微笑みかける。
「名前、聞かせてもらってもいいかな?」
少年はそう言うと私に手を差し伸べる。
私は反射的に手を伸ばそうとしてその手を止めた。少し、躊躇った。その手に触れることを。
私は伸ばそうとした手を引っ込めようとした。
引っ込めようとして、やめた。手を伸ばすことにした。
「私の名前はね、盾宮紅音。あなたは?」
「僕の名前は、矛峰蒼也」
もう一度だけ、目の前の希望にすがってみよう。
過去に囚われるのではなく、明日に絶望するのではなく、
今日を生きてみよう。
すぐに上手くはいかないだろう。きっと何度も挫けるだろう。だけど、それでいいんだ。
向こう見ずでも、先送りと言われてもかまわない。今は自分と、自分にできた繋がりを信じてみよう。
ボロボロになりながらも私の元までやってきた少年、矛峰蒼也はひとつ小さな溜息をつくと、満足げに言う。
「やっと届いたよ。君の心に」
差しのべられた手に触れると、少し冷たく、だけど確かに人の温度を感じられた。
今回の話は所々に短編『痛みを感じない少年』と『突然死んだ少女』のセルフパロディが盛り込まれています。
探してみるとより楽しめるかもしれません。




