万物を貫く槍
「黄金の……盾……」
蒼也は神の盾を目の前に驚きを隠せなかった。
蒼也には理解できたからだ。その盾の持つ特殊能力、《絶対防御》の力を。
《絶対防御》とは、その名の通り、いかなる干渉を許さない最強の防御能力。
「初めての戦いで《絶対属性》に目覚めるなんて……」
蒼也は爆発の槍を両手に作り、再び戦闘態勢に入る。
『……矛盾は自らの精神の、心の形を映し出し、具現化させる異能力だ。しかし、無尽蔵に何でもかんでも映し出せるわけじゃない。具現化には代償が必要だ』
そう、もう説得を試みるどころの話ではない。黄金の盾を壊さなければ紅音自身の命が危ない。
強力な力には強大なリスクが伴う。
「……あ、ぁ───ぐぅ!!」
紅音は苦悶の表情を浮かべながら片膝をついて頭を抑える。
『頭が……割れる……なに、コレ?』
《精神負荷》、これが《矛盾》という異能の代償。
《精神負荷》は脳にかかる負荷であり、能力が強ければ強いほど大きくなる。
蒼也は紅音の頭痛に苦しむ様子を見て舌打ちをする。
『《絶対防御》なんて強力すぎる能力を持ってるんだ。精神負担が大きすぎる。早くあの盾を壊すか発動の解除をさせなければ……最悪の場合死に至るぞ」
蒼也は黄金の盾を見ると悔しそうに舌打ちをする
「《絶対防御》相手に破壊するのは困難か。あの子には悪いが威力を抑えた爆発の槍で気絶させるしかない』
紅音を止める決心を固めた蒼也はなんとか接近を試みる。しかし黄金の盾からは激しい雷撃が発せられており、迂闊には近寄れない。
『あの盾はいかなる攻撃も受け付けない。これは《絶対》だ。だとすると真正面から挑むのは愚策、後ろに回ってあの子に直接攻撃する。雷撃は……気合いで避けよう』
蒼也は計画性があるのかないのか分からない作戦を立てると、紅音の正面に浮遊する黄金の盾を避けるように紅音の後ろに向かって走り出す。
蒼也は爆発の槍の柄の端、石突から爆発を作ることで一気にスピードを加速させる。
猛スピードで走りながらバチバチと唸る雷撃を避け、蒼也は紅音へ接近することに強引に成功させたわ
『ここだ!!』
蒼也は雷撃を避け、なんとか真後ろまでたどり着くと、右手の槍を紅音へと真っ直ぐに突き出す。
黄金の盾はまだ紅音の正面にあり、蒼也の槍は紅音まで届く。
筈だった。
「な……に?」
蒼也の槍は紅音に届くどころかその手前、約一メートルも離れたところで何かに阻まれる。
「まだだ!」
蒼也の槍は右腕ごと吹き飛ばされたが、左の槍の石突から爆発を放つ事で体を時計回りに回転させ、強引に左腕の槍でなぎ払う。
しかし、その攻撃も何かに阻まれる。まるで透明な壁でもあるかのように。
『……そうか。あの黄金の盾は周囲に防御結界を作ることもできるのか。しかもその結界も《絶対防御》付き……厄介だな』
どうやって攻めるか、蒼也が決めかねていたその時だ。蒼也の頭の中にどこからか声が聞こえた。今にも泣き出しそうな子供のような声。
『独りは嫌……助けて……』
「なんだ……誰の声だ?」
蒼也は一度紅音との距離を作ると周囲を見渡すが、自分の他には紅音以外はなにもない。
いや、違和感があった。僅かだかだが確かな違和感。
そう、違和感の出どころはあの黄金の盾だ。
しばらくして再び蒼也の頭の中に声が響く。
『恵美……お父さん、お母さん……もう……大切な人を失うのは嫌。だったら、最初から繋がりなんてなければよかったんだ……』
「この声……あの盾から伝わってきている!」
蒼也は声の出処に驚く。紅音の声を届けているのは間違いなくあの盾だ。
なぜ盾は全てを拒んでおきながら紅音の心を届けようとしているのか。
答えは簡単だ。
『彼女自身が欲っしてるんだ。人の心を、人との繋がりを』
蒼也は紅音の声を、心を知ると、再び話しかける事を決心する。
恐らくはあの盾を壊したところで彼女の暴走は止まらない。だからこそ、どうにかして伝えなければならない。
恵美は、生きていると。君の繋がりはまだ終わっていないと。
蒼也はもう一度しっかりと紅音を見た。
頭を抑え、膝をつき、涙でぐしゃぐしゃになった顔を見て、蒼也は思う。強く思う。
あの子を助けたい。
『やっぱり、気絶させるのはやめだ』
何の関係もない、たまたま教室で目があっただけの女の子。蒼也にとっての紅音とはその程度の存在だ。
だけど助けたい。
紅音は戦いの覚悟をしていたわけではない。理不尽な悲劇を突きつけられて、悲しみにくれる誰かを、彼は放って置けない。
そんな事をすれば、必ず後悔する。
「少し辛いかもしれないけど、我慢してくれ。すぐに助けるから」
蒼也はこの声が《絶対防御》の盾に阻まれ、紅音に届くことがないことを知っていながら、あえて口にした。
聞こえなくても、あの盾を通じて伝わる気がしたから。
蒼也には紅音が繋がりを持つ事を恐怖している反面、本当は繋がりを求めているように思えた。
何故なら、全てを防ぎ、拒む黄金の盾は確かに紅音の声を蒼也に届けたからだ。
繋がりたいけど、繋がりたくない。
それが紅音の矛盾。
その矛盾が紅音を苦しめている事が分かっても、蒼也には解消することはできない。
ただ、手助けはできる。紅音自身が矛盾と向き合い、戦うための手助けはできる。
だから、蒼也は叫ぶ。自分にできる事を。
「その矛盾を、貫く!!」
蒼也は二本の爆発の槍を消した。
新たな槍をその手にとるために。
「その槍は万物を貫きし、神王の槍。その刃は悪を貫き、善を穿つ天秤の執行者」
蒼也は右手を天に掲げる。新たな槍を迎える準備を整える。
掲げられた手のひらに黒と青の禍々しい波が、空気を鳴らしながら集まる。禍々しい波は止めどなく流れ込み、右手に収まり切らずに溢れ出す。
「天秤に意思はなく、ただただ審判を下すのみ」
溢れ出た波は全身を包み込み、蒼也の体が見えなくなった。
「ならば、我が意思を天秤へ乗せよう。その審判を狂わせよう。その審判を我が裁きの刃としよう」
柱のように立ち昇る波に一筋の光が漏れ出る。その一筋の光は溢れ出る波を縦横無尽に切り裂き、黒と青の波を振り払う。
波から現れた蒼也の姿は先ほどまでの制服では無かった。白と黒の服に蒼いマフラー。
神への反逆の証、逆十字を刻んだその姿はひどく禍々しい。
まるで人の道から外れてしまっているようだ。
いや、蒼也を含めた、異能力《矛盾》の使い手は既に人ではないのだ。彼らは世界の理から外れ、神の力の一端に触れ、自らの理を現実に写す者たち。
矛盾者─────矛盾を作りし者達。
彼らの理の中では、常識は通用しない。
なぜなら彼らは、常識と矛盾した力を振るう世界の変革者なのだから。
「我は神槍の担い手。審判を下すのは我が真なる意思」
右手に宿るは神王から奪った力。審判の槍。
現れた黄金の槍は蒼也の右手に触れた箇所から清水に泥を流し込むように黒く澱んでいく。
「《万物を貫く槍》!」
その審判は公平などではない。エゴと偏見の塊。蒼い矛盾者は己が為にその槍を振るう。
誰の為でもない、自分の為に。




