可能性を求める者
「さて、話をしよう。矛峰蒼也」
白い髪の青年、ソラのうかべる笑みは静かな雰囲気を纏っていた。蒼也の機械的な嘘の笑顔とは別種の笑顔。
蒼也の笑顔をプラスチックと例えた紅音がこの場にいたならば、ソラの笑顔を「蓋」みたいな笑顔と表現していただろう。
心の奥底から溢れ出る狂気と歓喜、落胆や憤怒。それらの感情を隠し、同時に抑えるための蓋のようだと。
蒼也は槍を構えながら、先ほどのソラの発言を思い出していた。
『本当に十体目の矛盾獣なのか? ありえない……と言いたいところだが、ヤツが発している気配はまさしく矛盾獣のソレだ。全くの嘘とは言い切れない』
蒼也は《爆発の槍》を改めて握り直す。相手が本当に十体目ほ矛盾獣ならここで倒せばまた一歩願いに近づく。
だが、すぐに槍を持つ手から力を抜くと考えを改めた。
『冷静になれ。《万物を貫く槍》は使ってしまっている……戦闘はできるだけ避けよう』
蒼也は警戒しながらも槍を下ろす。
「話、とは?」
「思っていたよりずっと素直だね。以外だったよ」
蒼也の問いに、ソラは軽く頷くと目の前の石を拾って親指で真上に弾き、落ちてきた石をキャッチする。そんなことを繰り返しながらソラは言った。
「率直に聞くよ。君はこの世界をどう思う?」
「……なぜ、そんなことを聞く?」
「質問をしているのはこちらなのだが……質問に質問で返すなと両親に教わらなかったのかい? なんて言ってしまうと僕も質問で返すことになってしまうか」
やれやれと皮肉げに笑うと落ちてきた石を掴み取るとまた真上に弾く。
「僕には求めているものがある。そして、君がそれを持つ人間かどうかを知りたいから質問している。僕が求めているものは君の返答次第では伝えることになる。これで満足だろうか?」
正直、全くもって満足できなかったが、それ以上追求はしなかった。追求したければ質問に答えろ、ということだろう。
無言でうなずく蒼也にソラは軽く笑う。
「それでは、今度こそこちらの質問に答えてもらおう。この世界をどう思う?」
「…………」
蒼也には目の前の男が何を考えているのか、何を目的としているのか分からなかった。
だが、自身が試されているということだけは理解できた。
世界をどう思っているか、その問いは蒼也の願いへと直結している。つまり、本来なら嘘をついてごまかすのが定石だろう。
しかし、相手は十体目の矛盾獣。倒せば願いを叶える存在。
ならば、自分の本心をぶつけるべきだ。そう考えた蒼也は嘘をつくことなく答えることにした。
「……歪んでいる、と思う」
「ほう」
「歪で、不純で、冷徹で……矛盾している」
静かに、しかし力強く答えた。ぎちり、と歯が欠けそうな勢いで食いしばる。
蒼也の表情は、恨みで歪んでいた。
その表情に興味を抱いたソラは続けて質問する。
「なるほど。だが、なぜそう思う?」
「考えるまでもない。理不尽な死、不平等な人権…………この世は不条理の塊だろう。だからこそ、僕はこの世界を正したい」
「まったく歪みのない世界、と言うのも随分と狂気じみた話だと思うが」
「そこまでは言ってない。だが今のこの世界は歪みすぎている。とくに、この矛盾世界で好き放題な願いを叶え始めてからな」
「ふむ……」
ソラは顎に手を当てて少し考え込むと、何かを思い出したようハッとする。
「君の言う理不尽とは、友人が死んだことを言っているのかい?」
「ッ!?」
息を飲む蒼也にソラは軽く答えた。
「なぜそれを知っている、と言う顔をだね。知っているとも。僕はこの世界の管理者でもある。この世界で起きたことはなんでも……とは言わないが、ほとんど知っている」
ソラは再び落ちてきた石を、今度は握りながら手の中でゴロゴロと転がし始めた。
「ズバリ、君の願いはなんだ?」
その問いに、ドクン、と蒼也の胸の鼓動が早まる。抑えきれない感情を乗せて血液が身体中を駆け巡る。抑えきれない恨みが、ドス黒い感情の渦となっていく。
この世界で起きたことをほとんど知っている人間が、何を今更そんなことを聞くのか。蒼也は不思議でならなかった。
「俺の願い……そんなものは一つしかないだろう」
ゴウッ、と《爆発の槍》の石突きから真っ赤な炎がジェット噴射の如き勢いで放たれ、空気を焦がす。
ソラを真っ直ぐ睨みつけながら、蒼也は自身の願いを口にする。
「矛盾世界を無くし、《世界》を一から再構築する。それが俺の願いだ」
怒りと恨みのこもった、明確な殺意をぶつける。これはソラに対する宣戦布告だ。
お前を倒してこの世界を終わらせてやる、と。
対してソラは、そんな蒼也を見て一瞬目を見開いて驚くと、それからすぐに顔を手で押さえ俯いた。
「くく……」
と、小さく声が漏れ出した。
「ふふ、あははは! 面白い、面白いよ、矛峰蒼也! その答えは思いつかなかった!」
今度は本気で堪えきれずに笑う。
だが、馬鹿にしているわけではない。ソラは本気で楽しんでいるのだ。この状況を、この展開を。
「いいよ、矛峰蒼也。お前は面白い。なんでも願いを叶えられるこの戦いの中で、それを終わらせようとする人間は今までいなかった!」
「だろうな。だから未だにこのくだらない戦いは続いている」
「しかし、その願いへの道は他の矛盾者よりも険しいものになるだろう」
ようやく落ち着いたソラは先ほどまでの微笑を浮かべながら続けた。
「お前の願いは他人の願い全てを踏みにじる願いだ。良くも悪くも人々の希望の全てを無に帰す。知られれば全ての矛盾者から狙われるだろう」
矛盾世界を無くし、世界を再構築する。それは今も願いを叶える為に奮闘する矛盾者全ての意思を否定することだ。
しかし、それでもと蒼也は口を開いた。
「かまわない。どんな障害も全て貫く」
「なるほど。だが、口で言うのは誰にでもできる」
「そう思うなら、これからの僕を見ていればいい」
「君がそう言うならそうしよう。くれぐれも失望させてくれるなよ」
そう、満足げに笑う。ただ、本当に満たされているかは蒼也には分からなかった。
さてと、と区切りをつけるようにソラは呟き、コンクリートから腰を上げた。
「今日の所はここまでとしよう」
「まて。まだお前が求めているものを聞いていない」
「それはまた次回としよう。ここで全て話してしまっては面白くない」
そう言った次の瞬間には、ソラの姿は消えていた。
蒼也は辺りを見渡してソラを探すが、すぐに無駄だと悟り諦めた。
右手の《爆発の槍》を消して、ため息をついた。
「あれが十体目。青井空か……」
倒すべき相手を前に、心臓が高鳴る。
蒼也はきつく拳を握り締めながら、固く、勝利を誓う。
亡くした友のために。




