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パラドックス・メイカーズ  作者: 三角
chapter3:黒薔薇の王女
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対面する蒼と青

「……っ!」


 《心の海》から意識を取り戻した紅音の視界に広がっていたのは青い空だった。それまで屋上を覆っていた黒薔薇は全て消え去っていた。


『頭が痛い……《精神負荷》の影響……も、あるだろうけど、にしては直接的な痛みも大きい気がする。それに体も重い』


 《精神負荷》以外の謎の痛みがする頭を首だけで起こすと、体の上に輝明と恵美がダラリと倒れているところが見えた。紅音は頭の痛みと体の重さ、その原因が同時に合点がいったようで、苦笑いを浮かべた。

 《矛盾(パラドックス)》の効力はすでに切れていたようで、二人とも服装が元の服装に戻っていた。


『そういえば輝明とめぐは上から降ってきたんだった……《心の海》は時間の進み方が早いから現実ではゆっくり時間が進んでるはずだけど……さすがに落ちてきたか』


 むしろぶつかる瞬間に意識がなかった事を喜ぶべきか、と紅音は適当に結論づける。

 そんな事を考えている内に紅音の体の上で恵美が意識を取り戻した。二人とも頭をぶつけてはいるものの、大した外傷はなさそうだった。


「うっ、うぅん……」

「大丈夫? めぐ?」


 恵美は紅音の体から起き上がると、よろめく頭を何度か振って意識をはっきりさせると、いつものゆったりとした口調で言った。


「なんとかね〜……ありがと、こうちゃん」

「……礼なんかいらないわ」


 恵美は《精神負荷》による影響で頭痛が酷いのか、頭をかかえてはいるが、どうやら脳が焼ける事は避けられたようだ。

 紅音はほっと一息つくと上半身だけ起き上がらせながら、ふいと恵美から顔を逸らした。恵美からは紅音の表情は見えなかったが、耳は焼けた鉄のように真っ赤になっていた。

 相変わらず素直じゃないなぁ、と慣れたように恵美は優しい表情で微笑む。

 話題を変えようと紅音は未だ体を起こさない輝明に、話を振った。


「で、いつまで私の足の上に寝っ転がってんのよ。意識戻したなら早くどきなさい」

「ありゃ……バレてた?」

「息遣いが寝息じゃなかったわ」

「なる、ほど……」


 輝明が意識を取り戻していると知った上で、足の上で倒れているのを許しているのは感謝の念があったからだろう。でなければ輝明の頭はコンクリートの床に容赦なく叩きつけられていたことだろう。

 しかし、それを分かった上で輝明は紅音の足の上を動こうとしなかった。流石の紅音も我慢が出来ず、輝明にさっさと立ち上がるように言った。


「いつまでそこにいるの。いい加減にしないと流石に怒るわよ」

「い、いやぁ……俺もどきたいのは山々なんだけど、体が一ミリも動かなくて」

「もしかして、こうちゃんの太ももが魅力的すぎて〜?」

「ち、違う……ボケに構うのもしんどいぜ……」


 事情は分からないが、とりあえず恵美と紅音は輝明の体を浮かせて紅音の足を引き抜き、輝明の体を仰向けにする。

 すると輝明は酷く衰弱しており、身体中から嫌な汗が噴き出していた。恵美は手を輝明の額に乗せ体温を測ると、異常なほどの発熱をしていた。


「すごい高熱……大丈夫?」

「いや…………かなり、キツイ」

「もしかして……《悪を挫く正義の剣(オーバー・ブレイブ)》の代償?」

「さすが紅音……勘がいいな。《絶対勝利属性》なんて強力な力を使えば、《精神負荷》は馬鹿みてぇに強くなる…………今回はそこまで力を使ってねぇが、生憎とこの力は《精神負荷》の量が……一定なんだ」

「あ、あんまり喋ったらダメだよ〜……」


 恵美の声に、僅かに輝明は安心したように微笑む。本当にいつもの恵美に戻ったのだと確信すると、動かない体を動かそうと力を入れる。


「まだ、だ。《矛盾獣パラドックスモンスター》が、亀が残ってる。蒼也が……戦ってる……」

「……そうだ。私の力を使えば治るかも」


 はっと何かを思いついた恵美は、再び《黒薔薇(ブラックローズ)》の力を発動し、漆黒のドレスを身に纏う。

 発動の瞬間、脳に針を刺すような鋭い痛みが恵美を襲う。


「痛っ!」

「めぐ!?」

「大丈夫……心配しないで」


 恵美は左手で頭を抑えながら、右手を輝明に向けて意識を集中させた。


「……来て! 黒薔薇!」


 恵美の呼びかけに応じ、屋上から数本の黒薔薇の蔦が生えた。黒薔薇はゆっくりと輝明を包み込むと優しい光を滲み出した。

 光が輝明の体に触れると、肉体から疲労感が抜け、顔色も良くなっていく。

 輝明は恵美の力に驚きを隠せないようで、手を開いたり閉じたりしながら信じられないものを見るような目で言った。


「体が軽くなっていく……まさか、回復系の能力まであったなんて……」

「《精神負荷》による脳へのダメージはどうにもならないけど、体へのダメージならなんとか回復できるはず……」


 しばらくして回復しきった輝明はゆっくりと立ち上がると元気よく腕を振り回した。


「うおぉぉ! 《精神負荷》で頭は無茶苦茶痛いけど体は軽い! すごい違和感だ!」

「普通だるくなる時は……両方だるくなるもんね〜」

「ありがとう、恵美……っと、礼の前にまず言わないといけないことがあるな」


 そこで輝明は恵美に向かって深く腰を折った。


「紅音を戦いに巻き込んだこと、余計な嘘をついたこと、恵美を傷つけそうになったこと……全部謝る。ごめん」

「私の方こそ、ごめんなさい。こうちゃんは自分の意思で戦いに参加してた……それなのに、私の独りよがりで全部拒んで……本当にごめん…………なさい……」

「め、めぐ!?」

「え?」


 話をしている途中で恵美の体から一気に力が抜け、下を向いている輝明に向かって倒れた。《精神負荷》による体力の限界だ。

 もちろん、下を向いている輝明は倒れこむ恵美に気がつくわけもなく、腰を折っている輝明に恵美はそのまま覆いかぶさる形で倒れてしまった。恵美は輝明の背中の上でぐったりと身動きがとれなくなってしまう。


「……ご、ごめん……力が入らなくて……」

「そ、それはかまわねぇが……その、当たってる……」

「ん? …………あっ」


 恵美は今、上半身を輝明の背中に預けている。それは恵美の豊満な胸部も例外ではなかった。

 輝明はできる限り背中に伝わる気持ちのいい感触から意識をそらす。意識して仕舞えば紅音に殺されそうだ。


「あの〜、お互いのためにも早くどいてもらったほうがいいんだけど……」

「そ、それが〜……」

「それが?」

「体が……」

「体が?」

「動かなくて……」

「動かない」


 つまり体が耐えられるギリギリまでこの感触を楽し────いやいや、なんとかしてこの状況を打破せねば! と、輝明は思春期らしく頭を抱える。


「よ、よし、ここは俺の底力の見せ所……ってあれ?」


 気合いを入れる輝明だったが、いつの間にか体が軽くなっていたことに気がつく。

 顔を上げると紅音が動けなくなった恵美を紅音が介抱していた。どうやら紅音が恵美を輝明の背中から降ろしていたようだ。

 紅音はなんとも言えない冷たい視線で輝明を睨みつける。


「……仲直りできて、よかったわね」

「あ、はい」


 よかったような、残念なような、そんな思春期ど真ん中な輝明であった。

 輝明は不純な気持ちから真面目モードに切り替えるためにワザとらしく咳き込むと、真面目な口調で切り出した。


「しかし、さっきまで援護に行こうと息巻いていた俺が言うのもなんだけど、俺たちの戦力は現状ゼロに近いぜ? 俺は体は動くが《矛盾(パラドックス)》はほぼ使えない。恵美は動けそうにないし、紅音も《繋がりの盾(アイギス)》を使って相当消耗してるだろ? 今行っても足手まといじゃねぇか?」

「かと言って、援護しないわけにもいかないでしょ? 私だけでも蒼也の援護に行くわ」

「…………いや」


 輝明は手を顎に当てて数秒間黙り込むと、信じられないことを言った。


「今回は諦める……ってのも一つの手だろう」

「はぁ!? アンタ本気で言ってるの?」

「一つの手だと提案してるんだ」

「いや、まぁ……私と恵美は全然それでも構わないけど、アンタたちは願いを叶えるために戦ってるんでしょ? そんなに簡単に諦めてもいいの?」

「……来年もある。俺はそこまで急ぐ必要はないと思ってる」

「……そう」


 どうにも腑に落ちない。紅音は顔には出さなかったが妙な引っ掛かりを感じていた。

 輝明は先ほどまで確かに《矛盾獣パラドックスモンスター》の討伐を優先した行動をしていた。恵美に嘘をついて《矛盾獣パラドックスモンスター》を蒼也か輝明が倒せるように仕向けていたのだからそれは疑いようがない。

 しかし、その割には諦めるのが早すぎないだろうか。


『輝明と蒼也では願いを叶えるためのモチベーションが違う? ……そもそも二人の願いって────っ!!』


 そこまで考えたところで、紅音の思考は途切れた。突然の爆音と共にビルそのものが大きく揺れたからだ。


「な、なんの音〜?」

「蒼也だな。あいつの《万物を貫く槍(グングニル)》しかない」

「と、いうことは……」


 紅音は急いで《十字蒼炎の爆発槍クロスブルー・エクスプロージョン》で崩れたビルの端まで行き、地上を見下ろした。

 遠くからでキッチリとは見えないが、どうやら蒼也が亀をビルごと貫いた音だったようだ。亀はボロボロと崩れ去り、消えていった。

 紅音はほっと溜息を吐くと後ろを振り返り輝明たちに報告をする。


「蒼也が亀を倒したみたい 」

「そうか。さすがは蒼也ってところか」

「……」


 紅音はチラリと輝明の表情を見るが、どうやら本心で喜んでいる様子だった。


『倒したくないわけじゃなくて、そこまでこだわりが無いってこと? まだよく分からないけど、少し様子を見ておいたほうがいいかもしれないわね』

「紅音。すまねぇが、蒼也にこっちの状況を報告してきてくれねぇか?」

「分かったわ。二人は?」

「俺と恵美は現実世界に戻る。これ以上長居する意味はねぇからな」

「分かったわ。気をつけてね」

「そっちもね〜」


 紅音は手を振って軽く別れの挨拶をするとビルから飛び降りた。


「来て! 《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》!」


 紅音は呼び出した《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》に乗ってビルを降り、地上へとたどり着いた。

 蒼也は空間把握能力で紅音の存在に気がついていたようだ。

 ほっと胸を撫で下ろした蒼也は《万物を貫く槍(グングニル)》を消した。


「どうやらそっちも上手くいったみたいだね」

「ええ。なんとかね。それにしてもよく一人で《矛盾獣パラドックスモンスター》を倒せたわね」

「どんなに硬い甲羅でも、僕の槍は全てを貫く。《万物を貫く槍(グングニル)》を止めたければ紅音さんの《繋がりの盾(アイギス)》でも持ってこなくちゃね。それに三体目ぐらいまでならギリギリ一人で何とかできるよ」

「……さすが、《頂きの十人》ね」


 呆れてるのか感心してるのか、微妙なトーンで発せられた紅音の言葉に蒼也は言い訳をするように付け加えた。


「いや、もちろん辛い戦いになるからできれば二人以上で戦いたいんだけどね。アクシデントがあるとどうにもなくなっちゃうし」


 前回のように、と蒼也は心中で付け加える。

 蒼也は紅音に考えを見透かされないうちに話を続けた。


「それに四体目以降は強さが増すし、一人じゃキツくなってくる。できればこんな無茶は控えたいね」

「……まぁ、死なない程度に頑張りなさい」


 紅音は平坦な声でそう答えた。素直に気をつけてほしい、と言えないのが紅音の紅音らしい所だろう。

 紅音は気遣いをした(厳密にはできてないが、紅音の精一杯の気遣いなので許してあげてほしい)ことが気恥ずかしかったのか、フイとそっぽを向いた。


「さて、私たちも現実世界に戻るわよ。いつまでも長居する意味も無いし」

「……まだ心が落ち着いてない、か。僕はまだ戻るには時間がかかりそうだし先に戻ってていいよ」

「そう。それじゃお言葉に甘えることにするわ」


 紅音はそう言った次の瞬間には現実世界に戻って行ってしまった。

 何をそんなに急いでいるのやら、とニブチンな蒼也は近くにあるコンクリートの塊に腰を下ろした。

 一つ、大きな溜息を吐きながら蒼也は空を見上げた。


「今回こそ……必ず……!」


 また一歩、願いに近づいた。その実感が蒼也の胸を熱くして熱を覚まさせない。ある程度冷静でなければ現実世界に帰られないので、蒼也はなんとか冷静であろうと努めるも、なかなか心の熱は冷めなかった。

 しかし、このままいつまでも現実世界へ帰らないわけにはいかないので蒼也は軽く深呼吸をして心を落ち着かせた。

 心が落ち着いたことを確認すると、蒼也はコンクリートから腰を上げた。


「……よし、そろそろ戻るか」

「そう言わずに、もう少しぐらいここにいたって、構わないだろう?」


 と、蒼也は隣からガラスのように澄んだ声を聞いた。


「ん? ………─────ッ!!?」


 蒼也はそ声が聞こえてからワンテンポ遅れて急いで立ち上がり、声の主から距離をとりながら《爆発の槍エクスプロージョン・ランス》を生成する。

 反応がワンテンポ遅れたのはそのあまりにも澄んだ声が幻聴と錯覚するほどにまでの透明さだったからだ。まるでこの世に存在しない《なにか》を観測したような、見えない闇を進むような恐怖心が蒼也の心を冷たく張り詰めさせていく。


『なんだ!? なぜそこに…………いや、いつからそこにいた!? 俺の空間把握能力が感知できなかった!? 彼はいったい何者なんだ……ッ!!?』


 混乱する蒼也に、声の主は蒼也の顔を見ることもなく、なんでもないように軽く言った。


「君は今、恐怖しているね。それも、とても深い恐怖だ」


 その言葉に、蒼也は沈黙で返した。何かを喋る余裕もなかった。

 目の前の男からは何も感じなかった。殺気も気配も生気も、何も感じない。この世に存在しているモノとして明らかに何かが、いや全てが欠落している。それほどまでに何も感じなかった。

 蒼也の直感がその違和感は危険なモノだと、全身に訴えかけてくる。


『声が……でない……』


 声の主は何も言わない蒼也の顔を見ると話を続けた。


「その沈黙は肯定、ととってもいいのかな。まぁ、恐怖心を抱くのは恥ずべきことではないよ。人は皆、理解の外にある事柄には大小違えど恐怖するものだ」

「お前は…………誰だ?」


 蒼也は混乱する頭をどうにか鎮めながら、詰まる喉を強引に震わせてなんとか言葉をひねり出した。

 蒼也のその質問に、声の主は僅かに口角を上げた。新しい可能性に胸を躍らせながら、青年は自らの名を語った。


「ソラ。青井(あおい)(そら)。それが僕の名前さ」

「ソラ……」

「そう。そして君たち矛盾者は僕の事をこうもよんでいる……」


 ソラの真っ白な髪は、風を受け陽光を弾き、世界に染まる。

 まるで、この矛盾世界そのものであるかのような、そんな雰囲気を纏わせるソラは歪な笑顔で言った。


「十体目の《矛盾獣パラドックスモンスター》」

「…………ッ!?」


 冷たいコンクリートの上に座るソラは、楽しげに微笑む。様々な可能性に胸を躍らせながら。


「さて、話をしよう。矛峰蒼也」


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