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パラドックス・メイカーズ  作者: 三角
chapter3:黒薔薇の王女
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信じる道を

 《繋がりの盾(アイギス)》が光を放った瞬間、三人の精神は沈むように心の奥へと潜っていった。

 気がつくと紅音たち三人は深い海の底のような場所に立っていた。

 いや、立っていると言う表現は当てはまらないかもしれない。水中や宇宙空間を漂うような、重力の少ない感覚。心を縛るものが無いような感覚だった。


『……まるで《心の海》ね』


 紅音は周囲を見渡すと、すぐ近くに力なく漂う輝明を発見した。


『意識が無い……心の接続がまだ不完全なのかしら』


 泳ぐような感覚で輝明のそばまで近寄るとパチリと輝明が目を覚ました。


『ここは?』

『心の奥を繋げた場所よ。《心の海》って名付けたわ』

『なるほど、いいセンスだ』


 輝明は素直な感想を言った後、周囲をキョロキョロと見渡して言った。


『恵美はどこだ?』

『ちょっと待って……』


 紅音は目を閉じると恵美の存在を強く意識した。

 この《心の海》は紅音が三人の心を繋げて作った空間だ。この空間の主な主導権を握るのも当然紅音になる。

 もちろんどこに誰の心がいるのかも紅音には把握できていた。


『見つけた』


 紅音は目を開ける恵美のいる方角へと泳ぎ始めた。輝明もすぐ後ろから続く。

 しばらく泳いでいると輝明が申し訳なさそうに呟いた。


『すまねぇ……』

『なにが?』

『亀から意識をそらすために嘘をついちまった。たぶん、余計なことだったと思う。もっと別の方法があったと思う』

『それ、私に言うの?』


 振り返ることなく答える紅音に、きびしいなぁ、と輝明は笑って返した。


『ついたわよ』

『……っ!? こいつは……』


 恵美は膝を抱え、拒絶するように、あるいは心を守るように周囲に黒薔薇の蔦を何本も球状に纏わせながら《心の海》を力なく漂っていた。


『薔薇で心を守ってるのか? なるほど、ここは本当に心が反映される世界なんだな』

『そうね。私としてはアンタに突き刺さってるソレも気になるところなんだけど』

『は?』


 なに言ってんだこいつ、と言いたげな顔で輝明は自分の体を見ると目を見開いた。


『どうして、《悪を挫く正義の剣(オーバー・ブレイブ)》がここに……』


 輝明の背中から数本の槍や剣がちょうど心臓の辺りを突き刺していた。

 背中から心臓を刺すいくつもの武器とは違い、一本だけ正面から胸を貫く剣があった。それは本来の白ではなく闇のように黒い色をした《悪を挫く正義の剣(オーバー・ブレイブ)》。輝明の魂の銘を持つ、輝明の一部でもある聖剣だ。

 よく見ると他の武器も輝明が使ったことのある武器ばかりだった。


『痛くないの?』


 紅音はそう質問するが、念のために、といった意味合いが強く、表面上はあまり心配そうには聞こえなかった。


『あぁ……痛みどころか何も感じねぇ。まるでここにあるのが当然、というか、体の一部みてぇな感覚だ』

『まぁ、そんな気はしてたけど』


 と、紅音は安心したように軽く息を吐く。なんだかんだと言いつつ心配ではあったようだ。

 それから輝明は表情を驚きからすぐに納得へと変えていった。そうなるだけの理由を輝明は理解した様子だった。

 それから輝明はかぶりを振ると紅音に言った。


『今は恵美のことを考えようぜ。刺さってる武器のことは気にすんな。今はどうしようもねぇからな』

『……気が向いたら話しなさいよ』


 紅音はそれだけ言うとそれ以上追求することはなかった。

 心配ではあるが踏み込んで聞き出すだけの理由と時間がないからだろう。


『で、どうすれば恵美をあの薔薇の檻から出せる?』

『とにかく私たちの思いを伝えて、恵美の抱えてる《何か》を解消する』

『了解だぜ』


 輝明はそう言いながら徐々に恵美との距離を縮める。

 しばらくすると恵美の黒薔薇がピクリと反応した。その僅かな動きを見逃さなかった輝明は動きを止め、恵美の様子を伺った。


『ここだ。ここなら攻撃される気配はねぇが、この先はダメだ。確実に攻撃を受ける……まずはここがスタートラインってところだな』

『とりあえず恵美を目覚めさせるわ』

『できるのか?』

『できるというか、元々わざと接続を緩めにして眠らせてたのよ』


 紅音は恵美を強く意識して心を完全に接続させる。


『……ここは』


 恵美はゆっくりと瞼を持ち上げると拒絶するような冷たい視線で輝明を睨んだ。ついで、悲しそうな視線で紅音を見つめると、また瞼を閉じて涙を流した。

 輝明はぐっと拳を握りしめると恵美に呼びかけた。


『聞いてくれ恵美! 俺は紅音に危害を加える気はない。嘘をついていたことは謝る……許してくれ』

『……そんな嘘、とっくに気がついてるよ』

『え?』


 キョトンとする輝明に恵美は続ける。


『そこで二人が並んでる時点で確定的だし、それぐらい分かるよ』

『そ、そうか……』

『だからと言って許す気はないけどね』


 輝明は誤解を解くのにもっと苦労すると思っていたようで軽く拍子抜けしてしまった。

 しかし許されたわけではなく、以前油断できない状況は変わらない。輝明はすぐに気を引き締め直した。

 そして、今度は紅音が恵美に質問をした。


『ずっと怖いって言ってたよね。めぐはさ、何に怯えてるの?』

『傷つくことが怖いの……変わってしまうことが怖いの……』


 恵美の膝を抱える腕がぎゅっと強張った。恐怖に怯え、体を縮めこませる。

 恵美はポロポロと落ちる涙を止めることなく、小さな声を振り絞るように言った。


『最近、こうちゃんがいい方向に変化してるって思ってた。笑顔が増えたし、蒼也くんと輝明くんと、二人も友達が増えた。私もこのことはすごく嬉しい』


 だけど、と恵美は悲し気に首を振ると続けた。


『命の危険にさらされてまで変わる必要なんかないよ……命さえあれば、いつかもっといい方向に変われるよ』

『……恵美は、紅音のことを思って暴走したのか』


 輝明は紅音を巻き込んでしまった罪悪感からやりきれない表情を浮かべる。

 そして、輝明が再び謝罪を口にしようとしたその瞬間、遮るように紅音は言った。


『謝る必要はないわよ、輝明』

『だけど』

『私は私の意志でここに立ってる。私の行動は全て、私が責任を持つ。誰のせいでもない』


 輝明を真っ直ぐ見つめた紅音の言葉には芯が通っていた。

 失敗の全てを自分の責任だという考え方は、必ず人を強くする。失敗を他人に押し付けずに自らの心で受け止め、次に活かすことができるからだ。

 しかし、とその考え方を否定するように輝明は言った


『その考え方は諸刃だ。強くなれる反面、逃げ場がねぇからな。全ての責任を負っていたら、それこそ心がもたねぇぞ』

『だから言ってるじゃない。私の行動は私の責任。それ以外を背負いこむ気はないわ』

『…………それなら、いいけどよ』


 輝明の言葉はまるでそうやって心を潰した人間を知っているような口ぶりだった。

 改めて、紅音は恵美を見ると先ほどの言葉の返答を始めた。


『たしかに、めぐの言った通りかもしれない。命がなければ変わることすらできない。それは紛れもない事実よ』

『だったら、こんな危ない方法取らないで、安全な方法を取ろうよ! こうちゃんはこんなところで死んじゃダメなの!』


 閉じた瞳から涙を流しながら必死に叫ぶ恵美に、それでも紅音は冷静に、静かに、自らの意思を言った。激情に飲まれることなく、自分の心の底(本心)を吐露する。


『でも、私は自分の命惜しさに友達を見捨てたくない。忘れたの? 私がここに立っているのはめぐを助けるためなのよ』

『……っ!』

『それにね、めぐ。私は思うの。いつか変わるから、今は何もしないって、変な話だって。いつかっていつ? たしかに時間が解決してくれることもある。だけど、変化をしなければ時間はいたずらに過ぎるだけよ』


 紅音はそっと右手を胸に添えて一人の少年を思い出していた。過去でも、未来でもない、今を生きるための力をくれた少年の姿を。


『変わるべきは今。変わらない人間に明日は来ない』


 ────そうだよね、蒼也。

 紅音が強く思いを込めて蒼也に呼びかけた瞬間、輝明には紅音の背後に重なって一人の少女の姿が見えた。


『……!?』


 少女の姿は紅音と瓜二つだが、少女の瞳には紅音の強く鋭い光とは少し違う、暖かく優しい光が帯びていた。

 幻影は輝明に視線を移すと見知った顔に挨拶をするように静かにニコッと微笑む。

 輝明は信じられない光景に目を見開くが、次にまばたきした時には、すでに少女の姿は無くなっていた。

 輝明は少女が消えた紅音の後ろ姿を見つめながら、感慨に浸るように笑みを浮かべた。


『魂に刻まれた記憶……か』


 輝明はすぐに表情を引き締めると、幻影から恵美へと視線を移した。今は感慨に耽っている場合ではない。目の前の出来事に集中するときだ。

 頭を抱えてうずくまる恵美は震える声で呟いた。


『どうして、そうまでして変わりたいの……?』

『そうね……私が変わりたいのは、今の自分が気に入らないから。そして、私を救ってくれた沢山の人達のためよ』

『救って……くれた?』

『そう。私のことを思ってくれた人達』


 紅音は目を閉じると、強く大切な人たちを思い浮かべた。


『《血の海》で自分をかばってくれた両親、両親を失った後、引き取ってくれたおじさんとおばさん、私の過去を聞いて気を使ってくれた先生、私を《矛盾獣パラドックスモンスター》から救ってくれた蒼也と輝明…………そして、孤独に生きる私を支えてくれた、恵美』


 胸に添えていた右手をそっと恵美へ差し出した。


『掛け替えのない人達のために、私は変わりたいの……今、ここから』


 紅音はゆっくりと恵美に向かって進もうとした。

 輝明は紅音の無謀な行動に慌てて紅音の手を掴んで引き止める。


『無茶すんな! 黒薔薇に攻撃されんぞ!』


 しかし、それでも紅音は前を向いたままだった。恵美から視線を外すことなく、静かに、決意に満ち溢れた瞳をしていた。


『見くびらないで、じゃないわね……心配してくれてありがとう、よね。でも、私を信じて。必ず恵美と分かり合ってみせるから』

『紅音……』


 輝明の瞳に映る紅音の後ろ姿には強い信念が宿っていた。必ず、恵美を救ってみせる。その一心が紅音を強く、強く、何よりも強くしていく。

 輝明はやれやれ、と呆れたように首を振る。しかし、そのすぐ後にニヤッと不敵に笑った。


『……サポートは?』

『大丈夫……信じてくれてありがとう』


 輝明は返事の代わりに握っていた紅音の手を離す。


『それじゃ、行ってくる』

『おう』


 紅音は恵美の心に触れるべく、恵美に向かって《心の海》を進み始めた。

 恵美は紅音が近づいてくることを察知すると、全てを拒むように先ほどよりも強く体を縮めた。


『こ、こないで! 私は、私は……私じゃ……ダメなのっ!!』


 黒薔薇の檻から数本の蔦が、鞭のようにしなりながら紅音に向かって勢いよく叩きつけられた。

 しかし、紅音は盾を作ることもせずに真っ向から受け止める。


『いっ! ……このくらい!』


 紅音は苦痛に一瞬表情を歪ませるが、すぐにまた恵美に向かって進み始めた。

 後方にいる輝明は今すぐ駆けつけたい思いを抑え、強く拳を握り締めた。

 それから紅音は何度も何度も黒薔薇の攻撃を受けるが、ただ全てを受け止めて前に進む。

 傷つく紅音を見て、耐えられなくなった恵美は喉が裂けるような大声で叫んだ。


『もう来ないでよ!! 私じゃ、こうちゃんに何もしてあげられないんだよ! 私じゃこうちゃんを変えられないんだよ! こんなお荷物……放っておいてよ!!!』

『そんなことない! 恵美は私が独りだったとき、いつも何も言わずにそばにいてくれた! 何度も何度も救われた! 恵美がいなかったら私はきっとここには来れなかった!』


 何十本もの黒薔薇の攻撃を受け、紅音はついに恵美のそばまでたどり着く。

 紅音は恵美を纏う黒薔薇の檻を素手で掴み取ると、恵美に向かって黒薔薇をかき分けながら進み出す。


『私は! 恵美とも! 一緒に! 進みたい! 変わりたい!』

『……っ!!』

『私は! 孤独から抜け出して! 人の心に触れていたい! 傷つくかもしれない、傷つけるかもしれない……それでも! 私は、私の大切な人たちの心に触れていたいの!』


 何層にも重なっていた黒薔薇を全て取り除き、紅音はついに恵美の元に辿り着いた。

 そして、紅音は傷だらけの手を恵美に差し出す。


『さぁ、顔を上げて、手をとって』


 紅音の優しい声に、恵美はゆっくりと顔を上げると、紅音を見つめた。

 恵美の瞳に映った紅音の表情は、《血の海(あの日)》失ったはずの偽りのない笑顔を浮かべていた。

 その綺麗な笑顔を、恵美はしばらく何も言わずに見つめていた。すでに変わりつつある親友の笑顔に、いくつもの感情を渦巻かせる。

 喜び、不安、驚き……渦巻く感情は涙になってボロボロとこぼれ出した。

 そして、ぐしゃぐしゃな泣き顔を浮かべて恵美は言った。


『こうちゃんに変わってほしいと願いながら、反面は変わってしまったこうちゃんに見捨てられるんじゃないかって、怖かった……』

『そんなわけないじゃない……』

『こうちゃんが戦って傷つくのが怖かった……』

『心配かけてごめん。でも、私が今変わるのに大切なことなの』


 紅音から差し伸べられた手に、恵美は迷いながらも手を伸ばした。

 触れ合う肌と肌は、互いの心の温もりを伝え合い、ゆっくりと(わだかま)りをとかしていく。


『何よりも、こうちゃんの友達でいたかった……』

『どんなに私が変わっても、ずっと友達だよ』


 その言葉を聞いて、恵美は頬を伝う涙を拭った。悲しみの涙を拭いて、新しい涙を流すために。

 もちろん、新しい涙の意味は決まっている。しかしそれを言葉にするのは野暮というものだろう。


『ありがとう、こうちゃん』


 二人の絆は、他の何が変わっても変わらず結ばれ続けるだろう。

 抱き合う二人を見つめながら、輝明はそう確信した。

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