暴走
「俺は上から化け猫を見張っておく。さっき逃げられたときみたいにビルの倒壊で砂埃が巻き上がって視界が無くなると《無音》で逃げられる。上から見てたらいくら音がなくても奴の居所がつかめるだろ」
「頼んだよ、輝明」
輝明の提案した作戦で戦うことにした蒼也は眼前の敵を見据える。
蒼也は化け猫を見て少し違和感を覚えた。
『この化け猫、どこかで見たことがあるな』
蒼也は戦闘体制を取りながら昔の記憶を呼び起こす。
『そうだ。僕が戦った初めての相手もこいつだったか。能力はまるで違うようだけど』
蒼也は右手に構えた深紅の槍を真っ直ぐ化け猫に向ける。
その瞬間、蒼也には目の前の光景が以前に化け猫と戦った時と重なって見えた。
槍を構える自分。威嚇をする化け猫。余裕のある態度をとる輝明。
しかし、記憶の中の風景は今とは違うものもあった。
記憶の中の風景では蒼也の隣に輝明の他に後二人の少年が並んでいた。
『あの時は正真と陸斗もいたな……』
蒼也は思い出した記憶に言いようのない自責の念を感じたが、すぐにその感情を切り捨てた。
戦いにおいて迷いは隙を生み敗北に直結することを蒼也は知っているからだ。
「いくぞ、化け猫。お前が世界を変える為の最初の糧だ」
蒼也は二十階はあるビルの屋上から助走をすると化け猫めがけて大きくジャンプをする。
化け猫は空中で身動きの取れない蒼也に向かって火球を放った。
「ガァ!」
火球は猫の口から離れるとすぐに分裂し、それぞれが異なる軌道を描き蒼也を包囲する。火球の数は十を下らないほどの多量のものだ。
「甘い!」
しかし、蒼也は火球が分裂するかしないかの直前、まるで火球の動きを予測していたかのように左手を前に突き出す。
「来い! 《蒼刃の十字槍》!!」
蒼也が叫ぶと左手の中に青い光が溢れ出し、縦方向へ一直線に伸びた後、光の上側の先端が三方向分かれ十字架の様な形となる。光の三方に分かれた部分は金属によく似た光沢を放ち、刃に変わった。
そう、光は槍へと変貌したのだ。
蒼也は光が変形してできた約一メートルの青い短い槍を左手に収める。
そして本来身動きをとれない筈の空中で、迫り来る幾つもの火球を体を捻らせながら舞うように左手の短槍で撃ち落とす。
その様子を見た輝明がまたも陽気に口笛を吹く。
『うまい。《爆発の槍》から小さな爆発を発生させることで、空中で姿勢制御をしてやがる……だがそんな不安定な姿勢制御じゃ全ての火球を撃ち落とすのは不可能だぜ。どうする蒼也』
輝明の分析通り、蒼也は火球を一つ取り逃がしてしまう。
蒼也もその火球は防げないことを予測していたのか、素直に防御体制に移る。
『小さい火球は大した威力が無いことは《蒼刃の十字槍》で防いでいて分かった。ここは火球を防御し、爆煙に紛れて奇襲を狙う……!』
しかし火球が蒼也に当たる直前で六角形の盾が蒼也を庇う様に動き、火球を防いだ。
どうやら盾は紅音の意思で自由に動くようだ。
「図に乗るなよ、化け猫。これ以上は誰も殺させない」
紅音は拳を固く握り締めると化け猫を強く睨む。その拳は怒りと絶望で震えていた。
言葉では語らないが紅音は化け猫に態度で示していた。
お前は私が必ず殺してやる、と。
「あの子戦う気なのかよ!」
輝明は紅音の行動に驚く。こんな異常な現象を目の前にしてそこまで冷静に動けるものなのか、と。
ふと輝明は蒼也がそこまで計算していたのかと勘ぐったが、そんな事はありえないと自身の推測を否定する。
そもそもこんな異常な場面で紅音が戦える状態だと考えないからだ。
「宙に浮く盾……あの子の矛盾か。」
蒼也は一瞬だけ紅音へと視線を移す。
キレてはいるものの、蒼也を守るほどの余裕があるのなら問題は無いだろうと判断した蒼也は気にせず化け猫討伐に意識を戻す。
「爆ぜろ!」
右手に持った《爆発の槍》を化け猫の顔面めがけて投げつける。化け猫は槍を回避する為にバックステップをする。
《爆発の槍》は地面へと着弾した瞬間、大きな爆発を引き起こす。その爆発の余波で化け猫は体制を大きく崩した。
「ガッ!?」
「これで詰みだ!」
蒼也は高所からの着地を難なく済ませると、立ち上がると瞬時に《爆発の槍》を作り、間髪入れずに化け猫にトドメをさすために槍を投げ飛ばす。
しかし、その槍が化け猫に届くことはなかった。
六角形の盾に防がれたからだ。
六角形の盾は《爆発の槍》の爆発を防ぐと威力に耐えきれずにガラスが割れる様な音を立てて壊れてしまった。
蒼也は槍を防がれたことに驚くが紅音を責めることはなかった。紅音の身に起きていることが予測できたからだ。
蒼也は紅音を見るとゆっくりと優しい口調で問いかける。
「どういうつもりだい?」
紅音は蒼也の問いかけには答えずに化け猫を鋭い目つきで睨みつける。
それから紅音は右手を突き出して新たな盾の生成を始める。
その盾の生成に使われる材料は───、
「私の親友を殺しておいて……」
怒りと────、
「のうのうと生きていけると思うなよ……」
絶望と────、
「お前は、私が殺す」
復讐心─────!!
「こい!! 私の盾!!!」
構えた右手の先に激しい雷が迸る。バチバチと音を鳴らしながら閃光を放ち、空気を焦がす。
「ちっ! 暴走してやがる!!」
輝明は舌打ちをすると、紅音を止めるために蒼也と合流しようとする。
「おい蒼也、俺もそっちに────」
「輝明は化け猫を追ってくれ。騒ぎに便乗して逃げた。後から僕も追いつく」
「だけど」
「ここで奴を逃せば、僕らの願いから遠ざかる」
蒼也の言葉に輝明はため息をつく。
「……分かった。あんまり無茶はするなよ」
「輝明にだけは言われたくないね」
輝明はうるせえ、と蒼也に軽愚痴をたたくとすぐに化け猫を追っていった。
蒼也は輝明が化け猫を追っていったことを確認すると紅音と向き合う。
「落ち着いて、まずは僕の話を聞いてくれ」
蒼也は紅音を落ち着かせるために武器を消した。
それから紅音の正面まで移動し視界から化け猫を隠す様に立つ。恐らくは化け猫が視界から離れない限り紅音が蒼也の言葉に耳を貸すことはなかっただろう。
蒼也は刺激を与えないように言葉に気をつけながら話しかける。
「君は一つ勘違いしている。君の友人はまだ……」
「うるさい、うるさい、うるさい、聞きたくない!!」
蒼也の言葉に耳を傾けることなく怒りに身を任せて紅音は叫ぶ。
自身の嘆きを、怒りを、悲しみを叫ぶ。現実を受け入れないために。
紅音の感情に呼応してさらに激しさを増す雷光。衝撃波で瓦礫は吹き飛び、ガラスが砕ける。
蒼也も衝撃波にあてられて一歩後退する。
『突然目の前の景色が変わって、突然化け物に襲われ、突然力を手に入れ、突然友人を失って……彼女の周りで一変に色々なことが起きすぎた。あの子の精神状態はかなり不安定だろう。さらにこの空間に来て矛盾を使う為に肉体を《変革》したんだ。暴走して当然か』
蒼也はさらなる説得を試みるために紅音に近づこうとするが、激しい雷光で距離を詰められない。
「うっ……」
紅音は激しい頭痛に見舞われ膝をついた。
『恵美、私を一人にしないで……恵美……』
ヅキヅキと頭が割れるような痛みの中で紅音は親友の名を心の中で何度も繰り返し呼ぶ。
しかし、いくら待っても返事は返ってこない。
絶望に打ちひしがれ、紅音は自身の心を止められなくなっていた。
「めぐを返して……私の唯一の繋がりを、返してよ……」
紅音の瞳には涙が浮かんでいた。
しかし紅音自身を含めて、誰もその涙を拭う事はできない。悲しみは瞳と心にとどまる事を知らずに溢れ返る。
「もう、これ以上、私から大切なものを奪わないで……」
紅音の目の前で激しく火花を散らす雷光は徐々に輝きを増した。
そして雷光は突然一点に集中し物質としての形を成した。
現れたのは黄金の盾。黄金の盾は先ほどの六角形の盾と違い五角形で、さらに実体を持っている。
黄金の輝きを放つ盾はまるで天使がもつような真っ白な羽をはためかせ、神々しい風格を纏う。細かく、そして豪華な模様が盾のあちらこちらに彫られてあり、その精巧さは人が作った物では無いと確信できるほどのものだ。
その姿はギリシア神話の主神ゼウス、あるいはゼウスの娘アテナが使ったとされる神話の盾、神の盾を彷彿させる。
物理的な物だけではなく、運命や縁、人との繋がりさえも断ち切り、防ぎ、遮断し、否定する《絶対防御》の盾。
「失うぐらいなら……最初から無ければよかったのかな?」
少女の悲痛な声は、誰に届くこともなく消えていく。
神の盾は、繋がりを持つ事さえも許さない。
紅音がいつから暴走していたのか、ちょっと分かりづらいかもしれないのでここで言っておきます。
蒼也と輝明の二人は気がつかなかったですが、実は最初から暴走気味です。紅音は手に入れた力の大きさを理解し、過信してしまいます。
そして恵美の死をトリガーに完全な暴走に至った、という感じです。




