悪を挫く正義の剣
輝明は《勇気の剣》を構え、距離を計る。
漆黒の塔との距離は約二十メートル。そして塔の高さが十メートル。飛行能力のない輝明では攻撃が届きづらい位置だろう。
『大見得切ってみたはいいが、どう頑張っても剣がとどかねぇんだよな。問題はどうやってあの塔を登るか、そして紅音に恵美を届けるかだよな。とにかく今は塔に近づいてみるか』
輝明はぐっと体を沈めると一気に塔に向かって走る。
当然、恵美は黒薔薇の鞭で迎撃を測るが、回避されるか剣で蔦の軌道を変えられで攻撃が当たらない。
「こないで!!」
「見え見えだぜ!」
怒りに身を任せ、単調になった攻撃に輝明の俊敏な動きを捉えることは不可能だった。
そのまま塔の間近まで接近した輝明は思い切りジャンプして塔の中間まで飛び上がる。
「まぁ、そりゃ足りねぇよな」
「むしろそこまで届いたことがすごいわよ……」
紅音は隙間から見えた輝明の愚行に呆れる。輝明はあまり考えて行動するタイプではないようだ。
輝明は自由落下で地上に向かいながら次の策を考える。
『やっぱ塔をよじ登るしかないか……でも絶体棘痛ぇよな』
などと呑気に考えていると、その塔から他の蔦よりもひとまわり太い蔦が数本で輝明を囲み込むように伸びる。
「うおっ!」
蔦は猛スピードで収束し、輝明を塔に縛り付ける。
鋭い棘が輝明の全身を傷つけ、心装甲が猛烈な勢いで削れ始める。
「ぐっ……解けね、ぇ」
「もっとだよ! 黒薔薇!!」
棘だらけの黒薔薇は徐々に拘束力を強めていく。仮に心装甲が無ければ肌はズタズタに裂け、肉が見えるような重傷を負っていただろう。
だが、この世界は矛盾世界。心装甲があるうちは大きな傷は負わない。それを理解していた輝明は冷静そのものだった。
まず輝明は《勇気の剣》で蔦の切断を試みた。
しかし、先ほどまでの細い蔦と違い、まるで鉄や鋼のように硬く、切ることはかなわない。
ならば、と輝明は新たな剣を生成し始める。
「来い! 《栄光ある王の剣》!」
右手から光が放たれ、新たな聖剣が生成される。
輝明はアーサー王伝説に登場する伝説の聖剣を作り出したのだ。
「切断できねぇなら、切断できる剣を作るだけってなぁ。鋼をも切断する聖剣の切れ味、たっぷりと味わいやがれ!」
鋼のような蔦がスパン、と一瞬のうちに切断される。
蔦から解放され空中に放り出された輝明は、続けて漆黒の塔に《栄光ある王の剣》を突き立てる。しかし、先ほどの蔦よりさらに硬質な漆黒の塔には傷一つ付けることができなかった。
『やっぱ、紅音を救出するのは難しいか……』
地面に着地した輝明は追撃が来る前に距離をとる。
『どうやら恵美に近ければ近いほど強力な蔦が作れるみてぇだな。となると強力な蔦が作れない遠距離での戦闘が得策か? 遠距離は苦手なんだけどな』
十メートルの距離を置いた輝明は《栄光ある王の剣》を消すと新たに《勇気の弓》を生成する。
「《光線矢》!」
放たれた十本の光の矢が塔の上の恵美目掛けて駆け抜ける。
「いっけええぇぇぇ…………ぇぇぇ〜と……」
十本の矢の内、九本は外れ。残り一本は命中できる軌道ではあったが、恵美に最も近い強固な蔦にやすやすと弾かれる。
最初は気合の入っていた輝明の掛け声も次第に力が抜けてしまった。
呆れた紅音は目線で輝明に真面目にやれ、と訴えかける。
「……だから俺は遠距離苦手なんだって」
輝明はバツの悪そうに呟くと《勇気の弓》を消して再び《勇気の剣》を生成する。
「さて、再チャレンジだ!」
再び塔を登ろうと接近する輝明に恵美は頭を押さえながら叫んだ。
「う、うぅ……消えて……こうちゃんを危険にさらす人はみんな……消えて!!」
頭が割れるような痛みに襲われながらも、恵美は数本の黒薔薇の蔦で輝明を襲う。
「だから見え見えだってぇんだよ!」
先ほどと同じく単調な攻撃を軽く回避し、輝明は止まることなく塔へと走り続けた。
塔まで残り三メートルになった頃、黒薔薇の蔦が輝明の足元から出現し、足を絡め取ろうとする。
サイドステップで回避するには周りに蔦が多すぎる。切って進んでもいいがそれでは余計な時間をかけてしまう。よって輝明はジャンプをすることで黒薔薇の蔦を避けることにした。
「これくらい!」
しかし、それが大きな過ちだった。
輝明が跳躍中の頂点になった瞬間を狙って、さらに何本もの蔦が輝明を襲った。まるで跳躍することを読んでいたように完璧なタイミングで蔦は輝明の両手を拘束し縛り上げる。
「くっ!?」
「……輝明くんは蒼也くんと違って空中で身動き取れないよね?」
「────な、」
なんで分かったんだ。輝明はその言葉を驚愕で喉に詰まらせた。暴走中の矛盾者がそこまで冷静な判断が下せるはずがない。
暴走はいわば一種の興奮状態だ。強い感情の力が思考回路に流れることで一時的にだが《頂きの十人》と同等程度の力を引き出すことができる。
しかし代わりに強大な精神負荷と強い感情に支配された心のせいで、脳はまともな判断ができなくなってしまう。あの紅音でさえ例外ではなく、まともな思考回路を保つことができなかった。
輝明は暴走した矛盾者を相手に手加減をすると力負けする可能性があるため、力負けしないように細かな作戦を立てずに、力押しの速攻でケリをつけようとした。もちろん恵美は暴走で細かな作戦を立てることはできないと判断したからだ。
しかし実際は違った。恵美は暴走しているにもかかわらず、明らかに思考能力が健在だったのだ。
『俺が空中戦ができないことを、たった一回の空中戦闘で見抜いた!? それどころか、俺を空中におびき出して捉える作戦まで立てたのか!!』
恵美はサイドステップで回避するのを困難にし、ジャンプでの回避をあえて容易にすることで輝明を空中に誘い出したのだ。
矛盾者になりたてで、さらに暴走をしながらも策を練るという離れ業を恵美はしてのけたのだ。
『暴走してもいつもの思考回路を保っているってのか? いや違う。暴走して思考回路が不安定になっても、ここまでのことを考えることができるほど恵美の情報処理能力が高ぇんだ』
輝明はすぐに手首をひねらせて蔦を切ろうとするが、その前に《勇気の剣》の刀身に黒薔薇が巻き付けられてしまう。これではいくら蔦を斬りつけようと刃が当たることがない。
「これで簡単には……切れなくなったね……」
続けて足首、胴、首を縛られた輝明は身動き一つ取れないほどに拘束されていく。
もちろんその間も棘のついた黒薔薇は容赦なく輝明の心装甲を削り取っていく。
「くっ……」
ここに来てようやく輝明は焦りを覚えた。削られていく心装甲、縛り付ける黒薔薇の痛み、くいこむ棘の脅威に、
ではない。
あくまで輝明はそこに恐怖も焦りもなかった。まったく、これっぽっちもである。
輝明の焦りはあくまで恵美の思考回路が焼けてしまうという心配だけであった。ただその一点のみ。
確かに恵美の情報処理能力には驚かされた。策にはまり囚われもした。
だが、それがなんだというのだ。この程度の修羅場なら百もくぐり抜けてきた。でなければ、彼が《頂きの十人》にたどり着くことはできなかったであろう。
「ちぃと残念だが、タイムアップだな」
輝明は右手の《勇気の剣》を消して新たな剣の生成を始める。
輝明は目をつぶり意識を右手のみに集中させる。瞬間、体を締め付ける黒薔薇もビルの下から聞こえてくる戦闘音も、輝明の意識から取り除かれた。
輝明の意識はまるで深海、あるいは宇宙のように静かだった。そして、輝明は一言一言に魂を込められているような重い声を喉から震わせる。
「我が魂の銘を刻まれし白輝の剣よ!」
「なに、この光は?」
詠唱────矛盾者は通常、技を出すときに技名を言うことで精神負荷を軽減する。
しかし、それだけでは精神負荷を軽減しきれない場合は詠唱することでより確固たるイメージを掴み、精神負荷を軽減させる
すなわち、矛盾者が詠唱をするということはそれだけ強力な力を持った矛盾であるということなのだ。
「来い!! 我が名は!!」
輝明の右手からは空間を染めるほどの白い光が溢れ出す。しかし、不思議と眩しくはない。むしろずっと見ていたい、心が惹かれるような白い光だった。
カリスマ。人を惹きつけ魅了する魂の輝き。かの剣から発せられる光は、まさしく輝明自身の魂の輝きだった。
「《悪を挫く正義の剣》!!!」
光より作られた純白の剣は一点の曇りもない刃を光らせる。
輝明自身の魂の銘である《勇者》の名を冠する最強の剣。
その剣を見た瞬間、紅音は属性看破能力でその属性を見抜いた。そして同時に驚きで言葉を失い、苦笑にも似た笑みをこぼした。
輝明は《悪を挫く正義の剣》の生成に成功した瞬間、勝利を確信したのか、ニッと恵美に笑いかける。
「待たせたな。準備万端だ」
「え、────!?」
次の瞬間には輝明を拘束していた黒薔薇はすべて斬り伏せられていた。
なにが起きたのか、理解する間もなく事象が完結する。それほどまで高速で最適化された無駄のない剣技だった。
「うそ、でしょ?」
ここ最近で目の前で起きた出来事が信じられなかったのは何度目だろうか、と紅音は心中で呟く。
紅音は属性看破能力で《悪を挫く正義の剣》の属性を見破ったのだが、そこに記された属性があまりにも特異すぎた。
「こんなの、こんな属性ありえるの? だって……そんな、ありえない」
紅音の目に映る《悪を挫く正義の剣》。その純白の剣が持つ属性の名は────
《絶対勝利属性・悪》
そう、剣が生成された時点で全ての決着がついていたのだ。
悪属性を持つ敵に絶対に勝利する。それがかの剣に与えられた運命変転能力。
恵美の《魔王》という絶対的な《悪》は当然、どんな悪にも勝利する圧倒的《正義》が現れたのだ。
ここに、勝負は決した。




