輝明の異常性
恵美が戦闘中の亀と蒼也の方に手をかざすと再び黒い光が周囲から発生する。亀と蒼也に何かをすることを察した輝明は恵美を止めるために行動を始める。
「やめろ恵美!!」
「……輝明、くん?」
塔の根元まで近づいていた輝明の呼び声に恵美は振り向き、手を下ろした。同時に黒い光は収まる。
「あの亀は俺と蒼也でぶっ潰す。だから安心してくれ!」
「ダメ……私が倒す。こうちゃんを危険に巻き込むものは全部……私が倒す!」
その邪魔をするものは全て敵。恵美はそう言わんばかりに地面から黒薔薇の蔦を伸ばし、輝明に向けて鞭のように振るう。
「くそっ……紅音! こうなったら《繋がりの盾》しかねぇ。それで恵美の心と繋がれ!!」
「分かった。やってみるわ」
輝明は《勇気の剣》で黒薔薇を切断、回避しながら塔の中の紅音に呼びかける。
《繋がりの盾》には人と人の心を繋げる力がある。輝明はその力で恵美の心と繋がり、分かり合おうとしているのだ。
以前に紅音自身が暴走したときも《繋がりの盾》の力で蒼也と紅音の心が繋がり、分かり合うことで暴走が止まったため、現状最も有効な手段と言える。
紅音は目を閉じ、意識を目の前の空間に集中させる。
しかしなぜか集中しきれず、《繋がりの盾》の生成に失敗する。紅音はまるでその空間は自分のものではないような感覚を感じた。
「四月にあれだけ修行したのにどうして……」
「どうした紅音」
「《繋がりの盾》が……作れない……」
「なんだと!?」
「も、もう一度試してみる」
紅音は何度も生成を試みるが何も起きることなく失敗に終わる。
「ダメ……何度やっても生成できない……」
「ってぇことは……なるほどな。恵美の矛盾の正体が分かったぜ」
輝明は迫り来る黒薔薇の相手をしながら額に汗を流した。激しい運動による発汗ではない。焦りと驚愕によるものだった。
「いったい、恵美の矛盾はなんなの?」
「俺の《変身型》や紅音の《武具生成型》とも違う、最も稀少な型にして、対矛盾者最強の能力……《空間支配型》だ」
「空間支配……」
「そうだ。能力はその名の通り空間を支配することができる」
「空間の支配って具体的になんなの?」
輝明は塔の中から聞こえる紅音の声に頷くと続けた。
「矛盾者ってのは誰しもがある程度の空間支配能力を持ってんだ。矛盾者が矛盾を使用できるのは自身が支配している空間、あるいは誰も支配していない空間なんだからな。ついでに同じ空間を複数人が支配することも可能だ」
「じゃあ相手の背中に刃を作ってブスリ、なんてことも可能なわけ?」
「いや、もちろん支配していない空間の方は距離に限界がある。何より見えていない空間や意識のできない空間は矛盾を生成しづれぇから、あまり現実的とは言えねぇな」
「なるほどね……もしかして蒼也が空中に槍を生成させて発射できるの空間認知能力が高いから?」
「その通り。だが、話を脱線させてる場合じゃねぇぜ」
「そうね。続きをお願い」
「空間支配型は空間を支配する能力が他の型よりも極端に強くてな。支配できる範囲がかなり広い。さらに厄介なのが自分が支配した空間を他人に支配させない力がある。つまり、相手に矛盾を使わせなくすることができる矛盾なんだ」
「何よそれ……反則じゃない」
「もちろん抜け道はある。それに矛盾獣相手には通じねぇし万能じゃあねぇ……っと、長々と話をしてる場合じゃねぇんだった」
あまり長期戦になると恵美が暴走で死んでしまうかもしれない、あるいは蒼也が亀との戦闘に負ける、とまではいかなくとも厳しくなるかもしれない。
輝明は襲いかかる黒薔薇の蔦を切り抜けながら恵みを救うために思考を巡らせる。
『……最悪《アレ》を使うことになるかもしれねぇな。とにかく紅音の《繋がりの盾》で恵美を落ち着かせるしかねぇ』
輝明は右手の《勇気の剣》に再び力を入れると紅音に呼びかけた。
「紅音、《繋がりの盾》の生成はどこに生成することを意識してしている?」
「目の前の空間に生成するイメージよ。それがどうかしたの?」
「よし。それなら利き手に直接持つイメージで生成してみろ。それなら生成できるはずだぜ」
「やってみるわ」
紅音は右手に意識を集中させて《繋がりの盾》の生成を試みる。
「……来て! 《繋がりの盾》!」
紅音の呼びかけに応じ、大きな翼を広げた黄金の盾、《繋がりの盾》が生成される。
しかし、今回は空中に浮遊せずに紅音の手の甲に装着されており、まるで籠手や手甲のようだった。
「生成に成功したわ」
「よし。矛盾者の体は他人の空間支配と関係なく常に自分でも支配してる。だから《空間支配型》の影響を受けることなく矛盾を使えるってわけだ」
「でも恵美の空間支配能力のせいか、《繋がりの盾》が浮いてくれないの。この距離だと遠すぎて恵美の心に繋がれない。なんとかして《繋がりの盾》を近づけないと」
「大丈夫だ。今から俺がなんとかして恵美をお前の側まで連れて行く。そしたら《繋がりの盾》で恵美と繋がってくれ」
「分かったわ」
紅音は輝明の策(と言うにはいささか単純すぎるが)を聞くと、精神負荷で思考回路を焼かないように《繋がりの盾》を消した。
輝明は迫り来る黒薔薇の蔦でできた鞭を回避しながら亀のほうを見る。どうやら亀の攻撃は単調な上にスローペースなようで、蒼也がほぼ一方的に攻撃を行っていた。ただし、亀の防御が固すぎて一切通っていないようだ。
「蒼也、状況把握はどれぐらいできてる!?」
「恵美さん暴走紅音さん拘束亀さん強固!」
「韻を踏むな韻を……実は余裕あるんじゃねえか?」
蒼也にしてみれば簡潔に伝えようとしただけだろうが、そこには奇妙なリズム感があった。
「蒼也、行けるか?」
「問題ない」
蒼也は頷くと亀から距離を取り、両手に蒼色の十字槍、《蒼刃の十字槍》を生成する。
「燃えろ、《蒼刃の十字槍》!」
掛け声と共に《蒼刃の十字槍》の石突から蒼い炎が勢いよく燃え上がる。
あまりの勢いに蒼也の足は一瞬地面から離れるが、慌てて蒼也は地面に着地する。
「蒼炎の刃、《十字蒼炎の爆発槍》……まだ、調整が必要かな」
《十字蒼炎の爆発槍》から勢いよく噴き出した炎はあっという間に周囲の空気を焦がし気温を上げた。
強すぎる勢いを活かすために二本の槍を手元で回転させる。槍を回転させ、フォンフォンと音を立てながら蒼也は亀に向かって歩き始めた。
亀は警戒するように目を細めると蒼也の真下から岩の槍を発射する。
しかし、その攻撃を空間把握能力で確認した蒼也は《十字蒼炎の爆発槍》の石突から蒼い爆発を放ち、勢いよく空中に飛び上がる。
「《爆発の槍》は自力で飛べないが、こいつなら……!」
軽く十メートルは飛び上がった蒼也は《十字蒼炎の爆発槍》の十字の刃から小さな爆発を起こし、姿勢の制御をコントロールしながら亀に向かって降下する。
そして左手の《十字蒼炎の爆発槍》を亀の正面に投げとばす。
着弾した槍は蒼い爆発を引き起こし、ビルの屋上を崩れさせる。
「亀が固いなら屋上を壊してしまえばいいだけの話だ」
「グォォォォ……」
亀は《十字蒼炎の爆発槍》により崩れ落ちた屋上と共に地面へと落ちていった。
蒼也は右手の一本だけになった《十字蒼炎の爆発槍》でなんとか姿勢制御をしながら屋上に着地した。
「さて、亀の方は恵美さんの手の届かないところに移動させたし、あとは輝明が恵美さんをどうにかしてくれよ」
「任せろ。今度こそ俺の手で恵美を救ってやる」
「それじゃ僕は亀の相手を引き続き引き受けるとしよう」
「別に、アレを倒してしまってもかまわねぇんだぜ?」
「できるならそうしたいよ……それじゃあ行ってくるよ」
蒼也は崩れ落ちた屋上まで歩くと、右手の《十字蒼炎の爆発槍》を地面の亀に投げつけた。巨大な爆発音の後、蒼也は両手に《爆発の槍》を生成し、亀を追撃するために屋上から飛び降りていった。
「さて、邪魔者はいなくなった。これでサシで戦えるな、恵美」
「邪魔しないで……こうちゃんを傷つける敵は、私が壊すの……私の手で」
「なるほどねぇ。そいつはいいこと聞いたぜ」
ニッとイタズラな笑みを浮かると、輝明は《勇気の剣》を消して《頂きの聖鳥を殺す聖剣》を生成する。
「だったらさぁ、俺が紅音を殺すって言ったら、恵美はどうするんだ?」
「……な、何を言っているの?」
戸惑う恵美も意に介することなく、灼熱の炎を纏う魔剣を構え、紅音に向かって本気の殺意を放つ。
「紅音を守ると決意したんだろ? だったら、俺を殺してでも守ってみせろよ」
「そんなの……ハッタリに決まってる……。だって、二人は友達でしょ?」
「そう思うなら、そこで大人しく紅音が死ぬところを見ているんだな」
その瞬間、輝明の姿が消えた。
いや、そうではない。移動したのだ。恵美が頂点に立つ漆黒の塔の根元まで。
《疾風の歩み》。以前鈴菜との戦闘で見せた高速移動の技だった。
黒薔薇でできた壁の隙間から輝明は紅音に向かって軽く言った。
「悪りぃな紅音。お前は亀を倒すのにお荷物で邪魔だからさ、消えてくれよ」
「あんた……まさか」
「だ、ダメェ!」
振りかぶられた魔剣から炎の渦が巻き起こり、塔の中の紅音に向かって容赦なく襲いかかる。
しかし、炎は屋上から生えた黒薔薇の壁に阻まれ、あたりに飛散する。
見た目は植物な黒薔薇だが、燃える様子は一切なく、《頂きの聖鳥を殺す聖剣》の炎は有効打にはなっていなかった。
見当が外れた輝明は悔しそうに舌打ちをする。
「俺の属性看破能力は神話系と正義、悪しか見分けられねぇんだよなぁ……紅音みたく全部分かれば便利だろうに」
「……大丈夫なの?」
紅音は輝明の思惑を全て理解した上で、そう問いかけた。対して輝明は軽く笑顔で答えた。
「任せろ。なんとかそっちまで王女様を連れて行くぜ」
紅音だけに聞こえるように答えた輝明は、再び《疾風の歩み》を使い、漆黒の塔を離れた。
『とりあえずこれで恵美の注意を亀から俺に向かせることができたはず。だが刺激を与えることで恵美の思考回路にダメージを与えちまったかもしれねぇな……恵美には申し訳ねぇことをしちまった。とにかく思考回路が焼ける前に救わねぇと……』
そこでため息を吐くと、右手の《頂きの聖鳥を殺す聖剣》を反時計回りに回し始めた。その行動はまるで落ち着きがない子供のように魔剣で遊んでいるように見える。
『戦いを楽しんじゃダメだぜ、俺。これは恵美を救うためのものだ。俺の欲求を満たすための遊びとは違う』
輝明は命をかけることへの喜びを感じていた。激しい戦いを望む強い欲求。湧き上がるこの思いが異常であることを理解しながらも、輝明はそれを押さえ込むので精一杯だった。
『……この感情とも、いつかはキッチリ向き合わねぇとな』
輝明は深呼吸をしてようやく落ち着きを取り戻す。右手の剣を再び《勇気の剣》に戻すと不敵に笑って見せた。
「さぁて、チャチャっと助けてハッピーエンドだ」




