魔を統べる王
「あは……あははは」
「め、めぐ……?」
ぐったりと力が抜けたかと思うと、突然笑い出した恵美に、紅音は動揺した。
「どうした? 紅音」
輝明には恵美の笑い声が聞こえてなかったようで、蒼也と亀の戦闘を見ながら紅音を呼びかける。
「なんだか恵美の様子が変なの」
「なに?」
恐る恐る、紅音は抱きかかえていた恵美を見た。
すると徐々に恵美の髪の毛が紫がかった綺麗な白色に染まり始めた。
変化はそれだけでは止まらない。
体の表面から棘が生え始め、衣服は真っ黒なドレスに変化を始めた。
それを見た輝明は紅音が言った“恵美の様子が様子が変だ”ということが見た目の変化のことだと勘違いをして、ホッと安心しながら言った。
「恵美の矛盾は《変身型》だったのか」
「《変身型》?」
「ああ。俺もそうだけど、その名の通り何かに変身する能力だよ。ついでに紅音や蒼也の矛盾は《武具生成型》で武具を生成する矛盾さ。この辺に関してはまた後で蒼也にでも聞いてくれ。俺説明するのめん……苦手だしな」
輝明は最後だけ笑いながら言った。そして、改めて恵美の姿を見ると、どこかで知っている気がするな、と呟いた。
再び蒼也と亀の戦闘に目を向けた輝明は蒼也が苦戦を強いられてると判断すると紅音にいった。
「とにかく、《変革》が終わったんだ。俺が恵美を守るから、紅音は蒼也に合流してくれ」
「分かったわ。信じてるわよ」
恵美を渡すために紅音は恵美の肩を掴んだ。
その瞬間、紅音の手に棘が何本か刺さり、とっさに恵美を掴んでいた手を離してしまう。
「……いたっ!」
紅音から離れた恵美はパタリと静かに倒れこむとよろめきながら立ち上がり静かに言った。
「怖いね」
「めぐ……? 手を離しちゃってごめん……大丈夫?」
恵美は棘だらけの手で頬をなぞり、浅い三本の切り傷を作る。
血のついた手を見つめ僅かに微笑んだ恵美はじっと紅音を見つめて言った。
「怖い? 私が怖い? あの化け物が怖い? 私も怖い……だったら壊しちゃおうよ」
「め、めぐ……?」
「大丈夫。私は王様だから。安心して、こうちゃん」
紅音を見つめる虚ろな目に、輝明はゾクっとするような殺気と肌を針で刺すようなピリピリした感覚を感じた。
輝明はその殺気に半ば反射的に恵美から飛び退くが、紅音は放心したまま動けないでいた。
『くそ、恵美絡みになると途端に心身ともに不安定になるな、紅音はよ!』
心中で毒づきながら輝明は紅音に叫びかける。
「さっさと離れろ! 暴走してる!!」
輝明の言葉に紅音はハッと我に返ると慌てて後ろに下がる。
「くそ、やっぱ《変革》した後は暴走しやすいな……!」
輝明は右手の《勇気の剣》の刀身に手を触れ刃の腹をなぞった。
すると刃がモノを切ることができないほど丸みを帯びた。刀身がそのままでは恵美を傷つけてしまうことを懸念した輝明は、刀身を丸くすることで恵美の体を守ろうとしたのだ。
「悪りぃけど、無理やり現実世界に戻させてもらうぜ!」
「輝明くんは私を殺しに来たの?」
「違う、救いに来たんだ!」
輝明は右手の《勇気の剣》で切りつけようと振りかぶる。
『まずは心装甲を剥ぎ取る!』
「怖いよ、そんなモノを私に向けないで!」
「やめて輝明! 恵美が怖がってる!!」
「……っ!」
紅音の呼びかけで輝明は自らの失敗に気がつき、右手の動きを止めた。
暴走したからといって別に気絶させて無理やり現実世界に戻す必要はないのだ。話をして落ち着かせて、そこから一度この場を離れればそれでいい。
しかし、その役目は自分ではない、そう感じた輝明は右手を下ろして恵美から離れた。
「……すまねぇ。あとは紅音に任せてもいいか?」
「分かったわ」
輝明はぎゅっと《勇気の剣》を握りしめながら後ろに下がった。
暴走する恵美を落ち着かせるため、紅音は自身が暴走していたときのことを思い出していた。
『あのときあったのは恵美を失った喪失感と化け猫に対する強い怒りだった。強すぎる感情を制御できなくなると暴走する……なら、今恵美を暴走させてる元凶を取り除くか、あるいは落ち着かせるかしないと……どちらにせよ話をしないと始まらない』
ゆっくりと刺激しないように恵美に近づくと紅音はできる限り優しい声で話しかける。
「どうしたの? いつものめぐらしくないわ。少し落ち着こう? ね?」
「無理だよ…………怖いよ…………だから壊さなきゃ……頭が痛いの……だから壊さないと……」
「めぐは、何が怖いの?」
「あの怪物が、私の力が、離れていくこうちゃんが……だから壊さないと……」
「私が離れる? どういうこと?」
「うぅ……いたい、いたいいたいいたいいたい……あたまが、いたいの!」
「落ち着いて、めぐ。大丈夫よ。私はずっと一緒にいる」
紅音は恵美の側まで駆け寄ると優しく抱きよせる。
「ずっと、ずっと一緒……だから落ち着いて……大丈夫だから。私は恵美を一人にはしない」
「ほんと……?」
「本当よ」
恵美は一瞬、表情を和らげる。しかしすぐに頭を抑えて俯いた。そして呟くように言った。
「……じゃあ、よけいにあの怪物を倒さなきゃだね」
「大丈夫よ、蒼也と輝明がなんとかしてくれる。私も手伝う。だから────」
「ダメ!」
紅音の言葉を遮るように、恵美は叫ぶ。そして恐怖に怯えるように体を震わせながら言った。
「ダメ、ダメ……あかねちゃ……いのち……まも、る……わたしが……こわい…………いたい……でも…………」
「めぐ、しっかりして。めぐ!」
「わたしが、守らないと!!!」
恵美の叫び声に呼応するように、恵美の周囲から黒い光が溢れ出す。冷たく、痛々しいそれは猛スピードで広がり始め、恵美を中心に半径十メートルほどで止まった。
紅音は突然の出来事に驚き、辺りを見渡す。
「これは……!?」
「紅音、何があった!」
輝明は異変に感づき、辺りを見渡しながら言った。
「分からない……恵美が叫んだ途端、こんなことに……」
「完全に暴走しちまったか。だがどういうことだ? 恵美の矛盾は《変身型》のはず。これじゃまるで……」
唖然とする輝明は、さらに驚きの光景を見ることとなる。
黒い光が溢れ出ている部分から棘の生えた黒い蔦が生えてきたのだ。次第に蔦からは漆黒の薔薇が咲き始め、屋上が幻想に染まり始める。
恵美の真下からはさらに薔薇が勢いよく生え始め、徐々に恵美を押し上げ、高さが十メートルほどの薔薇の塔ができた。
黒薔薇の塔の頂点に立つ恵美は抱きついていた紅音をそっと放した。
信じられない、といった様子で恵美を見る紅音に恵美は困ったように笑うと言った。
「こうちゃん、少しだけ待ってて」
「めぐ、どういうこと……きゃっ!?」
恵美が紅音に手をかざすと、黒薔薇でできた床が紅音のいる部分だけ無くなり、できた穴の中に紅音は落ちていった。
「な、何がどうなってるのよ……とにかくここを出ないと」
一番底まで落ちた紅音は辺りを見渡すと、三百六十度黒薔薇でできた壁に囲まれていた。
脱出を試みるために黒薔薇に手をかざした瞬間、壁の黒薔薇が動き出し、紅音の体に巻きついた。身体中に巻きついた黒薔薇は紅音の体の身動きを完全に封じ込めてしまった。
「こうちゃんは傷つけないように、棘は最小限に抑えてね」
塔の頂点に立つ恵美は黒いハイヒールのつま先で軽く黒薔薇を叩くと、紅音を縛る薔薇から棘が小さく変化する。
恵美はいい子だね、と優しく微笑むと塔の頂点から矛盾獣、亀を見下ろす。
「あれを倒せば、私も、こうちゃんも安心できる……もう怖く無くなる……」
漆黒の塔の頂点に立つ恵美には、すでにかつての姿はなかった。
ゆったりとした雰囲気は冷たく悲しい空気に変わり果て、白い肌からは鋭い棘を生やし、人を拒絶するかのように漆黒のドレスに身を包む。少し紫のかかった白髪は人のものとは思えないほど美しく、それゆえに危険な風格を纏わせる。
その美しくも醜悪な姿を見た者は口を揃えて恵美をこう例えるだろう。
魔を統べる王────魔王と。




