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パラドックス・メイカーズ  作者: 三角
chapter3:黒薔薇の王女
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冷たい笑い声

 四人はハッカ戸神の目の前にたどり着いた。

 十八階建の巨大なビルを目の前に、輝明は屋上を見上げながら言った。


「で、どうやって屋上まで行く?」

「私の矛盾(パラドックス)を使うわ」

「紅音のか?」

「まぁ見てなさい。来て! 《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》!」


 紅音の呼びかけに応じてすでに出ていたものを含めて四枚の《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》が紅音の周囲に出現した。

 大きさ約百七十センチの宙を浮く盾は、四人全員の目の前に移動し、地面に平行になるまで倒れこんだ。


「さ、乗って」

「なるほど。空中に浮く盾に乗って移動するってわけか。体力も浪費しねぇし、こりゃいいぜ」

「褒めても何も出ないわよ。めぐ、気をつけて乗ってね」

「うん……」

「扱いの差を感じるぜ……」


 紅音は全員が《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》に乗ったことを確認するとゆっくりと盾を上昇させる。


「もっとスピードは出ねぇのか?」

「人乗せてると制御が難しいのよ。階段で登るよりかは早いんだから文句言わないで」

「いや、すまねぇ、悪気はなかったんだ。ただ、できれば戦闘でも使いたいなって思ってさ」

「あ……ご、ごめんなさい……悔しいけど、たしかに実戦で使うには少し不安があるわね」

「まぁ、紅音さんは今回恵美さんの護衛だし、戦闘にならないように願っててよ」


 地上を飛んでから一分弱たったころ、屋上まであと少しのところで紅音は徐々にスピードを緩め、次第に盾を完全に止めた。

 恵美がゆっくりと下を見ると半透明の盾を透けてましたの光景が広がる。

 落ちれば即死確実の高さに恵美はぶるりと体を震わせながら言った。


「こ、この高さはこわいよね〜……さすがに……」

「大丈夫よ、心装甲(マインドアーマー)あるし」

「いや、心装甲(マインドアーマー)の強度によるけど多分死ねるよ、コレ。少なくとも紅音さんは死ぬ」

「え」


 ポカン、と紅音にしては珍しい腑抜けた表情を浮かべる。

 そんな紅音に蒼也は少し呆れた表情で言った。


「ケンジとの戦いの時、紅音さんが二人の矛盾者と戦ってる様子を見て気がついたんだけど、そのときの攻撃、かすめただけで血が出てたんだ。つまりまず間違いなく紅音さんの心装甲(マインドアーマー)は極薄だよ。効力はおそらく、強い衝撃を一度大幅に軽減させるのが精一杯で、それ以外の小さな攻撃に紅音さんの心装甲(マインドアーマー)は反応しないと思う」

「で、でも落下ダメージって結構大きいんでしょ? そのたった一回が発動するんじゃ……」

「発動して、奇跡が起きて、それでも大ケガは免れないよ。とにかく紅音さんの心装甲(マインドアーマー)は薄いんだから。そうなったら治療能力を持つ矛盾者がいない現状だと失血死するんじゃないかな。」

「だったら現実世界に戻ればいいんじゃ……現実世界に戻る時ってたしか傷の治療もしてくれるんでしょ?」

「でも大空をダイブして大ケガ負って、って状況で冷静になれるわけがない。よって現実世界には戻れない。つまり……」

「死、あるのみ……ってことね」


 さーっと紅音の顔は血の気が引いて真っ青になった。


「紅音さんが怖がるなんて、意外だね」

「そりゃ怖いわよ……言ってくれればこんな移動方法とらなかったのに」

「反対したら怒られると思って」

「そこは怒られても止めるべきでしょ! 来て! 《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》!」


 紅音の言葉に反応して四人が乗っていた《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》は一枚から四枚まで増えて連結した。


「も、もっと早くにこうしたかった……」

「ん〜、なんというか……推測だけど、紅音さんの場合は心装甲(マインドアーマー)が薄すぎる対価として、矛盾(パラドックス)発動時の精神負荷が少ないんだと思う。だからそう卑下する必要はないかな」

「卑下なんてしてない! ただただ高いところが怖いの!」

「おいおい……夫婦喧嘩はよそでやってくれよ。そろそろ矛盾獣パラドックスモンスター討伐作戦始めようぜ」

「夫婦じゃない! と・も・だ・ち!」

「はいはい」

「ふふ」


 輝明に対して警戒する犬のように殺気立たせる紅音に恵美はあぁ、私の親友はここまで感情をさらけ出せるようになったんだ、と少しだけ笑った。

 蒼也は小さく息を吐くと、真面目な口調で言った。


「さて、ここからは命のかかった戦いになる。みんな、作戦通りに動いてくれ。それじゃあ紅音さん。お願いするよ」

「任せて」


 紅音が右手を構えると《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》はゆっくりと上昇を始める。


「たのむぜ……蒼也!」

「ああ、先手必勝だ!」


 《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》が屋上に達した瞬間、蒼也は右手の《爆発の槍エクスプロージョン・ランス》の石突きを爆発させながら全力で前方に投擲する。

 猛スピードで直進した《爆発の槍エクスプロージョン・ランス》は一秒と待たずに巨大な何かに激突し、ドン、と体に響くような音と共に爆炎を撒き散らした。

 どうやら蒼也は矛盾獣パラドックスモンスターと思われる物体を屋上の床ごと爆発させたようで、あたりは砕け散ったコンクリートでできた砂埃と爆煙に包まれた。

 その様子を見ていた恵美は驚きでポカーンと口を開けた。


「え〜と……まだ矛盾獣パラドックスモンスターは見えてなかったよね〜?」

「僕はこの世界ではいつもより空間認知能力が強くてね」

「な、なるほどね〜……」


 なんとか戦わずにすんだみたいたが、これで倒してしまったらまた《変革》するために矛盾世界に来ないといけないのか、と恵美はホッとしたような拍子抜けなようなめんどくさいような、とにかく複雑な心境だった。

 しかし、他の三人はまだ気を緩めていなかった。この程度の攻撃で矛盾獣パラドックスモンスターを倒せないことを知っているのだ。

 《六角形の盾(ヘキサゴン・シールド)》から降りて屋上にたどり着いた四人は爆煙に向かって蒼也、輝明、紅音、恵美の順番に警戒しながらゆっくりと近づいていった。


「しかしこのビル、結構広ぇな」

「約二千平方メートルよ」

「紅音さんは妙に戸神に詳しいよね」


 近づくうちに爆煙がはれて、その中にいた矛盾獣パラドックスモンスターの姿が徐々に露わになってきた。


「これは……大きな岩、かな?」


 目の前には巨岩があった。

 巨岩の表面は茶色でかなりゴツゴツしている。側面には大きな穴がいくつか空いており、奥の見えない暗闇が不気味さを醸し出す。

 蒼也は巨岩を観察し、表面に傷が一切ないことに気がつく。蒼也はもう一度《爆発の槍エクスプロージョン・ランス》を生成すると小さくため息を吐いた。


「……今の一撃、けっこう自信があったんだけどね」

「《爆発の槍エクスプロージョン・ランス》で傷がつかねぇとはな。相当硬ぇみたいだ」

「あの巨岩、動く様子がないわ。さっさと恵美を《変革》させるわよ」

「そうだね。恵美さん、矛盾獣パラドックスモンスターにもっと近づこう。僕の後ろをついてきてくれ」

「うん……!」


 蒼也と恵美は徐々に巨岩に近づき、ついに五メートル手前まで接近したその時、恵美の体に異変が起きた。

 蒼也は火花が散るような感覚がしたので後ろを振り向くと、恵美が頭を抱えてうずくまっていた。


「うっ……あ、頭が……っ。痛い、痛いよ……」

「よし、《変革》し始めた。これで……」

「蒼也! 前だ!」


 輝明の言葉にハッと振り返ると巨岩の穴から何かが出てき始めていた。

 ゆっくりと出てきたソレはズシンと屋上のコンクリートにめり込む。

 輝明は頭に疑問符をいくつか並べて言った。


「何だ?」

「私には爬虫類の足に見えるけど」

「ってことはつまり……何だ?」


 再び輝明が頭に疑問符を並べた瞬間、残りの穴からも爬虫類の足が伸び、最後に尻尾と頭が出てきた。


「ヤベェ!」


 輝明は恵美の側まで駆け寄り、急いで巨岩、だったソレから離れるために恵美を抱きかかえて紅音のもとまで走り出した。

 走りながら、輝明は後ろにあった巨岩だったソレの本当の姿を見た。


「あれは、亀だ!」


 巨岩改め、亀はゆっくりとした動きで蒼也の方を向くと、赤い眼を細める。

 瞬間、亀の真っ赤な目が光を帯び、同時に蒼也の真下から岩でできた大きな一本の棘が蒼也を襲った。


「チッ……!」


 蒼也は胴体に棘がぶつかる寸前に《爆発の槍エクスプロージョン・ランス》の切っ先から爆発を起こし、体制を無理やり変えることで棘を回避する。

 そして左手に《切断する槍(スラッシュ・ランス)》を生成すると亀の元まで走り始める。

 その後ろで紅音はうずくまる恵美を看病しながら蒼也に向かって叫んだ。


「蒼也! めぐが《変革》するまで持ちこたえて!」

「わかってる!」


 蒼也は亀の右側面に回りこみ、前足を《切断する槍(スラッシュ・ランス)》で切りつける。

 しかし、《切断する槍(スラッシュ・ランス)》は弾かれ、激しい火花を散らした。


『硬いな……見た目からして岩の属性は持ってそうだけど、もしかすると他にも物理耐性の属性を持っているかもしれないな……僕も属性看破能力が欲しいな』


 蒼也は一度距離を置くと、亀の体をぐるりと一周して弱点らしきモノを探す。

 しかし、目立った弱点は見受けられずにまた亀の正面まで戻ってきてしまった。


『とりあえず、後ろの三人に攻撃が行かないように正面でタゲを取っておくのと、弱点の捜索……ぐらいしかできることはないな。あとは……』


 蒼也は亀の方を向いたまま、後ろの三人に向かって叫んだ。


「恵美さんが《変革》し終わったら、輝明じゃなくて紅音さんがこっちに来てくれ! こいつの属性と弱点を分析したい! そのあとで輝明と恵美さんの護衛を交代してくれ!」

「……分かったわ!」


 紅音は一瞬、恵美のそばを離れることを躊躇したが、あの亀を倒すことが恵美を救う最善策だと判断し、蒼也の指示に従うことにした。


「恵美……もう少しだけ頑張って……!」


 紅音は未だ《変革》しきらない恵美を抱きよせるとギュッと祈るように抱きしめた。

 その瞬間、恵美の脳内で何かが繋がった。

 バチン、とショートしたような大きな音とともに恵美の体から力が抜けた。


「だ、大丈夫!? めぐ!?」

「──────……」

「え?」


 紅音に抱きしめられたままの恵美はブツブツと何かを呟き始めた。しかし、今の恵美の体には全く力が入っている様子がなく、意識があるかどうかも怪しい。

 いったい恵美はどうなってしまったのか────紅音が輝明に質問しようとしたその瞬間だった。


「ふふ……」


 小さな笑い声がした。

 今までの恵美からは想像もつかないほど、静かで、楽しげで、冷たい笑い声が。

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