二体目の矛盾獣
五月五日の午前十時。
その日もいつものように暇をつぶすために四人は街を歩いていた。
退屈そうに伸びをする輝明はあくび混じりに言った。
「それで、今日はどうするんだ?」
「カラオケでも行く?」
「別にいいけど、私歌える曲少ないわよ」
「俺も」
「僕も」
「……発案者がそれでどうするのよ」
紅音が蒼也をジト目で睨むと、あははと誤魔化すように蒼也は笑った。
紅音はそんな蒼也を放って恵美へと視線を移す。
「めぐはカラオケ行きたい?」
「……」
「めぐ?」
「え? あ、ごめん……ぼ〜っとしてたみたい……」
「大丈夫? 熱でもあるの?」
「ううん、大丈夫……心配してくれてありがとう」
恵美はえへへ、と申し訳なさそうに笑った。
紅音は恵美の笑顔が何かを誤魔化すために無理して作った笑顔じゃないか、と感じたがその事を恵美に追求できる材料もなく、その場は何も言わなかった。
「で、カラオケ行こうって話でたんだけどめぐはどうする?」
「うん、いいよ〜。と言っても音楽はあんまり詳しくないから流行りの曲しか分からないかな〜」
「かまわないよ。むしろこの中で唯一流行を知ってる気がするしね」
「私たちが鈍感なだけだけどね」
「一応、ニュースは見てるんだけどね。それだけだと限度があるよね」
矛盾世界に青春を注ぐ男性陣と退屈を持て余していた紅音には流行など縁遠いにもほどがある存在だった。
とはいえ全員ニュースだけはきっちり見ているようなので全く知らないわけではなく、聞いたことがある、程度には知っているようだ。
「それじゃ、まずは午前中カラオケってことでOK?」
「うん、OKだよ〜」
「かまわないわ」
そして四人は繁華街のカラオケへと向かったのだった。
繁華街は三之宮駅を中心に西隣駅の本町駅まで続いている。
三之宮の繁華街は戸神市の中心で、区役所や市役所と言った役所はもちろん、スーパーやデパート、ゲームセンターにアミューズメント施設など娯楽も充実している。
戸神市出身の人間には『三之宮にこれば大抵なんでも揃う』という共通認識があるぐらい充実した繁華街だ。
そして紅音たち四人は知る由もないが、県内一の『オタクに優しい街』と一部の層からも信頼を寄せられている。
「三之宮はなんでもあるって聞いてたが、本当になんでもありそうだな」
「まあね。でも輝明だって西宮出身でしょ? 西宮にはあまり行ったことはないけど、あそこも結構大きな街じゃなかった?」
紅音の言葉に、輝明はそうでもない、と笑って答える。
「確かに小さくはないが戸神に比べると全然さ。西宮は駅前を除けばほとんど住宅街だしな。大きなショッピングモールが一つあるが、逆に言うとそれだけだ」
「なるほどね。そのショッピングモール、機会があれば退屈しのぎに行ってみようかな」
「残念だけど、紅音さんなら西宮について十五分で『退屈ね』って飽きちゃうと思うよ」
「蒼也も私のこと分かってきたわね」
「そこは否定して欲しかったけどね……」
蒼也は冗談で言ったつもりが感心されてしまい苦笑いする。
「西宮は高校球児の聖地とも言える乙子園球場もあるし、福の神がいる西宮神社なんかも結構有名だよ」
「毎年服男選びをやってる神社だね〜」
そうこうしているうちにカラオケにたどり着いた四人はさっさと手続きをすませて個室へと移動した。
「で、誰から歌うんだ?」
「私、店員が来るまで歌いたくない」
「僕も同じく。店員さんとの間に流れるあの微妙な空気が苦手で……」
「お前ら、変なところで息合うよな」
「じゃあ私から歌うね〜」
恵美はテレビ付近にある四角い携帯端末に似た形をした機械に触れるとフォン、という綺麗な作動音とともに実体のないホログラムの画面が空中に出てくる。
慣れた手つきで恵美は歌う曲を選択するとマイクをとって歌う準備をする。
「よし、気合い入れちゃうよ〜」
しばらくすると随分と熱い、熱血的な音楽が流れ始める。
普段の恵美からは想像のつかない曲調の歌に、意外に思った恵美を除く三人がテレビの画面に表示された曲名を見ると『これが私の男道!』と表示されていた。
意外すぎる恵美の選曲に目を丸くした蒼也は恐る恐る恵美に言った。
「こ、これは?」
「今テレビドラマ放送中の『女番長桜』の主題歌だよ〜。今巷で大人気なんだよ〜」
「一応参考までに内容を聞きたいんだけど」
「女の子だけどちょっと不器用で男勝りな性格をしてる桜が、ひょんなことから男子校へ入学してしまうお話だよ〜」
「なるほど、曲のイメージからして野蛮そうなのを想像したけど恋愛ものかな? そこからいろんな男子生徒とドラマがあるってことだね」
「違うよ〜。いろんな不良生徒を暴力で鎮圧して学校の頂点に登っていく話だよ〜」
「……PTAからの苦情がすごそうな内容だ」
世間の流行とは分からないものだなぁ、とつぶやく蒼也であった。
◆
カラオケの後、昼食を食べた蒼也たちは三之宮でブラブラと歩いて暇をつぶした。
本屋や服屋、ゲームセンターなどで彼らは何事もなく暇をつぶした。
異変が起きたのは夕方。四人は恵美の家に帰るために三之宮駅前を歩いている途中だった。
日が沈みかけた西の空は赤く染まり、東の空は黒に塗りつぶされていた。
「黒……」
ポツリ、と恵美は東の空を見て懐かしむように呟いた。
空の色が随分と懐かしく感じると恵美は思い、どこで見た色だろうと思案するが結局答えは見つからなかった。
ただ、確かな寂しさを感じた。たった一つ、空に輝く一番星。その輝きに孤独さを感じた。
「大丈夫、めぐ?」
後ろから聞こえてくる紅音の声に、はっと我に返って振り向くと恵美は少し固い笑顔を見せた。
「なんでもないよ」
と、答えてから恵美は気がついた。
ここがすでに現実世界ではないことに。
辺りを見渡すとビルは廃墟に変わり、歩道には亀裂が入っている。
辺りを見渡して息を飲んだ恵美は改めて紅音たちの方を見て緊張した面持ちで言った。
「いつから……私はここに?」
「ついさっきよ。途中でめぐが消えるし矛盾獣の気配がするしで焦ったわよ」
「そっか……ごめんね」
「いいのよ、気にしないで」
紅音は最近ちょくちょくできるようになってきたぎこちない笑顔をして恵美の元まで駆け寄る。
女性陣二人の会話を聞いていた蒼也は、顎に手を当てながらポツポツと呟いた。
「矛盾世界に来てしまったことに気がつかなかったってことは、あの管を見なかったのか。《変革》が完成しないとあの管を知覚できないってことなのか……?」
「んなこたぁどうでもいいぜ。とりあえず作戦通り、まずは矛盾獣を発見しようぜ」
「ん、そうだね。矛盾獣の気配は東の方……あのビルの方面だ。たぶん屋上付近だと思う」
蒼也は三之宮駅のすぐ近くの大きなビルを指差した。紅音は蒼也の指差す方を見ると言った。
「ああ、ハッカ戸神ね」
「ハッカ戸神?」
「映画館とか飲食店入ってる大きなショピングモールよ。確か十八階建てぐらいだったはずよ」
「なるほど。それじゃあそのハッカ戸神に向かうとしよう」
四人は矛盾獣の気配を頼りにハッカ戸神に向かい走り出した。
「いいかいみんな。もう一度作戦の内容を確認するよ。今回の作戦目標は《恵美さんを《変革》させ、矛盾獣から守りきること》。そして、次の目的が《僕か輝明が矛盾獣を討伐すること》だ」
「めぐを《変革》させるのは、《変革》させないと矛盾獣が出るたびに矛盾世界に引きずり込まれる上に、なんの矛盾もなしに矛盾獣と遭遇することになるから、だったわよね」
紅音の言葉に蒼也は頷くとさらに続ける。
「その通りだよ。あと《変革》後しばらくは現実世界に戻ることはできない。矛盾世界から現実世界に自発的に移動する条件は《世界を移動することを強くイメージすること》。そして、《心がある程度落ち着いていること》だからね。《変革》したすぐは強い興奮状態になってしまう。だから《変革》してすぐに現実世界に帰るのは難しいと思う。気絶したら帰れるけど、それは最後の手段ってことで」
蒼也の言葉に紅音は少し驚いたようだ。
「心が落ち着いてないとダメって……そんな条件初耳よ」
「紅音さんは前回の矛盾獣やケンジと戦った時は気絶して矛盾世界に帰っちゃったし、修行の時は終始冷静沈着なまま修行が終わるとさっさと帰っちゃったじゃないか」
「……ごめん」
「えっ、あ、いや、その……こっちこそ、チャンスはあったのに説明するのを忘れてたよ。次から気をつけるようにする」
蒼也は紅音に素直に謝られてしまい逆に拍子抜けてしまった。たしかに言い争いをしている場合ではないが、素直な紅音はそれはそれでしっくりこない蒼也であった。
微妙な表情を浮かべる蒼也を見て輝明は『ひねくれた性格してるな』と素直に紅音の変化を喜ばない蒼也に呆れた。
「話が横にそれたね。もう一つの目的である《僕か輝明が矛盾獣を討伐する》。僕か輝明が倒さないと《矛盾獣を十体倒す》って目標が達成できないからね」
「紅音はともかく、恵美はどんな能力に目覚めるか分からねぇからな。攻撃力の強い矛盾に目覚めたときはできるだけ矛盾獣に攻撃しないように心がけてくれ」
「うん……わかった」
恵美は固い表情でうなずく。
「次は作戦の具体的な内容を確認するよ。まずは矛盾獣に接近。恵美さんを《変革》させる。《変革》中の恵美さんの護衛は紅音さんと輝明の二人、矛盾獣の相手は僕が担当する」
「で、恵美さんが移動できるようになったら紅音と恵美は戦線を離脱。俺と蒼也で矛盾獣と交戦。紅音は引き続き恵美の護衛だったな」
「その通りだよ。そして矛盾獣撃退後は恵美さんが落ち着くのを待ってから矛盾世界から離脱する。これが作戦の全容だよ」
蒼也は三之宮駅の手前に着くと、一度足を止めて後方に続く紅音と輝明に言った。
「そろそろ矛盾獣が近い。みんな、武具の生成をして置いてくれ」
「来い! 《勇気の剣》!」
「来て! 《六角形の盾》!」
「来い! 《爆発の槍》!」
それぞれの叫びに応じて武具は生成され、矛盾世界に具現化する。その光景を見た恵美は不思議そうに首をかしげて質問した。
「愚問かもしれないけど、どうして武器を作る時に名前を叫ぶの?」
「ああ、うん……それ指摘されるとちょっと心にダメージを受けちゃうんだけど、まぁ当然の疑問だよね」
蒼也は誤魔化すように少し恥ずかしげに笑うと言った。
「矛盾はイメージの力で発動させる力って説明は前にしたよね。ようはより強く、正確にイメージをするために僕らは武具の名前を言うようにしてるんだよ。武器や技に名前をつけてるのも同じ理由。その方が脳にかかる負担も軽くなるしね。もちろん言わなくても使えるし、余裕がないときは言わずに使ってるけどね」
「なるほど。きっちりとした理由があったんだね」
「もう慣れたから平気だけど、ふと我にかえると恥ずかしいよね、やっぱり」
あはは、と恥ずかしげに笑う。つられて硬い表情をしていた恵美も少し微笑みを見せて。
恵美の微笑みを見た紅音は安心して軽く息を吐く。
蒼也は三人の顔を見て頷きかけると、いつもより少し気の入った声で言った。
「さて、それじゃあ二体目の矛盾獣の討伐、始めようか」




