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パラドックス・メイカーズ  作者: 三角
chapter3:黒薔薇の王女
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火傷

 紅音が恵美の家に泊まった五月一日は矛盾獣パラドックスモンスターが出現することなくその日を終えた。

 予定通り、蒼也と輝明は帰宅した後も紅音と恵美はそのまま恵美の家で過ごし五月二日の朝を迎えた。

 蒼也と輝明は朝早くから恵美の家に訪問し、できるだけ恵美と一緒にいるように心がけていた。

 そして現在は五月二日の午前九時半。

 四人は恵美の部屋で眠たそうにぼーっとしていた。

 昨日は全員夜更かしをしていたようで、絶賛睡魔と格闘中なのであった。


「……眠いね〜」

「……眠いぜ」

「……眠いわね」

「…………」

「約一名返事がないわ」


 蒼也は壁にもたれかかりながら腕を組んで舟こぎをしながら寝ていた。

 その表情はこの上ないほど気持ち良さそうで起きている時には決して見せないような油断しきった表情だ。

 しかし今は矛盾獣パラドックスモンスターがいつ現れるか分からない緊迫した状況だ。正直あまり褒められた行動ではない。

 見かねた紅音が肩を揺すろうと近づいた瞬間、蒼也はハッと目を覚まして眠たそうな眼差しで紅音の方を見た。


「ごめん、寝てた……」

「……別にいいわよ。それにしても揃いも揃ってどうしてみんな眠たそうなの?」

「僕は昨日恵美さんに借りた《Blackrose》が面白くて徹夜で読んじゃったから」

「私はこうちゃんと話してたら朝になってたから〜」

「同じく、めぐと話してたら朝になってたわ」

「俺は……」


 輝明はそこで少し言い淀むと部屋の出口に向かって歩き出した。


「輝明? どうしたのよ」

「なんでもねぇ……洗面所で顔洗ってくる」

「あ、うん。階段降りてすぐ近くのところにあるよ〜」

「悪りぃな」


 振り向くことなく部屋の外に出て行った輝明に蒼也は溜息をついた。


「きっとまた無茶な修行したな……」

「分かるの?」

「昨日の夜、輝明は一人で矛盾世界に行ってたみたいだ。随分と気分が悪そうだったし、少し無茶したみたいだと思ってね。脳に影響が出るほど強い精神負荷のかかる技を使うと、次の日は頭がクラクラしてすごく気分が悪くなるんだ」

「なるほどね。いつ矛盾獣パラドックスモンスターが現れるか分からないし、力は温存しておいて欲しいものだけど……そこのところは心配ないの?」

「多分あれぐらいならまだ大丈夫かな」

「あんまり無茶してないといいけど、大丈夫かな〜?」


 その頃、洗面所にいる輝明は冷たい水を右腕にかけながら眉間にシワを寄せていた。


「まったく派手にやってくれるぜ……おかげさまで昨日は痛みで寝れなかったぞ、ちくしょう」


 毒づく輝明の右手首から右肩まで火傷を負っていた。

 火傷の深さ自体は軽く赤くなっている程度だった。しかしその火傷の範囲は異常だ。日常生活でここまでの大部分に火傷を負うことは事故や火事にでも合わない限りありえない。

 つまり、日常生活ではないところで火傷を負ったのだ。

 輝明は右腕の火傷を見ながら小さく呟く。


「二人目の刺客、それもまた《頂きの十人》か……」


 額に汗を滲ませる輝明は予想外の刺客に驚きを隠せないでいた。


『腐っても《頂きの十人》。矛盾世界の頂点だぞ……全員が全員に願いを叶えるチャンスと実力がある。そんな奴らがどうしてライバルである陸斗(大君主)とホイホイ協力関係を結んでるんだよ……交渉が成立するにしても、もっと時間がかかるだろ普通』


 陸斗には《頂きの十人》を仲間に引き入れるだけの交渉材料がある。しかし、それがいったいどんな物なのかは全く見当がつかなかった。


『て言うかどうして俺ばっかり《頂きの十人》に狙われてるんだ? くそ、分からねぇことだらけだ』


 ある程度右腕を冷やすと蛇口を閉めてタオルで優しく水気をふき取る。

 そして捲っていた袖を戻すと今度こそ顔を洗い始めた。


『恵美さんの護衛もあるし、消耗を避けるために、昨日は逃げに徹したが……この傷はキツイな。矛盾世界から戻るときの自動治癒を受けてもまだ火傷が残るって、俺の腕はどんな火力で炙られたんだよ』


 輝明は昨日襲撃された《頂きの十人》を思い出す。


『《(ザ・フレイム)》……炎を使う矛盾者か……』


 輝明の脳裏に映るのは超高熱の火炎を纏う男の姿。

 新たな刺客、新たな敵の出現に輝明が浮かべた表情は歪んだ笑みだった。自らの目的に強大な障害が生まれた、だと言うのに彼の心は踊っていたのだ。

 そして、そんな自分の表情を鏡で見た輝明は思ったのだった。


 こんな性分だから俺には友を守ることも、友を止めることもできなかったのだろう、と。


 顔を洗い終えた輝明は恵美の部屋へと戻りドアを開けると、我慢できずに眠りについてしまった三人の姿があった。

 気持ちよさそうに眠る三人の様子を見て輝明は軽く微笑む


『結局寝ちまった、か。俺はもう目が覚めたし、しばらくは寝かしといてやろう。わざわざ不安を煽る必要もねぇし、昨日の襲撃については必要な時に改めて話そう』


 輝明は腰を下ろすと周囲を見て何か暇つぶしになりそうなものを探した。

 すると一冊の本が机の上に置かれていることに気がつき、手にとる。


『これは……たしか蒼也が恵美さんに借りてた本か。タイトルがアルファベットだから読めねぇが、確かブラックローズ……とか言ってたっけ? 暇だし少し読んでみるか』


 こうして輝明を除いた三人は午前中を丸々寝て潰した。


「油断したわ……まさか寝てしまうだなんて」


 そして午後十二時半。

 すっかり太陽も登りきり、これから西に向かって沈み始める時になってようやく三人は目を覚ました。

 目が覚めた三人に輝明は軽く手を挙げて挨拶をする。


「おす。あまりにも気持ちよさそうだったから起こすに起こせなくてな」

「ごめん、輝明……僕としたことが」

「気にすんな。それより昼飯にしようぜ。腹が減っちまったよ」

「そうだね〜。眠気覚ましの散歩も兼ねて、お昼は外で食べよっか〜」

「そうしましょ」


 それから四人は昼食を食べる場所を探しに繁華街へと歩き出した。


「みんなは何か食べたいものとかある?」

「私は別に」

「ん〜、普段なら焼きそばって言いたいところだけど……今はラーメンの気分かな〜?」

「俺は戸神牛が食べたい」


 輝明の言葉に一同がギョッとする。


「な、なんだよ。戸神と言えば戸神牛じゃん。一度食ってみたいと思うのは当然だろ?」


 不思議そうに言う輝明にやれやれ、と首を振りながら蒼也は得意げに言った。


「いやいや……戸神牛といえば日本三大和牛の一つで、なかなか庶民が食べられるものじゃないんだよ。ましてや高校生の財布で食べようだなんて思っちゃダメだ」

「そうよ、戸神出身の私でも食べたことないんだから。戸神牛が食べたいなら石油王にでもなることね」

「そんなにハードル上げるの!? 戸神牛ってどんなに高価なんだよ……くそ〜、ますます食べたくなってきたぜ」

「う〜ん……難しいと思うなぁ〜……ってあ────!!」


 突然大声を出す恵美にさらに一同は驚く。


「ど、どうしたのよ、めぐ。何かあったの?」

「あれ見てこうちゃん!」

「あれ?」


 恵美が指差す先には看板が立っていた。

 そしてそこには大きな文字でこう書かれていた。


 《戸神牛らーめん 一杯八百三十円》


 その文字を見た瞬間、輝明は音を超える速度で紅音を睨みつけた。

 しかし紅音も光を超える速度でそっぽを向く。


「おい紅音」

「……」


 返事はない。ただの知ったかぶりのようだ。


「おい石油王紅音」

「……」


 返事はない。ただの石油王のようだ。

 しばらくツーンと目をそらし続けた紅音はごほん、とわざとらしく咳き込むとこう言ったのだった。


「よかったわね輝明。これであなたも念願の石油王よ」

「いや戸神牛食べたら石油王なわけじゃねぇから!! なんなの? あれだけハードル上げといて普通に食べれるじゃん!?」

「失礼しまーす」

「おいそこの(あお)ダヌキ! なにしれっと入ろうとしてるんだ! てめぇは庶民じゃなかったのかよ!?」

「何名様でしょうか」

「四名です」

「テーブル席へどうぞ」


 蒼也は輝明渾身のツッコミも完全スルーしさっさと店の中に入っていった。

 続いて紅音も輝明から目をそらしつつそそくさと店の中に入る。


「あ、あいつら……自分の失言を全てなかった事にするつもりだ……」


 悔しそうに歯をくいしばる輝明に恵美はポン、と肩に手を置いて言った。


「これが現実だよ。受け入れよう……」

「…………俺たちは庶民ではなく、貴族の石油王だとでも?」

「うん……きっとこの店に足を運べば、誰でも貴族の石油王になれるんだよ」


 そう言って店の中に入っていく恵美の背を見ながら、輝明は力なく呟くのだった。


「現実は、こうして歪められていくんだな……」


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