本棚
恵美の部屋に入った輝明はキョロキョロと見渡す。
全体的に木製の家具が多く、落ち着いた雰囲気の部屋は恵美の性格にぴったりマッチしていた。
綺麗に整理された部屋に輝明は素直に感心しながら言った。
「綺麗な部屋だな」
「ありがと〜。でもあんまり見られると少し恥ずかしいかな〜」
続いて恵美の部屋に入った蒼也は入り口と対面の壁にある大きな本棚に目がいった。
『結構数があるな……二百、いや三百ぐらいか?』
本棚に近づくと背表紙に書いてある本のタイトルを眺めた。
どうやら小説が本棚の七割を占めているようで、残りは参考書等の教材のようだった。
『なにか恵美さんの矛盾のヒントになるものはないかと思ったけど……流石にこの数じゃ、すぐに特定するのは難しそうだな』
そう考えた蒼也はとりあえず最も影響を受けたであろう作品だけ聞くことにした。
「この中で恵美さんが一番気に入ってる本はどれ?」
「ん〜……どれもいい作品だけど、やっぱり《Blackrose》かな〜」
そう言いながら恵美は本棚から一冊の黒い本を取り出し、蒼也に渡す。
『《Blackrose》、黒い薔薇か……紅音さんから聞いた恵美さんが見た夢にも黒い薔薇が出てきていたな。きっとこれはビンゴだ』
蒼也は渡された本を見てみるがどうやら初めて見る作品のようだった。
そもそも小説はあまり読まないので知っている作品の数もたかが知れているのだが。
「初めて見る作品だ」
「それはそうだと思うよ〜。これはお母さんが若い頃に自費出版した作品だからね〜」
「お母さんの書いた作品だったんだ。どんな話なの?」
「ん〜、大雑把に言うと魔王を殺そうとした勇者が魔王に恋をしてそのまま駆け落ちする話だよ〜」
「それはもうなんていうか、世界終了のお知らせだね」
「悪に屈するなんて、勇者にあるまじき行為だぜ」
男性陣二人の反応に恵美は困ったように笑って言った。
「勇者と魔王にも色々あるんだよ〜。魔王なんて世界を救うために生まれたのに、人間の誤解で魔王に仕立て上げられちゃったんだよ〜」
「なるほど、そこの所がこの本の肝、というか面白いところなのかな。よければこの本借りてもいいかな?」
「もちろんいいよ〜」
「ありがとう。帰ったら早速読ませてもらうよ」
蒼也は受け取った本を持ってきていた鞄にしまった。
「で、いつになったら本題に入るのよ」
「そうだね。こうしている今も恵美さんが《変革》しないとも限らないわけだし、早く説明するに越したことはない」
「私になにか話があるってことかな〜?」
首をかしげる恵美に蒼也は言った。
「そうだね。これから話すことは信じがたいことだと思う。でもどうか信じてほしい」
「……どうやらすごく大切なことみたいだね。信じるか信じないかは、とにかく聞いてから判断するよ」
「話を聞いてくれるだけでも助かるよ」
それから蒼也は始業式に起きた出来事、矛盾世界の存在や戦いの目的を話した。
全てを聞き終えた恵美は少し動揺していたようだが、すぐに冷静さを取り戻して言った。
「つまり、私は五月中に矛盾獣に襲われてしまい、同時に矛盾者として覚醒してしまう、ということであってるかな?」
「その認識で正しいよ」
「……現実は小説より奇なり、とはよく言ったものだね。まさかこんなことになってるだなんて」
そう言いながら恵美は頭を抱えて辛そうな表情を浮かべる。
「大丈夫、めぐ?」
「ありがと、こうちゃん。少し頭が痛むだけ」
「無理はしないでね」
「うん。でも、この痛みで確信したよ。私の体は半分矛盾者になりかけているって」
「わかるのか?」
驚く輝明に恵美は頷く。
「うん。ぼやけてはいるけど、廃墟になった駅前の繁華街の景色を見た記憶があるの。たぶん、これが矛盾世界でしょ?」
「たぶんそうだろうね」
「ここのところ、駅前の繁華街を通るたびなんだか変な違和感があったの。頭の奥で小さな火花が散るような、何かが繋がりそうな感覚。おそらくそれが《変革》の前兆かな……それにここ最近の夢も、中途半端な《変革》による影響だと思う……うっ……」
「無理をしちゃダメだ。少し休憩しよう」
「ありがとう」
辛そうに頭を抱え続ける恵美を見て蒼也は一度話を切り上げることにした。
恵美は紅音に誘導されベッドに腰掛て休憩を始めた。
蒼也は恵美が矛盾についての説明を早々に理解していることに驚きを隠せないでいた。
『それにしても恵美さんは飲み込みが早いな。状況判断や自己分析も上手い……普段はゆったりした雰囲気だから少し意外だ』
それからしばらくして、蒼也は体調が回復した恵美に説明を続けた。
「今回恵美さんの家にお邪魔させてもらったのは出来る限り恵美さんが矛盾世界に巻き込まれる瞬間を見逃さないためと、矛盾獣の討伐が目的なんだ」
「私を守るためにわざわざありがと」
「いや、構わないよ。それに僕らにもメリットはあるからね」
「矛盾獣の早期発見、ね」
そう言ったのは紅音だった。
紅音は驚く蒼也と輝明をジト目で睨みながら呆れたように言った。
「何よ、その目は……それぐらい私にも分かるわよ。めぐも感づいてそうだし隠す必要もないでしょ?」
「あはは、さすがこうちゃん。人の考えを読む天才だね〜」
「お、おだてても何も出ないわよ」
そう言いながらも紅音からは照れた笑顔が出てきたりしていた。
蒼也は仕切り直すように咳払いをすると困ったように言った。
「紅音さんの言う通り、矛盾獣の討伐も僕らの大きな目的だ。だけどきっちり恵美さんのことも守り通すから安心してほしい」
「ありがとう」
恵美は笑って返事をすると、何かに違和感を感じたのか、首をかしげながら言った。
「そういえば《変革》のことで少し気になったことがあるんだけど質問いいかな」
「構わないよ」
「思ったんだけど、《変革》を止めることはできないのかな。例えば矛盾獣がいないところまで私が移動するとか、矛盾獣の出現を食い止めるとか……私がパッと思いつくのはそのくらいだけど、なにか裏技とかないのかな、って思って」
「そうだね……確かに試したことはないし可能性はなくはないのかもしれないけれど……」
蒼也は腕を組んでしばらく考え込んでからすぐにかぶりを振った。
「考えてみたけど、少し現実味がなさすぎるかな。矛盾獣がいない場所に恵美さんを移動させるのは簡単だけど、五月のいつ頃出現するか分からないからね。そもそも矛盾獣は兵集県南部にのみ出現するから矛盾獣出現までずっと他県にいないといけないし、五月をかいくぐっても六月、七月、来年と戦いは続くからその場しのぎにすらなってないかな」
「じゃあ矛盾獣の出現を食い止めるのは?」
「それこそ不可能だよ。僕らは矛盾獣が出現するギリギリまでその存在を感知できないんだ。いや、事前に出現場所を感知できたとして、そもそも出現を食い止める方法が思いつかない」
「そっか……まぁ、しかたがないね」
恵美は矛盾者になることを避けられないことを知ると諦めたように呟く。
蒼也はかける言葉が見つからず、ただ無力感で拳を握り締めるしかなかった。
「……とにかく、今日からゴールデンウィーク中はできるだけ僕ら三人の誰かが一緒にいるような状況を保とう。できる限り一緒に行動して恵美さんを一人にしないこと」
「うん」
「了解だ」
強く頷く紅音はふと何かに気がついたような表情をすると蒼也に質問をする。
「ところで、矛盾獣を待つ間、蒼也は恵美の家で何するつもりなの?」
「え?」
紅音の問いに、蒼也は何も考えてないですと顔に書いた。
『蒼也って、いろいろ考えているようで実は何も考えてないわね』
ジト目で睨む紅音に対して、蒼也はダラダラと汗を垂らしながら遠慮がちに言ったのだった。
「じ、人生ゲームでもする?」




