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パラドックス・メイカーズ  作者: 三角
chapter3:黒薔薇の王女
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もう一つの可能性

 五月一日。

 五月に入り少し気温が上がってきたからか、職員室ではすでにエアコンが稼働しており、ブレザーを脱いでいる生徒もちらほらと現れ始めていた。

 そんな晴れた日の昼休み、輝明と蒼也はいつもの屋上にいた。


「で、その鈴菜って子が陸斗の差し金で襲ってきたと」

「ああ。まぁ今回は様子見だったみたいで途中で帰って行ったけど……次はそうはいかねぇだろうぜ」


 輝明は屋上に寝転びながら空を眺めて母が言っていた言葉を思い出していた。


『金髪碧眼の少女に気をつけろ、か。母さんから聞いたことが本当なら《運命の固定化》ってのは相当厄介なもんだ。蒼也たちに伝えるべきか?』


 輝明は仮に蒼也や紅音に話してみたときの彼らの反応を予想してみた。

 予想の結果は信じられないと一蹴される、だった。


『いや、《運命の固定化》については今話すことじゃねぇな。そもそも《世界》の存在について知ってるやつじゃねぇと話も通じねぇか』


 輝明の隣に腰掛けていた蒼也はコンビニで買った天丼を食べながら話を続けた。


「陸斗の事だし今から本格的に潰しに来ることはないだろう。おそらく他の矛盾者や《頂きの十人》に任せて自分は手を出さないつもりだろうからね」

「そうだな。あいつは用心深いやつだ。となると当面の問題は恵美ちゃんの安全確保と二体目の矛盾獣パラドックスモンスター討伐か」


 そこで蒼也はふと何かを思い出したようだ。


「そうそう、今日は紅音さんと恵美さんでお泊まり会をするんだった」

「ま、当然俺たち野郎どもは夜になったら解散だがな」

「僕らも一応そういう年齢だしね。何より出会ってからまだ一ヶ月しかたってないのに泊めてもらうのは少し図々しい気がするし」

「ちげぇねぇ」


 輝明は天丼を食べ終えるとすっと立ち上がって伸びをする。


「さて、明日からゴールデンウィークだ。連休前の最後の授業頑張るか」

「学生は辛そうだな」

「ニートよりかはね」

「う、うるせぇ! ニートじゃねぇ、勇者だ!」

「ハイハイ。とにかくそういうことだからゴールデンウィークは予定を空けといてくれよ。つきっきりで恵美さんのガードをするつもりだからね」

「わかってら……運良くゴールデンウィークに矛盾獣パラドックスモンスターが来てくれればいいんだが」


 輝明はそれはそうと、と前置きするとなんでもないように質問する。


「紅音さんにケンジのこと言ったのか?」

「う……まだだよ」

「そか。まぁ焦んなくてもいいけどさ。どこかで一歩踏み出さないとダメだと思うぜ」

「わかってる……つもりなんだけどね」

「ま、焦らなくてもいいんだけどさ。いつかは踏みださねぇとな」


 輝明はそれだけ言うと矛盾世界へと帰ってしまった。

 蒼也は輝明に言われてしばらく屋上でケンジの死について考えていた。そこで一つの違和感に気がつく。


「ん? 輝明にケンジの件の詳細って話したっけ? まぁ知ってるってことは話したのか」


 蒼也は違和感の正体に気がつくことなく適当に結論づけると屋上を後にした。

 蒼也は屋上を出ると針金を使って錠の中の基盤を変えて鍵を閉める。

 ここ数日で紅音から鍵の開け方を教わったらしく蒼也も屋上のドアを開閉できるようになっていた。


「まさか僕までこんな事ができるようになるとはね。それにしても紅音さんはモノを教えるのが上手だし、教師にでもなったらいいんじゃないかな?」

「いやよ。私、子供が苦手だし」

「だよね、そんな気がしてた」


 屋上階段の踊り場で待っていた紅音に蒼也は笑って答える。

 蒼也に笑顔を向けられて紅音は逆にムッと機嫌が悪そうな表情を浮かべると言った。


「……こっそりついてきたつもりだったんだけど。いつから気がついてたのよ」

「教室で紅音さんが席を立った時から」

「それ最初っからって次元じゃなくない? まったく、相変わらずふざけた空間把握能力ね」

「それだけがこの世界での取り柄だからね」


 二人が階段を下りながら話していると、下方の階から担任教師の王と清春が階段を上がってきた。

 どうやら二人は次の授業に使う資料を運んでいるようだった。


「お、矛峰に盾宮じゃないか。最近二人でいることが多いな」

「もしかして付き合ってるのか?」

「そ、そんなのありえないわ! 私たちは友達よ! それ以上でも、それ以下でも、それ以外でも、それ以内でもないわ!!」

「あ、ああそうなんだ……と言うか以内までなくしちゃダメだよね。友達ですらなくなってるよね」


 慌てながら顔を真っ赤にして反論する紅音に清春は引き気味に答える。

 蒼也はなぜか冷静さを失ってしまった紅音の代わりに清春の言葉に答える。


「何でもかんでもくっつけりゃいいってわけじゃないよ、清春。それとも清春の脳は恋愛ウイルスに感染された恋愛脳なのかい?」

「そんなウイルスはいねーよ」

「ごめん、細菌だったかな」

「そういう問題じゃない!」


 全くもって返答にはなっていないが、実のところ蒼也もキチンとした返答ができないでいたのだ。

 紅音との関係はなんなのか、その答えが蒼也には分からないでいた。

 何度か適当にはぐらかすために友達になったと言ったが、実際友達に含めてしまっていいのか。

 一度は関わらないで欲しいとまで言われた程度の関係は果たして友達と言っていいのか、と蒼也には疑問を抱かずにはいられなかった。


『ま、一番しっくりくるのは協力関係ってところかな……それはそれで少し寂しい気はするけど』


 蒼也は適当に結論づける。

 紅音はと言うと、蒼也と出会ってから一月弱が経過した今では接する機会も恵美の次に多くなっていた。もちろん紅音は蒼也とはそろそろ友達となったのではないかと思い始めていたし、他の人の前で友達であると言っても蒼也が否定することがないのでますます自信をつけていた。


『ついにできた……恵美以外の友達。私も少しは変われたのかな』


 そろそろ友達になれたのではないかと思い始めていた紅音と、表面上は友達として接し、裏ではただ利害が一致した協力関係として接する蒼也。

 まだまだ二人の心はすれ違ってばかりであった。


「それじゃ、私たちは行くよ。もう少しだけ付き合ってくれるか? 清春」

「もちろんですよ、王先生。それじゃな蒼也、紅音さん」

「また」


 蒼也と紅音は階段を上がる二人を見送ると教室へと戻っていった。

 王は荷物を運びながら珍しく頬を緩ませながら清春に言った。


「蒼也もすっかりクラスに馴染んだな」

「そうですね。でもまさか紅音さんと打ち解けるなんて思いもよらなかったですけどね」

「ん? 清春にはそう見えるか?」

「え、あ〜……」


 清春は言い淀んでから困った風に笑いながら言った。


「いや、ぶっちゃけすれ違ってるように感じますね。最近はとくに蒼也の方が壁を作ってるように感じます」

「そうだな。私もそう思うよ。清春はよく人を見てるな」

「そんなことはないですよ」


 笑って答える清春に王は答えた。


「ま、壁が崩れるのもきっと時間の問題だろう」


 それから放課後。

 紅音たちは四人揃って恵美の家へと向かっていた。

 少し急な坂を登っている途中に蒼也はふと言った。


「戸神市ってけっこう坂が多いよね」

「そうだね〜。戸神は山と海に挟まれた港町だから高低差が激しいんだよ〜」

「へぇ、そうなんだ。ここに来たのは最近だから知らなかったな」

「蒼也くんはそれまではどこにいたの〜?」

「二つ隣の市の西宮(にしみや)市だよ。あっちの方はあまり坂はなかったかな」

「ま、俺は散歩がてらに色々回ってきたから戸神の地理も完璧だけどな」


 自慢げに話す輝明に紅音は呆れ顔で呟く。


「アンタは矛盾世界で迷ってたどり着いただけでしょ」

「ギクッ。あ、あはははは……わかる?」

「学校で迷うやつが街を歩けるわけないでしょ」

「ひでぇ……」


 しばらく雑談を続けていると恵美の家へとたどり着いた。

 家は二階建てで、ごく普通の一軒家だ。


「恵美の家にくるのは久しぶりね」

「そうだね〜。お母さんも紅ちゃんに会いたがってたよ〜」


 恵美は玄関を開けると三人を手招きしてから家に入っていく。


「ただいま〜、友達呼んできたよ〜」

「失礼します」

「失礼しまーす!」

「……失礼します」

「いらっしゃ〜い」


 紅音が無駄に元気よく挨拶をする輝明を睨んでいると玄関の奥から一人の女性がゆったりと返事をした。

 それから僅かに時間をあけて現れたのは恵美の母、舞草彩子だった。


「お久しぶりです、彩子さん」

「あらあら〜、紅音ちゃんじゃない。久しぶり〜。それに男の子のお客さんなんて珍しいわね〜」


 彩子は誰が見てもまさしく恵美の母、といった感じでゆったりとした喋り方や笑い方までそっくりだった。

 紅音に続いて蒼也と輝明も挨拶を始める。


「矛峰蒼也です。恵美さんとは同じクラスで仲良くさせてもらってます」

「日光輝明です。恵美さんとは同じ……友達を持ってる仲です。いや、もちろん恵美さんとも友達ですけど」


 微妙に遠い関係である。恵美の母も不思議そうな顔をするがすぐに笑顔を浮かべると三人を迎えた。


「私は一階でテレビ見てるから何かあったら声をかけてね〜」

「うん。それじゃ、私の部屋二階だから上がろっか」


 恵美を先頭に四人は恵美の部屋へと向かっていった。


「輝明、その友達って私? 私?」

「へ? も、もちろん」


 口が裂けても蒼也とは言えない輝明であった。勇者として、男として紅音の貴重な輝く瞳を暗闇に閉ざすわけにはいかなかった。


「突然積極的になったな紅音さん……」

「よ、呼び捨てでいいわよ。輝明」

「……!?」


 紅音の頬を赤く染めながら上目遣いで、しかも遠慮がちなセリフに輝明は不覚にも胸がギュッと押しつぶされるような感覚に陥った。

 輝明は慌てて後ずさりながら顔を赤くして声を荒げた。


「お、俺じゃなかったら勘違いしてるとこだったぞ!」

「な、なによ! 勘違いじゃないわよ!!」

「「「え……」」」

「わ、私たちは、と、友達……でしょ?」

「「「……うん、そうだね」」」


 紅音のズレた発言に一同頷くほかなかった。

 そんな風に話をしながら四人は二階に上がった。


「ここが私の部屋だよ〜」


 恵美は一番近くの部屋のドアを開けると三人を手招きする。


「失礼するわ」


 紅音は部屋の中にさっさと入って床に腰を下ろす。

 蒼也も続いて恵美の部屋に入ろうとするが、輝明が肩を掴んで引き止めた。


「どうした輝明」

「今回の目的は恵美さんに現状を伝えること、そして恵美さんの警護だよな」

「主なのはね。できれば恵美さんの矛盾(パラドックス)の正体を掴むヒントなんかも探したいところだけど」


 輝明は少し考えると紅音や恵美に聞こえないように小さな声で言った。


「……今思ったんだが、恵美さんは本当に矛盾世界に関しての記憶を失っているのか?」

「そのはずだよ。紅音さんから恵美さんは矛盾世界での記憶がなくなっているって聞いたからね」

「それならいいんだが……例えば恐怖で記憶が封じられているだけって線はねぇのか?」


 蒼也は輝明の言葉にハッとすると深刻な表情を浮かべる。


「ただ恐怖で記憶が封じられただけで、すでに矛盾者として変革をしてしまっている可能性もあるってことか……少し探りを入れながら話を進めたほうがいいかもね」

「ああ、任せたぜ。俺は説明とか苦手だからな」


 もし輝明の仮説が正しければ事態は少し厄介なこととなる。

 仮に恵美が記憶を恐怖で封じられているだけなら矛盾世界の話をすると記憶を蘇らせてしまう可能性がある。しかも恵美がすでに変革しているので矛盾獣パラドックスモンスターが恵美の近辺に現れることも無い。

 しかし輝明の仮説が外れ、ただ変革途中なのだとしたら恵美の近辺に矛盾獣パラドックスモンスターは現れることになる。

 輝明と蒼也は新しく湧き出た可能性に表情を強張らせる。


「二人ともどうしたの〜?」


 なかなか入ってこない二人に恵美は待ちきれずに部屋の中から声をかけた。

 輝明は頼んだぜ、といった風に軽く蒼也の肩を叩くとすぐに恵美の部屋へと入っていった。


「悪りぃ、蒼也が女の子の部屋に入るのは緊張するってんで喝入れ────」

「あっはっは、面白いことを言うな輝明は……!!」


 直後、すこーんと景気のいい音が恵美の部屋に鳴り響いた。

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