頂きの戦い
矛盾世界は現実世界が荒廃し、廃墟となった世界だ。それ故に建造物や地形の配置はかなり似ている。
時刻は昼時、天気は曇り。戸神市で一番広いと思われる交差点では二人の矛盾者が睨み合っていた。
一人はツンツンとした髪型の少年、輝明。
もう一人は青い瞳と黄金の髪を持つ少女、鈴菜。
互いに《頂きの十人》と呼ばれる、矛盾者の頂点だ。
「いつまでそんなところに座っているつもりだ?」
壊れた車から立ち上がろうとしない鈴菜に、輝明は痺れを切らして言った。
輝明の言葉に鈴菜はくすっ、と小さく笑うと小馬鹿にするように言った。
「立ち上がる必要がないから座ってるの」
「そうか……じゃあ遠慮はしなくていいんだな?」
「もちろんだよ、輝明くん。いつでもどうぞ」
鈴菜のセリフに輝明は一つため息をつくと、ゆっくりと右足を一歩前に進めた。
「そうかい」
右足が地面に着いた次の瞬間、輝明はすでに鈴菜の目の前まで移動していた。
右手の直剣から白い輝きを放ちながら左から右へ地面と水平に横薙ぎを放つ。
刃は鈴菜の首をめがけて迷いない軌道を描く。
この攻撃は、まさしく殺すための一撃だった。
心装甲が存在するので実際に鈴菜を殺せる確率は低いが、仮に鈴菜の心装甲がその一撃で壊れるほどの弱さなら確実に鈴菜を殺すほどの威力はあった。
しかし、それでも鈴菜は動くことはなかった。動けなかったのではなく、動かなかった。
「どん」
鈴菜が短く呟いた瞬間、輝明の体が大きく後方へ吹き飛ばされた。
痛みに顔を歪ませる輝明を見て、鈴菜は一瞬だけ眉をピクリと動かしたが、すぐに先程までの軽く微笑んだ表情に戻る。
「が、ッ……!?」
輝明の体はひび割れたアスファルトの上を数十メートル転がり、そのままの勢いでビル壁面へと激突する。ドン、とコンクリートが割れる音と砂埃が周囲に撒き散らされた。
鈴菜は砂埃で見えなくなった輝明がいる方向を見ると、ニコッと笑い自身の左側にあるソレに手を当てた。
「驚いた? これ、《悪魔王の左腕》って言うんだ」
鈴菜の左側には空中に黒い魔法陣のようなモノが書かれていた。
その魔法陣から出ていたのが《悪魔王の左腕》。筋肉質で大きく、まるで巨人の腕のような《悪魔王の左腕》は、肌の色が禍々しく深い黒と毒々しい紫、そして血のような赤色をしている。
赤い爪は刃のように鋭く、その豪腕で薙ぎ払われたのならば、どんなものでも簡単に引き裂いてしまうような凄みがあった。
「どう? すごい強いでしょ。まぁ《悪魔王》は全身を召喚したら精神負荷が強すぎて私の脳がもたないんだけど」
「そうかよ……そいつは……愉快なことを聞いたぜ……」
砂埃が晴れると輝明は剣を構えたまま何かを我慢するように口に手を当てていた。
「ゴホッ! ……なんだ、コレ? 息が苦しい……」
苦しそうに息を切らす輝明を見て鈴菜は少し眉をひそめると、申し訳なさそうに言った。
「ごめんね。悪魔王の体には“腐食”と“病”の属性が付加されてるの。だから触れるだけで、ホラ」
鈴菜は輝明の《勇気の剣》を指差した。すると《勇気の剣》の刀身は徐々に錆び始め、最後には消え去ってしまった。
「このとおり、ね。剣だけじゃなくて君の体も今、病に犯され始めているはずだよ」
「まいったな……コレは」
輝明はぽりぽりと頭を掻くとふっ、と息を吐く。
『一瞬だけ高速移動できる技、《疾風の歩み》……そこそこ精神負荷が強いから多用できない技なんだけど、まさかあそこまで簡単に攻略されるとはな。だけど……』
そこで輝明はにっと笑うと新たな剣を生成し始める。
「そりゃ腐っちまうわけだ……ここまで八つ裂きにすればな」
「……?」
不思議そうに首をかしげる鈴菜に、今度は輝明が《悪魔王の左腕》を指差した。
つられて《悪魔王の左腕》を見た鈴菜は少し驚くと楽しそうに笑った。
「へぇ……さすがは《頂きの十人》だね」
輝明を吹き飛ばした《悪魔王の左腕》は無数の切り傷が刻まれており、緑色の血を至る所から噴きださせていた。
しばらくして、鈴菜の座っていた車の上に太い丸太のような黒い物体が空から降ってきた。
その黒い物体が落ちた衝撃で車はへしゃげてしまい、鈴菜は慌てて車から飛び降りるとその黒い物体を見た。
「ありゃりゃ、これは相性が悪かったね」
目を細めて呟く鈴菜の瞳に映っていたのは悪魔王の小指だった。輝明は《悪魔王の左腕》に殴られる前に腕に無数の切り傷を負わせ、さらに小指を切り落としていたのだ。
輝明は自慢げにニッと笑うと言った。
「立ち上がる必要は……なかったんじゃないのか?」
「そうだね……少し甘く見てたみたい」
悔しそうに、それでも楽しそうに笑う鈴菜に輝明は言った。
「俺の《勇気の剣》には“対悪属性”が付加されている。悪の属性を持つ《悪魔王の左腕》は格好の餌食だったぜ」
輝明はもう一度《勇気の剣》を右手に生成するとさらに続けた。
「お前の矛盾、正体は《悪魔の召喚》だな。だったらお前に……勝ち目は一ミリたりともねぇ。俺には《悪に負けない力》がある」
「ふふ、そうだね。たしかに勝ち目はなさそうだよ」
楽しそうに笑いながら、鈴菜は左手を振るう。すると魔法陣は消え去り、同時に《悪魔王の左腕》も姿を消す。
そして次に、鈴菜は右手を振るいながら言った。
「私の能力が《悪魔の召喚》ならね」
「なに? どういう────!?」
輝明が最後まで言い終える前に、鈴菜の右隣から新たな魔法陣が形成された。
新たに生成された魔法陣の色は眩しいほどの白。魔法陣に刻まれた十字架は、魔法陣から出てくるなにかの性質を物語っていた。
「《天使長の右腕》」
魔法陣から現れた《天使長の右腕》は、《悪魔王の左腕》と同じく巨大ではあるが、女性を思わせるすらりとした腕で、白く透き通るような肌をしている。
巨大な腕はところどころに天使を思わせるような羽や刻印が刻まれており、これを目にした誰もが神の使いだと自然に理解できるような姿をしていた。
属性看破能力により、輝明には《天使長の右腕》に宿る属性が神聖であることが理解できた。
悪魔の王と天使の長。二つの相対する存在を使役する。そんな無茶苦茶な状況に輝明は唖然として呟く。
「デタラメだ……!」
「矛盾した事実こそが、この世界の真理だよ。輝明くん」
鈴菜は楽しそうに笑うと左手を輝明の方へと伸ばして言った。
「改めて自己紹介をさせてもらうよ。私の名前は永歌鈴菜、《召喚士》の矛盾の使い手」
《天使長の右腕》は鈴菜の右手の動きに合わせ、輝明の方へと向けられる。
「能力は、《自身の記憶にある生物を召喚する》ことだよ」
「…………っ!!」
絶句する輝明に鈴菜はニッとイタズラな微笑みを浮かべると手を銃の形に握って悪ふざけをするように言った。
「ばん」
鈴菜の合図とともに、《天使長の右腕》の人差し指の指先から白いレーザーのような光が輝明めがけて発射される。
輝明はレーザーを避けることができず剣で受け止めるとすぐに鈴菜を中心に左向きに走り出す。
「くそ、遠距離戦は苦手なんだってぇのに」
毒づきながらも輝明は右手の《勇気の剣》を捨て去ると新たに武器を生成する。
「来い! 《勇気の弓》!」
輝明は純白の洋弓を生成すると走りながら《天使長の右腕》へ向けて矢を何度も放つ。
しかし《天使長の右腕》は五本の指先からレーザーを放つ。《天使長の右腕》は五本の指を巧みに操り矢をすべて迎撃してしまう。
「これならっ!」
輝明の右手に白い光が溢れ出し、矢の形に変形する。
弓から放たれた光の矢は五本に分割しそれぞれの《天使長の右腕》の指先にめがけて向かっていく。
「射ち落として!」
《天使長の右腕》は指先からレーザーを放ちそれぞれ光の矢を打ち消す。
レーザーと矢がぶつかった衝撃で小さな爆発が起きた。
鈴菜は衝撃波に当てられないように、素早く壊れた車の後ろに体を隠した。
しかし、その回避方法では輝明を視認することはできない。さらに爆風で巻き上がった砂埃が鈴菜の視界を奪ってしまい、完全に輝明を見失ってしまう。
「一度距離をとらないと……来て!《ハーピー》」
鈴菜の呼び声に応えるように鈴菜の真上に魔法陣が浮かび上がった。魔法陣の中からは腕が翼で脚が猛禽類のような姿をした美しい女性のような魔物、《ハーピー》が姿を現した。
「ハーピー、私を空まで連れていって」
「任せて鈴菜!」
接近戦では輝明に敵わないと踏んだ鈴菜は、ハーピーの脚を掴み、距離を取るためにそのまま上空まで退避する。
しばらく滞空していると砂埃が晴れた。
しかし、晴れた交差点には《天使長の右腕》しか残っておらず、輝明の姿は忽然と消えてしまった。
「輝明くんがいない?」
「気をつけて……まだ近くに気配を感じるわ」
「うん。とりあえず動けない《天使長の右腕》は消して新しい召喚が必要だね」
人間に比べ勘の鋭い魔物であるハーピーは目を閉じ、耳をすませる。風の精霊であるハーピーは視覚よりも風を読むことに優れているのだ。
「……この不自然な風────後ろよ、鈴菜!」
ハーピーは不自然な風の流れに気がつくとその場で反転し後ろに振り向く。
そこには、輝明が燃え盛る両手剣を持って構えていた。
「《頂きの聖鳥を殺す聖剣》!」
《頂きの聖鳥を殺す聖剣》と呼ばれた両手剣はゴウ、と勢いよく燃え盛る業火を放ち空気を焦がす。
燃え盛る刃を見た瞬間、鈴奈の背筋にゾクっとした寒気が走った。
「まずい、逃げ────」
「遅ぇよ!!!」
鈴菜の言葉が終わる前に、《頂きの聖鳥を殺す聖剣》から大きな炎が溢れ出した。
《頂きの聖鳥を殺す聖剣》から放たれた火炎はハーピーめがけて迸り、火柱のような熱線がハーピーを襲う。
ハーピーは強引に体をひねり火柱の直撃を避けるが、背中と羽の一部に炎が触れてしまう。
「あ、っ……くぅあアァアァ!!」
「どうしたのハーピー!!? しっかりして!」
「ごめ、ん……なさい。鈴、菜」
「…………ううん、気にしないで。ゆっくり休んで」
炎に当たった瞬間から異様な苦しみ方を始めたハーピーはそのまま力なく空から落下を始める。
落下した鈴菜は受け身を取りながら着地すると右手を振ってハーピーを消す。
「ハーピーに何をしたの? その剣は何?」
「《頂きの聖鳥を殺す聖剣》……世界樹の頂きにいる聖鳥ヴィゾーヴニルを殺すことができる唯一の剣さ」
「なるほどね……」
輝明は真っ赤な大剣を担ぐとさらに続ける。
「属性は“対鳥属性”だ。もちろん見た目通り炎の属性もあるが、何より強いのは鳥を殺す力。ハーピーは半分鳥みたいなもんだからな」
「なるほど。君の《勇者》は便利な矛盾だね。伝説の聖剣を使い放題なの?」
「いんや、それだけじゃねぇぜ」
ニヤリと笑う輝明に、鈴菜もニコリと笑って返す。
鈴菜は新しい魔法陣を作り出すと、中から青い髪と肌を持った女性を召喚する。
「ウンディーネ。水を司る精霊だよ」
「お前も、人のこと言えないぐらい汎用性高ぇじゃねぇか」
「えへへ」
ウンディーネを中心に球状になった水が周囲に現れる。
対抗して輝明も《頂きの聖鳥を殺す聖剣》から火炎を噴き出させる。
炎と水、二つの力が空間の奪い合いを始める。
輝明は鈴菜との戦いに楽しみを見出し始めたのか、ワクワクしてると顔に太文字マジックペンで書いたような表情をする。
「最初は怒りしかなかったけど、こうして戦っていると楽しくなってきたぜ。頂きに着いちまうとなかなか面白い戦いってやつに会えなくなっちまうからな」
「ふふ、そうかもね……でも」
そこで鈴菜は右手を振ってウンディーネを消してしまうとクルリと後ろを向いてしまう。
輝明も鈴菜の様子を見ると《頂きの聖鳥を殺す聖剣》を消す。
「今回はここでお開きにしようか」
「やっぱりか。本気がなかなか見えないと思ったらこういうことかよ」
「ごめんね、今回はただの様子見ってことで……あ、そうだ」
そこで鈴菜は近くに倒れている矛盾者までかけよると肩をポンポンと叩きながらこう言った。
「すみませーん、戦い終わったんでやられたフリやめてもいいですよ〜」
「……は?」
ポカンと口を開く輝明に鈴菜は申し訳なさそうに笑いながら言った。
「輝明くんを怒らせるのに仲がいい人を倒そうって思いついたのは良かったんだけど、さすがに無関係の人をいきなり倒すのはちょっと気が引けるからね。ここにいる人たちみんな優しいから『輝明くんと戦いたいからやられたフリしてください』って頼んだら快く了承してくれたよ」
「お前ら……」
輝明に睨まれた周囲の矛盾者たちは苦笑いをしながら言った。
「だって輝明は強い奴と戦いたいってずっと言ってたじゃん」
「そうそう、だから協力してやろうと」
「本当は?」
「鈴菜ちゃんかわいいから言うこと聞いちゃった。てへ」
「てへ、じゃねぇよ馬鹿ども! 本気で心配したじゃねぇか! 許せねぇ……来い《勇気の弓》、奴らの尻の穴に光の矢をぶち込むぞ!」
「ばが、やめろ! 悪かっ────おぶぅへ!!」
輝明は右手に握った《勇気の弓》で怒りに身を任せ、辺りで倒れたフリをしていた矛盾者たちに光の矢を何発も放つ。爆発に巻き込まれた数人の矛盾者たちは落ち葉のように宙を舞い、空を飛んだ。勇者様は裏切りには容赦がなかったようだ。
鈴菜は暴れまわる輝明を見ながら一頻り笑うと、すぐに輝明たちに背を向けて歩き始めた。
輝明は鈴菜がこの場を離れようとしていることに気がつくと急いで後を追って言った。
「どこに行くんだ、鈴菜?」
「どこって、もちろん《大君主》のところだよ。今回の結果報告」
「え?」
「何か勘違いしてないかな、輝明くん」
そこで鈴菜は輝明に向けて振り返ると突き放すように言った。
「君を殺しにきた。その言葉に嘘偽りはないよ」
「…………!!」
鈴菜はショックを隠しきれない輝明を見ると、少し悲しげに微笑みながらまた背を向けて歩き出した。
「次に会うときはこうはいかないよ。本当に殺しにいくから」
「…………俺もその時は、鈴菜、お前を倒すぜ」
「……甘いんだね」
鈴菜はそれだけ言うと現実世界へと戻っていった。
輝明は鈴菜が立ち去った後を見ながら、とある人物の言葉を思い出していた。
『金髪碧眼の女の子に出会ったら注意しなさい。輝明を不幸に合わせる元となっている子だから』
『どうして?』
『その子の持つ力が、《運命の固定化》をさせているからよ。その子の近くにいると、輝明は破滅の運命を辿ることになるわ』
輝明は意識を記憶から現実へ向けると、空を見上げてそっと瞼を閉じるて小さく息を吐く。
まるでこれから待ち受ける何かに対して、覚悟を決めているような、そんな様子だった。
輝明はゆっくりと目を開けると空いっぱいに広がる曇り空に向けて言った。
「母さんから聞いていた通り、金髪碧眼の少女が現れた、か。待ってたぜ、《世界の記憶》を持つ者にして、《運命の中心》……さて、これからどう動こうか」
輝明は密かに拳を握ると、固く決意をする。
『勇者として、この悲劇の運命を必ず乗り越えてみせる』




