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パラドックス・メイカーズ  作者: 三角
Chapter1:矛盾の始まり
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覚醒

 紅音と恵美はさっきまで確かに繁華街でショッピングをしていた。確かに今も同じ繁華街にはいる。

 しかし、少なくともこの繁華街は廃墟ではなかったはずだ。


『一瞬で街が廃墟になった。夢でも見ているの?』


 紅音は自分の舌を奥歯で噛んで確かめてみる。恵美(めぐみ)も同じことを考えたのか頬をつねっていた。


『『痛い……』』


 二人は同時に顔をしかめると、痛みを感じる事からこの状況が夢である可能性を一度切り捨てた。

 それから紅音は面倒くさい事になりそうだとため息をつくと携帯電話を取り出し起動させる。誰でもいいから連絡を取ろうとするが圏外になっていることに気がついた。


『圏外なんて久々に出たわね。最近じゃ地下鉄でだって安定して繋がるのに……いや、街がこんな状況なのに電波なんてあるわけないか』


 紅音は適当な推測を立てると携帯電話をポケットにしまう。


「こうちゃん……」


 恵美は不安げに紅音の名を呼んだ。その呼びかけに紅音は混乱している思考を奥に押しやりなんとか言葉を捻り出す。


「怖がらなくても大丈夫よ。きっと────」


 なんとかなる。

 そう言いかけた紅音は言葉を詰まらせる。

 なぜなら恵美の後ろにいる巨大な猫に気がつき恐怖で体が硬直してしまったからだ。

 獰猛な瞳で獲物を狙うその猫の姿はまさに狩り人。高さが電柱ほどあるその猫は身体中から熱気を放ちながら紅音達の様子を窺っていた。ギョロギョロと辺りを見渡していた化け猫はついに紅音と眼があった。

 その刃のような鋭い目線に、紅音の心臓は一瞬だけ凍りついた。

 そして直ぐに狂ったように大きな音を立て、再び心臓は動き出す。

 ここで動かなければ殺される。そう本能で感じた紅音は逃避行動を開始する。


「どうしたの? こうちゃ────きゃ!」

「急いで! 逃げるわよ!!!」


 紅音は慌てて恵美の手をつなぎ猫と反対方向に駆け出す。

 紅音の全身から嫌な汗が吹き出す。心の底から、本能から恐怖してることがわかる。あまりの緊張に紅音の呼吸はおかしくなっていた。猛烈な吐き気が紅音を襲う。


「どうしたの? 何に追われてるの?」

「後ろ見ちゃダメ!! とにかく今は走って!!!」


 恐る恐る後ろを振り向こうとする恵美を紅音は怒鳴りつけた。

 ここで恵美を振り向かせて恐怖を煽って気絶でもされたら事態が悪化するだけだ。恵美はあまりの紅音の必死さに驚く。

 しかし紅音のただ事ではない様子を見て、恵美は素直に指示に従う事にした。


「うん!」


 紅音は恵美の手を引っ張りながらも打開策を必死に模索する。

 しかしまともな案が出るはずもなく自分の置かれた絶望的な状況を再確認させられただけだった。

 紅音はしばらく走っていると後ろから猫の気配を感じられないことに違和感を覚えた。


『……足音が聞こえない。追ってきてないの?』


 紅音は少し安堵すると化け猫の様子を窺うために後ろを振り向く。

 しかし、視界に映ったのは無音で接近してきた化け猫だった。紅音は無音で後ろを取られた事に驚き呼吸が止まる。


「うそ……!!」


 猫は暗殺者のごとく無音で紅音達に近づくと丸太のように太い豪腕を二人に叩きつける。巨大な腕で叩きつけられた二人の肺から空気が全て吐き出る。


「うっ!」


 猫の一撃で二人はおおよそ十メートル飛ばされた。

 吹き飛ばされた紅音と恵美はビルの壁に激突し、固いコンクリートの上に倒れこんだ。ビルの壁は衝突の勢いでガラガラと崩れ、紅音達に容赦なく降り注いだ。

 落ちてきた瓦礫は紅音の足の上に落ち、身動きを封じてしまう。紅音は突然降りかかった死の恐怖に思考がついていけずに混乱しまった。


「……いや、いやだ」


 巨大な化け猫は今度はズシンと大きな音を鳴らしながら紅音と恵美に迫る。


 このままだと殺される。


 そう確信した紅音は運命に争う気力も体力も失い、自らの死の運命を受け入れた。

 絶対的な死を受け入れたからか、次第に紅音の意識が遠のいていく。意識なんてあるだけ苦しむだけだと体が言っているようだった。


「う……」


 そんな時、恵美の悲痛な呻き声が紅音の耳に届いた。


「助け……て、あ……かね……ちゃん」


 紅音は恵美の助けを求める声に気力と意識を取り戻す。

 恵美を失いたくない。その一心で紅音は自らの体を無理矢理動かす。


「め……ぐ、まってて今助けに……!!」


 しかし、いくら気力を取り戻したところで足を埋めている瓦礫を退かす体力は紅音には残っていなかった。

 そんな絶望的状況にさらなる絶望が紅音を襲う。


「なんで……このタイミングでここに来るのよ……」


 化け猫は恵美の目の前まで迫っていた。恵美は化け猫の存在に気がつくとショックで気を失ってしまう。

 化け猫は大きく口を開くと口内に大きな火球を作った。紅音には火球をどのように使うかは容易に想像できた。


「やめて……」


 バチン、と火花が散るような音がした。一回ではない。続けて二度、三度、何度もその音は鳴り響く。


「い……や、いや、いや、いや! いやだ!!!」


 その音は火球から鳴っていたのではない。紅音の体から鳴っていた。

 人体として異常な現象、しかし不思議と紅音には自分に何が起きているのかが理解できていた。


「……いや、いやあぁあぁあアアアァア!!」


 これは、これから自分が手に入れる力は《現実を歪める力》だと。

 《世界の理と矛盾した力》だと。


「アアァアアァァァァ─────!!」


 紅音の叫び声に応えるように、目の前に薄い青色を帯びた半透明の六角形の盾が出現した。

 浮遊する盾は仄かな光を帯びながら紅音の周りを反時計方向に回り始める。紅音にはその反時計回りの動き方が、まるで時の歯車に抗うような、運命を否定するかのような動きに思えた。

 化け猫は紅音が作った不思議な盾に眉をひそめるが、すぐに興味をなくし火球を恵美へと放つ。

 紅音は火球が恵美に向かっていることを確認するとすぐに盾に意識を集中させる。


「動け!!」


 紅音の叫び声に反応し盾は火球と恵美の間に割って入るように移動する。

 盾とぶつかった火球は爆散し、辺りに小さくなった火球が散らばり、そのうちの一つが紅音の上に乗っかっている瓦礫に当たり爆発する。

 紅音は爆発の衝撃で瓦礫が取り払われた事を確認するとゆらりと立ち上がる。辺りは爆発による砂埃がひどく前が見えなかったので、紅音は砂埃がはれるのを待った。

 しばらくして砂埃がはれると紅音は目の前の光景に驚愕した。

 先ほどまで瓦礫に埋もれていた恵美がどこにもいなかったのだ。


『めぐがいない……どこにいるの!』


 もちろん恵美は体が瓦礫の下敷きになっていて逃げれるはずもない。

 そもそも気絶していたのだから逃避行動など不可能な事に紅音は気がついていた。


『……まさ、か、そんな……』


 そこで、一つの仮説が紅音の中で成立した。

 信じたくない、考えたくもない仮説。

 しかし、現状それ以外の可能性は紅音には考えられなかった。

 紅音は肩を震わせながら血が出るほど強く唇を噛む。


「おまえが……」


 化け猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら紅音を殺気を帯びた眼で睨む。

 しかし紅音の眼はその殺気をはるかに凌駕する殺気で化け猫を睨みつける。

 そして紅音は喉が裂けるほどの大声で叫んだ。


「おまえが恵美を殺したのか─────!!」


 哀しみと怒りの混じり合った叫びだった。  化け猫も紅音の叫びに応えるように叫び返す。


「ガァァァ─────がぁ!?」


 しかしその叫び声は途中で強制的に止められた。

 突然、化け猫の頭が爆発したのだ。

 化け猫は何が起きたのか理解できていなかったようで辺りを見渡す。

 すると二つの人影がビルの屋上から見えた。化け猫は人影に向かって敵意をむき出しにして威嚇をする。

 そんな化け猫の様子を見て人影の一つ、寝癖が全開の少年は陽気に口笛を吹いた。


「あの化け猫、《無音(サイレント)》使って逃げたかと思えばこんな所にいたのか。しかも《新参者》をイジメるとはな」


 紅音は声の聞こえる方へ向くと驚くことに知っている人物がいた。

 それは今日転校してきた偽物のような少年、矛峰蒼也だった。

 蒼也も紅音に気がついたようで一瞬驚いたがすぐに化け猫に視線を戻した。


「まったく、あの猫いい趣味してるよ。僕好みじゃないけどね」


 蒼也は鋭い口調でそう言いながら右手を前に突き出す。

 そうすると目の前に赤色をした槍が出現する。

 出現した槍は刃の付け根と柄の端から大きな火が灯っており、時折バチバチと導火線のように火花を散らしていた。


「《爆発の槍エクスプロージョン・ランス》」


 蒼也は目の前に出現した爆発の槍エクスプロージョン・ランスを掴むと腰を落とし、戦闘体制へと移る。

 蒼也は鋭い目つきで化け猫を睨みつけると凍りつくような冷たい声で言った。


「この矛盾した世界を……貫く!」


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