青い瞳
紅音が矛盾者になった日から数週間が過ぎ、日付は四月三十日。
昼休みとなった学校では生徒たちが昼食を食べながら会話に花を咲かせていた。
紅音と恵美も例外ではなく、机をくっつけて話をしながら弁当を食べていた。
「お泊まり会?」
恵美は口に含んだ卵焼きを飲み込むと、紅音の提案に首を傾げていた。
「そう。私の家でしようと思うんだけど、どうかしら」
「もちろん行くよ〜。紅ちゃんの家に行くの久しぶりだから楽しみだな〜」
恵美はニコニコと嬉しそうに笑う。どうやらお泊まり会がかなり楽しみなようだった。
『よかった……まずは第一段階クリアってところね』
紅音はそんな恵美を見て密かに胸をなでおろす。
そう、今回のお泊まり会はただ遊ぶためだけのものではない。恵美を矛盾獣の脅威から救うための作戦である。
紅音は蒼也に伝えられた作戦内容を再確認する。
『矛盾世界へ行く瞬間を見逃さないためには、できるだけ一緒に過ごすようにするんだったわね。輝明発案でお泊まり会をすることになったけど不安だわ……』
そこまで考えてから紅音は恵みに伝え逃していたことを思い出す。
「そうそう、言い忘れてたけど蒼也と輝明も呼んでるから。もちろん二人は夜になったら自分の家に帰ってもらうから昼間遊ぶだけだけど」
「え! 輝明くんも来るの!?」
声を高くして嬉しそうに笑う恵美に、紅音は少し驚いた。
まさか輝明にここまで食いつくとは紅音は思わなかったのだろう。
「う、うん。輝明も来るよ。あいつニートみたいなもんだし毎日が暇なのよ」
「へぶしっ!」
その頃、矛盾世界にて修行をしているどこかの少年は大きなくしゃみをしていた。
「どこかで俺の噂が流れてるな……まぁ頂きの十人ともなれば必然か」
残念ながら全く関係のない噂なのだが、輝明は知る由もない。
場所は教室に戻り、恵美は紅音の言葉に注意をする。
「そんな言い方よくないよ〜。輝明くんは夢叶えるために頑張ってるんだから」
恵美が顔を赤くしながら話す理由が紅音には分からなかったようで不思議そうに首をかしげる。
誰がどう見ても恵美は輝明にホの字なのだが、紅音は色恋には疎いようである。
「とにかく、明日から私の家でお泊まり会ね」
「うん……うん? 明日から?」
恵美はわずかな違和感に首をかしげると、紅音は当然のようにこう答えた。
「そう明日から。正確には五月の一日から六月一日まで」
「な、長すぎるよ……さすがにそんなにはお泊まりできないよ〜」
ぎょっとする恵美に紅音もなぜか驚く。
「ど、どうしてダメなの? 自分の枕でしかねれないなら持ってきて良いし、ベッドも私たち二人分のスペースあるし大丈夫よ」
「そういう問題じゃないよ〜。お父さんもお母さんも心配するだろうし、そもそも一ヶ月はさすがに許可もらえないよ〜」
「そ、そんな……」
紅音は絶望的な表情で落ち込む。
お泊まり会発案の輝明には両親がいないため、宿泊には両親の賛成を得なければならないということを見落としていたのだろう。
紅音、蒼也も下宿しているため一人暮らしだ。誰かの家に泊まるのに許可は不要だ。
結果として輝明のアイディアに異議を唱える者はいなかったのだ。
『くっ……盲点だったわ。と言うか両親の許可がいるのは当然よね』
「紅ちゃんの気持ちは嬉しいけど、泊まれるのは二日間ぐらいが限度だと思うな〜」
恵美はがっくりと項垂れる紅音を困ったように笑いながら慰める。
「紅ちゃんの家に泊まった後に私の家に泊まれば良いんじゃないかな?」
紅音はその言葉を聞いた瞬間、ガバッと勢いよく顔を上げて言った。
「さすが恵美。その手で行くわ」
「……??」
恵美は疑問符を頭上に並べながら紅音の妙な態度について考えてみる。
『五月って紅ちゃんが積極的になるような行事あったかな? 五月の行事なんて中間テストしか思いつかないけどな〜』
考えても何も思いつかなかったのでとりあえず疑問を棚に上げてしまうことにした。
「それじゃあ、明日は紅ちゃんの家でお泊まり会だね」
「……そう、ね……」
紅音はコンビニ弁当の中に入っているハンバーグを口に含むと、改めて今回のお泊まり会の目的を思い出すことにした。
『今回の目的は第一に矛盾世界の説明と恵美の現状を説明すること。第二に恵美の矛盾の分析……となると恵美の部屋の方が色々と都合がいいか?』
そこまで考えると紅音は口の中のハンバーグを飲み込んで言った。
「いえ、まずは恵美の家でするわ」
「え、いいけど。どうしたの?」
「なんとなくよ」
紅音は適当にはぐらかすと空になったコンビニ弁当をゴミ箱へ捨てに席を立った。
恵美も空になった弁当をカバンの中にしまうと大きく伸びをした。昼食後にやってくる最大の敵、睡魔との戦いが始まったのだった。
「うぅ……やっぱりお昼食べたら眠たいな〜」
弁当をゴミ箱へ捨てた紅音は席に戻ると恵美につられ欠伸をする。
「紅ちゃんも眠そうだね」
「え、ああ……ちょっと連日の修行で疲れが……」
「シュギョー?」
「なんでもないわ。気にしないで……それにしても眠いわね」
「そうだね〜、ぽかぽかだからね〜」
昼休みは始まったばかり。睡魔との戦いはこれからだ。
◆
紅音たちが昼食を食べていたその頃、矛盾世界のとある大きな交差点で一人の少年がいた。
「いや〜、散歩はいいもんだな。まさかいつもの場所に着いたら、こんなに可愛い子に出会えるなんて嬉しい限りだぜ」
そう言いながら呑気に笑っていたのは輝明だった。
日中の彼は矛盾世界を散歩し、他の矛盾者と戦いをしている。目的はもちろん経験値稼ぎのためだ。
戦いと言っても殺し合いになるような本気のモノではなく、あくまで修行の一環のようなものだ。輝明が頂きの十人である事は矛盾者の間では周知の事実なので経験値欲しさに戦いを挑む者が後を絶たないらしい。
それ故に彼は矛盾世界では顔が広く、輝明は矛盾世界で交友関係が最も広い人物だろうと言われている。
「本当? 《勇者様》にそう言ってもらえるなんて光栄だよ」
「あぁ、今まであった女の子の中でも五本、いや三本の指に入るぜ」
しかし、今輝明の目の前にいる少女は顔が広い輝明でさえ初対面の人物だった。
大きな青い瞳をした高校生ぐらいの少女は黄金の長髪を風になびかせながら壊れた車の上に悠々と腰掛けていた。
嬉しそうに笑う少女に、輝明も笑いかけると右手を前に突き出し白い光を手の平から放つ。
「でもさ……どんなに可愛くても、さすがにこれは許せねぇよ」
そう言うと、輝明は先ほどまでとは打って変わってキッと鋭い視線を少女に送る。
しかし、それでも少女は態度を変えることなく笑って答えた。
「君と二人で話をしたかったから、邪魔な人たちには退場してもらっちゃった」
少女は辺りを見渡すと満足げに笑って見せた。
「うん、まだ少し残ってるけどキレイになったね」
「う……」
「いてぇ……」
そう言った少女の周囲には、いつも輝明と手合わせをしていた数人の矛盾者たちがボロボロになって横たわっていた。
当然、少女がまだ残っていると口にしたのは、ここに残っていない、現実世界に強制送還された矛盾者が多数存在するということだ。
少女は一番近くに横たわっている矛盾者を見ると軽く言った。
「残りも、掃除しないとダメだね」
「ひっ!」
短い悲鳴をあげる矛盾者に少女が右手を向け、口を開いた瞬間、輝明の右手が大きな輝きを放った。
「来い、《勇気の剣》」
現れたのは純白の直剣。《勇者》の矛盾を持つ輝明を象徴する武器だ。
輝明は右手の剣を真っ直ぐに少女に向けると静かに言った。
「それ以上俺の戦友を傷つけてみろ。殺すぞ」
「優しいんだね。彼らもお互い願いをかけて戦う敵だというのに、それでも君は剣を掲げるんだ」
「ただの敵じゃねぇ……しのぎを削るライバルだ」
少女は輝明から向けられた純粋な殺意を受けても態度を変えることなく笑って言った。
「自己紹介が遅れちゃったね。私の名前は永歌鈴菜。一応、君と同じ《頂きの十人》の一人だよ」
そこで少女は一呼吸おいて目を閉じ、先ほどまでの笑顔を消すと突き刺すような視線を輝明に向けた。
「《大君主》からの依頼で、君を殺させてもらうよ」
輝明を見つめる青い瞳は、強い殺意に満ちていた。




