影に潜む輝き
「信じられない」
繋がりの盾を見た女性の矛盾者は呆然とそ
う呟いた。
「綺麗……」
六枚の翼を広げる黄金の盾に、女性の矛盾者はそのあまりに美しすぎる姿に心を奪わた。
同じく黄金の盾を見つめる巨漢の矛盾者は眩しいものを見るように目を細めながら言った。
「きっと純粋な願いから生まれた、彼女の本質なのだろう。願うことなら、この黒い欲望にまみれた戦いに参加して欲しくないモノだ」
「……黒い欲望、ね」
巨漢の矛盾者の言葉を聞いて、女性の矛盾者は蒼也の漆黒の槍を見て言った。
「あの槍も、はじめは綺麗な金色のように見えたんだけどね」
彼らはそこから喋ることも動くこともなかった。
見届ける他に彼らに出来ることはなにもない。
「っ……!」
繋がりの盾を生成した瞬間、紅音の思考回路に強い精神負荷がかかった。
『痛い……だけど、最初の時よりだいぶ痛みが軽い。あの時は暴走していたせいで思考回路に余計な負荷がかかっていたようね』
紅音は激突する二人を見据えると右腕を向けて、意識を集中させる。
「お願い……」
紅音の言葉に反応し、繋がりの盾は輝きを増す。そして、輝きが最高潮に達した瞬間繋がりの盾は姿を消した。
「二人を止めて、繋がりの盾!」
紅音が叫ぶと同時に繋がりの盾は激突する二つの武器の近くに出現した。
蒼也とケンジは唐突に出現した繋がりの盾に気がつくと驚きで大きく息を飲む。
「空間転移!?」
「紅音さんの盾か!」
紅音は右手を二人のいる方向に突き出し、左手で右手を支えるようにそえる。
「神の拒絶!!」
紅音の言葉に繋がりの盾は反応し、絶対防御属性を持った不可視の結界を展開していく。
「あの時の結界か……!」
蒼也は紅音が暴走した時のことを思い出しながらそう呟いた。
ケンジは蒼也との戦いを邪魔され怒りを覚えたのか紅音に怒鳴りかける。
「私たちの邪魔をするつもりですか!」
しかし紅音はケンジの言葉にムッと眉を寄せて言った。
「先に私と蒼也の邪魔をしたのはそっちからよ」
紅音の言葉にケンジはふと、冷静になって考えてみたが確かにその通りだった。
「……そういえばそうでしたね」
「自分を棚に上げて、なおかつ鍵までかけてたようね」
紅音の嫌味ったらしい皮肉にケンジも同じく皮肉で返す。
「鍵をかけていたのはあなたでしょう? そんな力を隠していたなんて」
「大切なものに鍵をかけない奴はただのバカよ」
そう言いつつ紅音はさらに繋がりの盾に力を込める。
三つの絶対属性がぶつかり発生した余波は、先程までとは比べものにならないほど強くなっていった。
身が裂けるような激しい衝撃の中で木の上から声がした。誰にも届かない声はこの場に合わない陽気な口調だった。
「なるほど、コレは予想外だったな」
衝撃の余波で激しく揺れる木の上で一人の男が様子を伺っていた。
黒いツンツンした髪をした少年、輝明は台風並みの風圧の中で不安定なはずの木の枝の上に立っていた。
不敵な笑みを浮か浮かべながら輝明は言った。
「どうする蒼也? 紅音さんの思いは、お前の想像以上だぞ」
その頃、紅音はケンジと蒼也の勢いに押され、ジワジワと押されつつあることに焦りを感じていた。
「このままだと……」
紅音は二人との激突で背筋がゾクッとするような死の恐怖を強く感じた。紅音の動揺に反応して、わずかに繋がりの盾の威力が弱まる。
「くそっ」
また誰かが死ぬ。
その恐怖が紅音の心を徐々に蝕み、欠けさせていく。
『嫌だ、嫌だ……』
負の感情で思考が止まりかけた瞬間、ふと紅音は蒼也を見た。
自分の知らない何かのために槍を振るうその表情を、悲痛な叫びを必死に抑えるような表情を紅音は見たことがあった。
『そうだった……私が暴走した時も、こんな表情をしてた。きっと、蒼也も本心では人を傷つけたり、殺したりしたくないんだ』
紅音はそう思うと、僅かに笑った。
蒼也が進んで殺人を犯すような人ではないとわかり、安心したからだ。
それと理由はもう一つ、とある言葉を思い出したからだ。
紅音は思い出したその言葉を胸の中で唱える。
『やっと届いたよ。君の心に……そうだ、私は蒼也の気持ちを受け取ったんだ。誰も傷ついてほしくないと叫ぶ、蒼也の心を』
蒼也の言葉は、閉ざされた紅音の心に光を取り戻す。そして、紅音の心に呼応して繋がりの盾も力を取り戻し始めた。
「……切らせはしない」
紅音は小さく、だが確かな強さのある口調で呟く。
強く、左手に決意を握りしめながら、紅音は叫ぶ。
「この繋がりを切らせない。守るんだ、私の手で!」
紅音の咆哮に反応し繋がりの盾は完全に力を取り戻す。
そして、咆哮は空気を伝い心に繋がる。
「なんですか……この感覚は?」
「頭……いや、心に直接何かが流れ込んでくる?」
ケンジと蒼也は突然湧いた出た感情に動揺した。
傷つきたくない、傷つけたくない、繋がりたい、死なせたくない……いくつもの感情が際限なく溢れ心を満たしていく。
蒼也はどこからか溢れ出す感情に強い苛立ちを感じた。
「……誰も殺さずに願いにたどり着けるわけがない。こんな感情、僕の望みを叶えるのに必要ない」
だから捨てたはずなのに──。
蒼也はそう口にしそうになったことに腹が立った。
影から蒼也を見る輝明は、目を僅かに細めると嬉しそうに笑った。
「蒼也、お前の心は紅音さんに確かに届いた。今度はお前が紅音さんの思いを受け取る番だ」
ぶつかり合う三つの矛盾は、紅音の盾が力を取り戻したことで再び拮抗した。
飛び散る火花と吹き荒れる突風、天災のような三人の激突はいつまでも続くように思えた。
しかし終わりは唐突に訪れた。
「ここまで……ですね」
ケンジの剣の従者から光が途切れ、絶対切断の力が消えた。
紅音の繋がりの盾から伝わる傷つけたくないと言う思いに、強く共感したケンジには、もう剣を振るうことはできなかったのだ。
「これ以上は、この思いに逆らえそうにない」
剣から光が途切れると同時に蒼也の万物を貫く槍は剣の従者を貫いた。
カァン、という高い金属音と共に刃が中ほどから折れ、宙をクルクルと舞った。
勝利を確信した蒼也は槍をケンジの心臓へと向けて突き出した。
「これで……っ!?」
槍がケンジの心臓に届きそうになった瞬間、槍は見えない壁にぶつかったように勢いを止める。
「結界か……!」
「やらせない……蒼也に人殺しなんてさせない!」
紅音はケンジを殺させまいと、ギリギリと歯を食いしばりながら蒼也の攻撃を必死に堪える。
そんな紅音の行動を蒼也は理解できなかった。
見ず知らずの他人など、命を張ってまで守る価値なんてないだろうと蒼也の頭がそう言っていた。
「どうしてそこまでして助けるんだ! 見ず知らずの人間を守る必要なんてないだろ!」
気がついたら蒼也は叫んでいた。問いかけずにはいられなかった。
吐き出さないと何かがずれてしまいそうだったから。心と頭が矛盾してしまいそうだったから。
「願いを叶えるにはケンジの存在は邪魔でしかない。だから殺す、それがこの世界の常識だ。そうしないと勝ち残れない。願いは叶えられない!」
蒼也の脳裏には一人の少年の顔が浮かんだ。
それは自らの未熟さゆえに失ってしまった繋がり。
『そうだ、僕は……俺は誓ったはずだ。正真を取り戻すと。何を犠牲にしてでも進むと!』
蒼也は歯がかけそうになるほど強く食い張る。
張り裂けそうな心を繋ぎ止めるために、蒼也は必死に叫ぶ。
「それだというのに、どうして関係ない紅音さんがケンジを助ける! ここまで来たらお人好しなんてもんじゃない、ただのバカだ!」
蒼也は紅音の行動を否定するために矢継ぎ早に質問した。
しかし、その質問は本当は誰にしているものなのか。なにを否定したいのか。
紅音に質問する蒼也は泣き出しそうなほど苦しそうな顔をしていた。
「どうして、人を助けたりするんだ……」
否定の言葉を口にするたび、追い詰められていたのは蒼也だった。
そんな蒼也を見て、紅音は誰にも聞こえないほど小さな声で嬉しそうに呟いた。
「なんだ、泣けるんじゃない」




