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パラドックス・メイカーズ  作者: 三角
Chapter2:矛盾者
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だから私は盾を持つ

 絶対貫通と絶対切断。

 二つの絶対の持ち主達はお互いの距離を測り、様子を伺う。

 しばらくの間、ヒュウヒュウと剣の従者(ソード・スクワィア)から発せられる風を切る音だけが沈黙の空間に満ちていた。


「……」


 長い沈黙は、風切り音が消えた瞬間終わりを告げた。

 いや、終わったのではなく、始まったというべきなのかもしれない。

 戦いの火蓋は落とされ、死闘が始まったのだ。


「はあ!!」


 蒼也はケンジの心臓めがけて万物を貫く槍(グングニル)を突き出す。

 その一撃を迎撃するようにケンジの剣の従者(ソード・スクワィア)は振り下ろされた。


「ぐ……ぅう……」


 バチバチと空間が焦げるような音が鳴り、紅音たちの耳を襲う。二つの絶対がぶつかることで生じた衝撃波は公園の木々を激しく揺らし、土ボコリを起こす。

 普段は子供たちの遊ぶ平和な公園の姿はどこにもない。あるのは殺し合い、ただそれだけだった。


「くっ……来て、私の盾!」


 紅音は衝撃から身を守るために目の前に盾を作り出すと言った。


「絶対と絶対……ぶつかるといったいどうなってしまうの?」


 紅音の言葉に、深刻な表情で女性の矛盾者は答えた。


「……二つの絶対がぶつかり矛盾が生じたときは、二人の意志の強さで優劣が決まるわ」

「意思の強さ?」

「ええ……そもそも矛盾(パラドックス)の発動そのものが感情、すなわち意思の力によるものよ。矛盾の優劣を決めるのは当然、意思の力になる」


 紅音は改めて目の前でつばぜり合いをする二人を見て、止めなければと強く感じた。


『このまま行けば、どちらかが死ぬことを蒼也はわかってる……それなのにどうして続けられるの?』


 紅音はかつて《血の海》というテロ事件に巻き込まれてから、人の死を拒み、人との繋がりを避けてきた。

 だが、紅音は蒼也と出会うことで人から逃げることを止め、歩み寄ろうと誓ったのだ。


「もう、誰かとの繋がりが消えるのは嫌だ……」


 二人を止めなくては、そう感じた紅音の身に異変が起こる。


 チリッ────


 頭の中に小さな火花が散った。

 初めて矛盾を発動させた時と似たような感覚。

 何かが繋がった感覚。

 しかし、今度は暴走したあの時とは違う。冷静に目の前の現状を把握し、止めるための(すべ)がわかる。

 あの時とは逆、繋がるべきものが繋がった感覚。


『絶対と絶対……その激突を止めることができるのは他でもない。黄金の盾……絶対防御属性だ』


 紅音は右手を前に突き出し、左手を胸に当てて、目の前の空間と自身の心に意識を集中させる。


『意志の力が矛盾(パラドックス)の強さ……だったら私の一番強い意志、私の一番の望みを呼び起こせば、きっとあの黄金の盾にたどり着けるはず』


 紅音は前回の黄金の盾生成の感覚を思い出し、心の底にある一番の望みを浮上させるイメージをする。


『……来い、黄金の盾!』


 意識を集中し、黄金の盾を作ろうとするが全く手応えがつかめなかった。


「どうして……っ!」


 何度も生成を試みるうちに、紅音はふとあることに気がついた。


『この方法じゃダメだ……黄金の盾は作れない。あの時は恵美を失ったと思ったことで強引に()にあるものが浮上しただけ。今回は強引に浮上させるだけの要因がない』


 紅音は一度大きく深呼吸をし、心を落ち着かせることで心中の不要な思考を取り除く。


『望みは来てくれるものじゃない。望みは自分の意思で欲するもの』


 紅音は心を落ち着かせながら、自身の心と向かい合い始めた。


『私の一番の望み、それはきっと《血の海》と関連があるはず。私はあの事件で家族を失い、大切なものを失う恐怖から人と深く接することを止めた……』


 紅音の意識は徐々に思考の海に沈んでいく。

 しかし、当然戦場は安息を与えてくれない。

 ケンジと蒼也の激闘の衝撃は触れれば裂けるような余波を辺りに撒き散らしていた。

 その余波は紅音の目の前にある盾を破壊し、容赦無く体を傷つけていく。


「あッぐぅ……!」


 紅音は余波に右足を浅く裂き、左肩に穴を開けられ苦痛の声を上げる。

 その様子を見た蒼也は必死の表情で紅音に向かって叫ぶ。


「紅音さん! ここから離れて!!」

「人の心配をするとは、よっぽど死にたいらしいですね!!」

「くそ……ッ!」


 蒼也は改めてケンジを見据えるとそこからは紅音に目を向けることはなかった。

 いや、向けられなかった。それほどまでにギリギリの戦いなのだ。


『集中しろ……まだ、もっと深く潜れるはずだ』


 紅音は右足の痛みに表情を歪ませるが、再び集中を始める。


『周りのことに気を取られすぎてる……今は自分の心だけに向き合え。聴覚を断て、視覚を遮れ、痛みを忘れろ……体を捨てろ。今の私に必要なのは、心の中を進む意識だけだ』


 紅音は目を閉じ、ただ意識に身を委ねた。そうすることであらゆる情報を遮断したのだ。

 先ほどまで焦りや痛みで荒れていた心は、波も流れもない静かなものに変わっていった。

 紅音は徐々に意識を心の底へと震度を深めていく。


『私が一番望むこと。見栄も、遠慮も、体裁も……全部無視して、無心になって望むこと』


 その様子を見ていたボウガン使いの女矛盾者はありえないものを見たかのような驚愕の表情を浮かべる。


「こいつ……まさか絶対属性を!? 本当に初心者の実力なの!?」


 その女矛盾者の疑問はもっともなことのように聞こえるが、実は少し的外れだ。

 確かに矛盾者は戦いを重ねることで意志を強くし、力をつけていく。

 しかし、矛盾者となる前から自身の心の中で激しい葛藤をしていたのならどうなるか。


『《血の海(あの日)》からずっと私が望んでいたことはなに? 私はなにが欲しかった?』


 その者はおそらく、矛盾者となる前から抱いていた真実の答え(意志)目標(望み)に、絶対の自信を抱き圧倒的な力を振るうだろう。


『欲しかったのは繋がり、救い、希望……違う。どれも一番じゃない……この答えが見つかれば、きっとそれが私の望みだ』


 紅音は望みへ辿りつくための疑問を見つけ、心の底にたどり着いたことを確信した。


『《血の海》で失ったのは父さん、母さん、大切だった人たち。失ってしまった繋がり。今あるのは恵美、輝明、蒼也、大切な人たち。失いたくない繋がり……失いたくないならどうすればいい?』


 紅音はその自問に不思議と懐かしさを感じていた。懐かしかったのは心の底で、ずっと繰り返してきた自問だったから。


『失いたくないなら、望むものは一つだけ。そうだ、私は知っていた。(ソコ)にある願いを……真の望みを』


 失ったモノはもう取り戻せない。それならばと、幼かった紅音が強く望んだ願い。

 紅音はゆっくりと目を開くと、その瞳に黒い槍振るう少年を映しながら、自らの意志をそっと呟いた。


「私は、私の繋がりを守りたい」


 瞬間、紅音の目の前に大きな力の奔流が渦巻く。

 収束していくその()()はケンジと蒼也の激突から放たれる鋭い余波を弾きながら、徐々にその姿を露わにしていく。

 現れたのは六枚の純白の翼を携えた、黄金の盾。神々しい黄金の光を放ち現界した盾は刃のように鋭かった空気を調和し、柔らかなものへと変えていく。

 紅音は突き出していた右手をそっと下ろし、懐かしむように目を細めながら現れたその盾の名を呼んだ。


「おかえり、繋がりの盾(アイギス)



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