シャボン玉に蒼い夢を映す
紅音は蒼也との待ち合わせ場所である中央公園へと向かっていた。服は着替えるのがめんどくさかったので制服のままだ。
紅音は中央公園へとたどり着くと蒼也を探すために辺りを見渡す。何人か学校帰りの子供や散歩中の老人はいたが、蒼也らしき人影は見つからなかった。
『そういえばここに来るのは久しぶりな気がするわね』
中央公園は中央の名を冠するだけあり、豪華な作りをしていた。
公園は長方形の形をしており、周りは数メートル置きに広葉樹が植えられている。
また、ちょうど長方形の真ん中に階段があり、階段を境目にして長方形の中に二つの正方形があるように見える。
それぞれの正方形の中心は、その業界ではおそらく有名であろうデザイナーがでデザインしたオブジェが飾られており、西側は噴水、東側は正六面体に溝を掘って模様を作った謎のオブジェが飾られていた。
『この立方体……いつ見ても謎よね。作者は何を伝えたかったのかしら』
紅音はオブジェの近くまで行くと正六面体の溝に手を触れると、不思議そうに呟いた。
紅音はポケットからタッチパネルと小さなボタンしかない長方形の機械───この世界の携帯電話を取り出すと、ボタンを押して画面を空中に表示させる。
「十六時四十五分……約束の時間まであと十五分あるわね」
時刻だけ確認するとすぐにポケットにしまい公園の端にあるベンチまで行くと腰掛けた。
「……退屈ね」
紅音は一度家に帰って一人になる事で普段の冷静さを取り戻したようだった。
紅音は周囲をもう一度蒼也が来ていないかを確認したがやはりまだ来ていないようだった。
その代わりに以前に中央公園に来た時にはなかったものを見つけた。
『あれは監視カメラ。この公園にも設置されてたんだ』
監視カメラは公園の死角を作らないように木の上に複数台設置されており、また公園以外も町中至る所に設置されている。
設置の目的は防犯、事件事故の解決等の通常の監視カメラの目的だけではない。
この監視カメラの完全普及と同時に販売された最新の車は、監視カメラの映像を読み取り運転の自動化がされている。車の運転はほぼオートであり、自分でやる操作といえばカーナビで行きたい場所を選択するぐらいである。
さらにこの監視カメラと監視カメラ連動車は日本だけでなく世界各国で高く評価されており、先進国で多く採用されている。
監視カメラ設置前と後では車の事故数は半分以上減少(事故を起こした車の九割以上は旧型の監視カメラ非連動車)、犯罪も減少の一途をたどっている。最近では監視カメラ非連動車公道運転禁止法なるものが制定されるという噂も出ているぐらいだ。
『車愛好家からしたらとんでもなく迷惑な話よね……どうでもいいけど』
紅音はそんなことを考えながらもう一度携帯で時刻を確認する。
「まだ五十五分か」
紅音はそう呟きポケットに携帯電話をしまおうとすると前方から最近知った少年の声が聞こえてきた。
「ごめん紅音さん。待たせちゃったね」
紅音は声のする方へと向くと待ち人、蒼也がいた。
服は着替えてきたようでズボンはベージュの長ズボン、服は青と白のボーダー柄のシャツに青い上着を着ている。
「気にしないで。それより、どうやったら恵美を守れるのか教えて」
「せっかちだね……その前に異世界に入る方法から説明しようか」
「おねがい」
「と言ってもすごく簡単だからすぐに説明終わるんだけどね。異世界に行きたいって強く意識したら────って……」
蒼也が言い終わる前に紅音は現実世界から姿を消していた。
『……飲み込みが早いのは良いことだけど、少しせっかちすぎないか?』
蒼也は深いため息をつくと紅音に続き異世界へと移動を始める。
蒼也が強く異世界へ行きたいと念じると、いつの間にか透明な管の中を浮遊するように移動していた。
透明な管の外に見える景色は、真っ暗な空間にいくつもの巨大なシャボン玉のようなものが浮いており、シャボン玉の中には光───恐らくは星であると推測されるものがたくさん入っている。
『いつ見ても綺麗な光景だな』
数え切れないほど異世界と現実世界を行き来している蒼也でさえ、飽きることなく見とれてしまう。
しかし、蒼也の表情は美しいものを見て感動している……と言うには少し寂しげな表情をしていた。
蒼也は数多のシャボン玉を見るといつも胸が引き裂かれそうな悲しみに襲われる。
「《世界》……か」
これは一部の矛盾者達の中での推論にすぎないが、いくつもある巨大なシャボン玉は全て異世界なのではないか、と言われている。
根拠としては管の入り口の方を見ると大きなシャボン玉があり、それは元いた現実世界であると推測されること。それと管の出口にもあるシャボン玉にぶつかると、いつの間にか異世界についている────つまりその出口にあるシャボン玉こそ異世界だと推測できるからだ。
「このシャボン玉の中には、輝明や正真、陸斗と一緒に……あの頃みたいに楽しく暮らす世界があるんだろうか……?」
ただ、この透明な管が繋がっているのはこの二つの世界だけなので、他のシャボン玉も管の繋がったシャボン玉同様に、ぶつかると異世界にたどり着けるという確証を得ることはできないので推論の域を出ないのだが。
「……そろそろか」
蒼也の体はシャボン玉にぶつかると、一瞬視界が暗転し、気がつけば異世界に到着していた。
蒼也は辺りを見渡すと先についていた紅音がベンチに腰掛けて待っていた。
蒼也は紅音が自分の隣をポンポンと叩きベンチに座るようにジェスチャーしてきたので素直に座る事にした。
「せっかちだね、紅音さんは」
「試しにやってみたらできてしまっただけよ。最初の時は気がつけば異世界にいたのに、今回はやけに豪華で驚かされたわ」
紅音が顔色一つ変えずに淡々と言うと、蒼也は呆れ半分で応える。
「初回の移動だけ、なぜだかあの管を通る事がないんだよね。わざとなら相当趣味が悪い。……て言うか紅音さん、驚いたって言ってる割には随分と冷静そうに見えるけど?」
「驚いたけど取り乱すほどのことではなかっただけよ」
蒼也はなるほど、と奇妙な理屈に納得する。紅音としては突然目の前に蒼也が出現した時の方が驚いたりしたのだが蒼也はその瞬間を見ていないので知る由もない。
ここで紅音は一つの疑問を抱いた。自分は蒼也が突然出現した、という事は逆に現実世界では突然自分たちの姿が消えたのではないかと。
「もしかして、私たちが異世界に移動した瞬間、現実世界では私たちが突然消えたように見えたんじゃない? 消えた瞬間を見た人がいれば騒ぎになるんじゃないかしら」
「大丈夫。それについては安心して良いよ。矛盾者が異世界に移動すると、現実世界ではその矛盾者は元々いなかったって事になるみたい」
「じゃあ私が異世界にいるこの瞬間は、学校の名簿に名前がなければ生まれた事すらなかったことになってるわけ?」
蒼也は顎に手を当ててうーん、と唸ると言葉を探すように言った。
「いや、そう言うわけじゃないんだけど……なんて言ったらいいかな、“世界規模で無視されてる”って感じかな。紅音さんは確かに生まれたし、学校の名簿にも名前があるけど誰もそれを認知しない、できないって感じ」
「なるほど……まぁ矛盾者が消えるたびに世界を作り変えるなんて馬鹿げた話よね」
「そうかもしれないね。あ、当然矛盾者は矛盾者が消えた事は認知できるよ」
蒼也はそう言うとゆっくりと立ち上がり紅音の方を向くと言った。
「さて、長々と話をしていても仕方ない。そろそろ恵美さんを助ける方法を教えようかな」




