表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/57

天才のトラウマ

老紳士はそこまで話した時、

顔と声には驚嘆よりは恐怖に近い感情が含まれていた。

しかし、初めて人とちゃんとした話ができる楽しさにすっかり嵌ったベイロンは、

普段のように敏感にそのようなそぶりに反応できなかった。

かえって認められるという嬉しさにより一層心が心が弾み、

調子に乗ったように首を縦に振ってしまった。


「前に本で読んだことがあります。

今おじさんが掛けているメガネに彫られた紋章は

あの有名なクリスタルという会社のですね。

クリスタルのメガネは 主に北部で流行ってるって書いてあったんです。

そして着ている服のデザインも同じですしね。

ところが北部にある大学といえば

アレンの競争都市であるリノ市ぐらいにしかありませんね?

それだとおじさんはリノ大学に所属された教授の方だと思います」


ベイロンは多くのことを知っていた。

しかし、単純に多くのことを知っているだけではなかった。

彼は言葉を聞きながら、その数え切れない言葉のサンプルで規則を抽出し、

自分自身の言葉を作くり、その規則を拡張させて、次の言葉を予測、

当てることができた。


世の中のほとんどが彼にとって言葉と同じことの対象だった。

情報があり、そこにある色んな情報からパターンが見つかると、

それを規則に変換でき、

またその規則を持って世の中を予測して読み切ることができた。


老紳士のこともまたベイロンにとって同じ対象であるだけだった。

老紳士の全てのものを成している行動は、無作為のように見えるが、

いくつかの規則で整理されることができる手がかりを用い、

その規則を一つ一つ当ててみると、

結局相手がどんな人なのかわかるのは難しくなかった。


「そして以前、母とおじさんが話した時、

一般的ではあまり使われてない単語が繰り返されるのを

何度も聞いたことがあるんですよ。

‘歴史’や‘オブジェクト’、‘対象’とかですね。

そして次に話を繋げる時の接続詞の選定も‘だから’ ‘まして’ ‘だが’

のようなことです。

私はそのような特徴を持つ文章で書かれた文を

新聞の社説で読んだことがありますよ。

リノに対するアレンの挑発に対し’でしたね。

なのでおじさんはその社説を書いた

リノ市立大の哲学教授であるレプン教授ですよね?」


ベイロンは愛情のこもった眼で自分を褒めてほしいと思いながら

老紳士を見上げて尋ねた。

しかし、感嘆しながら褒めてくれると思っていた老紳士の表情はこわばっていた。

顔色もまた青かった。


「あ、違いますか?きっとそうだと思いますが…」


ベイロンがしくじったことを悟ったが時すでに遅し。

老紳士はがばっと起き上がっていかり心頭に発する。


「生意気な子供だな。不愉快だ!」


彼は自分の正体を隠したままここへ訪問していたのだ。

母以外では初めて経験する大人の怒りに、

ベイロンはどうしていいか分からないまま震え上がった。

老紳士はそんなベイロンを

自分が持っている杖で一回殴っては、部屋から出て行った。


「あら、先生。お久しぶりです」


ちょうどその時、べイロンの母が帰ってきて、老紳士を見て声を掛けた。

しかし、すぐいつもと雰囲気が違うのを知り、彼に尋ねた。


「何かありましたか?」

「子供のしつけがなってないんだ。一体何を教えたんだ。

もうここに来ることは無いさ!」

「せ、先生!」

「どけ!」


老紳士はその言葉を残したまま、家を出た。

べイロンの母はベイロンに何があったのか理由を聞いてもなく、

ただ彼を殴り続けた。

ベイロンはそれから週間、横になって治療を受けなければならなかった。


そして、その日を基点に母の彼に対する憎しみは以前よりも何倍増幅、

自分の子供を悪魔の子だと呼びながら呪うのを躊躇しなくなった。

さらに…


‘……’


ベイロンについて考えていたレイは、つらくて首を横に振ってしまった。

最も大切な常連を失ったベイロンの母は、

結局発狂し、ある日の夜、短剣で彼を刺殺しそうとする。

ベイロンがそれに気づいて起きた時見たものは、

鬼神のような目で自分に向かって短剣を振り下ろす母の姿だった。


少年は恐怖のあまり泣きながら母を押した。

酒にやつれた彼女の体は

まだ幼い息子の力にもふらついて後に転び倒れてしまった。


ところが運が悪かった。

倒れながら脳に損傷を受けたのだ。それで彼の母は死んでしまう。

ベイロンは悲鳴を上げながら外へ出て、

人々に母を助けてくれと叫んだが、意味がないことだった。

もう死者になった人を復活させるのは、

エルナ-クにとって極めて制限されたイベントや特殊なことで起きることだった。


彼女の死は事故として処理された。

しかし、ベイロンは自分が母を殺したという罪悪感

から決して抜け出せられなかった。


それだけでない。

その罪悪感はベイロンを囲んで

母がしたすべての非難と呪いを淡々と受け入れるようにさせた。

彼は自分を悪魔の子供だと思い、

全てのものを不幸にさせる存在だと信じてしまう。

そして、それが運命ならば、

自分もやはり世の中を嫌うべきだと内心思うようになる。


それから彼の生活は変わる。

彼の母は水商売の女で、人気も落ちたから財産をほぼ残すことはできなかったが、

そういうのは彼にとって関係ないことだった。

むしろ彼にとってもっとも大きい荷物だった母が消えたからだ。


神話の時代から今に至るまでを検索してみても

比較できる存在がほぼないこの天才の才能は、

その才能を恐れて呪った母の束縛が消えることで派手に開花する。

その天才的な才能に世界は敬意以外のなにものをも抱いていなかった。


彼は学園で魔術師としての道を難なく歩き、

とても簡単にマスター級の魔術師になって世の中へ出る。

この若い天才魔術師にとって世の中のすべては開かれたのも同然だった。

そして、彼が選択したのはヒエラキのある都市で、

そこの領主を操り人形にし、世界に向かった残酷な復讐の尖兵とする。


それはすさまじくて残酷な破綻の記録だ。

数多くの人々が彼の計略に巻き込まれて、無益な戦いを繰り返すことになる。

レイノスの活躍がなかったら本当に世界は終ったかもしれない。

だが死にながらベイロンが思い出したのは、子供のような笑顔だった。

彼は死んでいく中で母を思い出し、母に褒められたかったと渇望する。


そういうところがあるからベイロンはものすごい悪党と同時に

とても不幸な人でもある。

彼の境遇に同情したプレイヤーもとても多かったため、

それによって世界が一度滅亡に陥るところだったこととは別に

多くのプレイヤーは彼が好きだった。

その人たちの中で一部の人たちは、もしもベイロンがもう少し愛されたなら、

そうでしたらどうなったのかを想像しながら多くの2次創作小説、

漫画を作り出した。

レイもまたベイロンの大ファンまではいかなくてもかなり好みであった。


「まあ、できすぎだから製作スタッフの立場では

悪党にするしかないキャラクターだったな」


これがレイのベイロンに対する評価でもあった。

今は幼いからその半分ぐらいの能力値を持っているが、

一番強い時期の知能値60というのはあまりにも高い数値だ。

色んな基礎能力値の中で最も上げにくいことで定評があるこの能力は、

ゲームの内では魔術師の魔法攻撃力や回復力などと関係がある。


しかし、知能の本当に力がそんなことではないというのは誰もが知っている。

賢いということは、ゲーム的には魔法やマナぐらいしか具現しにくいからで、

実は最も恐ろしい力だ。

賢い奴が策略をめぐらし、世界をめちゃくちゃにするほうが、

力が100のキャラで片っ端から虐殺するほうより千万倍は早い。


「だから…必ず仲間にする!」


レイは心の中でもう一度決心した。

ベイロンを仲間にすると!

これはレイにとって二つの面でとてつもない利益になる。


一つ、ベイロンを相手にする必要がない!

敵としてのベイロンはぞっとする存在で、

全世界を手中に収めてほしいままにする。

この過程で起きる混沌と戦いは凄まじい!

そういうのことを解決しなければならないのかと思うとぞっとしそうだ。


二つ、その凄い能力の持ち主であるベイロンを味方で使えるというそれことだ。

この途方もない天才の助けを得て、今後の様々な難関を乗り越えられる。


レイは元の未来がどうなのかは知っている。

けど、一応強くならなければならないこと、

自分のパーティーを作って歴史の流れを自分が知ってるとおりにすること、

そしてさらにうまく行くと最後の戦いを備え、

より一層徹底した準備をするようにすること。


この三つの考えしか浮かべなかったレイにとって、

ベイロンは計画をもっとディテールにし、

抜け穴がなくようにしてくれる強力な片腕になるだろう。

四字熟語といえば三国志の水魚之交!


‘ゲームをする時も最初にすべきことは良い参謀を得ることだよな’


ベイロンは頭だけ良いのではなく、魔術師としても卓越だ。

魔術師は知能が高くなればなるほど強い。

魔法攻撃力ボーナスにマナ回復の速さ、

そして魔法に対する理解度による攻撃力の増加を思うと

知能値60の時は基礎魔法だけ使ってもめちゃくちゃな威力を出すだろう。


ただしまだ基礎教育を受ける時期なので魔術師ではなかった。

将来そうなるということだ。

レイのゆったりとした表情が変わった。


‘あ、来た’


待機室へ光るように美しい容貌の少年が入ってきた。

彼がベイロンだった。


***


ベイロンを見たレイの顔に少し当惑の色が表れた。


‘看破が全然通じないな’


レイが持っているスキルに相手に対する情報を調べる看破というのがある。

現在彼の看破スキルのレベルは2だ。

レベルが上がれば上がるほど詳細な情報を得ることができ、

5になるとマスターされる。

ところが今ベイロンを相手ではこれが全く作動をしなかった。


このような場合はごく一部のケースしかない。

魔法を使って情報をかく乱するか相手の看破レベルが高く

ユーザーのスキルが相殺されてしまうことだ。

ベイロンの場合は後者のようだった。

この天才は12歳になった時、

もうホームズのような推理力で相手の身分を正確に看破したことがある。


‘最初から看破に頼るつもりはなかったけど、これは’


レイは自分がこの幼い天才に看破されているかも知れないことが

ちょっと心配だった。

そのような心情を辛うじて隠しながらレイはベイロンに話しかけた。


「初めまして」


「初めまして。私を知っている方ではないようですね」


「そうだけど君をよく知っている人でもあるよ」


「私は知らない人と話するのは好きではありません」


ベイロンはにっと笑って席から立った。

剣を使う者と見えるが、何で自分を訪ねてきたのか分からないことだった。

もうちょっと話をすると胸の奥を把握できるはずだが、

そんなことはしたくなかった。

ベイロンは誰かと関係を結ぶこと自体が嫌いだった。

レイは腰を浮かしながらベイロンを制止した。


「ちょっと待って」


ベイロンはレイの話に関心を持たないままつかつかと歩いていった。

結局、レイはベイロンに向けて差し迫った声で叫んだ。


「それは君のせいじゃないよ!」


ベイロンはその言葉に立ち止まった。


「何の…ことですか?」


身体を回して反問するベイロンの表情は真っ青になっていた。

その表情を見てレイは‘よし!’と内心歓呼した。


ベイロンはものすごく賢い少年だ。

反面レイは凡人だ。その上、カリスマがあるわけでもない。

彼がベイロンを味方に引き込もうとしても、

ベイロンがその話を真剣に聞いて味方になる可能性は著しく低い。


それで悩みに悩んだ結果決めたのは、彼のトラウマを活用することだった。

レイが読んだ2次創作小説によると、愛されたことなく、

事故とはいえ母を殺したという罪悪感に偏執症的に捕らわれているベイロンは、

彼の過去を指摘して慰める言葉に驚くほど弱かった。


その小説でベイロンはある日、かろうじて得た外出権で外を見回る。

祭り日であったため気持ちが浮ついた人々が行き来する姿は活気に満ちていた。

しかしその風景は彼を憂鬱で悲しくさせるだけだった。

皆死んでしまえばいいと思いながらベイロンは学院に戻ろうとする。

その時彼の耳元へ一つの言葉が流れ込む。


‘君のせいじゃないよ’


ある女性の優しい声だった。

ベイロンは驚いて‘ママ?’と考えながら背を向けた。

そこで見たものは娘と祭りに来ていたある女性の姿だった。

泣く女の子の前にはアイスクリームが二つが落ちていた。


恐らく道を歩いていた子供がアイスクリームを落としたようだ。

泣きながら謝っている子供を彼女の母は優しくなだめていた。

ベイロンはその光景を穴が開かれるほど見つめながら考えた。


‘ぼくにも誰かがああいうふうに言ってくれたら’


ベイロンはその日、一日中祭りでの母娘のことを思い出した。

すすり泣く女の子。

その前に落ちていたアイスクリーム。

罪悪感と悲しさに泣く少女に向かっての母の優しい眼差し。


それは一度も自分に向かったことがない目だった。

その言葉と眼差しがあまりにも羨ましかったベイロンは、

結局自分の部屋で声なく泣いてしまう。



彼はその日、羨ましさと嫉妬という感情に苦しめながら過去の記憶を呼び返す。

すると頭の中に照らすのは冬の夜のように黒くて残酷な過去であった。

このようにベイロンは聡明だが、呆れるほど軟弱で、

その軟弱さは彼の飢えと罪悪感に関係がある。


だからレイはまずそのことを指摘して、ベイロンを動揺させ、

できるならば自分を信頼できる対象と見せるつもりだった。


そしてこのようにトラウマを狙うのは、ベイロンの精神をかき乱し、

冷静な判断を防ぐ力も持っていると思ったからだ。

ベイロンが予想通り反応するとレイはこの機会を逃さんとひきつづき話した。


「言葉どおりだ。君がしたことはけして間違ったことじゃない。

君はただ助けたかっただけじゃない」


「いや…それは…」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ