面接
「何をしているんですか?」
「い、いや。何でもない。ただちょっと…」
レイは指輪を反射的に隠し、ぎこちない表情で答えた。
あえて隠す必要もないが、
部屋でぶらぶらとしていることがバレるとすまないと感じる。
今、ベイロンは目が回るほど働いてるから。
それに今日は採用面接の日である。
これから2週間前に書類審査をパスした人たちの面接をする予定である。
今回は書類審査を部下に任せた。
一定の条件をクリアした人は面接を受けることになったのだ。
「早く着替えて来てくださいよ」
「やはり俺が行くべき?」
「当然でしょう!
巨大企業でもないのに、社長が採用面接に参加しないっておかしいですよ」
「けど、こういうことって俺に向いてないしな。
前みたいに一人でやっちゃダメ?」
ベイロンのいうことは正しいけど、
人の価値を判断し、採用の可否を決めるということ自体がレイには向いていない。
だから人を採ることに関してはベイロンに任されていた。
「今回の面接する人数は前と違いますよ!兄さんがいないと僕しかいません。
一人では全てをやりきれないですよ」
「でも」
「じゃ、メルティックを連れて行きましょうか?
それともエイレンを連れて行きましょうか?」
「うう」
メルティックは目が見えないし、今は鍛練に夢中で、
エイレンは誰が見てもお子様である。
もう逃げ道が塞さがれ、レイもこれ以上反論はできないようだった。
その上、ベイロンは見た目ではまだあまりにも幼いので、
今回みたいな多くの採用をする時はどうしてもほかの人が必要だ。
実は前回も必要だったが。
「人事担当を任せる人ができたら今回みたいに長く参加しなくてもいいですので、
その時までは我慢してくださいよ」
「まあ、それもそうだが…」
「だがではありません。さあさあ早く着替えて行きましょう。
面接だからちゃんとした姿を見せないと示しがつかないです」
「はあ」
結局、ベイロンの言うとおりになって、レイはため息をついた。
確かにベイロンほどの人材が見つかるとものすごい戦力になるだろう。
今は猫の手ても借りたいほど忙しい時。
何とかしてもほしいものである。
ベイロンはレイの話にふふっと笑っては押し切った。
「客観的に見て、僕ほどの人材はいくら探してもなかなか見つからないですよ。
僕の能力の30%発揮できるだけでも世の中で天才と呼ばれるでしょうね」
‘うわ。なんて生意気なことを…’
いくらすごい人でもその人の自慢を聞いたらいやな気分になる。
特に反論できないほどのすごい人なら尚更である。
「しかし、そんな天才が運良く現れるかもしれないでしょう?」
「うっ」
ベイロンのいうことが正しかった。
もしかしたらレイが記憶するエルナークの人々の中に
誰かが今日ここへ来る可能性もある。
彼が知っている人物の中には、
最初はそこまで能力が高くないけど、物凄い成長をする人もいる。
その可能性を信じるしかない。
レイはスーツに着替えし始めた。
***
「ああ、疲れた」
もう面接から八時間が過ぎている。
五人を一組で30分ずつ面接し、後は最後の組だけ。
レイは机に頭を置きながらため息をついた。
面接は受ける側もそうだが、する側も大変である。
そんな彼に向かって、
さっき面接を受けた人たちの書類を整理しながらベイロンがレイを応援した。
「もう最後の二人しか残っておりません。
もうちょっと頑張って下さい。
そして、泣き言をいうわりには結構上手でしたよ。
鋭い質問が多かったですね」
「鋭いって。ほとんどお前が質問したじゃん」
二人とも面接が始まってから初めて面接を受ける人の書類を読んだ。
人数が多かったこともあり、ほかにやることが多かったのである。
‘やっぱ、事前に読んでおくべきだったかな’
現場で書類を読みながら面接することは想像以上に大変なこと。
特に面接が今回初めてだったレイはあらかじめ読んでおけばよかったと
後悔していた。
だか、ベイロンは大変でもないようで、重要な質問は主に彼がしていた。
「実務は僕が進行しても場の雰囲気ということがあるでしょう。
兄さんが言う質問にはそういうことが含まれておりますので」
「ちぇ。俺はでくの坊かよ」
「……」
ベイロンは何も言わないまま背を向けた。
「本当にでくの坊かよ!」
レイは絶叫した。
その時だった。
こつこつ。
タイミング良くノックの音が聞こえてきた。
「は~い。入ってください」
ベイロンは困難な質問に答えることを避けられたことがうれしかったのか、
明るい声で扉の向こうの人を呼び入れた。
「ええと次の方々は…」
レイが不満を言って最後の人たちの書類を見回しながら、
入ってきた二人を座らせようとした。
けど、その言葉は最後まで続かなかった。
「え?」
「ええ?」
相変わらず入ってきた人たちを確認せず、
頭を上げないまま書類に書かれた名前を読んでいた
二人の表情がほぼ同時に固まる。
そして、二人はほぼ同時に頭を上げた。
そこには綺麗な少女と無愛想な仮面をかぶったような男が立っていた。
「夜月希夜乃と申します」
「霧山だ」
馴染みがある二人が挨拶をしては席に座った。
「ど、どうしてお二人がここへ?」
「学校や夜月組はどうしたんですか?」
レイとベイロンが慌てていう言葉はまさに漫才のようだった。
採用公告を出してはいたが、まさか二人が訪ねてくるとは想像もできなかった。
それを想像すること自体が変でもあるし。
「学校はこれ以上通えることはできないので、やめることにしました」
希夜乃が寂しげな声で話した。
それもそのはず。
そうでなくても孤独な学校生活を過ごしたのに、
今回夜月組で事件が起き、組織を後継者が自分だけになったので、
より一層孤立されるのは明らかだった。
自らやめて、家庭教師でも雇い勉強するほうがいいとも思われる。
どうせエルナークでは上流家紋の中にはそういうケースもある。
霧山はいつもの無表情な顔で言う。
「組の運営は組の幹部たちがやっている。
どうせ俺はそういうことができるタイプではないしな。
それに俺は夜月組から正式に引退した。
そのことについては組も理解している。
お嬢様を守ることを兼ねて、ここで雇ってくれると有難い」
「いや。それでもお二人がこういうところで働くのは…」
レイは戸惑い落ち着かないように見えた。
相手は今の夜月組の主とも言える人、引退したとは言え第一権力者。
彼らを雇用することができるだろうか。
仮に雇用したらどんなことが起こるだろう。
しかし悩むレイとは逆にベイロンは満面の笑みを見せている。
「良いですね!とても良い!それでは志望動機と抱負をどうぞ!」
「ちょっと!」
「恩返しはまだ終っていません」
「同じだ。それにお嬢様も守らないと」
四人はそれぞれ違う表情を見せていた。
目を覆って雀を捕らえるようなことではあるが、
二人が表では夜月組と関係がないなら、
人材不足に苦しんでいるレイホールディングスにとって、
彼らは非常に魅力的な対象である。
特に霧山はものすごい強者。
レイホールディングスはこれからもっと直接的な戦いに巻き込まれるはずなので、
そのような強者の価値は言うに忍びない。
じろりとレイを見ながら話した希夜乃は、
今の言葉がちょっと恥ずかしかったのか顔をほんのりと赤らんでいるし、
霧山は無愛想な顔を維持したまま答えた。
レイはなんだか今の霧山の表情がいつもとはちょっと違うのかなと感じた。
「素晴らしい!合格合格!明日から出勤してください!」
拍手をしながら、ベイロンは二人の採用を決めた。
レイは呆れてベイロンに問い詰める。
「ちょっと、俺の意見は…」
「まさか断られるつもりだったんですか?」
「それは…」
じろりと見るベイロンに逆らえない。
それもそのはず。
人材不足でつらいし、
二人の実力を誰よりも知っている彼にとって断りにくいことである。
霧山が伝説的な人であるから当然だが、
希夜乃もまた話の中で主に活動しないだけで、
才能とスキルが非常に優れている。
清純な外見だが、夜月の血が流れているのだ。
それを証明でもするようにあの場でヒトクイを握り、龍田を殺した。
「精一杯がんばります!」
「よろしくな」
採用が決まったことにより希夜乃は明るい表情で腰を深く下げ、
霧山は手を上げた。
こうやってレイホールディングスに新しい家族が増えた。
それはベイロンファンドの資金総額が
二億五千万ゴールドを越えた日のことだった。
大変お待たせしました。
個人的な事情で遅れてしまいました。
これにて夜月組との話は終ります。
11月は5回以上連載できるようにがんばります!