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ブルーシェイド  作者: 衛陸 正人
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楽園Ⅳ

幻像(スクリーン)の中のアプリは、拡張現実により生み出された南国の島のようなセットを背景に、キンキンに冷えた缶ジュースを美味しそうに飲んでいた。

 どうやら新発売の炭酸飲料のCMらしい。

 すぐにカットが切り替わり、アルミ缶を頬にくっつけながらスマイルを浮かべるアプリの姿が映る。

 アプリはツインテールの黒髪をピョンと揺らしてカメラに向き直ると、パチッとウインクした。


『スッキリ爽快! ゴーストのライトスカッシュ、新登場!』


 特徴的なアプリの声が、ソプラの意識の中に響く。

 年齢に比べて幼い外見の通り、アプリの声はとても子供っぽい声なのだが、どこか胸がスッとするような爽やかさも併せ持っている。

 清涼感に溢れている、というような感じだろうか。


 それは、宣伝されている炭酸飲料もさぞかし清涼感たっぷりなのだろうと思わせるにはじゅうぶん説得力のある声だった。

 このコマーシャルにアプリを使ったことは、ある意味で商品イメージに適した起用だったのかもしれない。

 今一番勢いのあるアプリの人気に闇雲に乗じたわけではないというわけだ。

 だとするなら、GI社のプロデューサーはかなりの敏腕だと言える。

 人気があるからアプリを使ったのではなく、アプリの性質をしっかり見抜き、理解し、分析したうえで、どの製品のコマーシャルに使うかを決めているからだ。


「それにしても、アプリはカワイイなあ。さすが将来の唱姫(ディーヴァ)候補と言われてるだけはあるよね」


 たった10秒ほどのCMに過ぎないはずだった。

 なのに、たったそれだけの時間で、見る者の心を魅惑の海に引きずりこんでしまう。

 まるで魅了の魔術にでもかけられたかのようだ


 他人を魅了することを魔術と呼ぶなら、アイドルは皆、ある種の魔術師といえるだろう。

 けれど、アプリはそのなかでもいっそう、見る者を魅惑することに長けた魔術師だった。

 ふつうの人とは決定的に、根本的に異なるモノを持っている。

 努力だけでは決して手に入れられない「何か」を。

 それはたぶん、『カリスマ』と呼ぶものなのだろう。


 アプリは『カリスマ』を持っている。

 少なくとも、ソプラにはそう思えた。


 ソプラの友達の間でも、アプリの話題は尽きない。

 アプリが本当に唱姫(ディーヴァ)になれるのかどうかで熱く語ることもしばしばある。


 けれど、その話題になると、必ず誰かがこう言うのだ――「先代の唱姫(ディーヴァ)はもっとスゴかった」と。

 そしてその場の全員がうんうんと肯く。

 中には、「先代に比べたらアプリなんてまだまだ」と非難めいた言葉を口にする友達もいる。

 ソプラもさすがにそうまでは思わない。

 アプリはアプリでスゴいアイドルであることは間違いないのだから。


 でも……でも、確かに先代の唱姫(ディーヴァ)は――マリア・セイバーハーゲンの人気は凄まじかった。

 容姿に恵まれ、歌声に恵まれ、所属する融社に恵まれ、《クラウドサーフ》にも恵まれて――とにかく様々な面で恵まれすぎたアイドルだった。

 マリアとアプリを比べたら、アプリの影が霞んでしまうのも無理のない話だった。


 マリアの人気は、アヴァロンを席巻した。

 唱姫(ディーヴァ)になる前も、唱姫(ディーヴァ)になってからも、それは変わることはなかった。

 ひとたびマリアが歌い始めれば、広大な海に浮かぶこの人造島は、彼女のためだけの巨大なステージと化した。

 島の中央のビル群から放たれる、天突くような極彩色の光線は、彼女を照らすスポットライトへと瞬く間に変貌した。

 島じゅうの人々が、彼女の歌声と踊りの虜になった。


 いや、島の人間だけではない。

 この地球上のありとあらゆる場所から、人造島で舞い踊る《唄姫ディーヴァ》の姿をひと目見ようと、数えきれないほどの人々がこの島に押し寄せてきたのだった。


 マリアは唱姫(ディーヴァ)を超えた唱姫(ディーヴァ)だった。

 彼女が唱姫(ディーヴァ)の中でも伝説と呼ばれる所以がそこにあった。


 でも――


 ――でも、マリアはもう、この島にはいない。

 マリアは今からちょうど二年前、突如として人々の前から姿を消したのである。

 彼女がどうなってしまったのか、なぜ人気絶頂の彼女が世界から姿を消さねばならなかったのか、誰にもわからなかった。


 そして、それにも増してわからないのが、マリアの歌声も映像も、彼女に関係する一切の情報が融社により発禁とされてしまったことだった。


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