楽園Ⅲ
幻像とは、AR技術を利用した仮想の画面をいう。
データ化された動画や音声を通信波に乗せ、受信者の埋殖器を経由して脳へと送り込み、現実な感覚として認識させる技術だ。
概念としては旧時代でいう『テレビ』に近いが、『テレビ』と決定的に異なるのは「実体としての画面が存在しない」という点だ。
いまソプラの視界には翠玉色に輝く半透明の長方形が浮かんでいる。
これが幻像の画面なのだが、これは。「物質」としてそこに存在しているのでもなければ、何らかの方法により光を反射させて生み出す「像」であるわけでもない。
この画面は、あくまでソプラの認識の中に浮かび上がっている映像に過ぎないのだ。
映像の内容のほかに、画面の大きさや視覚内での配置、遠近、彩度といった付帯情報を受信者の脳に伝えることで、あたかも「目の前に画面が浮かんでいる」ように認識させているのである。
実体がないのに見える像。
「幻像」という名の由来はまさにその点に求められるわけだ。
「さて。何か面白い番組でもやってないかなー」
ずっと空きチャンネルの砂嵐を映したままでいる幻像に対し、ソプラはチャンネル変更のコマンドを自分の埋殖器から小刻みに出していく。
すると、幻像内の画面が翠玉のノイズを散らしながら目くるめく変わっていく。
眼をひく番組が映るまでザッピングするのが、ソプラなりの幻像の楽しみ方だった。
境界層で配信されているのはほとんどが融社が制作した製品宣伝番組で、どの番組も互いに争うように各社の商品を宣伝している。
そういった宣伝番組において絶対に欠かすことのできない存在といえば、各社お抱えのアイドル達だ。
アイドルは融社の広告塔だ。
アイドルの人気が融社の商品の売れ行きを左右するし、ひいては融社同士の熾烈な競争の結果をも決定する。
だからこそ融社はこぞってアイドルの発掘と育成に多大な力を入れるのだ。
そしてそのアイドルが大衆の注目株であるならば、融社が注ぎ込む力も膨大になるというわけだ。
「あ、アプリだ」
次々とザッピングされていくチャンネルの中に、とある少女の姿が映し出された。
ネクタイ付きのスリーブレスに、両腕にはリボン付きのラバーグローブ。
ミニスカートはチェック柄で、細い脚には白黒ボーダーのサイハイソックスを履いている。
裾下から覗く、白くて柔らかそうなふとももが、健康的な色気を放っている。
彼女の名前はアプリ・ハイエイト。
新進気鋭の融社「ゴースト・インダストリアル社」で今、絶賛売り出し中の新人アイドルだ。
彼女はデビューしてまだ三か月にも満たないが、その恵まれたルックスと天性の歌唱力とで、瞬く間に島中の人気を集めてしまったという、まさに超新星というべきアイドルだ。
このまま順調にキャリアを重ねれば、数年後には唱姫の称号を勝ち得ることも夢ではないと噂されている。
それだけに、アプリを発掘したGI社は彼女のプロデュースに全力を注いでいる。
その力の入れようといったら、主力商品のコマーシャルには並みいるアイドルたちを差し置いて次々とアプリをイメージキャラクターに起用するほどであり、そのあまりの贔屓ぶりに、GI社から詰め腹を切らされたアイドルも多数出たと言われている。