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ブルーシェイド  作者: 衛陸 正人
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楽園Ⅱ

 ココはいつだって鉄の森みたいだ、とソプラは思った。


 自宅の二階、部屋の窓からは、マージナルの街並みが見渡せる。

 ひんやりとした夜気に包まれた暗い街。

 そのあちこちに、冷たい金属の樹が文字通り林立していた。


 広域無線通信用のアンテナ――それが鉄の樹の正体だった。

 アンテナは先端にいくにつれて何叉にも分かれながら伸びており、葉にあたる部分は常時チカチカと蒼色の明滅を繰り返している。

 それは今この瞬間にも街のどこかで「(アンテナ)」を介したデータ通信が行われている証拠だ。

 この印象的な蒼き光がこの街から消えることは一刻として無い。


 アンテナは、旧い時代にあったという電信柱(デンシンバシラ)のように地面に直接敷設されているものもあれば、建物に付随しているものもあった。

 後者についてソプラの両親は「煙突(エントツ)みたいだ」と言ったことがあるが、ソプラは「エントツ」なるモノが何なのかを知らない。


 かくいうソプラの家にも「エントツ」みたいなアンテナは立っている。

 まだソプラが小さかった頃、どこかの融社(ユニダクト)の社員が何の予告もなくやってきて、ソプラの家に無断でぶち建てていったものだ。

 融社の社員たちは当然のようにアンテナの付設作業を始めて、どこまでも無機質で、どこまでも事務的に仕事を進めていった。

 そんな融社の社員達を、諦めたような視線で見つめていた父と母の横顔を、ソプラは今でも思い出すことができる。嫌な思い出だ。


 ソプラ・ラヴレスは、先月誕生日を迎えたばかりの15歳だ。

 ソプラにとって15歳という年齢はとても重要だ。

 もうすぐ一人立ちするための進路を考えなければならない――そういう年頃だからだ。


 お母さんは家業の酒場を継いでもらいたいと考えているみたいで、最近は家の手伝いを言いつけられることもとみに多くなった。

 お父さんは「ソプラのやりたいことをやればいい」と言ってくれているけれど、ソプラ自身、その「やりたいこと」を打ち明けることがどうしてもできないでいる。


「言えるわけ、ないよね」


 溜息まじりにひとりごちる。

 言葉どおり、言えるわけがなかった。

 島の誰もが憧れるほどの存在――《唱姫ディーヴァ》になりたいだなんて、いくら親子でも口が裂けても言えるわけがない。


 自分の娘が《唱姫ディーヴァ》になりたがっているなんて知ったら、いくら優しいお父さんでも怒るかもしれない。

 お母さんなら絶対に怒るだろう。

 「つまんない夢なんか見てないで、はやく突き出しのひとつでも作れるようになりなさい」とグチのおまけ付きで。


 やっぱりあたしの将来は先行き不安かな、とソプラ思う。

 でも、そう感じているのは、何も自分だけじゃない。

 この街の誰もが『不安』という同居人とうまく付き合いながら生きている。

 優しいお父さんも、口うるさいお母さんも、それ以外の人々だって、みんなそう。

 だってココは、「自由」であることが許されない、境界層マージナルなのだから。


 ソプラは窓から離れた。

 そのまま尻餅をつくようにスチールベッドにとすんと腰を下ろし、俯きがちの姿勢で「ふっ」と溜息をつく。

 ソプラは年齢のわりに身体の成長は遅いほうで、13歳のときからあまり変わっていない。

 父親譲りのブロンドは肩のあたりで切りそろえられ、頭の後ろからは両手のひらほどもあるリボンが大きな猫耳のように覗いている。

 あどけない顔立ちは快活さに溢れているが、いつもは明るく輝くはずの紅い瞳も、今はとんと鳴りを潜めていて、暗く憂鬱な影を落としている。


「こういうときは、気分転換が必要だよね」


 そう言うと、ソプラはうなじの埋殖器(レセプラ)指令(コマンド)を出した。

 埋殖器(レセプラ)に送りこまれたソプラの思考は全て電子情報に変換され、通信波となって外部に送信される。

 電脳処理を行うたびに埋殖器(レセプラ)はチカチカと蒼く輝き、それと同期するように、ソプラのリボンもモザイク状に忙しく点滅した。


 このリボンはただのリボンではない。

 情報変換補助装置(サブコンダクタ)、通称サブコンと呼ばれるもので、一口でいえば装着者の電脳処理を補助するための装置だ。

 材質もナイロンのような繊維ではなく、薄いパネルで覆われた表面の裏には、半導体の迷宮が広がっている。


 埋殖器(レセプラ)で思考を電子化するためには、思考する段階で情報をうまく整理しておく必要がある。

 電脳処理とは畢竟、肉体と機械の共同作業であるわけだから、中枢神経(からだ)電子回路(きかい)の間を情報がフレキシブルに通過できるよう、脳内であらかじめ思考の「(アーキ)」を作っておかなければならないのだ。

 「(アーキ)」が作られていなければ埋殖器も変換処理を受け付けてはくれず、せっかくの思考も単なる雑念(ノイズ)としてカットアウトされてしまう。


 一般的な大人なら、ほとんど無意識的にこの「(アーキ)」を作りながら思考することができる。

 しかしソプラのように中枢神経がまだ発達しきってない青少年は、「(アーキ)」を作りながら思考することがうまくできない。

 思春期にどうしても雑念が増えてしまうのは誰もが知るところだ。


 だからソプラのようなティーンエイジャーは皆、サブコンを装着して思考の「(アーキ)」を作れるようにしているのだ。


 サブコンには装飾品としての用途もある。

 外見を気にするティーンエイジャーにとってはデザインも重要ということで、リボン型の他にもイヤリング型、エクステ型、メガネ型など、実に多彩なデザインが考案されている。

 換装も可能だから、日によってサブコンを換える若者も多い。

 でもソプラはこのリボン型が大のお気に入りなので、換装することは滅多になかった。


「電脳技術が一般化する前はわざわざ指で触れなきゃ起動できなかったらしいけど、さぞかし面倒だったんだろうな」


 そうつぶやくソプラの眼前に、半透明の画面が浮かび上がった。

 幻像(スクリーン)だ。


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