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ブルーシェイド  作者: 衛陸 正人
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楽園Ⅰ

 世界の果てに沈まんとする太陽が、「その島」の影を海面に長く残した。

 人造島、《アヴァロン》。

 とある神話に登場する島から名を取られた巨大な鉄の浮島にも、あまねく夜が訪れようとしている。


 超巨大人工浮島(テラフロート)――人造島(アヴァロン)は、人類が有史以来より造り出してきたモノの中で二番目に大きいと言われている。

 『万里(バンリ)長城(チョウジョウ)』が巨大建造物の頂点に君臨する時代は遠い過去のものとなり、静止軌道上から肉眼で確認できる建造物は十指に余るほど増えた。

 人類は確実に進歩していた。

 しかし、それが幸福をももたらしたと考える人間は、決して多くない。


 やがて太陽が世界から完全に姿を消すと、人造島をも超える巨大な闇が島を飲み込まんと襲い掛かった。

 だが、常に輝き続けるアヴァロンから光を奪うことは何者にもできない。

 真円形の島の中心には無数の超高層ビルが聳え立ち、その周囲を螺旋の回廊が取り巻いている。

 それらが虹のような輝きを放って闇夜に浮かぶ光景は、いっそ幻想的ですらあった。


 ある者は、色とりどりの光を纏う人造島(アヴァロン)を指して、「まるで海面に浮かぶ極彩色の華のようだ」と呼ぶ。

 だがその華の浮かぶ海が、かつて《日本海(ニホンカイ)》と正式に呼称されていたことを知るものは、ごく少ない。

 名前の由来であった日本(ニホン)という国家すら、滅びて早久しくなっているのだから。


 いや、そもそも『国家』という言葉すら、現代に生きる人々にとっては無意味なものとなりつつある。

 その言葉の持つ意味は時の流れと共に薄れ、ごく少数の社会学者や、歴史好きの酔狂な人間の言の葉にたまに上ってくる程度の存在価値しかない。


 国家概念は事実上滅びたといっていい。

 そして滅びた国家に取って代わったのは、巨大な複合企業コングロマリット――《融社(ユニダクト)》と呼ばれる企業体だった。


 国家は人を支配する。

 融社(ユニダクト)も人を支配した。

 世界にいくつもの国家があったように、人造島(アヴァロン)にはいくつもの融社(ユニダクト)が存在する。

 国家がその覇権を求めて戦争を繰り返したように、融社(ユニダクト)も幾度となく戦争を繰り返した。


 だが、融社(ユニダクト)の戦争は、破壊と殺戮によって営まれる、あの野蛮な行為とは違う。

 それはこの島では全くもって旧弊な手段であり、融社(ユニダクト)たちも、旧式の戦争がいかに非効率なものであるかを理解していた。


 だからこそ、現代は暴力に取って代わる、新しい支配の力を求めた。


 つまり、《カリスマ》だ。


 求心力(カリスマ)。人が人を引き付ける、見えないチカラ。

 カリスマは、生来的、かつ絶対的なものであるがゆえに、とどまるところを知らない威力を持つ。

 法律や暴力に代わる新たなる支配の形は、そのカリスマを持つ人間――《アイドル》によってこそ築き上げられるのだった。


 人造島に住むすべての人々の心を虜にするような《アイドル》。

 まさにアヴァロンの象徴と呼ぶべき者に対し、いつしか人々は《唱姫(ディーヴァ)》という称号を与えるようになった。

 唱姫(ディーヴァ)を擁する融社(ユニダクト)こそ、人造島(アヴァロン)の真の支配者となれるのだ。


 人々から崇拝される唱姫(ディーヴァ)

 支配者が、その覇権を維持するために利用される偶像。


 それはやはり、《偶像(アイドル)》と呼ぶにふさわしい存在なのかもしれない。


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