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ブルーシェイド  作者: 衛陸 正人
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蘇生Ⅳ

 

 屋上の三人は、断崖から谷底を覗き見るように顔を出し、鉄骨の落ちた先を見下ろしている。

 ――あの鉄骨の下に、クロムの圧死体が転がっている。

 見えない死体の存在に胸を膨らませる男たち。

 その顔には、歪な笑みが浮かんでいた。


 突然、「ひゃっほう!」と下品な歓声が上がった。

 それを皮切りに、三人それぞれが、追っ手を始末したことへの喜びを思い思いに表し始める。

 その方法はまさに三者三様で、各々の個性を如何なく発揮していた。

 例えば「小」の男などは、


「ひゃっほう! やった! やったヤッた殺った! オレたちやった、クロムに勝った!」


 と耳元を掻き毟るようなキーキー声で叫び、短い手足をバタつかせ小躍りしている。

 小男の名はポール。

 まるで小鬼(ゴブリン)のように醜悪なしわくちゃの顔と、常人に比べあまりにも小さい体躯の持ち主だ。

 その身長は1メートルをやや超えたほどしかなく、まるで赤ん坊と老人が同居しているような、幼形と老熟のハイブリッドを思わせる男だった。


VO()DE()GA()VO()VO()ZI()DA()! VO()DE()GA()VO()VO()ZI()DA()!」


 そんなポールの横で、また趣の異なる奇声を上げているのは「大」の男だ。

 ほとんど筋肉の塊といっていいような巨躯を誇る彼は、丸太のような剛腕をブンブンと振り回し、湧き上がる喜びを身体中で表現している。

 彼の放つ声は奇声というよりむしろ野獣の咆哮に近く、そこに人並みの理性を伺わせるものは微塵もない。

 彼の名はリード。

 彼の声帯から放たれる轟音が周囲に響くたび、空気はビリビリと振動し、砂塵は炒めたライスのように地べたで震えだす。

 身体中に無遠慮についた肉という肉が、大声を出すたびさざ波のように波打つ様は、およそ人肌には起こりえないグロテスクさをもって迫り、見る者に生理的嫌悪感を与えてやまない。


「カハハ……! ざまァ見やがれってンだ」


 ポールとリードが思い思いの狂態を演じるそのやや後方。

 三人組のリーダー格らしき「中」の男が、不敵な笑みを浮かべて腕組みしていた。

 彼もまた電脳麻薬(ハルシオン)中毒者(ジャンキー)であるには間違いないのだが、その余裕ある出で立ちは、ポールやリードに比べればいくらかマシといえた。


 中肉中背の男の名はスミス。

 失った視力を補完するサイトゴーグルをかけ、あちこち擦り切れて裂傷の入ったナイロンのハーフパンツを履き、迷彩柄のノースリーブジャケットを着込んでいる。

 腰に巻いたベルトには、刃渡り15センチほどのナイフ。

 最岸層(リム)で生き延びるために数多の人間を切り刻んできた、彼の得物だ。


 スミスは腕組みを解くと、片手に握っていた物体を手中で弄びはじめた。


「《電糸操屍(マリオネクロ)》か。意外なところで役に立ったぜ」


 その物体は、八角形で平べったく、ところどころ細い糸のような電導繊維が伸びている、小型の装置だった。

 見ようによっては、巨大に成長したダニのようにも取れる。


 電糸操屍(マリオネクロ)

 簡単に言えば、死体に電気的刺激を与え、まるで生きているかのように動かすことのできる装置だ。

 まだあまり腐敗の進んでいない死体にこれを取り付けると、一定のリズムで電気パルスを発して死体の運動神経に刺激を与え、まるで生きているかのように見せかけられる。

 流石に生身の人間のように複雑な動きを再現することは不可能だが、単純な身体の動静と呻き声程度の発声ならば可能だ。

 少なくとも、遠目から見れば中毒者(ジャンキー)であるかのように死体を装えるだけの機能があったことは確かだ。


 《電糸操屍(マリオネクロ)》はもちろん融社も認めていない「非公式(アングラ)」な装置である。

 だからこそ、この最岸層(リム)でのみ開発・入手が可能な、希少(レア)な一品でもあった。


「クロムの野郎、まんまと騙されやがった! 前もって死体(ホトケ)を用意しといてよかったな、スミス!」


 チビのポールがはしゃぎながら言った。


「あァそうだな。最岸層(ココ)じゃあ死体(ホトケ)なんざいッくらでも用意できる。見つからなけりゃてめェで作ればいいだけの話だ」


 ニタリと悪魔的な笑みを浮かべながら、スミスは異常に長い舌をダラリと垂らした。

 人体改造により伸ばされた舌。

 そこには無数のピアスがところ狭しとひしめき合っている。


「結局、人間なんざ電気で動く肉人形なのさ。電気で心臓(ポンプ)を動かして、脳ミソで動きを制御するだけの、たんぱく質とカルシウムで出来た人形だ」


「……それで、これからどうするんだ、スミス?」


 ポールが小さな顔を傾げて、スミスに伺いを立てる。


「クロムの店を襲う。なんせクロムには、あの《グルーヴィ/ジェッコ》がケツ持ちしてるってもっぱらの噂だ。ジェッコほどのメカニックなら《電糸操屍(マリオネクロ)》なんざ目じゃないほどのお宝を持っているだろう。それを奪えば相当なカネになる。ひょっとしたら、新しい俺達だけの融社をブチ立てられるぐらいのな」


「ひゃっほう! そいつぁスゲェや!」


 ポールがなおもはしゃぎまわるその後ろから、何か重たい物体を引きずるような音が近づいてくる。

 二人が振り向くと、


VO()V()I()Z()VO()NN()VO()DO()Z()KA()?」


 デブのリードが巨大な鉄骨を引き摺ってこちらに歩いてくるところだった。

 筋肉増強剤(ステロイド)の過剰投与による不均衡(アンバランス)な肉体は、人間には不似合(アンバランス)な怪力をリードに与えた。

 はじめに鉄骨の雨を降らせることができたのも、リードの怪力があったからこそだった。


「いや、もういいぜ、リード。それよりもさっさと奴の店を襲ってジェッコごとカネを巻き上げちまおう。ヤマはまだまだ続くぜ。カハハ……」


 スミスは振り返り、階下へと繋がる階段へと歩み始めた。

 ポールもリードもその後に続く。

 ゴーグル越しに伸びるスミスの視線の先には、身震いするほどに青白い満月が一杯に浮かんでいる。

 まるで三人の勝利を祝うような、見事な満月だった。


「カハハ……ハ?」


 スミスの歩みがふと止まった。

 満月が象る蒼白の円形の中に、あるはずのない姿を捉えていた。


「な……!?」


 青白い月を背後に控えながら、長身の青年が立ち尽くしていた。

 縦長のソフトケースを背負い、足下まである丈長のロングコートを風にたなびかせて、青灰色の眼差しをこちらを向けている。

 間違いない。クロムだ。

 鉄骨に押し潰されて死んだはずのクロムが、目の前に立っていた。


「おいおい嘘だろ!? なんで立ってんだ? なんで生きてんだ!?」


 チビのポールがキーキー声で叫び、醜い顔をさらに醜く歪ませている。


「残念ながら、この通りだ」


 クロムは落ち着きはらった声で答えた。

 しかし、流石に無傷というわけにはいかなかったのか、左腕は不自然な形に折れてダラリと垂れさがっていた。

 おそらく間一髪で鉄骨を避けたはいいが、その際に左腕だけ落下に巻き込んでしまったのだろう。

 想像するだけでも顔が歪むほどの痛みが発生しているはずだが、クロムは平然としている。

 きっと痛覚マスキングによって痛みを処理しているに違いない。


 いや、そんなことはどうでもいいのだ。

 問題は――。


「てめェ、この短時間にどうやってここまで上ってきやがッた!」


 リードの怪力で鉄骨を落としてから、ものの一分しか経過していない。

 そしてこのビルは少なくとも十階層以上はある。

 健全な状態ならともかく、片腕を負傷した状態でここまで上ってくるためには、あまりにも時間が足りなさすぎる。

 それを、どうやってここまで上がってくることができたのか。

 スミスたちにはどうしても理解が及ばなかった。


「答えは簡単だ。片腕一本で十分だったからだ」


「あァ?」


「さらに付言させてもらおう。俺がお前らを片付けるのも、右腕一本で事足りるとな」


 言うが早いか、クロムは健常なほうの右腕を背後に回すと、疾風のような早業でソフトケースから「中身」を取り出し、右腕だけでそれを構えた。

 ケースから現れたのは、まるで重厚なアゲハ蝶みたいな形状の――蝶の頭がそのまま伸びて砲身(ガンバレル)となったような、派手な形をした機関銃だった。

 その特異な形状(シェイプ)は、かつて旧世代において盛んに用いられていた電子弦楽器――エレクトリック・ギターに酷似していた。


「ルシール!」


 クロムは、弦楽器型の銃に宿る人工知能(AI)に向かって叫んだ。


了解(ラジャ)


 人工知能もそれに答えた。

 銃身の内部で、ライフル弾が装填される音がした。


「半額分の金を払わなかったことをあの世で悔やむんだな」


 半身になって銃を構えたクロムが、引き金に指をかけた。


突撃(ガン・ホー)!」


 宵闇を突き破るような銃撃音が鳴り響き、銃口からマズルフラッシュが連続して瞬く。

 放たれた無数の弾丸が、一斉にスミス達へと襲いかかり、その肉体を貫いていった。

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