09 待ち受けるは
「要するに……貴族なの?」
「九族は貴族よりももっと位が高いのですよ。帝と九族はその血に神の力を宿しているのですから」
「へ、へえ……」
霧島の説明に、志乃は隣に座っている人物をちらりと見た。その、神の力を宿しているなんて仰々しい説明で敬われているらしい……その人物を。
「……そんな凄いなんて、大げさに」
昔、日本や他の国でもあった話だ。
王は神の子だ、って。
ここではまだ、それが当たり前に信じられているのだろう。
「神の力とか神族なんて言うが、結局は怪の力を体に宿しているだけだ。良く言えば神の力、だが……言わば化物の力だ」
化物の力……そう言った透が志乃には、一瞬だけ、どこか寂しそうに見えた。それはもうほんの一瞬だけで、すぐにいつもの無表情に戻った透。志乃は早々に勘違いだったのだと決め付けた。
それでも、神の力だとか何だかとか、敬われている存在である透には、それ故の何かしらの苦労があるのかもしれない。
表情からは全く読み取れないけれど、と志乃は透を一瞥した。
「霧島、話を続けてくれ」
透の言葉に、霧島が小さく頷いた。
霧島は、先ほどよりずっと真剣な表情で志乃を見つめてくる。何か重要なことが告げられるのだろう……志乃は少し身構えた。
「この国で最も重要なことは、人々の生活を怪から守ることです。国の結界は帝が維持されておられます」
「……はい」
まだ何とか説明についていけてる。
志乃は、頭の中を整理しつつ、霧島の説明に相槌を打った。
「結界の補修を行ったり、怪の討伐を行うのは九族の仕事であります。現在、怪の討伐を行っている九族は一条、四条、七条、九条の四つの家だけです。力が無くては、怪の討伐など行えませんから。後は補佐をしております。四つの家は、この国の軍隊とでも言いましょうか。そういう存在でございます」
「……そうですか」
霧島が更に顔を寄せ、鋭い目で志乃を見つめてきた。
何だか、嫌な予感がする。
この話の流れでは、何かもう軍隊生活が待ち受けている予感しかしない。
「志乃様。あなた様は九条家に伝わる二本の宝刀のうちの一本を扱うことが出来る唯一の存在です」
「いやいや」
「あの宝刀……朝霧の宝刀は、九条の名を持つ者にしか扱えないと言われております。しかし、未だかつて、九条家でも扱えた方はおりませんでした。九条将軍でも扱えないものをあなた様は扱えた。あなた様は朝霧の宝刀を扱える唯一の存在なのです」
「いやいや、無理です。扱えません」
いくら無理ですアピールをしたところで、霧島の表情は変わらない。志乃は心の中で舌打ちした。
このままでは、確実に軍隊生活突入だ。
「その宝刀は……怪を退治するのにとても有利な刀です」
「いやいや、有利じゃないです。私には扱え無いし。宝の持ち腐れってやつでしょ?腐るよ、もう黴とか生えると思う」
「いいえ、あなたでなくてはなりません」
だから!
腐らすって言ってるのに!と志乃がいくら訴えたところで、霧島は何も聞いてくれない。そして、志乃の思った通りの宣言が透によって成された。
「お前には怪退治の仕事を手伝って貰う」
この国の軍隊的存在の九条家で、怪の退治を手伝う。
怪って……あの化物の退治をするというのか。無理。何をどう頑張っても無理。志乃は勢い良く、頭が痛くなる勢いで首を横に振った。
「無理!」
「ここで生活するためだ。働け」
「あの、私……お茶汲み係りで」
「間に合ってる」
「じゃあ、お掃除を……」
「間に合ってる」
だろうなあ。
このお屋敷、えげつないぐらい広いし、使用人も大量だろうし。
「そう深く考えるな。お前を傷つけないように俺が守ってやるから」
特に表情を変える訳でも無く、透が言い放つ。不意にも「俺が守ってやる」なんて殺し文句に、志乃は胸がときめいてしまった。
一生の内で一度は言われてみたい台詞だった。むかつく筈の透が、今は王子様のように輝いている。っていうか、実は美形なんだよね。背も高くて、顔も整っていて。きっとあんな形で会わなければ、素敵な人ねーって友達とも騒いでいたかもしれない。
少し頬を赤らめた志乃は、次の瞬間にはまた突き落とされることとなる。
「まあ、お前は物事を浅くしか考えてないだろうけどな」
あほのようだから、なんて付け加えられ、志乃は耐え切れず、畳を爪で引っかいてしまった。
「あんたの力なんか借りなくても平気よ!こちとら先鋒だって務めてるんだからね!」
長年やってきた剣道では、常に先鋒に選ばれていた。
所謂、切り込み隊長的存在として部では扱われていた気がする。勢いが良い志乃は、次の試合に勢いをもたらす存在だった。
「先鋒が何かわからないが。その言葉、忘れるなよ」
勢いが良い。
むしろ、勢いだけが良い。
透に鼻で笑われ、志乃は勢い良く言った言葉を早速後悔した。