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九条の選択  作者: 日野森
7/21

07 帰る方法


 選択肢の数だけ世界は生まれる。

 小さな違いで生まれ、分かれた世界はぶつかってまたすぐに一つになる。

 大きな違いで全くその未来を変えた世界は、ぶつかることも、一つになることも出来ない。

 それでも、稀に全く違う世界同士がぶつかって、世界と世界の間に歪みが出来る。

 そして稀に互いに小さな干渉を起こす場合がある。




「これを別世界思想と言います。こういう思想を、ご存知でしょうか?」


 老婆から受けた説明は、何のことかさっぱり分からなかった。志乃が理解出来たのは、最初の出だしだけだった。世界がぶつかるとか、一つになるというあたりからついていけなかった。


「……あの、すみません。さっぱり分かりません」


 素直な感想をそのまま老婆にぶつける。老婆は苛立つ訳でも、呆れる訳でも無く、穏やかな微笑を浮かべ、頷いてくれた。


「そうでしょう。簡単に申し上げますと……あなた様は、別の世界からこの世界へ飛ばされてきた、ということです」


 簡単に言いすぎだろう。一体最初の思想だとかいう説明は何だったんだ。それにこれは何の冗談だ。

 志乃は何だか可笑しくなって、暫く声を出して笑った。そうでもしなければ、何だか頭が変になりそうだったから。


「……で、何ですか?別の世界?この世界?ここ、日本じゃないんですか?」


 一頻り笑った後、志乃は真剣な表情で老婆に尋ねた。本当のところ、笑っている場合では無い……それぐらい分かっていた。嫌な予感が益々大きくなっていく。


「ここは陽の国です。あなたはニホンから来られたのですか?」

「……陽って、どこ?」

「どこ、と申されても。あなたの世界とは違います。我々の世界と、あなたの世界は、世界が作られていく過程の選択で大きく異なってしまったのでしょう」

「でも……これ、畳じゃない。それに日本語だって、話してるじゃない」


 馬だっているし、刀だって。透の服装は普通の黒いTシャツのようなものにズボンだし、少し古風だとは思ったけれども、ここの人は皆、日本の羽織袴を着ている。言葉だって通じてるし、皆、見た目は日本人そのものなのに!

 

 志乃は少し声を荒らげて訴えた。ただ、違うと言って欲しかった。ここが「変」だということはとっくに気づいていた。それでも、それを認めることが中々出来なかった。

 

 認めてしまえば、自分は途方も無い迷子になってしまうから。


「似ている文化が形成されたんだろう。俺はその別世界思想なんて信じていなかったが、元は同じ世界だったなら、似た文化が生まれたとしても変ではないだろう」


 暫く黙って聞いていただけだった透が淡々と述べた。その言葉は、志乃の上に重くのしかかった。


「……何それ、嘘よ。別世界とか、そんなもの……あるわけない」

「分かってるはずだ。あの怪、あれはお前の世界にいないだろう?」

「怪……なにそれ」

「森の中でお前を襲った化物のことだ」


 あの化物のことを言われ、志乃の瞳が不安で揺れた。そんな志乃の様子に、透は「やっぱりな」と小さく呟いた。


「ほとんど丸腰で、あんな怪の出る場所へずかずか入っていくなんて普通しないからな」


 無表情・無反応なくせに……変なところはきっちり見てるんだな。透の観察眼を志乃は忌々しくも思った。


 透のお陰で。志乃は自分の「違う」という言い分を手放さなくてならなくなりそうだ。

それでも、まだ希望はあった。帰り方が分かるならすぐに実践したいと、そう思っていた。


「……分かった。ここは私の住んでた世界とは違う。で、どうやって帰れば良いの?」

「知らん」

「……は?」


 もう少し悩めよ!志乃はあまりに透があっさり答えたので、ふざけてるのかと思った程だった。


「お前はどうやってここに来た?」

「さあ?」

「それと同じだ。何をどうすれば帰れるのかなんて、分からない」

「はあ!?」


 正座していた志乃は、一度畳を思いっきり叩いてから、勢い良く立ち上がった。老婆が目を白黒させながら、そんな志乃を見ている。そんなことを気にかける事も無く、志乃はずかずかと部屋の入口の戸に体を預けて立っていた透の前まで歩み寄った。


「じゃあ、何?私は帰れないっていうの!?」

「そうだ」


 本当に……透は僅かな希望ですら、表情一つ変えずにぶち壊してくる。志乃はあまりにあっさり肯定され、眩暈を覚えた。



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