03 一本の刀
・・・・九条志乃。
そう言った途端、周りがざわつく。ただ目の前の青年を残し、周囲は目を丸くして驚いていた。
何、私のこと知ってんの?
志乃は再び周りを見回した。
目の前にいる高圧的なこの青年は、相変わらず表情も変えない。ざわめく周りの反応からも異質で、逆にそれが気持ち悪いぐらいだった。
「九条、志乃か」
「……呼び捨て?」
いきなり呼び捨てにされ、志乃は不快感丸出しの表情を浮かべた。青年はそんなことなど気にもかけない。地面に突き立てた刀とは異なる、腰から差していた別の刀を志乃の目の前に差し出した。
「これを抜け」
「え、命令?」
腹立つ。
当たり前のように呼び捨てにされ、そして当たり前のように命令してくる。どれほど偉い人間でも、礼儀も弁えていないのか。志乃は腹が立って仕方なかった。
そんな志乃の心情などお構いなしに、青年は志乃の手に刀を握らせた。
「そうだ。命令だ。抜け」
「嫌だって……言ったら?」
「命令に従うまで、牢屋に放り込んでやろう」
青年は表情も変えずにえげつないことを言ってくる。志乃は開いた口が塞がらないといった表情で青年を見た。
横暴、暴君、何様だよ、と志乃は心の中で吐き出せない怒りを耐えた。だが、表情も変えずに言ってくるということは……割と本気で言っているのかもしれない。ただでさえ、変な格好で森に集まっているような危ない人達だ。本当に監禁されるかもしれない。従った方が賢明だろう。
「分かったわよ」
ああ、何が何だか分からない。分からないまま、それでも、志乃は言われるがまま、鞘にそっと手を宛てた。
これも模造刀かな?真剣なんて見たことも無いけれど。
ずっしりと重みのある刀だったが、力をかけずとも、簡単に鞘から抜けた。鞘から抜けた刀を持った時、なんだかあまりに自分の手に馴染むので、志乃は驚いた。
前から知っているような…懐かしいような。そんな不思議な感覚を胸に、志乃はその美しい刀に魅入られたかのように暫く見つめていた。
周囲がまた騒がしくなり、志乃ははっと我に返った。
「く、九条将軍……!」
一人の兵が青年に向かって何か言いたげに訴えた。ああ、もしかして……コイツも九条って名前なのか。だから驚かれたのか。
同姓なんてよくある話なのに。しかも将軍って何なの。どこの偉いさんなんだ。志乃は周りが騒ぎ立てる様子を適当に聞きながら、ただ、手の中に収まった刀を様々な方向から観察するかのように見ていた。
「志乃」
「は?」
いきなり、そして当然のように呼び捨てにされ、志乃は思わず顔を顰めた。それでも、目の前の青年は表情一つ変えない。
「お前を拾ってやろう」
当然の如く言われたその言葉に、志乃の堪忍袋の緒は切れた。
「結構です!!!」
志乃は持っていた刀を地面に叩きつけ、立ち上がった。自分より頭一つ、背が高い青年を睨みつけ、そのまま至る所に転がっている自分の荷物を拾い集める。
ここがどこだか分からない。それでも、こんな男の世話になるくらいなら、ヒッチハイクでもした方がマシだとそう思った。
重たい部活道具を肩から提げ、志乃は青年から遠ざかるように歩き出した。
「九条将軍、あの娘を捕らえましょうか」
「……俺が行く。あの娘に選択肢が無いことを思い知らせてやろう」
青年は志乃が叩き付けた刀を取った。志乃が手にした時、眩いばかりに研ぎ澄まされていた刃は、どす黒く錆がこびり付いているかのように変色していた。