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九条の選択  作者: 日野森
17/21

17 討伐へ


「本当に手掛かりって……無いのね」


夕食の時間も志乃はブツブツと帰る方法について、そして無駄な時間にしかならなかった読書について独り言を呟いては溜め息をついていた。


「今のところはな。大体、別世界から人が来ること自体が稀で、資料もほとんど残っていないからな」

「…一生、軍隊生活なんて嫌だな」


今日のような訓練が毎日続くのもしんどい。

その上、昨日、ここに来た日に起こったような怪との戦いがこれからずっと続くのかと思うと、やっていける気など到底しない。


「それほど長い間、戦って貰うつもりは無い」

「え?」


問答無用でいつまででも働かされる、戦わされると思っていた志乃は、透の言葉に少し驚いた。


「そのうち話す」

「そのうちって…何よ、今、話してもいいんじゃないの?」

「…お前の頭じゃまだ理解出来ないだろうからな」


また馬鹿にされた!と志乃は「話したくなっても聞いてあげないから!」などと勢いよく顔を背け、その後、勢いよくご飯を口に含み、最後には勢いよく噎せた。

透はその様子を「やっぱり……」「本当にこいつで大丈夫なのか」と言わんばかりの何とも言えない表情で見ていた。




それから二日ほどは厳しい訓練に少し耐えたり、耐えきれずに脱走したりを繰り返していた。

逃げる訓練だけで無く、実際に刀を使って素振りをしたり、怪に見立てた丸太に刀を中てる練習をしたり。

そんな訓練の二日間で、志乃が一番上達したのは、サボる為に脱走する技術だった。


「もう、やってらんない」


桃から貰ったおにぎりを食べながら、志乃は訓練場の裏の木陰にその身を隠していた。

ちょっと休憩、と言って訓練場から逃げてかれこれ二時間は経っている。

毎日が部活の合宿練習のようで…合宿はたった数日だからこそ耐えれたが、これは毎日続く気がする。

そう分かったら、全力を上げてサボるしかない、と志乃は連日、こうして脱走していた。


「…やってられないのはよく分かった」


後ろから突然、声が響いてきた。

足音も、気配もまるで感じなかった。


「…分かってるなら、もうちょっと訓練とか短くしてよ」


最初はサボっていることに気まずさを覚えていた志乃だったが、今では動じることも無い。


「もう十分だな。何かあれば、逃げることも隠れることも容易いようだからな」

「うん?何かあればって…どういう…」

「衣笠の村の近くにある森に怪が出たという情報が届いた。明日、討伐に出る」


会話の流れから、討伐に連れて行かれる気がしてならない。

透一人が行くのだと、志乃は心の底からそう思いたかった。


「い…いってらっしゃい」


自分には関係の無い話だ、とそっぽを向きながら呟いてはみたものの…

やはり、思った通りの宣言が為される。


「お前もだ」


有無を言わさない雰囲気で、透がその宣言を下した。


「い、いや…ちょっと…」

「取りあえず、着いて来ればいい。見ているだけで構わない」


取りあえず…見てるだけなら。

着いていくだけなら、まあ…と、志乃は納得してしまった。


安全な場所で高見の見物なら、まあいいだろう、と。

軽い気持ちで「じゃあ、行ってもいい」と口にした。


もちろん、見ているだけ…なんてそんなに甘い結果にはならないであろう事はよくよく考えれば分かることだった。

物事をあまり深く考えてはこの世界についていけそうにない、自分の状況についていけなくなるから、絶望しかないから…

とは言うものの、生来、志乃はあまり深く物事を考えない性質だった。


結果、この安易な返答を後悔するのだが。

この時の志乃は、行ってから後悔することになるとは、微塵も思っていなかった。








翌朝。

日が昇るよりも早く、志乃は透に叩き起こされ、寝ぼけたままながらも、桃の手伝いによって出発の予定時刻までに準備を終えることが出来た。

いつものように動きやすい、志乃のちょうど良い丈にあつらえた武道袴と着物を身に着け、更には胸当てまで取り付けられた。

胸当ては、志乃が馴れ親しんだ剣道の胴のようなものでは無く、どちらかというと弓道で身に着けるような簡易なものだった。

桃はそれらをまだ眠そうにうとうとする志乃に、手際よく身に着けさせた。


「…眠い」

「準備は終わったようだな。早く食え。目的地までは時間もかかる」

「…こんな朝早いだなんて」


志乃は眠い目をこすり、いつもの食事を取る部屋で、出された朝食のおにぎりを頬張りながら、外を見た。

ようやく薄らと明るくなってきた空を見て、いったい、何時なのだろうか…と溜め息を漏らした。

この世界には時計という物が無い。

だから、一体、何時に起こされたのか、今が何時なのか、自分がどれだけ寝たのか…全くもって分からなかった。

ただ、こうして朝食を口にしている今ですら、頭がぼんやりするぐらい眠いのだから、普段の半分ぐらいの睡眠しか取れていないのかもしれない。


「よし、あとは馬に乗りながらでも食べれるだろう。行くぞ」


うとうとしながら、ゆっくりと口におにぎりを運んでいた志乃とは対照的に、透はもう随分前に朝食を終えていた。


「え!ご飯ぐらいゆっくり食べさせてよ!」

「どれだけの時間、そううとうとしながら飯を頬張っているつもりだ。さっさと行くぞ」

「…ちょっと!この汁物飲んだら行くから!待って!!!」


志乃は味噌汁のような汁物を一気に口の中に流し込んだ。

その間にも透は溜め息をつき、さっさと部屋から出て行ってしまった。

味噌汁とは違って、少しとろみがあり、甘味もある汁物を飲みほし、志乃は慌てて透の後を追った。


「ちょっとぐらい待ってくれてもいいじゃない!もう着いて行ってあげないからね!」

「馬に括り付けてでも連れて行くつもりだから安心しろ」

「…安心出来る訳無いでしょ…ていうか、馬なの?」


食事の席でも、確か透は「馬に乗りながらでも…」と言っていた。

移動は当然、ここに来た初日に乗った馬車のような乗り物だと思い込んでいた。

もしかすると…馬に乗って移動することになるのだろうか、と不安に思いつつ、志乃は透の顔を覗き込んだ。


「当たり前だろ」


さも当然のように言われ、志乃は首を横に振った。


「違う違う、確かに馬車でも移動は馬、馬なんだけど。私が聞きたいのはそうじゃない」

「何を言っているんだ」

「馬に直接乗るかってこと!私、出来ないからね!」

「大丈夫だ」


透はさらっとそう言ったが…志乃は不満で不満で仕方がない。


「大丈夫かどうかって…私が決めることなんだけど」


出来ると思われても困る、と志乃は口を尖らせながら前を歩く透を睨んだ。


そうこうしている内に、透は早足で廊下を進んで行く。

奥屋敷に繋がる外廊下抜け、広い中央の建物に入る。

中央屋敷に足を運んだことは初日以外に無い。

どこをどう歩いているのか分からないまま、志乃はただ、透の後をついて行くだけだった。



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