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九条の選択  作者: 日野森
16/21

16 別世界思想


「その…別世界思想って…何?もう一度、きちんとそれを教えて」


幕末。

別世界思想を説いた女性が、志乃の世界の女性だったら…

もしかすると、そこに帰れるヒントがあるのかもしれない。


志乃は透の袖を掴み、強く懇願した。


「本を持って来よう」

「ありがとう!もしかしたら、帰れるかもしれない」

「…一つ言っておくが、別世界思想には、その女性は帰ったかどうか記されていない」

「でも、もしかしたら!何か手がかりがあるかもしれない!」


志乃は目を輝かせて意気込むが、透の表情は冴えなかった。

透には分かっていたからだ。

志乃の求める手がかりなど、別世界思想の本には何も記されていないことを。






「これだ」


殺し屋のアジトのような部屋の本棚から、透が一冊の古びた本を取り出した。

どこかで見たことのある本だ……と考えたところですぐに思い至った。

今朝、透に投げつけた本が確かこれだった。


「…今朝の」

「そうだ。お前が投げた本だ」


う…!と志乃は言葉に詰まった。

唯一の手がかりと成り得るかもしれない本を投げつけた。

本当に行儀も悪いし、礼儀もなっていない。

ごめんなさい、と志乃は本を手に一つ心の中で謝った。

そして、そっと表紙を開いた。



「別世界思想」


過去に別世界からやってきた女性が書いたというその本。

志乃は、その本を広げ、最初のページで躓いた。


「えーっと…せ、選択の数だけ…ん?な世界が…んん?する…なにこれ」


元の世界に帰る手段のヒントが記載されているかもしれない。

志乃は意気揚々と本を読み始めたが、全く分からなかった。


それを隣で聞いていた透は呆れたように一つ息をついた。


「選択の数だけ、異なる世界が存在する、だ」

「…文字がさ、へにゃへにゃしてて読めないんだけど」


まるで草書体ような文字は、読みなれていない。

この本は、志乃には読める気がしなかった。


「後で桃に読んで貰えばいい」

「え、今読みたい」


ぐい、と志乃は透に本を差し出した。

読めと言わんばかりに差し出された本を、透は少し呆れ顔で受け取った。




選択肢の数だけ異なる世界が存在する。

小さな違いの世界はぶつかってまた一つになる。

大きな違いで全くその未来を変えた世界は、ぶつかることも、一つになることも出来ない。

それでも、稀に全く違う平行世界同士がぶつかって、世界と世界の間に歪みが出来る。

そして互いに小さな干渉を起こす。

私はその干渉に飲み込まれたのだろう。


私の世界は、時代の過渡期を迎えていた。

幕末の世は混乱し、人が人を切り、殺し、そして時代を作っていく。


世は混乱を極め、神社に盗人まで出る始末。


御神体の鏡を盗もうとした男から、私は鏡を奪い返した。

その男が、神社の階段から私を突き飛ばした、ところまでの記憶がある。

そのまま意識を失い、気がつけば、この世界に来てしまっていた。


ご神体の鏡は半分に割れてしまっていた。

私が手にしていたその片方、割れた鏡には、元の世界の様子が映し出されていた。


そして、世界には選択の数だけ並行世界が存在するのだということを知る。

それはこの別世界で語られていた民間伝承だった。

だが、伝承は本当なのだろう。

階段から落ちた私は、鏡が割れたと同時にふとした神がかり的な力でこちらの世界に来てしまった。

あの時、あの階段から逃げようとしなければ……こんなことにはならなかったのでは無いだろうか。裏山に逃げ込めば良かったのでは無いだろうか。


その選択を、今でも後悔している。


元の世界の様子を鏡から眺め、気がついた。

世界の時は同じではない。

早く帰らなくては、あちら側の時の流れに取り残されてしまう。




「……それで、その女の人はどうなったの?」


そこまで読んで貰い、志乃はじれったい気持ちでその先を尋ねた。

こちらの世界でどう過ごしたのか、帰ることが出来たのか。


「別世界思想はこの後、文化の違いについて書かれているだけだ。ほとんど日記のようなものだ」

「文化の違いって…どんなこと?」

「怪という存在、食事や服装についてだ」

「それで?最後はどうなってるの?ちょっと貸して」


どういう終わり方をしているのか。

志乃は透の手から本を取り上げ、ページを捲った。


最後のページには、たった一言。


「こどもを、生んで、幸せになり…ます?」

「そうだ」

「…この女の人って」

「こっちの世界で夫を見つけたらしいな。この締めくくり方だ。帰ったと思うか?」


この別世界思想という名の本…というよりも日記を書いた女性は、こちらの世界で子供を生んでそのまま住み着いてしまったのだろう。

それでいいのか、と思いつつ、志乃は本のページを戻した。


「…期待外れな気もするけど、とりあえず、続き読んで」


どうせ文化や服装について延々書かれているだけだろうけれど。

それでも、どこかに手がかりはあるかもしれない。

御神体の鏡…それが何かの役に立つかもしれない。


期待に目を輝かせる志乃に対し、透は面倒くさそうに本のページを捲った。




二時間に及ぶ読書で分かったことは三つ。


鏡はまた割ってしまったらしい。それ以降、その存在が書かれていない。どこかに失くしてしまったのだろう。

透の討伐衣装は、この女性の提案から生み出されたこと。昔の職人が動きやすさを重視してはいていたものを真似たらしい。

最後に、本の大半を占めていた、運命の出会いを果たして幸せいっぱいだというのろけ話。


「なんじゃこりゃ」


真面目な本かと思いきや、後半は「彼のことが好きなんだけど、告白なんて恥ずかしい!」だの「彼って何であんなに素敵なの。息が苦しいわ!」だの恋する乙女日記と化していた。

前半の真面目な書き出しから到底予想出来ない乙女展開に、志乃は「もういいです」とげんなりした。


「この分厚い本の、三分の二は乙女日記ってね……」


片思いから両思いになるまでのメモリアルがそこにはびっしりと綴られていた。

両思いになり、周りにも恋人同士と認められ、彼女は子供も身ごもったらしい。

彼の子供を生めるなんて幸せー!という頭の中がお花畑な日記を最後に、分厚い本は終了している。


「これを延々続ける前に打ち切って良かったよ。いや、もっと早く切るべきだったんじゃないかな!」


最初の「早く帰らなければ」「時の流れに取り残されてしまう」という深刻な問題は、途中から綺麗サッパリ忘れられていた。

鏡もまた割っちゃったー、って、御神体じゃないのか!それを守る為に階段から突き落とされたっていう話はどこに行ったんだ…!

代わりに彼から素敵な鏡を貰ったの、テヘ!って何だよこれ!


色々突っ込みどころはある。

だが、志乃はそんなことをいちいち口に出すことも出来ない程に、疲れきってしまっていた。


「言っただろ。帰ったどうか記されていないと」


ずっと本を読まされていた透は、どこか不機嫌な様子で自分の肩を軽く叩いた。

それはもう、何の実にもならない読書の時間だった。



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