11 桃
透が去った後。
無駄に広い部屋でどうすれば良いのか分からず、隅っこで自分の荷物の整理をしていた志乃。そんな志乃の元にやってきたのは、まだ十三歳ぐらいの幼さの残る愛らしい少女だった。
「桃と申します。以後、志乃様の身の回りのお世話を努めさせて頂きます」
三つ指をついて恭しく挨拶をしてきた少女は、鈴が鳴るような可愛らしい声をしている。
「…よ、よろしく」
身の回りのお世話を、なんて言われたが…年下のこの少女に頼らなければならない程、志乃は何も出来ない訳では無い。
母子家庭で育った志乃は、何もかも幼い頃から自分でやってきた。洗濯、料理、掃除も。
こちらの世界では勝手が違うのだから、ある程度はお願いしなくてはならないかもしれない。
だが、ほとんどのことを自分でしようとは思っていた。
「あのね、お世話なんていうけど…私、自分で出来るから」
「ですが、志乃様。志乃様のお世話が私の仕事なんです」
可愛らしい少女がしゅん、と見るからに落ち込んだ。それがまた愛らしくてたまらない。
妹が欲しかった志乃にとって、桃は撫で回したくなるぐらい可愛かった。
「じゃあ、私の話し相手になって。こっちには友達も知り合いもいないから…」
そう言うと、少女は花が開いたかのようにパッと明るい笑みを見せた。
「もちろんです!」
さっきまで、透のお陰で荒みに荒みきっていた志乃の心は、そんな少女の笑顔で癒された。
「九条将軍はとてもご立派な方でございます」
「いやいや、あいつ本当に酷い人間だよ」
志乃は桃からこの世界のことを会話の中で、色々と教えて貰った。
美味しい食べ物や、この世界の女性の趣味や、服装の話も。そんなガールズトークはいつの間にか、透の話になっていた。
透のことを心底、尊敬しております、という桃に対し、志乃は頭が痛くなる思いだった。
「私が怪?って化物に襲われた時も、黙って見てるだけよ。有り得ないでしょ」
「九条将軍は、誰かを見捨てたりする方ではありません。何かお考えがあったのでしょう」
「そうは言っても。私がどれほど恐いか、不安か、なんて考えもしないでしょ」
帰れないかもしれないことが不安で仕方が無い。
これから化物退治の日々が始まることが恐くて仕方が無い。
だが、そんな志乃の意思は透にとっては関係が無いのだろう。挑発に乗るようにして、ここまで来た。
今はやってやろうじゃないか、と強がることで、弱い自分を守っている。
あまり深く考えないようにしないと、底の見えない沼にはまり込んでしまいそうだ。
「本当に冷血漢よ。いつか寝顔に落書きしてやるんだから」
あの綺麗で表情を変えないあの顔に鼻毛とか書いてやるんだから。
そんなことを言って、気を紛らわせていると…後ろから静かな声が響いた。
「お前に寝込みを襲われる程、俺は間抜けでは無い」
気配を感じさせない、その人物。
いつからそこにいたのか、志乃は分からなかった。恐る恐る振り返ると、そこには冷血漢を絵に描いたような男・透が立っていた。
「……女性の部屋にノックも無しに入ってくるなんて!」
「食事の時間だ」
「ちょっと、会話が成り立ってないのよ」
「桃、こいつを着替えさせて隣の部屋へ連れて来い」
「む、無視……」
志乃を構うことなく、透は用件だけ伝えてさっさと部屋を出て行った。透が出て行ってから、ようやく桃は下げていた頭を上げた。
「志乃様、着替えましょう」
「……分かった」
桃は透の命にとても従順に動く。てきぱきと服を用意し、志乃の前に並べて行く。
「どちらに致しましょう」
目の前には、呉服屋か!と言いたくなるほどに綺麗な色や柄の着物がずらりと並べられた。食事を取るにしても、部屋で寛ぐにしても、あまりに豪華過ぎるではないか。
細かな刺繍や、その柄も、全てが高級品のようだ。
「あ、私は…これでいいや」
志乃は持ってきた荷物の中から体操服を取り出した。家ではジャージで生活をしていた志乃にとって、こんな堅苦しくて豪華な着物はとてもじゃないけど着れない。
「まあ、志乃様!そのような下着のような格好で!」
「え、下着って…一応体操服なんだけど」
洗ってないからクシャクシャでもしかするとちょっと汗臭いかもしれないけれど。着物よりかはマシだろう。こっちでは下着のような格好に思われているのようだが。
「これでいいから」
さっさと体操服に着替え、志乃は部屋を飛び出した。
後ろでは桃が「志乃様、そのような格好は…!」と言っているが、軽く聞こえないフリをしておいた。




