10 単純明快
その後……志乃は屋敷の更に奥の方にある無駄に広い部屋へと案内された。
屋敷は奥に進むにつれ、その装飾が細かく繊細なものへと変わっていく。柱も樹齢がどれほどのものか分からない程に立派な木が使われている。最初に通された部屋や、その周囲とはまるで雰囲気が違っていた。
「好きに使え。何か要りようの物があれば言え」
随分と奥まで進み、ある一室の前で透が立ち止まった。
扉が開かれ、好きに使えと言われた部屋は、志乃の住む家が二つぐらい入りそうな程に広かった。
「えー…」
室内にある調度品も、幾らするのか分からない程に豪奢な装飾が施され、キラキラと光る小さな宝石がはめ込まれている。
映画で見る王族の部屋か、と言わんばかりに高級品そうな壷まで置かれたその部屋に、志乃はがっくりと肩を落とした。
「狭いというのなら、隣の部屋も使って構わない」
「いやいや、広すぎるんですが……これだからお金持ちってね……」
こんな広い部屋で何しろって言うんだ。
この部屋の10分の1の広さで十分だ。
ごろんと横になり、片手を伸ばしせば大概のものが取れる……それで十分ではないか。どれだけ転がり回らないと物が取れないんだ。
「15回転もしてたら頭痛くなる」
「……何の話だ」
端から端まで、大体15回転ぐらいだろうか。いや、もっと広いかもしれない。過ぎたるは及ばざるが如し。
「広すぎる!もっと狭い部屋を用意して!」
「狭いというなら支障はあるが、広いなら構わないだろう」
大は小を兼ねる。透はその発想でこんな広い部屋を用意したのか。志乃は項垂れながら、首を横に振った。
「逆に不便なのよ」
「我慢しろ」
「……あ、あんたね」
「この部屋が一番、安全だ。一つ部屋を挟んだ向こうが俺の部屋になっている。何かあれば、対応出来るだろう」
え!と志乃が勢い良く振り返る。何だかこの部屋も隣室も。そのポジショニングはどうも愛人用のような気がしてならない。
こいつ、愛人いっぱいいるんじゃないのか!
志乃の中では、既に透は綺麗なお姉さんの使用人を愛人にしまくっているという図が出来てしまっていた。
こう、愛人の部屋を自室の周りにいっぱい作ってる、という勝手なイメージも出来上がっていた。空いているからといって、そんな部屋に叩き込まれるなんて。
「……隣はどの愛人?」
「お前とはまるで会話が成り立たないな」
呆れ顔で言われたところで、志乃の頭の中ではどんどん話は進んでいった。
私の部屋のすぐ隣で愛人に夜這いをかけるなんて!まだ私、高校生なんだから!そんな爛れた生活を見せ付けられるなんて!
「隣の部屋は食事を取る部屋だ」
「……あ、愛人は?」
「そんなに気になるのか」
ふ、と鼻で笑われて志乃は頭にきた。気になるかなんて、気になるに決まっている。隣で爛れた生活を見せつけられるなんて耐えれない。せめて自分が分からない場所でしてくれ、と言いたい。屋敷もこんなに広いのだから。
「愛人として囲ってやろうか?」
「はあ?」
どこか馬鹿にしたように言う透とは異なり、志乃は不快感丸出しで顔を歪めた。
中学からずっと女子校で、部活に打ち込んでばかりだった志乃。志乃はまだ、男性と手を繋いだことすら無い。それなのに、愛人に、なんて言う目の前の男にむかついて仕方が無い。
「愛人生活するぐらいなら、軍隊生活の方がマシ」
「なら、俺が満足するような兵になるんだな。あと、この奥屋敷には他に誰も住まわせていない。愛人なんてものはいないからな」
からかわれたのだと気が付き、志乃は唇を震わせた。さっさと帰れる方法を探し出そう。別れ際には、コイツの顔を一発殴ってやろう。
それまでは、逆に驚くぐらい……立派な兵になってやろう!
志乃は元来、単純で負けず嫌いな性格だ。挑発すれば負けたくない、とやる気を出すタイプだ。
「……分かりやすい」
ぼそり、と透が呟いた。
志乃の性格が至極単純なことなど、透は既に見抜いている。
分かりやすくて、面白い。
この世界の物差しで物事を見ない存在は、透にとって新鮮だった。




