第四章:よろしくお願いします!
第四章:よろしくお願いします!
シエルが扉越しにローザに報告をする。
「姫様、三人を連れて参りました。何か他にご用がありましたら、またお呼びくだ
さい。すぐに参ります」
ノックをして、見覚えのある三人組が入ってくる。
いつかのように青髪の男が率先して礼儀よく話し出す。
「姫様、何でしょうか?シエルの奴、相当焦っていたようでしたが」
青髪の男が空に目もくれずにペラペラと話す。
博士と呼ばれていた男は興味深げな表情で空を見つめる。
赤髪の女の子は、チラチラとこちらの様子を窺っている。
「はい。三人が気付いている通り騎士様が、わが国の為に、力を貸してくださるそ
うです。確かに、到着予定よりずいぶん早くご到着する、というイレギュラーはあ
りましたが、残りの六日を有効的に使わない理由はありません!今日からという訳
にはいきませんが、明日から、騎士強化用の修練を開始することにします!」
ローザが三人に向かって意味不明(空にとっては)な発言を連発する。
三人が一斉に、「了解しました!」と返事をする。
青髪の男が空に近づいてきて手を差し出す。
「おう。また会ったな。俺は‘ブロウ・ファイン’って名前だ。覚えておけよ?
一応この国の騎士隊長をやってる。俺の方が上官に当るが、好きに呼んでくれ」
空も差し出された手を握って、「どうも」と返す。
今度は赤髪の女の子が自己紹介を始める。
「私は‘ルージュ・ホープ’と言います。この国の防衛隊長をやっています。よろしくお願いします」
こちらにも「よろしく」と返すと、急に背の低い黒髪の男が手を握ってくる。
「いやァ。よろしク!実に興味深いネェ。あぁ、すまないネ。すっかり興奮してし
まったヨ。ボクの名前は、‘イリーニ・ターク’。はははハ!」
この人、おかしな人だな。いろんな意味で。
手を勢いよく振られながら苦笑いしかできなかった空にローザが歩み寄る。
空の耳元で「皆いい人です。騎士様も自己紹介を」と、ローザが囁く。
「あ、はいっ」と返事をして三人を見る。
「え、えーと。この世界に、騎士として呼ばれました、ユグナルド国の召喚騎士、
‘ソラ・アオキ’です!よろしくお願いします!」
周りにいる異世界の住人の四人が、笑顔で空を見る。
そこで、ローザが再び鈴を鳴らす。
例によって、シエルがノックをして入ってくる。
今度は落ち着いた口調で指示を出す。
「シエル。騎士様を部屋へ。色々と整理したい事でしょう。午後から忙しくなりま
すから、とりあえずは休んでください。イニ。午後からの検査の準備をしといてく
ださい。後の二人の仕事は明日からですので、持ち場に戻りなさい」
各々が返事をしてバラバラに散っていく。
ふぅ~。助かったぁ。疲れたし、休憩もらえたのはありがたいや。
部屋に戻る途中に思う。学校の面談の数倍はつかれた感覚だった。
「ご苦労様でした。知らない人の名前を一気に頭に詰め込まれたら疲れちゃいます
よね。でも、あと一人分頑張ってもらいますよ?」
疲れた様子の空にシエルが言う。
「改めまして、私の名前は‘シエル・フィリアンナ’です。
基本は姫様のお世話係ですが、この度は、騎士様のお世話もさせて頂く事になりま
した。よろしくお願いします」
シエルが振り返り、自らも自己紹介を済ます。
えーと。ローザ姫様に、ブロウ隊長、ルージュと、イリーニ博士、シエルさん。
今日聞いた名前をちゃんと覚えているか確認してみる。
合っているのを確認して、前を見るともう部屋だった。
部屋に入り、近くのソファに腰掛ける。
シエルがこちらに歩いてきて言う。
「騎士様、この国にお力添えをしてくださるご決断をして頂いた事には私からも、
お礼を言わせてください。本当にありがとうございます」
急に深く礼を言われ「そ、そんなことっ」と、あたふたと手を振るソラにシエル
が笑顔で続ける。
「本当ですよ。最近、姫様はちっとも笑わなかったんです。国民に苦しい財政を少
しも見せないように、根を詰めすぎていたんです。それなのに、騎士様のおかげで
やっと、姫様に笑顔が取り戻せました」
その場でシエルが頭を下げる。
この人・・・。
「シエルさんは、姫様の事をそんなに真剣に考えているんですね。仕事もすごく速
いし、シエルさん、すごいです!だから、シエルさんも笑って。姫様が笑顔でも、
その周りの人が笑っていないと、幸せが半減です。もったいないですよ」
シエルのローザを思う気持ちに、素直な言葉が口に出る。
「い、いえ、あの。はい。その、ありがとうございます」
照れたのか、頬を少し赤くしてうつむく。赤い頬に涙が伝うのが見える。
心配する事無いじゃないか。皆いい人だ。
とっさにある事を思いついて、「あの。シエル、さん」と話しかけてみると、し
ゃっくりの混じった声でシエルが、「さんは、つけなくていいです」と空をたし
なめる。
「じゃあ、シエル。お茶もらっていいかな?ここのお茶、美味しかった。良かった
ら、一緒にどうかな?きっと落ち着くだろうし」
シエルの肩に手を当てて提案する。
まだしゃっくりは治まっていなかったが、今度は顔を上げて笑いながら、「はい。
では、お言葉に甘えさせて頂きます。今、持ってきますね」と、言って部屋を早
歩きで出て行く。
良かった。元気になったみたいだ。
少し笑ったシエルを見て安心する。
シエルがお茶を持ってきた後。ローザから呼び出しがあるまでの数時間、空とシエ
ルは色々な事を話して時を過ごした。
「ねぇ、シエル。これからどこへ?こっちはさっきの部屋じゃない、よね?」
さっき往復した道じゃない気がしてシエルに尋ねる。
でも、ここは城ってシエルが言ってから、広いんだろうなぁ。自信ないや。
「はい。今はイリーニ博士の研究室に向かっています。姫様もそこでお待ちになっ
ています。検査を行うとかで」
研究室?そう言えば、さっき姫様も検査がどうとかって言ってたっけ。
「でも、あの博士って人。正直あんま好きじゃないんだけど。だいたい、検査って
一体何を・・・っあ!まさか、人体実験!?」
イリーニのイメージで最悪の考えが頭に思い浮かぶ。
異世界人が珍しいからって、僕を実験材料のモルモットに!?
その時、シエルから頭への軽いチョップを食らう。
「そんな訳ありません!説明は後で博士と姫様がしてくださるでしょう。後、気持
ちはわかりますが、、最初の印象でそんな勘違いしないでください。確かに博士は
少し変わっていますが、悪い人ではありませんから。ほら、着きましたよ」
ピタリと足を止めたシエルに合わせ、空も足を止める。
と、とうとう着いてしまった。シエルはああ言うから、たぶん大丈夫なんだろうけど、
嫌な予感しかしない!
額に汗が伝う。
いつものようにシエルがノックをして部屋に入っていく。
研究室は、いかにもという様な機械があちこちに置いてある。おそらく機械を全部
無くしたら、相当な広さなのだろう。
部屋にあるデスクのほとんどが羊皮紙に埋もれている。羊皮紙には色々な事がごち
ゃごちゃ書いてあるが、英語でも日本語でも無さそうだ。部屋の所々にビンが置い
てあって、それらの中身は全て見たことの無いような生物の解剖や妙な薬品だった。
この様な部屋の風景を見て、空の不安は一気に膨れ上がる。
こ、これは、絶対に狙われてる!や、殺られる!!
「やァ、騎士君。元気カイ?」
背後から急に声をかけられて驚きの余り絶叫する。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!助けてぇ!おぶーーーーーーーっ」
最後の意味不明な言葉は故意に口から出たわけでは無い。
その瞬間横から凄まじい衝撃を食らって軽く吹っ飛んだのだ。
ヒリヒリする頬を抑えて見てみると、そこにはハリセンのような物を持ってシエル
が立っていた。シエルからはいわゆる殺気と言う物を感じた。
「いつまでそのネタ引きずるんですか!姫様もいらっしゃると言うのに。騎士とし
てのプライドは無いんですか!恥かしい」
プライドと言われても、騎士になってから数時間しか経ってないんですけど。
もっともらしい事を考えていると、ローザが慌てて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか!?騎士様?シエル、何て事を」
姫様に言われて反省したのか、起きるのに手を貸してくれる。
「すみません。やり過ぎた、というか体が反応してしまったというか」
反省した様子のシエルを見て、特に苛立ちは感じられなかった。
むしろ、「良い突っ込みだなぁ」等と思ったりした。
だが、もちろんそんな物では済む事では無く、イリーニに怒鳴られる。
「君達!この部屋で暴れるんじゃナイ!!」
もの凄い形相のイリーニを見て空とシエルの声が重なる。
「ご、ゴメンなさいー!」
大騒ぎした後の空のテンションは最悪だった。
一時間くらいに亘るイリーニの説教。二時間もかけての研究室の掃除。姫様の説教
をくらっているシエルを庇う。その上、大きく腫れた頬の凄まじい痛み。
機嫌の悪そうな空に何度も頭を下げるシエルを微笑みながら見ているローザと空の
視線が合う。
笑顔のままローザが二人のもとに来る。
シエルに「もう下がっていいです」と言ってから、ローザが空に話しかける。
「シエルったら、もう騎士様とすっかり仲良くなれたんですね。良かったです」
心から安心した表情のローザを見て空が笑いながら返答する。
「はい!おかげ様で。ここの人たち、皆いい人みたいで安心しました」
「姫様ぁ。騎士君。準備がもうすぐ終わる。こっちへ来てクレ」
イリーニの声が聞こえて二人で彼の所へ向かう。
イリーニは、奇妙な機械の中でもとりわけ巨大な機械の前で二人を待っていた。
もう怒っては無さそうなので、空が目に見えてホッとする。
機会をいじくりながらイリーニがローザに話しかける。
「姫様。例の龍装は持ってきてくれてますカナ?」
イリーニに言われて、思い出したようにポケットから何かを取り出して、指示され
たままに機械に置く。
準備が整ったのか、「ヨシ。できタ」と言って手を止める。
「さて、騎士君。ここに横になってクレ。おっと、姫様。ちょいとそっちを向いと
いてくだサイ。騎士君。服脱いでネ。検査には邪魔なンダ」
空がシャツを脱ごうとしたのを見て、慌ててローザが窓の外に顔を向ける。
真っ赤な顔をしながら窓の向こうを一生懸命に見ているローザを見てイリーニが彼
女を冷やかす。
「一国の王とは言えど、やっぱりお年頃の女の子ダネェ」
「イ、イニ!!どういう意味ですか!」
ただでさえ赤い顔が赤いのに更に顔を赤くしてイリーニを怒鳴る。
博士っていう人、フツー自分の国の姫様を馬鹿にする?
呆れながらも感心するような自分の考えを追い払って、空が大声で二人を止める。
「あ、あの!検査って何をするんですか?」
二人して全く忘れていたような顔をする。
空の視線にぶつかったイリーニが慌てて話を始める。
「あ、ああ。そのまま話を聞いてクレ。そんなに緊張しなイデ。検査の間、ワグナ
ルフについて必要なことを説明するカラ。
とりあエズ、検査というのは、世界間の移動や、こちらの環境の違いで身体に負担
がかかっていたら、大変なんダヨ。体調を万全にしとかナキャ」
落ち着けったって、それは無理な相談じゃないかな・・・。
固唾を呑む空を落ち着かせて「ゴホンッ」と典型的な話始めを決めて続ける。
「まず、この世界は約1211万年前に生まれた。とか、そういうのは省いた方が良さ
そうだネ。この世界はいくつかの文明によって成り立っているんだ。例えば、僕達
みたいな龍人族。魚龍族とか、鳥龍族とかダ。
……もっと説明したいけど、君の集中力は想定を大きく下回ってイル。これ以上
は無駄みたいダシ」
空が相当やる気のない態度で聞いていたからだろう。
空気も読まず、期待の眼差しを向けながら空がイリーニに尋ねる。
「じゃあ、説明終わりですか!」
「何を言っているんダイ?今日は、終ワリ」
イリーニが、空の期待をピシャリと断つ。
そのまま周りの本や紙切れを集めて空に見せる。
「ほら、コレ。宿題ダヨ。三日以内に読んでおくヨウニ」
そ、そんなぁ。
空を見事にスルーしてイリーニが話を進める。
「ジャア、姫様。シエルを呼んデ。
サテ、騎士君。ちょっと眠くなるヨ?安心シテ。目覚めたら自室のベッドに寝てい
て、明日の朝のハズダ」
どういう事です、か?
質問しようと声を出す前に、空は眠りにつく。
いやぁ。博士って、ホントによくわからないなぁ……。
ってダメだ。もう眠い。zzz.
……ここは、どこだろう?
えっ?姫様!どうしたんですか!?
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