プロローグ:聞こえない声
プロローグ:聞こえない声
少年は、ふと物音に気ずき目覚めた――――――。
「ガタッ」
「うーん。暑い、な」
寝返りをうって独りつぶやく。
その時。
何かを見た?何だろ?人?
覚醒しきっていないボーっとしている頭で考える。
何で僕の部屋に?っつーか誰?暗くて、よく見えない…。
その暗闇の向こうの誰かが何かを言う。
「…………」
聞こえないよ。あれ?
声が出ないことに気付く。
なんで声が出ないんだ?
影はこっちを見つめてる気がした。
なんでだろう?怖くない。むしろ温かい?
自分の感情に違和感を覚える。
わからない…。なんだ?
声が出ない。
あれ?ねむい?
急に少年の意識が闇に沈みそうになる。
ちょっ…待って!
叫んでいるつもり。だけど声は出ない。
何て言って?
「………………」
聞こえないよ。女・・の子?
「…えに……き………」
えっ?あれ。
急に辺りが眩しくなる。
そこで少年は再び眠りにつく。浅く、短い眠りへと。
この日は七月半ばの朝。
朝とはいえ、夏のじめついた空気に異常な暑さを感じる。
寝返りをうった拍子にベットから落ちて目が覚める。
「痛つつつ」
寝ぼけ眼で時計を見る。
大きく伸びをしながら、これも大きなあくびをする。
「まだ五時半か。あと一時間ちょっとは寝れる」
再びあくびをして、早朝から顔を出そうとしている朝日に背をむけて布団に潜る。
何だか夢を見ていた気がする。
「何だったかな?確か」
そう言えば。夜中に何か。
女の子だった?何かを言ってて…。
仰向けになる。日差しが眩しい。
頭が、痛い。
少年ははっとなる。
「また迎えに来ます。きっとまたすぐに」
あの女の子はそう言った気がする。暗くて顔もよく見えなかったから断言はできな
いけど。
「にしても、あの頭に直接響いたようなあの声は」
その時、気付く。
手が震えている?恐れている? ううん、違う。
「武者震いってヤツか?」
何故だかわくわくしていた。
なんだこれ。
自分の感覚に疑念を抱く。
頭が割れそうだった。
頭痛が治まりかけてきた頃。
時計を見る。
「げっ。もうすぐで八時!?」
非常にまずい!急がないと遅刻だ。
「終業式の日に遅刻はいくらなんでもまずいっしょ!」
制服を急いで着る。
それに、たぶんもうすぐ……。
「ソラーーーーー!起きてるーー?」
やっぱりもう来ちゃったか!
「あー、待って。今行くから!」
鞄を慌ててつかんで階段を駆け下りる。
玄関のドアを開ける。ドアの外から降り注ぐ日差しが暑い。
ドアをくぐり、慌しく鍵を閉めようとした時。
「あっー!もうちょっと待って!」
焦って玄関を引き返す。その先に置いてある金属バット用の長い袋を肩にかける。
もう少しで忘れるところだったナ。
心の中で冷や汗を拭く。
「お待たせ、シオ!」
そこには同い年の女友達の、波内 美潮が腰に手を当てて、いかにも怒った表情で
立っていた。
「青樹 空くん?遅すぎ!遅刻しちゃうよ」
先生口調で話しかけてくる友達に、少年、青樹 空は本当に申し訳なさそうに
「ほんとにゴメン!色々あってサ」
正直に謝る。
鞄を持ち直して歩き出す。
「珍しいよね?ソラが寝不足って」
あくびをした空を見て美潮が言う。
確かに、珍しい事だった。
「男の子のくせに割りと生活習慣はいい方なんだけど…好きな女の子のこと
でも考えて眠れなかったとか?」
ふざけた口調に空も笑いながら答える。
「うっさい!そもそも僕はそんなむっつりキャラじゃないだろ?」
美潮も空との冗談めかした会話に笑う。
いつも通りの朝。でも、夜中のあれは?
空は、ぼんやりとした記憶を探り、うつむく。
「ねぇ、ソラ?どうかした?」
急に考え込んだ空に美潮が心配した表情で聞いてくる。
「う、ううん。大丈夫。まだ眠いみたい」
美潮は心配そうな表情でまた聞く。
「ホント?どっか痛い?具合悪いとか?」
しつこいほど問い詰めてくる美潮になだめるように答える。
「大丈夫。ちょっと寝不足なだけだよ」
嘘はついていない(今のところは。)
それでも美潮はうかない顔で見上げてくる。
さすがに変な女の子を見て、声が聞こえて…なんて言えない。
それこそ本当にむっつりじゃん!
「無理だ、そんなこと言えるわけない……」
小声でつぶやいた空に美潮が問う。
「え、何?なんて言った?」
ギクッ!!
こういうとき女子はやたら鋭いんだよなぁ。
頭の中の緊張を払いのけて言い訳を口にする。
「な、なんも、別になんも言ってないよ!」
美潮がさらに鋭い目つきで僕を見る。
…こういうときの女子は、いつもの数倍は怖い。
苦笑いしながら思う。
「何?アタシに言えないことなんかあるわけ?」
その勢いについ素直な気持ちが口からこぼれる。
「あの~美潮さん?ものすごーく怖いですよ?」
とか言ってしまったのがミスだったのかもしれない。
「もう!だったら言ってよ。悩みとかあるなら聞くよ?」
めんどうなことになった。
そこにタイミングよく
「オーッス!元気してっか?」
相変わらず元気な声で話しかけてくる。
「どーした?青空?波内?」
黙り込む二人に再び話しかける。
「陸条くん、空気読めなさ過ぎ」
美潮は心から思ったことを言う。
いやいや、ナイスタイミング!
友人の突然すぎる現れ方に動じるどころか満面の笑みで挨拶を返す。
「おはよ、大地!」
話題を変える絶好のチャンスにつけ込む。
「よう、青空!やっと話聞いてくれたな」
陸条 大地は苦笑いをしながら僕たちに追いつく。
よかった。これで助かった。
「なあ、青空?波内、どうかしたか?」
お前のせいだよ!と言いたそうな美潮を無視して答える。
「さ、さあ?それより、いいかげん青空ってあだ名、やめてくれない?バカにされ
てる気しかしないんだけど」
ずっと前から何度も言ってることを今日も繰り返す。
「えぇ!いいじゃんよ~」
これもいつもと同じ答えだった。
中学に入って、初めてこいつと会った。
その時から、大地は明るくて、しばらく一緒にいる内にすぐ親友になった。
~なぁ、青空ー。数学の宿題やった?見せてくんない?~
初めて言われた言葉。
ってか、普通、初対面の人間にそんな気軽に話しかける?
でも、おかげで、今はすっかり仲良くなった。
空は数ヵ月前の事を鮮明に思い出す。
その時。
キーンコーン……
「おい!青空!波内!走れ。まだ間に合う!」
大地が二人に呼びかける。
時間ギリギリに門をくぐる。
皆息があがっている。
「よかった。もう少しで門が閉まるとこだったわね」
息を整えながら美潮が言う。
「うん。大地、行こ。じゃ、シオ。帰りにまた」
大地が僕に駆け寄る。
「じゃあね。あ、あと、その…陸条くんに、社会の窓あいてるって教えてあげ
てくれる?」
少し目をそらして美潮が言う。
「あー、うん。言っておく」
苦笑しながらうなずく。
なんていう空気にしてんだ、あのバカ!
心の中で思い切り叫ぶ。
そこで美潮と別れ、大地と合流する。
自分たちの教室に向かいながら大地が空に話しかける。
「波内も同じクラスだったら良かったのにな」
チャックのことを言おうとした僕に大地が話しかける。
「ん?何で?」
「だって付き合ってんだろ?おまえら」
にやけた顔で大地が言う。
愕然としてつい大声を出す。
「なっ!付き合ってないよ!単なる幼馴染!!」
大地が頬を指でかきながら横目で見てくる。
「ふーん」
疑いを、というより疑いしか感じる事ができない口調だった。
信じてないな、この顔は。
親友を思い切り蹴ってやりたい気持ちを抑えて教えてやる。
「それより。大地、日直でしょ?早く先生のとこに……」
「やっべ!忘れてた!!」
そこで大地が駆け出す。
人の話、最後まで聞けよ。
「ちょっと腹たったから、チャックのことは黙ってよ」
そんなことをボソッと言ってみた少し後。
クラスの皆に全開の社会の窓を見られ、大地が笑われたのは、言うまでも無い。
午前中なのに尋常じゃない暑さの体育館で校長先生の話を聞き、通知表を受け取り
(その時の大地の嘆きようときたら、真っ青になってまるで産卵時のウミガメのよ
うな顔で……以下略)、とまあ、大地は先生に呼び出しをくらい、美潮と空は先
に帰る事になっていた。