魔族の教育──道徳の科目はないのですか?
扉の向こうに姿を現したのは、威厳に満ちた国王陛下。
──名をレオニード・フォン・ノクスフィールド。
深紅の長いローブが床に影を落とし、肩には金糸で縁取られた王章が輝いている。
皆が一斉に起立し、礼をする。
さっきまで、威張り散らしていた兄上様まで、その横柄な態度を内に収めてしまったらしい。
場に圧倒され固まっていた俺は、背後からそっと添えられたヴァルの手に促され、慌てて立ち上がった。
国王は堂々と歩みを進め、足音を響かせながら王座に腰を下ろした。
皆に合わせて、俺もゆっくりと着席する。
国王は俺たちを一瞥し、静かに告げた。
「よろしい、膳を開け。食事を始める」
王の宣言に従い、全員が黙したまま頭を下げる。
兄弟たちが食事を始めたのを確認し、「……いただきまーす」と小さく呟きつつ、俺も目の前のフォークを手に取った。
手を後ろに組んだヴァルが、姿勢を正したまま背後からそっと見守る。
肉汁滴るステーキにナイフを入れながら、王が静かに声を落とした。
その声は、広い食堂の空気を一瞬で凍らせる。
「ギルバート」
「……はい!!」
突然、王から呼ばれた名前に、反射的に返事をする。
心臓が飛び出すかのように跳ね、全身をこわばらせる。
悲しきかな、やっとこの名前が俺自身に定着し始めたみたいだ。
「廊下で滑り、後頭部を強打したというのは事実か」
「……はぃ」
「貴様は非後継者と言えど、次期、政権を担う王家の血を引く者。不浄極まりない失態ではないか」
低く囁くその声に、背後でヴァルが息を呑むのが聞こえた。
違うんです、お父様。
そのミス、俺じゃないんです。
あんたの息子さんがやったんです。周りをビビらせてるくせに、なんたる不浄。
恥ずかしいっすよね〜。
などと、言えるわけもなく、俺は手にしたフォークを黙ってテーブルへと下ろした。
「ヴァルター!ガルディス!」
「はい」
「はい」
「貴様らの管理の緩みだ」
「面目、次第もございません」
「申し訳ありません、父上」
彼らの言葉の重みに耐えきれず「……申し訳ありません」と俺は蚊の鳴くような声で告げる。
「ギルバート、お前のせいで若き従者が、また一人奴隷送りとなった。お前の管理棟区域の牢獄にて断罪した後、処分が決まり次第、強制労働に従事させる。断罪はお前自身の手で行え。罪の重みを噛み締め、二度と同じ過ちを繰り返すな」
……俺の管理棟?断罪ってなんだよ。滑ったのはギルバートのミスだろ。
教育の一環。そんな言葉が脳裏をよぎる。
ガルディスだってそうだった。スープを零した使用人を裁かない俺への当てつけかのように、あいつは彼女を殺そうとした。
目の前の料理を見つめながら、俺は奥歯を噛み締めた。
この世界では、これが日常なんだ。
人の命が、あまりにも軽い。
……反吐が出る
怒りも鎮まらないまま、黙々と料理を口に放り込む。味なんてしなかった。再び疼き始めた左腕を震わせながら、ただ、ひたすら口に運んだ。
空気が教える。さっきガルディスにしたように、俺が王に攻撃を仕掛けようものなら──瞬殺だ。
沈黙が落ちる食卓で、王が再び、口を開いた。
「七日後、評議を開く。次回よりギルバートも出席させる。ヴァルター、異論はないな」
王の命に、ヴァルターがすばやく身体を向け、背筋を伸ばしたまま深く一礼をする。
「御意」
俺は熱を帯び続ける左腕を見つめ、深く息を吐く。
この力が、これから何を引き起こすのか────
支配に満ちた王の眼差しが、今も俺を見据えている。
こっちに来てから初めての夕食。
俺の異世界生活はまだ始まったばかりなのだ。




