リア充になった帰り道、人生バグった俺の話
その日は、蒸し蒸しとした梅雨の湿気を引きずったような七月だった。
俺、新原祐希は先ほど、愛しの彼女ができた。
サッカー部に所属する俺が、部活を終え部室で靴を履き替えていると、急に後ろから声がかかった。
同じクラス、同じ部活のイケメンエース、鈴木。
ニヤニヤしながら、俺に用件を伝えてきた。
内容は「お前の幼馴染の沢田さんが、体育館裏で待ってるぞ」という、なんとも主人公に都合の良いシチュエーション。
俺にそんなことあるはずがない。
真面目だけが取り柄の、普通の高校二年生。
鈴木のようなイケメンでもなければ、サッカー部のエースでもない。
「人、間違えだろ」と軽くあしらいつつ、「一応、行ってみるわ」と彼に背を向けた。
そして、鈴木の視界から消えた俺は浮き足立つように、スキップしながら体育館裏へと急いだ。
待っていたのは、学校でも一際目立つ憧れのヒロイン
──沢田莉乃。
俺が幼馴染なのが、ある意味申し訳なくなるほどの美貌を振りまく栗色のロングヘアの少女。
これで性格は明るく皆に分け隔てなく優しいんだから、俺なんか彼女を前に霞んでいくのは当たり前だ。
ぼけ〜っと彼女を見つめていた俺に気づいた沢田が、ぱっと駆け寄ってきた。
「あの……ね、祐希のことがずっと前から好きだったの。付き合ってください!」
ド直球、どストレートな彼女の告白に、頭の中が真っ白になる。喉に詰まる塊を気合で取り除き、必死に声を絞り出した。
「お、お、俺も好き」
こうして、晴れて、俺たちは付き合うことになった。
が、しかし。
人生なんて、ちょっとした油断であっと言う間に地に落ちる。──いや、地よりも深く。
比喩なんかじゃあない。
文字通り、俺は今、誰かがいたずらに開けたマンホールに落ち、地よりも深く落ち続けていた。
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暗闇だったから、前がよく見えなかったのだ。
彼女を家まで送り届けたあと、俺は再びスキップしながら帰っていた。帰り際、彼女にお揃いでつけようと、もらった手鏡モチーフのキーホルダーを握りしめて。
遠くにそんな俺を嘲笑うヤンキーどもの声がした。
普段の俺なら、身を縮め怯えながら帰っていただろう。
だが、その時は高揚感が勝っていた。
人生で初めて彼女ができたんだ。
それも幼い頃からずっと想い続けてきた彼女。
なんとでも言いなさい。笑いなさい。
俺は今、あんたらよりも確実に幸せ者なのだから。
──気づいた時には遅かった。
足を踏み外した瞬間、地面が消えた。
落とし穴?そんな生半可なものじゃない。
スポンジなんて優しいものは存在しない。
走馬灯が流れるには十分すぎるほどの時間、俺は深く、果てなく落ちていく。
「やべー!ほんとに落ちたのかよ……」「逃げるぞ!」そんなヤンキーどもの声が天から降ってくる。
ふざけんな。俺は、真面目に生きてきた。サッカーだってレギュラーだったんだぞ。勉強だって頑張ってきた。まぁ、いつも二、三番手だったけど。
なんで、マンホールなんか開けてんだよ。
いたずらにしては、やりすぎだろ。
マジ地獄に落ちろ!
いや、落ちてるのは俺の方か……。
まるでジェットコースターに乗ったような浮遊感を感じながら、手元のキーホルダーを握りしめた。
その瞬間、手のひらに激痛が走る。
割れた鏡片が、皮膚に深く食い込んでいた。
血が、指の間を伝って落ちる。
それでも────俺は、力の限り握りしめた。
これだけは、死んでも落とさねぇ。
最後に、ちらりと鏡を覗き込む。
血に染まる鏡の端。
俺が最後に見たものは、
────俺じゃない、知らない誰かの顔だった。
次の瞬間、俺の意識はプツリと途切れ、地の底へ深く沈んでいった。




