06 村で暮らす
もう少しリーフェルトくんの体調が快復してから、手をつないで家の外へ。
「まずは教会に行こうと思う」
「……うん」
叔母さんの家は小さな村にある。
リンドブルム領の、都市部を離れた農村だ。
一応、私は領主である公爵の娘になるけれど、そこまで明かさなくていい。
嘘をつくのではなく真実を語らない、というやつよ。
民家はそれぞれ離れた場所に点々と建っている。長屋じゃないわね。
農村は農村なのだけど、前世の田舎とは雰囲気が違うな。
村の小さな教会にリーフェルトくんと入り、初老の男性に声をかける。
「神父様」
「おや……あなたは? それに」
神父様の視線は私と手をつないだリーフェルトくんへ。
「私、リーフェルトくんの母であるヘレーネ叔母さんの姪でして……」
「……ふむ?」
「先日、叔母さんを訪ねてこの村を訪れたのですが、その。叔母さんがおらず、家にはリーフェルトくんだけがいました。リーフェルトくんは体調がよくなくて、一昨日から看病していましたの」
事情を話すと神父様は申し訳なさそうな顔をした。
「そうですか。あなたが来てくれてよかった。リーフェルトくん、すまなかったね。気づいてあげられなくて」
「……ううん」
リーフェルトくんは首を横に振る。
「私、アーシェラといいます。リーフェルトくんとも話して……叔母さんの家にしばらくお世話になるつもりです。代わりにリーフェルトくんの食事などを世話するつもりです」
「……わかりました。そういうことなら。村の者にも私から伝えておきましょう」
「ありがとうございます、神父様」
そのあとはリーフェルトくんに無理をさせないようにしつつ、神父様の案内で村の主だった人たちに挨拶させてもらった。
村の集会場になっている居酒屋兼宿屋に行くだけで楽に済んだわ。
「リーフェルトくん、少し神父様と二人で話したいのだけどいい?」
「……うん」
私はリーフェルトくんから少し離れたところで神父様に話す。
「その、お願いがあるのですけど」
「はい、なんでしょうか」
「他の家の畑だったなら申し訳ございません。ただ、叔母さんの家の近くにある畑、草がたくさん生えていて荒れているようでした。あれはもしかして……」
「ああ……。そうですね。あそこの畑はヘレーネさんの担当でした」
「叔母さんはいつ頃からいなくなったのでしょうか」
「……たしか三週間ほど前からです」
「三週間前ですか? ずっとその間、リーフェルトくんは一人であの家に?」
「何度か家に見に行って、教会に移らないかと打診はしていたのです。……ただ、リーフェルトくんはあの家でヘレーネさんを待っていると」
リーフェルトくんががんばって、あの家で叔母さんを待っていたのか。
それにしても三週間前。
もっと早くに来ていればヘレーネ叔母さんに会えたかもしれない。
「何かわかっていることはありますか?」
「いえ、それが何も。夜中にいなくなったようで……村の者も何も知らないのです」
「事件に巻き込まれたようなことは……?」
「ヘレーネさん以外に村で失踪した者はおりませんね。事件だとしてもわかりません」
「そうですか。では今から捜して、見つかるものではない?」
「残念ですが……。幸いといってはなんですが、近場で獣の餌になった類の話は聞いていません。加えて、ヘレーネさんは衣類などを家から持ち出している形跡がありまして……」
「それは確認しました。では、叔母さんは自発的にいなくなったと考えるべき、と」
「はい」
「……リーフェルトくんを残して」
「……はい」
キツいなぁ。前世の感覚があるから余計にか。
いや、この国、この世界でもキツいことだろう。
七歳の子供が親に置いていかれたのだ。
私みたいに前世のある、半分大人ならともかく。
いたたまれない気持ちになる。
「……当面は、私があの子の世話をさせていただきます。ですが、どうかお力を貸していただきたく思います。村の皆さんも生活が大変だとは思いますが……」
「ええ、もちろん。できる限りのことはさせていただきます」
「ありがとうございます、神父様。では、その。あの畑は、私が叔母さんの代わりに管理させていただいてもよろしいですか?」
「それはもちろん。私からも村の者に伝えておきます」
「ありがとうございます」
「ただ」
「はい、神父様」
「……もう種蒔きの時期は過ぎていますので」
「ああ、それは」
この村ではオーソドックスに麦や芋類、豆類を交代で植えている様子だ。
叔母さんの家からは離れているけど、ぶどうを育てている場所もあるみたい。
今はおそらく麦を育てる時期なのだけど一、二ヶ月始めるのが遅い。
他の畑に追従しても、きちんと収穫までいけるか微妙。しかし、私の場合は。
「少々考えがありまして。今季は私があの畑を自由にさせていただいても?」
「それはかまいませんが……」
「ありがとうございます。いろいろと打ち明けるべきかもしれませんけど。うまくできるかが未知数なので、ある程度の結果が示せるようになってから、改めてお伝えしてもよろしいでしょうか」
「はぁ……? ええ、どうぞ?」
よし。やることは決まったわね。まずは畑を整えるところからだろうか。
三週間ほど放置されていたヘレーネ叔母さんの畑は荒れ放題だった。
今までやらなかった枯らす方法で【植物魔法】を使ってみよう。
まぁ、それも一度に大規模には出来ないのは変わりないけど。
……地道に手作業で進めた方が疲れない可能性も?
や、やるだけやってみるしかないわよね!
さて。こうして私は住む家と畑を手に入れた。
正式な所有者ではないにせよ、だ。
その代わり、リーフェルトくんの保護者ポジションになった。
話した限り村の人たちも悪い感じはしない。
意外と余所者だからって疎まれる雰囲気じゃなかった。
でも、生活に余裕があるかというと微妙なところで、その上でリーフェルトくんの状況をどうしてあげたらいいか悩んでいた様子だ。
簡単に手を差し伸べられることでもないだろう。
そこに従姉弟とはいえ私が現れた。保護者であり、責任者だ。
きっと村の人たちにとって、私が彼の保護者となることは悪い話ではないのだ。
なので、この村にはこのままお世話になってよさそうよ。
叔母さんが失踪した理由は、考えられるとすれば育児ノイローゼ、とか。
話を聞く限り、父親がこの村で暮らしていた様子がないのよね。
つまり女手一つでリーフェルトくんを育ててきたのだ。七歳まで。
思うところはある。
他人がとやかく言えることなのかわからない。
でも、前世よりもハードかもしれない環境で七歳まで一人で子供を育ててきた。
そうして、何かの拍子に糸が切れてしまったのかもしれない。
もう無理だとか、自由に生きたい、とか。或いは頼れる相手を見つけたとか。
戻ってくるきっかけがあるのか、そんなことは知らない。
私にできることがあるとすれば、リーフェルトくんと一緒に生きていくことくらいだろう。
あの子は幼いけれど正確に現状を理解している気がする。
だからこそ三週間もの間、家で叔母さんの帰りを待ち続けていたのだ。
「どこまで寄り添えるかわからないけど、これも縁よね!」
心は無理やりに開くものじゃない。今はできることをしていくだけだ。
「まずは畑の手入れよ!」
この村は農村だが、それでも公爵領の一部である。
なので街道などは都市部へつながっており、近くで市場が開かれていると聞いた。
この先、必要な物ができた時は市場に買い物に行こう。
さてさて。使えないと言われた私の【植物魔法】。
その新たなチャレンジをしていく。
今まで私は生成と成長促進だけを重点的に使ってきた。
だが、水気の少ない枝を生み出し、それを意図的にゆがんだ形で成長させたことで薪を用意してみせた。
それを応用した植物を枯らす使い方にレッツ・チャレンジ!
「まずは、この辺りの雑草ね」
限られた空間に生えている雑草へ向けて、枯れるイメージを叩きつけていく。
できれば枯れた雑草がそのまま肥料になるのが望ましい。
まぁ、農業はそんな単純なものじゃないと思うけど。
何だかんだで現代っ子な私。
当然、植物が超スピードで成長して枯れていくなんて動画を目にしたこともある。
あれは当然フィクションだったけれど、イメージの助けには十分だ。
パァァッと魔法の光が私の目の前で淡く輝く。
荒れていた畑の一角が一瞬だけぶわっと成長したかと思うと、そのまま枯れ果てていった。
うんうん、そういう感じよね。
ある程度いい感じになったかなと思ったところで、雑草を枯らした場所を踏み荒らしてみた。
ぐしゃりと音を立てて、粉々になって崩れていく。
根っこまで枯らせているかな?
もっと土の中にまで浸透するようなイメージの方がいいかも?
枯れた場所を掘り返して、確認しながら次のエリアへ。
だいたい一回の魔法行使で一平方メートルの正方形ぐらいの面積が効果範囲ね。
それを小さな畑分やる。果たして手作業の方が効率いいか否か。
これのいいところは肉体労働じゃなくて『魔法労働』というところだろうか。
疲れはするんだけど、肉体的にくたくたになるって感じじゃない。
加えて魔力量が多いらしい私には、それほどキツい作業でもない。地味だけど。
ちまちま畑に生えた雑草を【植物魔法】で枯らして駆除していく。
あまり深いと厳しいかもしれないけど、土中の根もきちんと枯らすことができた。
叔母さんの畑の範囲は、作業開始前にきちんと確認済みだ。
地味な作業を小一時間続けたところで畑は枯れた雑草くずが残るのみとなった。
「……何しているの?」
そこでリーフェルトくんが興味を持ったのか、話しかけてくる。
実は、先程から私の作業を見ていたのだ。
でも、じっと黙って見守ってくれていた。
私の作業が一段落したのを感じて話しかけてきたのだろう。
「畑をね。預からせていただいたから整備していたの。魔法でね」
「魔法……」
「そうよ、魔法。まぁ、ちょっと特別な魔法なんだけど」
「すごい……」
ん?
「魔法……使える?」
「え、ええ。使えるわ」
「わぁ」
リーフェルトくんがキラキラとした目で見上げてくる!
まだ七歳だものねぇ。興味あるわよね!
叔母さんって生活魔法は使ってなかったのかな。それとも使えなかったか。
ここはできるだけこの子を楽しませたいところ。
「見ていてね」
ちょっとしゃれたことをするか。
私は【植物魔法】でイメージして花を咲かせる。
咲かせたのはサルビアだ。色鮮やかな花である。
花言葉は〝家族愛〟。もちろん、皮肉な意味ではない。
私からリーフェルトくんへ向けたものだ。
「わぁ!」
赤や青紫、白やピンクのサルビアの花を目の前で咲かせてみせる。
リーフェルトくんは、ますます目を輝かせて楽しんでくれた。
「ふふ、気に入ってくれた?」
「すごい! 魔法!」
純粋に喜んでくれる。出会ってから初めて見た笑顔かも。
「花を摘んでいいのよ」
というか、地面に咲かせる必要もなかった。まぁ、そこはいいか。
残念ながら畑一面に花を咲かせることは無理。
でも喜んでもらえたのでよしだ。
その後、一通り思いつく限りの魔法を使ってリーフェルトくんに披露した。
低出力・単純効果の生活魔法だって前世の手品くらいの見応えはある。
小さな光を噴出された細かい水にあてる。
これだけで虹のようなキラキラ演出だ。
生活魔法をこんなふうに使う人は実はそういない。
でも、子供が笑ってくれるなら何よりよね。




